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ロック陰陽師 作者:眞神 ユウ
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第21話 姉

お読み下さって、ありがとうございます!
 淡く柔らかな陽光が、引き戸の擦りガラスを通り抜けて室内に入り込んでいる。朝は春先の暖かさを感じられて、気持ちがいい。
「ああ、魚。もういいんじゃないですか?」
 フライパンで目玉焼きを作りまくりながら、飛龍フェイロンが言った。彼が持つとフライパンさえ、武器に見える。

「ああ、やべやべ」
 俺が慌ててグリルの中身を確認すると、塩鮭は熱で水分を失い、端は焦げていた。味噌汁作りにかまけて、すっかり忘れていた。朝からちょっと損した気分だ。

 雪華ちゃんが俺の横で大量の納豆をかき混ぜている。四人もいると納豆の量も違う。
 朝は、まだ初さんが来ていない事もあり、皆で朝食を作る事になった。家政夫見習いの俺は料理の腕前に自信がなかったから、正直助かった。

 テーブルでは、旭さんが優雅な手付きで人数分のお茶を淹れている。この間、初さんにおいしいお茶の淹れ方を教わったばかりだったから、今度試してみよう。


「いただきます」
 広いテーブルの上に、人数分の食事が置かれる。こんなに朝早く、ちゃんとしたご飯を食べるなんて久しぶりだ。小さい頃以来かもしれない。
「旭お兄ちゃん、おじちゃんと白玉はいつ帰って来るの?」
 箸の動きを止め、雪華ちゃんが言った。

「ああ、確かにちょっと遅いな。探し物が、中々見つからないのかもしれないね。仕事中だと思ったから、連絡しなかったけど……後で電話して見るよ」
 二人の会話を聞きながら、俺は塩鮭と白いご飯をかっこんだ。焼き具合には失敗したけど、なかなか美味しい。

 雪華ちゃんの言う――おじちゃん。旭さんのお父さんか、まだ会った事ないなぁ。すげぇ陰陽師なんだろうか? 白玉というのは、秋田犬だって雪華ちゃんに聞いた事がある。あのもふもふした毛の大きな犬だよな。会うのがすげぇ楽しみだ。触ってみたい。

 今日のスケジュールは、午前中の内に、姉が残した化粧台を移動する事になっている。
 恐怖の手作り人形は、旭さんに言ったら、すぐにどこかへ持っていってくれた。本当に嫌そうな顔をしていた。「ごめんね、ここまで酷いと思っていなかったんだ。あいつの部屋」と謝っていたが、何て言っていいか分からなかった。仲が悪いようだけど。

 本当は化粧台もどうにかしたかったが、かなり大きいためか、未だ運び出せないでいた。でも、やっと今日、旭さんと飛龍が一緒に運び出してくれることになったので、俺はかなり機嫌が良かった。
「おっ」
 お茶にも茶柱が立っていた。ラッキーな気がして嬉しくなった。
 やっと俺の部屋って感じだよ。
 そんな事を考えていたら、目の前に座っていた旭さんが、スマホを手にした。お父さんに電話するのかと思った時――スマホが鳴った。
 旭さんの瞳に移るのは、相手の名前だろう。あからさまに眉間に皺を寄せながら、「……もしもし」と電話に出た。
 相手の声らしき女の声が微かに響いた。すると、ますます険しい表情になる。

「はぁ? 駄目だよ。今、部屋うまってるから。ああ? 新しい家政夫さんに貸してるんだよ。もう部屋のものも処分するぞ、反省したとか嘘つきやがって。お前また呪ってただろ。バレてんだよ、はね返しといたからな」
 心の底から嫌そうな声で対応している。その空気のせいか、皆は静かにお茶を飲んだり、黙って様子を見ていた。
 新しい家政夫って、完全に俺のことだよな。何だろう、感じ悪い。沈まないように大事に取っておいた湯飲みの茶柱が空しく浮いている。それが不自然に、急に沈んだ。
「うっ」
 俺の小さなうめき声は、誰にも聞こえなかったようだ。

 旭さんは、俺たちに向かって片手を振りながら、立ち上がって襖を開けた。
「知らねぇよ。もう、帰ってこないって言ってただろう。おいおい、海外はどうしたよ。おめー呪いはねかえったから帰って来るんだろ、ふざけんじゃねぇよ……」
 めっきり口が悪くなった旭さんの声が、だんだん遠ざかっていく。
「……やっぱ呪ってたのかよ」
「そうですよね」
 俺が呟くと、飛龍フェイロンが無表情のままお茶を飲んで、そう応えた。

「……旭お兄ちゃん……」

 雪華が、心配そうに旭さんの出て行った、閉じられた襖を見ていた。
 今の電話は、人形部屋の元の主……旭さんの姉のようだ。
「雪華ちゃん。旭さんなら、すぐ戻って来る。ほら、早く用意しないと学校に遅れるよ」
 飛龍フェイロンは微笑むと、お日様のように明るい声で言った。彼なりに気を遣っているんだろう。
 別れた旦那の連れ子――旭さんのお姉さんと雪華ちゃんは、微妙な関係だと聞いたばかりだった。

 雪華ちゃんは、小さく頷くと「ごちそうさま」と言った。
 林檎色のランドセルを背負って、しょんぼりとした様子で部屋から出て行く。
 俺も何か言ってあげたいが、何を言っていいかわからない。何か、菓子でも持ってれば良かったけど。
「いってらっしゃい」
 俺と飛龍フェイロンで、雪華ちゃんを学校に送り出した。
 一向に戻らない旭さんを気にしているのか、それとも電話の相手なのか分からないが、雪華ちゃんは廊下の奥を気にして、何度か振り返っていた。
 それでも、玄関の引き戸を開けた時には「行って来ます」と元気そうに言った。
 俺には、どこか無理をしているように見えた。


 雪華ちゃんを見送った後、俺は家政夫見習いとして、台所で食器達を磨き上げた。皿洗いは家でもよくやっていた。背後では、飛龍フェイロンが皿を水切りラックの上に並べてくれている。
 手伝ってくれているのか、いつもやっているのか分からない。力が強そうで割ってしまいそうな外見をしているが、案外静かに動いていた。

「……すまない、待たせたね」

 食器の音だけが微かに鳴り響く中、ようやく旭さんが戻ってきた。
 さっきとは打って変わって、柔らかな笑みを携えている。一度、玄関の方を見ていたが、雪華ちゃんのことを気にしているのかもしれない。
「今日は午後から書道教室があるから、早めに大神君の部屋を掃除しちゃおうか」
 いつもの、落ち着いた声音に戻っている。
「分かりました。行こうか、大神君」
 飛龍フェイロンが頷いて、俺を手招きした。
 大神君の部屋、と言われて少し安心する。飴色に深みがかった木の床に、足を進めた瞬間――スマホが鳴った。

 旭さんは、スマホにチラリと目線を向けて、鋭く舌打ちした。
「ちっ……しつけぇ奴だな」
 いつもとまるで別人だよ。もしかして、また姉貴なんだろうか。
「ごめん……ちょっと、電話が」
「いいですよ。僕と大神君で、化粧台を運びますから」
「そうそう、男二人いれば運べるんで。平気っすよ」
 飛龍フェイロンと俺がそう答えると、旭さんは少し困ったように微笑んでから「終わったら、すぐに行くよ」と言い残して、足早に廊下へと出て行った。
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