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ロック陰陽師 作者:鑑祐樹
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第17話 赤い糸

 どん! どん! どん!
 女が激しく窓を叩く。

「なんでこっちに居るんだよ!」

 思わず叫んだ。背筋の下から気色の悪い冷気が這い上がってくる。
 真っ赤に血走った女の目玉から逃げようと、反射的に距離をおく。とにかく、これヤバイだろ。殺意とか負の感情というのだろうか、そういうのがアリアリだ。

「た、立花! 立花さん! ちょっと、何か俺んトコ来てるんだけど!」
 慌てて助けを求める。

「邪魔」

 立花は不機嫌そうにそう言いながら、腕にしがみつく山城を今度は強引に剥がす。

 それから運転席のシートから顔を覗かせて、俺に向かって手を振った。

 どん! どん! どん!

 女が血走った目で窓を叩く。その度に、山城が小さく悲鳴を上げている。
「大神君、車内には入れないから大丈夫だよ。それに――彼女がまた来るのが分かっていたから、車に乗り込んだんだ。安心して良い」
 いくら車の中に入れないと言っても、こんな状況、心臓に悪い。
 ずいぶん余裕だけど、それなら早く何とかしてくれよ。それに何で、また来るって分かったんだ?

「山城さん。おかしいんですよ」
 立花が助手席で震える男に問いかける。

 どん! どん! どん! ――ぎいぃ……!

 不快な音に目を向けると、あの女が窓ガラスに爪を立てていた。まるでもがき苦しんでいるようだった。地獄絵図だ。
「ひぃい」
 山城が、口から情けない声を漏らす。
「ほら、あなたの肩に乗っていた彼女を、一度払ったでしょう。でもね、何と言うか――手ごたえがおかしいんです」
 立花は気にも留めない様子で話を続けた。
「単刀直入に言いましょう。山城さん――あなた、彼女と縁が繋がっていませんか?」
「えん……? ど、どういう事です」
「あなたのお話だと、彼女に初めて出会ったのが、横断歩道でしたよね。それ以前――生前に出会ったりした事はありませんか?」

「うぅ……横断歩道で会ったのが、初めてだと思うんですが……もしかしたら仕事先やカフェですれ違ったり、昔どこかで話した事とかあったのかも……」
「いや、その場だけの単発的な縁ではないんです。もっと強く――繋がっているんです」

 薄暗い車内で二人の会話だけが響き渡る。

 俺はと言えば、じっとりとした嫌な汗をかきながら、一人で警戒態勢を続けている。
 立花の話だと……山城はその女と知り合いって事なのか?
 改めて生前と言われると、ガラス越しの女が、本物の幽霊なんだと実感する。

 どうしたって見たくないのだが、目を逸らすと持っていかれそうで、凝視してしまう。

 ぎぃぃぃ、ぎぃぃぃぃ。

 ぺた。ぺた。べた。

 女は血走った瞳で口元に微笑みを浮かべていた。ガラスを引っ掻いていたが、そのうち手の平をぺたぺたとガラスに押し付けてくる。

「うっ」

 血が――。

 車の窓ガラスに血の手形がべったりと張り付いていた。
 いつの間にか女の掌が、真っ赤に染まっている。
 しかも、それだけじゃない。

 血が染め上げられた左手の小指から、赤い毛糸のようなモノが垂れ下がっている。
 太さがまばらで、太い所と、細い所がある。時折、どろりとした血を滴らせたその糸は、血そのものにも見えた。
 それが、前の座席に長く続いている。俺は息を呑むと、おそるおそる山城を覗きこんだ。
 身体が震える。そこに。

 赤い糸が――ツナガッテいた。

 山城の右手の小指に真っ赤な血の塊で出来た毛糸が巻きついている。
 血をぽたり、ぽたりと滴らせながら、どういう訳か、落ちたと同時に消えていく。

 山城は、とてもヤバイ状態になっているんじゃないのか。
 そう思うと、どうしようもなく怖くなった。

「な、なんだよコレ……!」
 つい震えた声を出してしまう。立花がどうしたの? と振り返った。
「山城さん、手――!」
 俺の声に、山城は自分の手を確認する。瞬間、悲鳴を上げた。
 彼の小指に、まるで赤い糸のように、その『血』が――絡み付いていた。

「山城さん。相当強い縁があるようなんですが、本当に心当たりは無いんですか? これは運命の相手や、結婚のレベルですよ」
 立花の問いかけに、山城は首を振りながら、自分の手首を押さえ込んでいる。 
「本当に、本当に分からないんです! 私の記憶だと……横断歩道で初めて会った記憶しかないんです!」
 涙声で、そう叫んだ。
「分かりました。では、行きましょう」
 立花は、発した言葉と同時に車のキーをまわす。エンジンが音を立て、車は急に走り出した。
「行くって、どこに」
 俺の問いに、立花は静かな声で応じた。

「山城さんのアパートだよ。気になる事もあるしね」

 こんなやばそうな幽霊と一緒に住んでたアパートになんか行きたくない。
 そう思いながら、窓の外を見ると、コンビニの前で二十代すぎのカップルが、こちらを見ているのに気が付いた。今まで余裕がなくて、外の様子に気が付かなかったが、男二人で震えてたり、随分と不審な車に見えただろう。この女は、俺たち以外には見えていないだろうし。

 バックミラーを見ると、女がコンビニの駐車場に突っ立っているのが見えた。
 うな垂れたまま、何を考えているのか分からないその姿――動かない女は、動いている時よりも更に不気味に感じた。
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