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ロック陰陽師 作者:鑑祐樹
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第16話 目

 助手席の山城がうめき声を上げ、立花に必死にしがみ付いている。
 女は――フロントガラス越しに静かに揺れていた。

 ゆらり。
 ゆらり。

 海中に揺れる藻のように。
 頭を垂れたまま、髪に隠れて顔や表情は見えない。俺は、それをただ、口を半開きにして見つめていた。自分の鼓動の音だけが、やけに大きく聞こえる。

「大神君、大丈夫だよ。君はそこで見ていなさい」

 じっとりとした汗が、急速に冷えていく。
 そんなこと言われても、じっとしているのも怖い。何なんだよ山城は、いつまで立花にしがみついてるんだよ。

「山城さん。そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。予め、この車には結界が張ってあります。彼女は、車内には入れません」

 言われてみれば確かに、女は長い両腕を伸ばしたまま、石像のように停止している。
 さっきまで、ボンネットの上で小さく揺れていたのに。

 大丈夫だと聞いてはいても、やはり気味が悪い。

 じっとしている彼女の姿からは、何らかの意図や意思を強く感じる。

「……いつまで怖がってるんですか、山城さん。いいかげん離れて下さい」

 立花はそう言うと彼の身体を片手で押しのける。しかし山城は、心底怖くて堪らないのだろう。それでも立花の腕に顔面を押し付けながら、しがみ付いている。目前に映る彼女を見たくないのかもしれないが。

「山城さん、落ち着いて下さい。私に電話をした時に、なにかあったんでしょう? それを教えてくれませんか」
「……分かって、いたんです……」
 山城は、立花の腕に顔を埋めたまま、話し出した。


「交差点で出会った『彼女』が、私の家に現れるようになってから、体調が悪くなって。やつれてきたって、同僚にも、言われて……」
 それなのに――。
 会社に行くとき、彼女が見送ってくれる。幸せだなって、思ってたんです。
 でも、ふと見た鏡や、窓ガラスに……変な影が映っていて。それが、その……そこにいるボンネットの上の……女なんです――。


 山城は、呟きながら、黒茶色の塊――女を指差した。


「電話を、したのは……その時は――鏡に映っていたんです。その女が、私の……」

 私の頭を、食べていたんだ。
 慌てて頭を触ったけれど、何もないんです。実際の体は、傷ついてなんかない。
 でも、鏡の中で私は、どんどん食べられていて……。
 その女が、私の肩に足を乗せて、しがみついていた。
 鏡の中の私は、血まみれでした。頭がかじり取られて行くんです。見ている間に、どんどん、どんどん無くなっていって――。
 胴まで無くなった辺りで……電話、しました――。


「つーかその茶色い女、どう考えても交差点の女ですよね。あんたと住んでるヤツ」
「違う! 彼女はあんなのじゃない! あんな化け物じゃ――」
 俺がガマンできなくなって突っ込むと、山城は物凄い剣幕で怒鳴ってきた。
「だってその女――あれ?」
 反論しようと思って、ボンネットの上を見ると、いつの間にか黒茶の女の姿は――消えていた。

 なんだ? 入れないから諦めたのか?

「あー……良かったぁ」
 俺は急に肩の力が抜けて、車のシートにもたれかかった。すると――。

 バァン!

 左耳が裂けるかと思うほど、大きな音がした。反射的にそちらを見ると、俺の目の前――車の後部座席の窓ガラスの向こう側に、あの女が張り付いている。

「うっ……!」

 そいつの目玉が。俺を見つめている。
 かと思えば、黒目だけをぎょろぎょろと動かしはじめた。顔の位置は固定しているかのように微動だにしない。
 今まで長い髪で覆われて見えなかった顔が、あらわになっていた。
 痩せこけた顔は生命力を感じさせない。それなのに、目玉だけがぎらぎらと、強い我執がしゅうのようなものを放っている。
 青白く歪む唇。俺を見つけて、笑っていた。

 まるで、獲物を見つけたかのように。
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