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ロック陰陽師 作者:鑑祐樹
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第1話 深夜の公園

どうぞ宜しくお願いします。
 墨が水に溶けるように、靄がかかった夜空は見ているだけで胸騒ぎを感じる。

 しかも、寒い――。

 公園のベンチに座り、プラスチック製の虫かごを胸で抱えた。
 ペットの金魚と水が、俺の震えと一緒に虫かごのなかで水音を立てている。

 少量の荷物が入ったバックとエレキベースをその横に置くと、せまいベンチはぎゅうぎゅう詰めだ。漂う不穏な空気に、どうにも居心地が悪い。

 昼間はわりと大きな公園なせいか、小奇麗に整備され、陽射しに照らされた緑の木々が輝いて見えていた。ご近所の爺ちゃん婆ちゃんの絶好の散歩コースだ。
 同じ場所だと言うのに、こうも違うのか。

 頼みの綱の街灯はすでに消え、今は背後の常緑樹も足元の雑草も、闇に染まり――ぼやりとした輪郭しか見えない。
 公園全体に生気が感じられなかった。幽霊でも出そうで、長身を精一杯に縮こませる。

「……三月の上旬って、こんなに(さみ)いっけ……?」

 (かじか)んだ手で慌ててネックのボタンを閉めた。
 スマートなライダースパーカーは気に入っているが、今の寒さを防ぐには荷が重い。ベンチを伝わり尻から迫り上げてくる冷たさが、さらに拍車を掛ける。

 ――寒くて気が遠くなる。

 手元の虫かごに、震えながら声をかける。

「ごめんな、福子。帰る所ねぇんだ」

 金魚というには、やや身体の大きい福子に枯れた声で謝った。慌てて狭苦しい虫かごに入れたから、もちろんエアーポンプも無い。

 (たま)らなく心配になって顔を近づけて覗き込む。

 全ての色を呑み込んだ闇は、福子の姿を辛うじて灰色に映すだけだ。寒さのせいか、全く動く気配が無い。ただ、震える俺の身体の振動に合わせて、ぴちゃぴちゃと冷淡な水音を響かせるだけだ。
 嗚呼、なんで連れて来ちまったのかと後悔するが、今更どうにも成らない。
 墨黒の夜空に漂う靄を、奥歯をすり潰す勢いで睨み付けた。

「……今日は最悪の日だった」

 大学の合格発表の結果は、不合格だった。

 組んでいたバンドは、ボーカルが辞めると言い出し解散が決定。

 電話でボーカルと大喧嘩した。

 間髪いれずに、二回戦目の大喧嘩を母親と繰り広げた。

「もう帰んねぇ!」

 そう言い残し、本当に大事な物だけ持って家を飛び出した。

 元々、再婚した母親とは折り合いが良くなかった。

 母は絶対に大学に行くようにと勧めてきた。
 理由は分かっている。離婚した父親は医者だったからだ。

 俺には三つ上の兄が居て、これまた医大生なのだが――父方に残った。
 分かってる、要は見栄なんだ。ババァは、父親に対抗意識があるんだ。

 その証拠に、あのババァは俺によく言っていた。

 「私に恥をかかせないで」とか、「私は貧乏くじを引いた」とか……俺の顔を見て言うんだ。
 あの独特の眼で――。

 我慢の限界だった。もう、あんな眼で見られるのは嫌なんだ。

 それに母は、再婚も決まっていた。自分は居ない方が良いだろうとも思っていた。
 だから、家を出て清々した。ただ、俺に居場所が無かっただけだ。
 後悔した事と言えば、連れて来てしまった福子と、充電切れの携帯電話だけだ。

 背筋を丸め込んで、抱えていた福子を慎重に足元に置いた。

 如何にもバンドやってるぜと言わんばかりのベルトボンデージパンツのポケットから、珍しくなったガラケーの携帯電話を取り出す。強張った手で携帯の画面を開く。もう何度も開いた画面は相変わらず真っ暗で、変わる事はなかった。
 これでは友達に電話も、ライト機能も使えない。

 どす黒い感情で、濁ったため息を吐き出す。
 冷え切ったベンチに死んだ携帯を放り投げると、寝かされてあったベースケースに落ちた。少しでも気が紛れればとケースに手をかけた、が――すぐに間違いだったと後悔した。
 生気のない公園に響くベース音は最悪だったからだ。

 只でさえ、何か得体の知れないヤバイもんが出そうなのに、自分が奏でるベースの引き立てぷりは容赦がない。
 メロディーを担当するギターと違い、ベースはリズムを担当する楽器で低音を出す。

 どろどろどろどろと、四弦から奏でる音はこの場の空気を最高潮に盛り上げた。
 幽霊さんよってらっしゃいと言っているようだ。アンプも繋いでないのに、やけに響きやがる。

 身体の芯が冷える寒さなのに、風がない。草木も(なび)かない。無音の世界に響く低音の音、聞こえるはずもない声が聞こえた。

 ――あんたが、楽器ばっかり弾いてて本気で勉強しないから、大学に落ちたのよ。

 俺は本気でプロを目指してんだよ。ほっといてくれ。

 ――そんなもの目指して何になるの。どうせ、無理に決まってるじゃない。

 うるせぇな。勝手に決めるなよ。

 ――嗚呼、私は貧乏クジを引いた――。

「…………」

 ベースを弾く手は止まっていた。
 何で頭の中まで、ババァと話さなきゃいけないんだよ。
 お陰で今日の事とか、今までの記憶まで浮かんできたじゃねぇか。

 ちっ、イライラする。マグマが煙を上げてぐつぐつ煮えくり返ったような、赤々と燃え(たぎ)る感情を抑えきれず立ち上がろうとした。

「……? あれ?」

 何だ? 身体が動かねぇ……――。
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