出発の朝 (4)
空が白んできた。
シカマルは気だるそうに起き上がると、深く長いため息をついた。
「駄目だ…眠れそうにねぇ…」
とうとう一睡もできなかった。
こんな情緒不安定とも言えそうなおかしな自分を、自分は今まで知らない。
おかげで、もらってから今まで5ページ以上は読んだ試しのない本を、
最後まで読んでしまう羽目になった。
しかも3度も。眠るために、気を紛らわすために読んだはずだったが、
効果覿面とはいかなかった。
もう一度深いため息をつくと、シカマルは窓に目をやった。
「……散歩でも行くか……めんどくせーけど…」
朝日はまだ昇ってはいなかった。
人もほとんどいない。にぎやかなのは鳥たちだけ。
何となくブラブラ歩いて、シカマルが最終的に辿り着いた先は、一軒の宿の前だった。
昨日の夜、テマリを案内し、彼女が眠っているはずの宿。
「何でここに来ちまったんだか…」
シカマルは、呆れるようにフッと笑うと、近くの壁に寄りかかった。
散歩は、ほんの気分転換のつもりだった。
ここに来るつもりはなかったのに、どうやら自然と足が向いてしまったようだ。
別にその行動に深い理由もないし、その理由も特に知りたいとは思わなかった。
ただ、自然に、何となくだった。
壁にもたれて顔を上げると、雲がゆっくり風と共に流れていく。
その中を、二羽の鳥が羽ばたいていった。
たった一日、空を意識しなかっただけなのに、空を見上げるのが久しぶりな気がした。
それに、昨日の自分が意識していたのは空ではなく、深い緑色の瞳の----
「ありえねー…」
それを否定すると同時に、もう帰るのかとどこか寂しさを感じている自分をも否定する。
今日帰ることは聞いてはいたが、いつここを出発するのかまでは聞いていない。
腕組みをしてしばらくそのままボーッと立っていると、宿の扉が開いて誰かが出てきた。
テマリだった。
身支度も整えて、巨大な扇子も背にしている。
その出で立ちからして、もう出発するらしい砂の使者に、シカマルは声をかけた。
「よぉ、どうしたんだこんな朝早くから」
思いがけない男の声が、思いがけない方向から聞こえ、テマリは目を丸くする。
「お前…なんでこんな所にいる?」
シカマルは眠たげに欠伸をすると、ポケットに両手を突っ込んで、そのまま向かってくる。
テマリは唖然とする。
「いつからいたんだ? まさか昨日の夜からずっといたなんてことはないだろうな?」
「んなストーカーまがいなことはしねーよ」
しかし、近いといえば近いのかもしれない。
そんな自分の奇妙な行動に、シカマルは内心、愕然とするが、
「まぁ、あんたは必要以上に世話を焼かれるのが嫌いみたいだが、
オレは案内係だから最後まで仕事は全うするつもりだ。あんたも昨日そう言ってただろ」
「それで、こんな朝早くから見送りか。呆れるほどたいした心がけだな」
テマリが目の前で微笑んだ。いつものややきついまなざしの彼女が、
突然浮かべるその微笑は、シカマルの心を微かに揺さぶった。
しかし、平常心を保ち、会話を続ける。
「言っておくが、今日は誰かに言われたからとか命令だからとかではなく、
オレの意思でしていることだから、そこんとこヨロシク」
いつのまにか二人は同時に並んで歩き出していた。それはごく自然な動きだった。
「その調子なら、すぐに上忍になれるはずだ」
「……めんどくせーな」
「あん? まだそんなことを言うのかお前は。さっきの心がけはどうした? 口先だけか?」
「……」
無言になったシカマルを、テマリが睨んでいる。
だが、すぐに表情をやわらげ優しく見つめ返すと、懐から何かを取り出して、
手のひらの銀貨を広げて見せた。
「今度会う時は、私が何かおごってやる。
それまでこのお金は預かっておくから文句は言うなよ」
「いいーって」
「何だ? もう会いたくないとでも言うのか?」
「ああ? そういう意味じゃねーよ。第一、あんたとは腐れ縁だから、また会えるだろ」
「ほーぉ、ずいぶん余裕ある言い方だな。わからないぞ、今度も会えるかどうかなんてのは」
「…何だよ、もう会えねーってのかよ?」
「会いたいのか?」
「バッ…、もういいよ、ったくめんどくせー! ホラ、もうさっさと行けよ」
「失礼な奴だな! 風の国の使者様を追い出すのか? それが火の国の忍の礼儀か?」
宿から門に近づくまでの道のりを、二人はこうした言葉のやり取りを延々としていた。
お互いを皮肉り合いながらも弾む会話。
楽しげにも聞こえるささやかなひととき。
そんなたわいもないひとときが、とても心地いい。
きっと二人は、同じ気持ちでいたことだろう。
お互いの顔から笑みが消えることはなかったのだから…。
「ここでいい。色々とありがとうな」
「ああ、気をつけて帰れよ」
いつも姿勢のいいテマリに礼を述べられ、猫背気味なシカマルの背筋が少しだけ正された。
「お前もはやく上忍になれ。…それじゃあな」
そう言って笑顔を咲かせると、テマリは門の外に歩を進めた。
「めんどくせーなー…」
相変わらず面倒臭そうに洩らし、頭の後ろを片手で掻く。
ふと、胸ポケットに何かが入っていたことを思い出し、
シカマルは遠ざかるテマリを呼び止めた。
「おい! これ受け取れ!」
シカマルの手元から離れたそれが、テマリの方ヘ飛んでいく。
振り向きざまに両手でキャッチしたテマリは、突然飛び込んできたそれに首をかしげる。
手の中にあるのは、小さな箱に入った酢昆布だった。
「安上がりで悪いけどよ、食いながら行けよ」
「お前…、何て色気のない餞別…」
「るせ」
そして、テマリも何かを思い出したように、ポーチに手をかける。
「ほら、礼だ」
そう言ってテマリが投げ返したのは…
「アメ玉か…。こっちもあんまり色気がないよな」
「お前がくれたのよりはマシだろ」
「そうかぁ? …ま、ありがとよ」
二人は微笑むと、お互い手を上げ別れを告げた。
シカマルはいつまでも、テマリの小さな背が見えなくなるまで見送っていた。
さて、帰って寝直しでもするかと振り返ると、
門の受付で、コテツとイズモがニヤニヤしていた。
シカマル自身、すっかりこの二人の存在を忘れていた。
と言うより、いることすら気付かなかった。
当然、からかわれることは目に見えていた。
「よう、色男。デートは楽しかったかい? …しかし色っぽくなったねぃ、あの子も。
ありゃ、あと2〜3年もすりゃ、とんでもない美女に化けるな。
それも、とびっきりのいい女にな。ライバルが増えて大変だぞ。
ちゃんと、ツバはつけておいたか?」
「コテツもわかりきったこと聞くなよ。こいつら、一人前に朝帰りだぜ?」
ったく、どいつもこいつも…。
ハァ----…っと、大きなため息を大仰に漏らす。
「そんなんじゃねーっすよ」
「へ? どういうことだ?」
「オレは、美人でも不細工でもない普通の女がタイプなんすよ」
「じゃあ、狙ってねーの? だったら、オレがいただいちゃおうかな〜?」
「……命惜しくないんすか?」
「お前、弱腰だなー」
「いや、オレにっすよ?」
「あ?」
シカマルは、微笑を浮かべると、
「…なんでもないっす」
そう呟いて、その場を立ち去った。
歩きながら、テマリにもらったアメを口に放り込むと、イチゴの甘い味といい匂いがした。
さっきの情景を味的に表現すると、こんな感じなのだろうかと想像していると、
突然アメが酸っぱくなり、シカマルは途端にむせた。
「何だよこれ、ただのイチゴアメじゃねーのかよ」
それはまるで、今別れた、少女を脱したばかりのテマリのようでもあった。
「……そう甘くはないか」
それは、今後お互いに待ち受けるであろう人生のようでもあるのだが、
そんなことを知る由もないシカマルは、甘酸っぱいそのアメを噛み砕いた。
<第一部完>
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第一部だったのか・・・。
変な妄想小説。
なっげーし。
しかし、うちのシカテマはよく喋るね。
ちなみに早朝も何故かいるコテイズは、無理矢理、夜勤っつー設定で(笑)。
第二部は、波乱万丈+なんかエロス・・・な予定。
|