第三章・第二話:里へ……(後編)
私は、雪のように白いアリューシュアの横顔を見つめた。
この子は私。私はこの子。もう誰も私達を切り離せない。
彼女を見つめていると、不思議とそんな気持ちがした。
{さて…そろそろ行かないといけないわ…
里の皆へ挨拶をしに…
サリー、乗って…}
そう言うと、彼女は首を地面に下ろした。
私は軽い躊躇の後、彼女の首に跨った。
すると、彼女はすっと首を上げた。
驚くほど滑らかに、私の体は彼女の首元へと滑り落ちた。
{行くわよ…しっかり掴まって…!}
そう言うと、彼女は翼をはためかせた。
周りの花々が、美しく色付いた雪のように舞い散った………
辺りの景色は予想以上に荒廃していた。
街は廃墟と化し、その中を兵士が行進していた。
辺りの草原は荒野と化し、美しかった森は枯れ果て、水は濁り、一角獣(ユニコ
ーン)やグリフォンを始めとした何種類もの動物達が行き場を失い、行き倒れとな
っていた。
{上から見れば良く分かるでしょう…?
この世界の様子がどれだけ悲惨か…}
そう言うと、彼女はすっと地面ぎりぎりまで降下した。動物達がさっと逃げた。
{そう…あなたの言う通り…
人は…日に日に世界を乱している…
どうにかしたい…私も、里の皆も考えてた…}
彼女は再び舞い上がりながら言った。その飛び方は、今の私の心情そのものだっ
た。
「私もそう考えてる…
でも、考えてるだけじゃ何も出来ない…
だから私はあなたの元へ来たの…
一緒に探しましょう…打開策を…」
{えぇ…そうね…
私…やっぱり良い仲間を得たかもね…ふふ…}
彼女は微笑む代わりに軽く喉を鳴らした。
「良い仲間…か…
迷惑をかけない程度に頑張るわね…」
{何を言ってるのよ…
あなたは私の契約者…
迷惑なんか気にしないわよ…}
「そう言ってくれると嬉しい…
ありがとう…アリューシュア…」
{ふふ…気にしないで…
私とあなたの間のことですもの…}
それは、小さな私と大きな彼女との深い繋がりを感じた一時だった…
そして、穏やかな一時は、次の一瞬で終わりを告げた………
小さなエンジン音が微かに機内に響く。
僕は、ただひたすらに任務遂行の為に「巡回」していた。
僕に初めて与えられた命令だった。
「レーダーに敵機と思われる機影を確認、発見次第撃墜せよ。」
それが僕の与えられた命令だった。
正直、断りたかった。
人など殺めたくなかった。
でも、僕は徴兵された身。
拒否権は一切無かった。
エリスの顔が目に浮かんだ。
彼女、僕が敵機を落としたって聞いたらどう思うだろうか。
そう思いながら、僕はじっと操縦桿を見つめた。
レーダーが反応した。
前方およそ1.5km先に一機、機影が映った。
僕はじっと目を凝らし、前を見つめた。
一瞬、何も見えなかった。
しかし、よく見れば白い「何か」が見えた。
それは、機械的な動きではなく、美しい躍動を見せる生物の動きだった。
ドラゴンだった。
純白のドラゴンに人が乗っていた。
それがレーダーに映っていただけだった。
「竜使いか…
お婆ちゃんが話していた話は本当だったんだ…」
僕はそう呟きながら、本部に無線連絡を入れた。
返ってきた答えはあまりにも残酷だった。
「お前の技量を見せてみろ。そいつを撃ち落とせ。」
僕は、ただその命令を遂行するしかなかった。
震える手で、僕は照準を「少しずらし」、機関銃を放った。
ドラゴンはこちらを向き、恐怖と怒りの混じった目で見つめた。
僕は当たらないように弾を撃ち続けた。
彼らを助けるには、これしかなかった。
そのままドラゴンはさっと上に舞い上がった。
僕は機関銃を撃つ手を止めた。
機体に衝撃が走った。
途端に一切の操縦が出来なくなった。
僕はふっと上を見上げた。
さっきのドラゴンと目があった。
僕はこくりと頷いた。
そして呟いた、「やれ。」と…
ドラゴンから灼熱の炎が吐き出される様子を、僕はスローモーションで見ていた
。
そして目にエリスの姿が映った。
彼女は敵国の攻撃で散った。
モンブランの見える美しい村に共に住んでいた。
今、彼女に会える…
そう思うと気が楽になった。
そして、全てが無になった………
私は、アリューシュアの行動をただ見つめるしかなかった。
そして、ただ彼女に抱きつき、泣くことしか出来なかった。
「どうして…?
どうして彼を殺したの…?」
{分からなかったの…?
彼は死にたがっていた…
理由はともかく、彼にはそれが一番だったの…}
本当にそうだったのかしら…?
そう思いながら、私はただ、落ちてゆく戦闘機の残骸を見つめることしか出来な
かった………
私達は、彼を弔ってから、急いでその場所を離れた。
レーダーで感知されているならば急いで抜けなければならない。次には命も無いかもしれない。
私の気持ちを察してか、アリューシュアは懸命に翼をはためかせた………
それから数日後、私達は鬱蒼とした森の上空を飛んでいた。
{サリー……もう少しで着くわ。私達……竜使いの里に……}
少し興奮した様子で、アリューシュアは言った。
「竜使いの里……どんな場所なの?」
私は思わず訊いた。
{とても……とても美しい場所よ。皆仲が良くて……森に囲まれていて獲物も豊富で……とても良い場所……}
「そうなの……?そんなに美しい場所なの……」
彼女の話を聞いて、私はふと故郷の村を思い出した。
村の真ん中に綺麗な湖があって、そこが子供達の遊び場だった。
お昼になると教会の鐘が鳴って、それが私達の昼食の合図。
花屋のキースさん、教会のノーヴェン神父、酒場のマスターのデュートさん……
今思い出しても、ありありとその様子が浮かんできた……
{さぁ、もう少しよ。もう見えてきてる。あそこよ……}
そう言って顎をしゃくって見せたアリューシュアの目線の先に、まるで森林の目の様に美しい湖と村が見えた。
私達は、静かにその湖畔へと降り立った。
見覚えがある。
直感的に私は思った。
そこは、私が子供の頃に遊んだあの湖畔に良く似ていた。
「不思議なこともあるものね……
初めて来た場所の筈なのに、此所は見覚えがある……」
私は思わずそう呟いた。
アリューシュアは不思議そうに私を見つめた。
アリューシュアは、降り立ってからすぐに私に挨拶を教えた。
不思議なことに、この挨拶は東洋竜を扱う者と共通だという。
何故かは彼女自身にも分からないらしい。 とにかく挨拶は必要最低限知っておくべきことなので、私はその十字切りの挨拶を練習した。
「彼」の時のように、白い光が走ったときは少し驚いたものの、これもきっとアリューシュアの力だと思ってそのままにしておいた。
まさかそれが、私が竜族間において重要な役割を果たすという意味だとは、思いもしなかった……
やはり見覚えがある。
村に近付くごとに、その直感は確信に変わっていった。
上空から見ていたときには分からなかったけれども、そこは確かに私の育った村に似ていた。
そして、村に一歩足を踏み入れた時、決定的な事実を目の当たりにした。
見覚えのある髭面の男が、私を見て振り返ったのだ。
「そんな……まさか……
あんた、サリーか……?」
驚いた様子で髭面の男は言ったが、驚いたのはこちらも一緒だった。
「デュ、デュートさん……?
どうして竜使いの里なんかに……?」
「どうしてって、この街は元々竜使いの里だったからさ。」
衝撃だった。
でも私の記憶の何処にも竜の記憶はない。
一番最初の竜の記憶はアリューシュアと出会った時だ。
「でも、私が此所にいたときには、竜は……」
「いなかった。それもそうさ。
子供には――大体10歳ぐらいまでだな――あまり竜は見えないからな。
不思議なもんだろ。」
「じゃあ……私の両親も?」
「あぁ……かなりの使い手だった。」
「会いに行けるかしら……母さんと父さんの竜も見てみたい。」
私は、懐かしい気持ちでいっぱいの中、そう言った。
「あぁ……サリー……その事だが……
良く聞いてくれ……」
いきなり、デュートは生真面目な顔をして言った。
「お前の両親は……死んだ。
お前を旅に出してすぐに、竜の間に原因不明の流行病があってな……
契約竜が死ねば、その契約者も死ぬ……分かるだろ?」
私は思わず絶句した。
「こんな暗い話もあれだ、早いとこノーヴェンのとこに行ったほうが良い。
新しく竜使いになった奴は教会で洗礼を受けないといけないからな。」
そう言うと、デュートはいそいそと通りを歩いていった。
多分酒場の仕入れがまだだったのだろう。
私達は、幼い頃に通り慣れた道をゆっくりと歩いた。教会に着くまで、アリューシュアは終始無言だった。
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