父は癌だった。
肺で見つかった癌は、あっという間に全身に転移し、医者にはどうすることもできなかった。
末期症状だった。ほんの数ヶ月前まであんなに元気だった父は見るも無残にやせ衰え、口数は極端に少なくなった。
全身を蝕む痛みと吐き気に苦しめられ、目は空中をぼんやりと見つめ、その視線の先には明らかに死が映っているに違いなかった。
僕達家族は、交代で看病をし、父を一人ぼっちにしないようにした。
僕は、大学が休みの週末にほぼ一日中付き添って世話をしていた。
父は、往々にして体調が良いときには、上半身だけをベットから起こし、僕とささやかな会話を楽しんだ。そんなときの会話は僕が小学校から高校まで続けた野球部での話が主だった。というよりも、僕達には共有できる話題がそれしかなかったのかもしれない。
僕が初めて野球グローブを買ってもらった時のこと。
初めて試合に出てヒットを打った日のこと。
中学校で野球部の先輩にしごかれて文句ばかり口にしていた時のこと。
大事な場面でエラーをして決まり悪かったあの日のこと。
高校野球最後の試合、照りつける太陽が眩しくこんな光景がいつまでも続くと思っていたあの夏のこと。
野球の話をしている限り、僕達は時間と思い出を共有していたし、そこには他者の入り込むことのできない憧憬があった。
しかし、もう二度と父が僕の試合を見ることはない。
できればかわいい孫のユニフォーム姿を見せてあげたいと思ったが、そこにはおそらく父はいない。日曜日の黄昏、太陽が連綿と続く稜線に沈み、夕陽が橙色に病室の部屋を照らし出す。
痛々しい管を体中に刺し込んでいる父のやせ細った体を見ながら、今この人は死ぬつつあるのだと思った。死は刻一刻と父の体に忍び寄っていた。
ベットからだらりと下げた右腕にふっと目をやると、昔、父と一緒にキャッチボールをやった頃を思い出し、なんだか涙が溢れてきて困った。
身近な人間の死に直面するのは初めてだった。祖父母は物心つく前に亡くなっていたし、
父の弟は、田舎で元気に役所勤めをしている。
僕は自分が壊れるのではないかとびくびくしていた。
父の死によって、自分の存在までもが危うくなり、ふらふらとして精神異常のようになってしまうのではと恐れていた。僕はあまりにも弱く、もろかった。
一度ばらばらになったパズルのピースは、再び組み立てることができる。しかし、一度粉々になった心の支柱は簡単には復元しない。
父が珍しく体調が良かったのは、それから2週間後の穏やかな昼下がりだった。
珍しく声には抑揚があったし、顔には表情があった。
高校の時同じチームだった仲間がどこに進学したのかという話を一通りし終えた後、
父は独り言のように言葉を発した。
「おまえには、慶応に行って欲しかったな。」
父は慶応大学の出身で、そのことに誇りを持っていた。だから息子にも自分と同じ道を歩んで欲しいと思ったのだろう。しかし、残念ながら僕がその期待に答えることはなかったという事情がある。そのことに少なからず後ろめたさを感じていたのも事実である。
しかし、今更なんでそんなことと、言葉に詰まっていると、父は僕から目を逸らし
病室の窓から見える欅の木々を眺めながら、
「でも、まぁもう死ぬからいっか。」
と言った。その声があまりにも澄んでいて、何もかも諦めたような潔さがあったので
思わず僕は、
「そうだね。」
と笑ってしまった。
父はこっちを振り返り、目だけで笑った後、鼻の頭に皺を寄せた。
「おまえ、俺の葬式はしっかりやってくれよ。墓参りも年一回は必ず欠かさないようにな。忘れたら化けてお前の夢にでてやるからな。」
「わかってるよ。」
父がもうすぐ死ぬことをもはや否定しなかった。
「だけどな、それ以外の時は俺のこと考えなくて良いから。年一回だけで良い。あんまり頻繁に呼び出されたら俺も参っちゃうからな。俺のこと考えてる暇あったら、女の子でもナンパしにいけ。」
「なんでだよ。」と苦笑いしたが、その父の言葉に含まれる温かく力強い思いが僕の心臓から指先にまでじわっと溶け込んでいくのがわかった。
強い人だ、と改めて父の顔を見た。
その視線は既に僕には無く、再び季節の変わり目にあたふたと準備をしている欅の気をぼんやりと眺めていた。
病室から人の声は消え、時間が止まってしまったかのようだった。
時間も音も無い世界。そんな世界ならば父は死ななくて良いのではないだろうか。
父は、僕のことを考えているのだ。
死に行く自分自身のことではなく、これから先、生き続けなければならない僕のことを考えているのだ。優しさが全身を包み込むように感じられた。それまで、もやもやと僕の周りを囲んでいた心配や不安がすーっと蒸発し、軽くなった心は存分にその優しさを染み込ませた。
死んだ人間のことで苦しむのはいつも取り残された人間だ。
取り残された人間は、その後も生き続けなければならない。
あの時、もっとああしてあげればと後悔し自分を責めるかもしれない。
人が死んでも思いは簡単には消えない。消えないからこそ苦しまねばならない。
忘れることができれば苦しむことは無いのだ。
それ故に母親が遺す子供への手紙はあまりに無垢で純粋で、それでいて残酷だ。
父は手紙を遺しはしない。
父は生きてゆく僕のことを考えたのだ。
自分自身の存在を敢えて忘れさせようとしたのだ。
それが父が僕に遺そうとした最後の愛情だったのかもしれない。
「俺のことは忘れろ。」
父は、それから1週間後の明け方、ベットで突然の発作を起こし、あっけなく死んだ。
苦痛で歪んだ表情がそのまま固まったように、その顔は生前元気だった頃とはまるっきり変わってしまっていた。顔は硬直し、深い目元の皺が一本一本はっきりと刻まれていた。それでいて、その顔はもう十分に生きたと満足しているようでもあった。
母は泣いていた。僕も泣いた。
初めて失った家族は、僕に野球を教えてくれた人であった。
僕に最後まで愛情を注いでくれた人であった。
思う存分泣こうと思った。
泣いて泣き崩れてやろうと思った。
病室から朝日が顔を覗かせる。
人の人生が終わりを迎えたその瞬間にも太陽は、容赦なくいつもの習慣を止めようとはしない。
人が生きていることなど最初から忘れてしまっているかのように。
人が死ぬ。太陽が昇る。そして、僕は生き続ける。
残酷に回り続ける太陽が、僕の体をはっきりと照らし出した。
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