押して駄目なら押し倒せ。(4)
結局、解放してもらったのは、部活終了時刻とほぼ同時。
スポーツやりたい練習がしたい部活に行かせてくださいお願いだからその手を離して、と悲痛な叫びを繰り返す俺を、あの変態サディスト生徒会長は最後まで自由にしちゃくれなかった。
書記の鳴沢先輩は、俺の方を気の毒そうに、申し訳なさそうに見つめるだけだったし。
副会長の桐谷先輩は言わずもがな、涼しい顔でお仕事を続けていらっしゃった(あの腹黒エセ優等生めが)。
んで。
生徒会室に拘束されてる間、俺は一体なにをしていたのかというと。
―――そりゃあもう、涙無くしては語られない、苦労の連続だったのである…。
「遼平、これ、なーんだー?」
「うぎゃー!!」
「はい、正解はこの前のメイド服♪ あのときは結局着せてあげられなくてゴメンね。ボクも忙しくてさぁ」
「なら一生忙しくしてて下さい!…っていうか話しながら何で服脱がそうとしてんですかー!!」
「え、メイド服、着てみたくないの?」
「俺が一度でも着てみたいと言ったことがありましたかこのボケボケ変態生徒会長!!」
両手を後ろで組まされ、ロープでぐるぐるに縛りつけられた状態の俺は、せいぜい体を揺すったり足をばたつかせるぐらいしか抵抗の方法がない。
…ちくしょう。なんで生徒会室にロープが置いてあるんだよ!!
「百均ショップで売ってたんだ。なんか使えそうだなって思って、そのまま生徒会費で買っちゃった☆」
「人の心を勝手に読まないでください! そんでもって、そんな下らねーことに生徒会費を使うなぁぁぁぁぁッ!!」
予算の管理はどうなってんですか!
っていうか生徒会会計は一体何をしてるんだ!?
「会計は、まだ2年生でね。すっごく素直な後輩でさぁ、ボクの言うことには逆らわないんだ」
「うわああぁぁぁまた勝手に人の頭の中読みやがったコイツ!」
「だって遼平、すぐ顔に出るんだもん」
「生徒会会計は一体何をしてるんだ、ってどんな顔をすれば分かるんですか!?」
「いやまぁ、そういう部分は愛の力で補ったりとか…」
「ひぃぃぃぃ!! 頬染めながら言わないでください!!!!」
「あ、涼。この書類コピーして、専門委員会の連中に配っておいてくれ」
「そして副会長! 仕事ばっかしてないで少しは俺の心配をしてください! このままじゃ食われちゃう!!」
「涼ー、ちなみに三枚目は拡大コピーでよろしくなー」
「無視しないでぇぇぇぇぇ!!!(涙)」
切羽詰まった俺の隣で、桐谷副会長は優雅にお仕事中。
書類のコピーを頼まれた鳴沢先輩は、ちらちらと心配そうに俺の方へ目を向けながらも、結局は副会長命令に逆らえなかったのか、何も言わずに生徒会室を出て行った。
そんな!! 唯一の常識人が!!!
「ふふふ、ようやく邪魔者がいなくなったね…」
「アンタは邪魔があろうがなかろうが年中無休で好き放題やってるでしょうが!! それに鳴沢先輩は邪魔者なんかじゃありませんから!!」
むしろ、俺にとっては唯一無二の希望の光でした!!
そうすると、渡瀬会長は気に入らなさそうな顔をして、むすっと顔をしかめた。
持っていたメイド服をばさっと後ろに放り投げて(俺に着せるためと豪語する割りには、けっこう乱暴に扱っている)、拗ねた子どものように目をそらした。
「やめた」
「ふぇ?」
「なんか、気分が乗らなくなっちゃった」
きょとんとする俺を横目で見やり、渡瀬会長は溜め息を吐いた。
眉間には、深い皺が寄せられている。
「ふん。なんだよ、鳴沢先輩鳴沢先輩って。ボクへの当てつけのつもり?」
「え、な、なんですか急に」
「ボクに嫉妬させようだなんて十年早いよ」
「は、ちょ、わけわかんないですよ何なんですか嫉妬って…――って、んむぅ!?」
口をふさがれる。
大きくて、男のくせに少々キレイすぎる手のひらが、俺の鼻と口を覆った。
…って、息できねーよ!!!!(汗)
「ん、むっ!」
「黙れよ。これ以上ボクの前で他の男の名前呼んだら許さない」
「ッ!?」
見たこともないほど、冷たくて、まっすぐな目、だった。
俺の知ってる渡瀬会長は、こんな表情はしない。
いつもヘラヘラしてて、気が抜けるような笑顔で俺のこと追い回して。
アホで馬鹿でわがままでお気楽な王子様。
それが俺の知ってる渡瀬会長。
彼は、こんな、冷たくて、悲しそうな表情は、しない。
時間が止まったような気がした。
「…!」
息が苦しい。
背筋が凍るような思いを味わった、次の瞬間。
「…なーんてね?」
「ぶはっ」
手が離され、ようやく自由に呼吸できるようになる。
げほげほと咳き込んで、俺は涙目で渡瀬会長を見上げた。
そこにはいつもどおりの笑顔。
「ごめんね」
「…?」
わけがわからず見つめ返す俺。
その隣で、それまで我関せずとばかりに黙々と仕事を続けていた桐谷先輩が、ようやくこちらに目を向けてきた。
「―――透」
無機質な声。
名前を呼ばれただけで、相手が何を言わんとしているか解るのか、渡瀬会長は桐谷先輩の方を見ると苦笑した。
「わかってる。許してよ、キリヤ。ちょっと調子に乗っちゃっただけ」
「…そうか」
溜め息を吐きながら立ち上がった桐谷先輩は、わけがわからないまま頭の回りにクエスチョンマークを飛ばしまくってる俺の傍にやってくると、そのロープを丁寧にはずしてくれた。
「あ…」
「すまなかったな、緒方。もう帰っていいぞ」
「え、ま、マジですかっ!?」
「ああ。うちのワガママ会長も、ようやく気が済んだらしい」
言われて、おそるおそる渡瀬会長の方を見やる。
にっこりと笑うその人は、先ほどの冷たい表情がまるで嘘のようだった。
「ずっと引き留めちゃって悪かったね、遼平。でもボク楽しかったよ。良かったら、また明日―――…」
「もう二度と来ませんサヨウナラ――ッ!!!!」
相手が言い終わる前に、俺はマッハで駆け出す。
帰る途中、コピーを終えた鳴沢先輩とすれちがったけど、言葉は交わさなかった。
それだけの余裕が、俺の方になかったのだ。
そして。
遼平が出て行った後の、生徒会室。
パシン、と乾いた音が響いた。
「何を考えている」
「…痛いな。叩くことはないだろう」
書類の束をたたきつけられた渡瀬は、無表情で桐谷を見やった。
顔とは裏腹に、声はまるで悪戯っ子のように弾んでいる。そのギャップが妙に不気味だった。
「ねえ、キリヤ。見た? さっきの、あの子の顔。泣きながら、あんな怯えた目をしてさ。きっとボクだけだ。遼平の、あんな顔を見られるのは」
「…馬鹿なことを抜かすな。前から変な奴だとは思っていたが、とうとう狂ったのか?」
「違うよ。ボクだって、好きな子を泣かせるのが趣味なわけじゃない。そりゃ、いじめたときの遼平の反応は面白いけどさ。…でも、本当は、もっと違うものが見たいんだよ。笑顔とか、喜んだときの、目とか」
「じゃあ、どうして」
「仕方ないんだよ」
バラバラに散らばった書類の束を整理し、きちんと重ねて桐谷に返しながら、渡瀬はにっこりと笑った。
「笑顔は、どう足掻いても手に入らない。それだったら、その対極に位置するもので我慢するしかないじゃないか」
笑顔の対極。
喜びの対極。
つまり、恐怖。怒り。―――負の感情?
桐谷は呆れて声も出せず、眉をひそめる。
やがて彼は、溜め息混じりにこめかみを押さえた。
「…いっそ、お前が哀れだよ、俺は」
「同情するくらいなら、協力してよ。これからも、ボクがあの子の傍にいられるように」
幸せそうに微笑む渡瀬。
それを見つめた桐谷が眉目を歪めたとき、ガラリと扉の開く音がした。
「ただいま」
「あ、涼。おかえり」
「…渡瀬」
コピーを終えて戻ってきた書記は、部屋に入るなり開口一番こう言った。
「解放してやる気は、ないのか」
「何のこと」
「緒方を、だよ」
「無理な話だ」
肩をすくめる会長に、書記は諦めたような表情でゆるゆると首を振る。
やがて疲れたような足取りで歩いて、コピーしてきた書類の一部を桐谷に手渡しミスがないかチェックをしてもらいながら、鳴沢は静かな表情で続けた。
「可哀相だな。あいつ」
「うん、ボクもそう思う」
「…渡瀬…」
「ん?」
「押して駄目なら引いてみろ、って言葉は知ってるか?」
その問いかけに、渡瀬はきょとんと目を瞬いた。
ゆっくりと、その言葉の意味を理解した彼は、やがてクスクスと肩を揺らして笑い出す。
「そりゃ、知ってるよ。でもね、ボクがそんなまどろっこしいこと、出来る人間だと思ってるの?」
椅子から立ち上がった渡瀬は、すたすたと歩いて窓際まで行った。
窓の外に見える広いグランドを眺めながら、彼は子どものような調子で楽しげに笑う。
笑い続ける。
「駄目だよ。恋は、押して駄目なら押し倒すぐらいの勢いがなくちゃ、面白くない」
その背中を。
2人の友人は、同情するように見つめていた。
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