続・変態生徒会長とオレ。(67/82)PDFで表示縦書き表示RDF


続・変態生徒会長とオレ。
作:木立久美子



イロコイ文化祭。(14)


 痛い。
 痛い。
 痛い。

 痛すぎて、どこが痛いのかも分からない。
 目の前が真っ暗だ。
 足下がおぼつかなくて、歩くことさえ困難になる。

 力の入らなくなった四肢。
 動かない体は重たい荷物でしかない。
 重力に従い、その場へずるりと崩れ落ちた。

 モノクロが揺れている。
 何の前触れもなく、世界が色を失っていく。
 飽和状態のようになった頭では、まともに物を考えることさえ出来ない。


(僕、今、何してたんだっけ)

(誰と一緒にいたんだっけ)

(これから、どうすれば、いいのかな)


 コンクリートにもたれかかったまま、茫然自失で空を見つめる。
 見慣れたはずの校舎が、まるで異世界のようだった。

 すべての音が遠かった。
 背後からの足音にも、気づかないくらいに。


「…渡瀬? おい、大丈夫か? しっかりしろ!」


 誰かが何かを言っている。
 自分の名前を呼んでいる。

 でも、何も聞こえない。
 

 まっくら。
 どこもかしこも、まっくら。


(壁が、つめたい)


 いったい何なのだろう、これは。
 徐々に感覚が麻痺していく。
 いつのまにやら、痛みでさえも遠くなる。

「変なの」

 ぽつん、と呟いた。
 嫌われてることなんか、とっくに解っていたはずなのに―――…。












「だいたいなぁ、逃げ回るくらいなら、最初から来なけりゃ良かっただろう。2日間も1人で校内うろちょろしてただなんて、お前はたから見れば結構マヌケだぞ? 確かに俺は『来ないと後悔させてやる』とは言ったけど、友人の意見をまったく尊重しないほど鬼じゃないんだからさぁ。せめてケータイの電源くらい入れておけよな。おおかた、俺からのメール見たくないとかそんな理由なんだろうけど」

「…」

「去年の事件、まだ引きずってんのかよ。そりゃまぁ、お前の気持ちは分からんでもないけどな。…沢山の人に迷惑かけたし、俺だって負い目を感じてない訳じゃない。でもな、いつまでも後ろ向きでいたって何も良いこと無いだろう?」

「……」

「渡瀬や他の後輩達にも、ちゃんと向き合って謝罪すべきなんだ。後悔する前に、俺達はまずそれをやらなくちゃいけなかった。前向きに、先のことを考えて行動すべきだったんだ。1人で悩まれても鬱陶しいだけだ。それなのにお前らは、いつまでもうじうじうじうじうじうじうじうじうじうじと! まるでウジ虫のように!」

「……じ、10回も言わなくても」

「 黙 れ 。 」

「……ハイ」


 地べたに正座させられた駿河さんは、ボロボロの顔でがっくりと項垂れた。
 三杉さんはその目の前に仁王立ちして腕を組み、大真面目な表情でクドクドとお説教を続けている。凛とした口調は「漢」と書いて「おとこ」と読みたいくらいに男前で、その線の細い容姿からは想像も出来ないほど高圧的なオーラを放っていた。


 例のセリフ(「俺達の贖罪なのに」とか「渡瀬の言葉は信じてやって」とか云々)の後、三杉さんはあっさりとオレから離れていき、いまだに痛みで動けないままの駿河さんを蹴り起こして(鬼!)座らせたのである。
 そして、それ以降ノンストップで説教は続いていた。もうかれこれ十数分だ。

(…すごいなぁ)

 三杉さんって、パッと見た感じは(こう言っちゃ何だが)か弱くて、思わず守ってあげたくなるようなタイプなのに、中身は随分とギャップがあるようだ。
 ヤンキーを正座させる優等生の図は、なんだか奇妙な微笑ましさすら感じられた。

 ―――じっと俯く駿河さんの頬が、真っ赤に腫れ上がっていなければの話だが。



「さてと」

 数分後、ようやく言葉が尽きたのだろうか。
 お説教を止め、三杉さんがくるりとオレの方を俯いた。(駿河さんは口から魂を出して気絶している)

「んじゃ、緒方くん。君はそろそろ校内に戻った方が良いよ」
「え?」
「いつまでもこんなところにいたらダメだろう。君は仮にも執行部の一員なんだから」
「あ…」
「一度引き受けたからには、ちゃんと最後までやり遂げなくちゃね?」
 
 にっこりと三杉さんが微笑む。
 そして、ぽんぽんと、オレの肩を優しく叩いてくれた。
 居場所を与えられているような安心感が、胸の痛みをやわらげていく。

 気づけば、素直にコクンと頷いていた。
 オレには居場所がある。でも、それはここじゃないんだ。

(…これ以上、逃げたらダメだ)

 スポーツの大会でもよくある。絶対に逃げちゃいけない場面。1人で頑張らなきゃいけない場面。
 たぶん今がそれなんだ。

 三杉さんと駿河さんの(壮絶な)やりとりを見ているうちに、オレの心は少しずつ落ち着いて、元のようにとまではいかないけれど、ある程度までの冷静さは取り戻していた。
 だから、解る。
 自分が何をするべきか。

(行こう)

 時計を見る余裕がなかったから細かい時間はわからないけれど、文化祭がそろそろ終了するということだけは確かだ。空は少しずつ茜色に染まり、日が沈めばすぐに辺りは真っ暗になる。
 お客さんが帰った後は、アンケートの集計や校内の片付けなど、沢山の仕事が待っているのだ。
 たとえどんなに傷心していたとしても、オレがそれらをすっぽかしていいという理由にはならない。
 きっと桐谷副会長や鳴沢先輩は、もう仕事に取りかかっているだろう。(双子は微妙だが)

 ――…それに多分、渡瀬会長あのひとも…。


「っ」

 ぶんぶんと頭を振って、その思いを振り払った。
 大切な仕事に、そんなもの持ち込んじゃダメだ。たとえ渡瀬会長がいたとしても、オレは行かなくちゃいけない。
 相手を傷つけておいて、仕事まですっぽかすようなヤツだなんて、思われたくない。


「…ありがとうございますっ、三杉さん。オレ行きますね!」

「ハイハイ、頑張ってね」

 ひらひらと手を振る三杉さんは、やっぱり優しげで儚かった。
 その後ろで放心している駿河さんを見て、オレは失礼だと思いながらも少しだけ笑ってしまった。











「緒方!」
「あ、竹下」

 校舎に戻り、上靴の裏をぬぐってから中へ入ると、すぐさまオレを呼ぶ声がした。
 振り向けばクラスメイトがこっちに向かって走ってくる。
 どうやらもうお客さんは全員帰ったようで、校内は片付けをする生徒達でごった返していた。この分では1−Bでも、とっくの昔に後片付けが始まっているのだろう。
 オレは不在だったこと詫びようと口を開きかけた。
 が、こちらに駆け寄る竹下の格好を見て、思わず目を見開いてしまった。

「竹下? お前、なんでジャージなんか着てんだよ。制服は?」
「あ、いや…これはちょっと、ジュースが爆発して…」
「へ?」
「いや、俺のことはどうでもいいんだよ!」

 ハッとしたように話題を切り替える竹下。
 真剣な表情で、ずいっとオレに顔を寄せ、息を潜めた。

「お前がいない間、こっちは大変だったんだぞ」
「…あ、ああ、ごめん。片付け放っぽらかしちまって…すぐ持ち場に戻るから」
「ちげーよ。そのことじゃなくて」

 竹下は首を横に振り、何かを言おうとしたが、近くを別のクラスの生徒達が通ったために、慌てて口をつぐんだ。
 そして暫く考え込んだ後、いきなり「ああもう」と謎の声を上げて、ぐいっとオレの腕を引っ張った。

「来い!」
「は?」
「いいから。来れば解るから」
「な、ちょっと、竹下?」

 オレは混乱しながらも、腕を引かれるまま竹下の後に付いていった。
 ざわめく廊下をすりぬけるように進み、人通りの少ない場所へたどり着く。
 そこは、職員室や教員専用の研究室、そのほか保健室や休憩室などが集まる管理棟の一部だった。
 なぜここに連れてこられたのか、オレは事情がわからず目を瞬く。
 しかし竹下はそんなオレに構うことなくズンズンと進み、保健室の扉の前で突然ピタッと止まった。

「ここだよ」
「え?」

 …何が?

 オレが首を傾げると、竹下はどこか硬い表情でそっと耳打ちした。



「渡瀬会長が、倒れた」



 え?



 思考回路が停止する。
 いつものフリーズじゃない。目の前が暗くなるような感じがして、物事が一切考えられなくなる。
 そんなオレをどこか苦しげに見つめ、竹下はそっと目をそらしながら続けた。

「ついさっきのことだよ。花瀬さんが、気を失ってる渡瀬会長をココに担ぎ込んだんだ。…今は、桐谷副会長が傍に付いてる。連絡を受けて、血相変えて駆けつけたらしいぜ。書記長も一緒だ」

「な、なん…で…」

「俺はただの連絡係だから、詳しいことは知らない」

 竹下はそう言うと、トン、と優しくオレの背中を押した。
 目の前に保健室の扉。
 硬直しているオレの肩に手を置き、竹下は微苦笑を浮かべた。


「何があったのかは聞かないよ。でも、今ここに入らなかったら、お前ぜったい後悔すると思うぜ」

 
 優しい手のひらが離れていく。
 竹下は教室棟の方へ戻りながら、ひらりとオレに手を振った。


「クラスの連中には、俺がうまいこと言っておくよ」


 だからお前は、後悔しないように頑張れ。
 小さな声で付け加えて、竹下は再び前を向いて歩き出した。
 学校指定の紺色のジャージが遠くなっていく。

 その背中が完全に見えなくなるまで見送った後、オレはのろのろと保健室の方へ目を戻した。
 本当は入りたくないし、あの人にどんな顔で会えばいいのかも解らない。
 けれど。


“渡瀬会長が、倒れた”


 それは、オレを決心させるのには充分すぎる言葉だった。















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