イロコイ文化祭。(13)
「駿河!!」
突然の声に振り向けば、こちらに向かって駆け寄ってくる三杉さんの姿。
叫んでいる名前は、今オレの横にいる男の人のもの。
驚いて硬直している駿河さんは、目を見開いたまま身動き1つしなかった。
もちろんオレだって驚いている。
こんなところで駿河さんに出会うとは思わなかった。
それに、この場へ三杉さんがやってきたことにもビックリした。
一体どうして、オレたちがここにいると分かったんだろう?
「駿河…!」
「み、三杉…」
息を切らして走り寄る三杉さん。
それに対し、どこか茫然としながらも、その呼びかけに答えて手を伸ばそうとする駿河さん。
まるで映画のワンシーンのようだ。
たとえるならば、そう。
長らく疎遠になってしまっていた友人同士の、感動の再会―――…。
かと思いきや。
「てめぇ今までどこほっつき歩いてやがったんだこのアホんだらぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
「ぐはぁッ!!!!」
跳 び 蹴 り ★
三杉さんの踵が、駿河さんの頬を華麗にえぐった。
蹴りの勢いでふっとばされ、その場に倒れ込む駿河さん。
「…!?」
それを見たオレの思考回路がフリーズしたのは、言うまでもない。
着地も完璧に決めた三杉さんは、普段の優しげな笑顔を消しさって、般若のような表情を浮かべながら駿河さんを見下ろしていた。
「ったくよー。来てるんならさっさと顔出しやがれってんだ。一体どんだけ探し回ったと思う? この俺に遠回りさせるなんて貴様にゃ十年早いんだよこのどぐされヤンキーが!」
「ちょ、三杉、やめ、蹴りながら喋るな…!」
「うるせぇ! だいだい昔っから手のかかるヤツだったよお前は! すぐ怒るくせにすぐ凹むし、猪突猛進なくせにいざとなると優柔不断だし。土壇場で逃げ回るなんて情けないにも程があるだろ!」
「痛い! 痛いって三杉!! 靴で顔蹴るのは反則だろ!?」
「お前にゃ良い薬だ! 甘んじて受けろ!!」
「無茶言うな!!」
がしがしがしと、駿河さんを蹴り続ける三杉さん。
そして倒れ込んだまま悲鳴のように叫び続ける駿河さん。
一体なんなんだろう、この状況。
つーか三杉さん、虚弱体質設定はどこへ行ったんだ…。
「あ、あの」
「ん?」
ようやく我を取り戻したオレが、おそるおそる声を掛ける。
すると三杉さんは、片足に体重をかけグリグリと駿河さんの腹を踏みつぶしながら(駿河さんが悲鳴を上げている)、オレの方を振り向いた。
そして、たった今オレの存在に気づいたと言わんばかりの表情を浮かべた。
「やあ、緒方くん。そんなところでどうしたの?」
「ど、どうしたのって言うか…オレから見たら三杉さんの方がどうしたのって感じなんですが…」
オレが引け腰になりながら答えると、三杉さんはようやく駿河さんの上から足をどけて(駿河さんはそのままピクリとも動かなくなった)、にっこりと爽やかすぎるほど爽やかに微笑んだ。
「ああ、驚かせてゴメンね。ちょっと取り乱しちゃったよ」
「…そうですか」
ちょっと、なんて可愛らしいレベルじゃなかった気がするが、あえてそのへんは突っこまずにおいた。おそらく防衛本能が働いたのだろう。
倒れたまま動かない駿河さんのことを気にしながらも、オレは三杉さんの顔を見て小首を傾ぐ。
「でも、なんでココに…」
「さっき藤野さんから連絡があってね。大急ぎで来たんだよ」
「えっ。オレたちがここにいるってこと、藤野さん知ってたんですか?」
「うん。そうみたいだね」
「…どうやって?」
「さあ、そこまでは聞いてなかったな」
そう言ってから、三杉さんはオレの方へ顔を寄せた。
「――…ところで緒方くん。君はどうしてここにいるの?」
「っ、え?」
突然たずねられ、思わず声がひっくり返る。
対する三杉さんは、笑みを消し、静かな表情で口を開いた。
「目が赤い。…泣いたのか」
「!」
オレは慌てて三杉さんから離れ、腕で庇うようにして顔を隠した。
でも、遅かった。三杉さんは何か確信したような顔をして、その後ふっと微苦笑を浮かべながらオレを見つめた。
「ごめん。俺が花瀬を呼んだからだな」
「ち、違…」
「君は嘘を吐くのが下手くそだ」
三杉さんは笑った。
俺はそういう子が嫌いじゃないよ、と。
「緒方くん」
頭の上に、そっと手のひらがのる。
よしよしと、まるで小さい子供になったみたいに撫でられた。
小柄な三杉さんの手は、細くて小さくて、今にも壊れそうなくらいで。
けれど、とても優しかった。
「渡瀬は、花瀬や駿河と同じなんだよ。器用なふりした不器用で、とんでもない臆病者で、その上、どうしようもない大馬鹿野郎なんだ。普段は強引なくせに、肝心なときに立ち止まってしまう」
「え…」
唐突に語り始めた三杉さんに、オレはどう答えていいやら途惑った。
おそるおそる、顔を隠していた腕を下ろす。
「ごめん、な」
目の前で囁くように、三杉さんが呟いた。
「俺達の贖罪なのに、君を巻き込んでしまった。君や他の後輩達には、謝っても謝りきれない。でも、」
手のひらが離れていく。
先ほど見事な跳び蹴りをかました人とは思えないほど穏やかな表情で、三杉さんは微笑んでいた。
優しく、優しく。
ひどく大人びた笑顔でこう言った。
「…渡瀬の気持ちは信じてやって。無関係の俺が、言える事じゃないのかもしれないけど」
「副会長〜。こっちのアンケート集計終わりました〜」
「そうか、じゃあ結果をメモ用紙に写して、コンピュータ室のPCに打ち込んでおいてくれ」
「計算はどうしますか? 俺、あまりそういうの得意じゃなくて…」
「あとで書記長を向かわせる。それと、他に暇そうな委員がいれば、アンケート回収を手伝うように指示してくれ」
「了解ッス」
2年部の実行委員が、一礼してパタパタと駆けていく。
文化祭の終わりが近づき、お客さんの書いたアンケートを回収するため、実行委員たちは皆忙しくしていた。アンケートを集計し、その結果で一番評判の良かったクラスには、執行部からの「ご褒美」を与えなければならない。
だが。
「…緒方と透はどこに行ってるんだ…?」
不在の2人を探すように、周囲をきょろりと見回して、桐谷は溜め息を吐いた。
渡瀬とは途中まで一緒だったのだが、なぜか暫く前に藤野からの連絡が入り、別行動となってしまったのである。渡瀬本人はすぐに戻るからと笑っていたが、それっきり全く音沙汰はなく、いつまで経っても帰ってくる気配はない。
一体どこで道草を食っているのだろう。
(また、緒方絡みで何かあったのか…?)
そう考えると、緒方遼平が不在なわけも説明がつく。
主戦力ともいえる2人がいないと、実行委員の仕事は滞るばかりだ。現生徒会長の渡瀬はもちろん、緒方だって仮とはいえ次期生徒会長なのだから、もう少し自覚を持って欲しいものだと桐谷は思う。
まぁもっとも、そこをカバーするのが副会長としての自分の仕事でもあるのだが。
「おーい、桐谷」
下級生達に指示を出しながら校内を歩いていた桐谷は、呼び止める声に振り向いた。
制服の腕に役員の腕章をつけた鳴沢が駆け寄ってくる。
「透達がいたか?」
尋ねると、鳴沢は首を横に振った。
「いや、ダメだった。もしかしたら先輩たちと一緒なのかとも思ったけど…相沢さんは分からないって言うし、三杉さんと花瀬さんは捕まらないし…。駿河さんに至っては、来てるかどうかすら不明だよ。緒方と仲の良い1年生にも聞いてみたけど、ここ数時間は一度も会ってないって」
「…ほんと何やってるんだあいつらは」
こめかみを押さえ、桐谷は呻いた。
まさか帰ったわけじゃないだろうし、カバンはまだ教室に置いてあるようだから、2人ともまだ校地内にいるのは確かなのだ。それなのに、どうして戻ってこないのだろう。
あれでも責任感の強い奴らだから、仕事をすっぽかすことはないと思うのだが…。
「まさか、何か良くないことでもあったのかな」
鳴沢が不安げに見つめてくる。
その問いかけには答えず、桐谷は無言で首を振った。
暫く逡巡した後、疲れたような吐息をこぼす。
「――…考えても始まらない。とりあえず、あいつらの分の仕事はカバーしてやろう」
眼鏡を押し上げ、更に続けた。
「それから、双子を連れてこい。あいつらは間違いなくサボってるぞ」
数分後。
その言葉通り、2人仲良くホットドッグをぱくついている天宮兄弟の姿が、中庭の模擬店前で発見された。
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