続・変態生徒会長とオレ。(65/77)PDFで表示縦書き表示RDF


続・変態生徒会長とオレ。
作:木立久美子



イロコイ文化祭。(12)


 ポケットの中で、ケータイがぶるぶると震えている。
 それを取り出した藤野は、表示された番号を見て小さく息をついた。
 檜山という、父親の部下の番号だった。

『お嬢。不審人物です』

 通話ボタンを押して電話に出ると、前置きもなく低い声でそう告げられた。
 案の定だと思った藤野は、女子高生らしからぬ落ち着きを持って「そう」と呟いた。

「場所は?」
『敷地の北です』
「人物の特徴」
『身長は170センチ前半、金髪の若い男です。年の頃は二十歳前後…おそらく十八か十九歳くらいですね。服装からして、あまり柄が良さそうには見えませんでした。人気の少ない場所をあてもなくフラフラしていて…どこか苛ついているようにも見えました。目つきも宜しくありません』
「なるほどね」

 しばらく考え込んだ後、藤野はケータイを耳に当て直しつつ口を開いた。

「まだ断定は出来ないけれど、確かにそれは怪しいわ。引き続き監視をお願い。決して気づかれないようにね」
『わかりました。…ところでお嬢』
「何?」

 唐突に声の調子を変えた檜山を、藤野は怪訝に思いながら聞き返した。
 すると、電話の向こうの父の部下は、少し躊躇いがちな口調でこう続けた。

『さっき…校舎の方から、緒方遼平と思わしき人物が走り去っていくのが見えたのですが』
「え?」
『しかも、走っていった方向が、先ほどの不審人物と全く同じでして』
「なんですって」

 目を見張った藤野は、思わずケータイをギュっと強く握りしめた。
 まさか。いや、でも。そんな。

 重たい沈黙が、電話を通して2人の間に落ちる。 


『…お嬢?』

 黙り込んだままの上司の娘を心配して、檜山がそっと名前を呼ぶ。
 すると、藤野は何やら気がついたような表情を浮かべて、クスッと小さく笑みを零した。

「檜山。…その不審人物の特徴を、もう一度言ってくれるかしら」
『は? え、ええ』

 突然の変化に驚きながらも、檜山は言われたとおり先ほどの言葉を繰り返す。
 金髪に、赤いピアスをつけた、柄の悪そうな若い男。
 そして年の頃は、18歳か19歳。

 昨年度の卒業生はちょうどそのくらいだ。

「もしかすると…もしかするかもね」

 自分の予想が当たることを願って、藤野はそっと目を閉じ微笑んだ。










 どうやって校舎を出て来たのかも覚えていない。
 ただ、走った。
 気づいたときには1人で走っていた。

「はぁ、はぁ」

 敷地の北側は、日当たりが悪いし一日中じめじめしているので、あまり人が集まらない。
 ぐしゃぐしゃの顔を誰にも見られないように、オレは校舎の影や狭い隙間をすりぬけるようにして走り続けた。
 遠くで、ざわざわと楽しそうな人々の声がする。
 それら全てが憎らしくて、情けない自分も腹立たしくて、オレはただ逃げつづけていた。

 渡瀬会長の顔が、ちらちらと脳裏に浮かぶ。
 目を見開いて硬直して、青ざめながらオレを見つめていた。かすれるような声で名前を呼んだ。

 それを拒絶してしまった。
 自分のやったことが相手を傷つけたのだと、混乱した頭でもそれくらいは理解できる。
 だけど。


「…オレだって…!」



 オレだって、傷ついた。

 
 どうして、いつもいつも、こんなふうに気づかされなきゃいけないんだろう。
 胸が痛い。じくじくと、奥から血があふれてくるような気がする。

 ああもう手遅れだ。

 オレはあの人を好きになってしまって、嫌いになれなくて、それなのに強引に手を振り払ってしまった。
 これでおあいこだ。
 渡瀬会長も、オレも、きっと同じだけ傷ついた。

 嫉妬からくる八つ当たり。
 オレは多分、当然のように渡瀬会長の傍にいる、花瀬さんの笑顔に嫉妬したんだ。
 そして、花瀬さんの傍で微笑む渡瀬会長が、その事実が、どうしようもなく口惜しかったんだ。


 だって。
 だってオレは、渡瀬会長あのひとと笑いあったことなんか一度もない。



「…っ…」

(これも、自業自得、って言うのかな)

 
 今まで渡瀬会長を拒絶してきたのはオレ自身だし、男同士の恋愛なんか有り得ないと豪語してきたのもまた、オレ自身だ。周囲の言葉に耳を貸さず、ただあの人の気持ちから逃げ続けた。
 そして、自分の気持ちからも。





 ―――…何を躊躇ってるのか知らないけどさ、そんなんだと、手遅れになっちゃうよ。

 ―――…そーそー。よく言うじゃん。大切なものは失ってから気づく、って。





 天宮兄弟の声が、エコーを伴って蘇る。
 確か、体育祭のときに言われた言葉だ。つい昨日のことなのに、もう随分と昔のことのように感じる。
 無機質な人形たち。
 あのときは、その言葉に大した意味なんか無いんだと思っていた。
 でも、違うんだ。

 双子はオレの気持ちを見透かしていた。


(もう、消えたい)

 ばかじゃないの、と。
 五月先輩の、呆れたような冷然とした表情が浮かぶ。
 まるでオレをあざけるように、冷たい響きが何度も頭の中に響き渡った。


(…ほんとはわかってた)


 オレはとんでもない臆病者だ。

 本当は、ただ恐ろしかった、だけなんだ。
 
 自分の世界が変化していくことや、それまでの価値観が破壊されてしまうこと。
 それが、オレはどうしようもなく怖かったんだ。
 だから逃げた。
 逃げ続けた。

 その結果がコレなのだ。


「はぁっ…」


 息を切らし、オレはその場にずるずると座り込んだ。
 第2体育館の裏、体育用具室の前。最近はほとんど物置代わりとしてしか使われず、滅多に開かない扉の鍵は、すでに埃やサビで変色していた。
 服が汚れるのも構わずその壁に背をもたせかけ、オレは膝頭に額を押し付けて俯いた。


 制服のズボンに、じわりと染みが広がって黒くなる。
 まだ泣いているのかと、自分の情けなさに溜め息が出た。

 女の子じゃあるまいし。
 自分から相手をフっておいて泣くなんて、お前はなんて馬鹿なんだと罵ってやりたくなる。


 これからどうしたらいいんだろう。
 こんなひどい顔じゃ皆のところに戻ることも出来ないし、だいいち今は誰にも会いたくない。

 本当に、どうしよう―――…。


 しゃがみこんだまま、このまま時間が止まればいいと、オレは半ば本気で願っていた。
















 それからどれくらい経ったのだろう。
 さくさく、と音がした。
 雑草を踏み倒して、誰かがこちらに歩いてくる、足音。

 さく、さく、さく。

 やがてそれは目の前で止まった。
 沈黙が周囲を支配して、暫くは何の物音も耳に届かない。
 いつまで経っても立ち去ろうとしない他者の気配に、オレはのろのろと顔を上げた。

「お前、泣いてんの?」

 唐突に、目の前の男がそう尋ねてくる。
 知らない声だった。
 若い男の、少しぶっきらぼうで他人に無関心な口調。

 座り込んだまま動かないオレを、具合が悪いとでも思ったのだろうか。それとも、たまたま通りすがったところにオレがいたから、声をかけてみただけなのか。
 どちらにしろ有り難くない。
 今は1人でいたい。


「…違います」


 オレは嘘をついて立ち上がり、さりげなく目元を拭った。
 顔をあまり見られないようにしながら制服の汚れを払い、相手の横をすりぬけ逃げようとする。

 でも、それは出来なかった。
 その男がサッと腕を出して、オレの逃げ道をふさいだからだ。

「何が違うんだ? ひどい顔してるぞ、お前。そんな情けないカッコで、どこに逃げるつもりなんだよ」

「…」

 初対面とは思えないズケズケとした喋り方に、少しムッとする。
 オレは泣き顔を見られないよう再び俯き、ほっといてくださいと呟いた。
 親切だか気まぐれだか知らないけれど、今は他人と話す気分じゃない。慰めなんかいらないから、早く一人にして欲しかった。
 何も考えずに、いっそのこと、あの人のことまで忘れてしまいたかった。


 なのに。



「こっち見ろ」

 そんなオレの肩を、見知らぬ男はガシッと掴んで、無理矢理自分の方に振り向かせた。
 びっくりしたオレは思わず体を硬くする。泣きはらしたせいで真っ赤になっている(と思う)目で、まじまじと相手を見つめ返した。

 バサバサの金髪。片耳に赤いピアス。
 黒のTシャツとジャケットに、穴あきジーンズ。
 じゃらじゃらのシルバーアクセ。

 見るからにヤンキーな男の姿に、オレはたじろいだ。


「な、何…」

「お前が緒方遼平?」

「!」

 
 名前を当てられたことに、オレは驚いて息を呑む。
 その反応で自分の言葉が正しかったことに気づいたのか、そのヤンキーみたいな男は小さく息をついた。

「そっか…やっぱりな。渡瀬が好きそうな顔だと思った」

「は? え、ちょっと、何なんですか」

 混乱しそうになりながら、オレはどうにか逃げようと身をよじる。
 離してください、と訴えると、相手はようやく気づいたように「ああ悪い」と言って、オレの肩から手を離した。


「――…どうしてオレの名前を、」

 聞きたいことは沢山あったが、とりあえずそれだけを尋ねてみる。
 男は小さく肩をすくめて、最初の時と変わらないぶっきらぼうな口調でこう答えた。


「お前の話を、三杉のヤツから聞かされてたんだよ。メールも電話も、そりゃもう嫌になるくらい沢山な」

「え?」

「脅されてたから仕方なく来たけど…やっぱり合わせる顔がなかったし。どうしようか迷ってたところにお前が来て…もしかしたら緒方遼平じゃねーかと思って声かけたんだよ。正解で良かった」

「そ、それって」

 オレは、今まで泣いていたことも忘れて目をパチパチと瞬いた。
 情けない顔を隠すことさえ忘れ、目の前の相手を凝視する。
 
 唐突に確信した。
 この人は去年の生徒会関係者だ。
 
 そして、例の事件の当事者―――…。



「ま、まさか、あなたは…」



 半信半疑でその名前を口にしようとした。



 その瞬間。





「―――駿河!」





 三杉さんの声が、静かな敷地にハッキリと響いた。















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