イロコイ文化祭。(8)
ダーンダーンダーンダンダダーン♪
双子に連れられお化け屋敷を出ると、ちょうどタイミングを見計らったかのように、そのメロディは流れはじめた。
音の出所は、竹下のケータイだった。
「竹下…それ、ダースベ○ダーのテーマ…?」
「あー、うん」
頷きながら、ごそごそとポケットを探る竹下。
携帯電話を取り出し、そこに表示された名前を見た途端「げっ」と呟き、眉間に深〜い皺を寄せた。
「部長だ」
「放送部の?」
「うん」
「「なんで着メロがダース○イダー…?」」
不思議そうな顔をしている双子の呟きには答えず、竹下は通話ボタンを押しながらケータイを耳に押し当てた。ものすごく嫌そうな顔で。
「はい……ええ、いまクラスメイトと一緒に…はい、そうッスけど…―――えぇッ!?」
暫く話していたかと思うと、竹下はいきなり大声を上げた。
傍にいたオレと天宮兄弟は思わず後ずさる。
でかい声出すなよ、と竹下を睨んだが、大して効き目はなかった。
「嫌ですよ、なんで俺が…っ…――…そりゃまぁ、大した用事はないですけど…!」
まるでオレたちなど眼中にないとばかりに会話を続ける竹下。
やがて、諦めたように「わかりました」と呟いて、大きく溜め息を吐きながらケータイを閉じた。
「ごめん、緒方。部長に呼び出されたからちょっと行ってくる」
「仕事か?」
「うん。なんか部長の相棒が風邪ひいたとかで…代理」
「そっか、頑張れよー」
「おー」
竹下は天宮兄弟にもペコッと頭を下げてから、ぱたぱたと急ぎ足でその場を去っていった。
要するに部長の使いっぱしりにされてるわけだ。あいつも結構大変なんだなぁと思う。
残されたオレは、竹下の背中が廊下の向こうに消えるまで見送った後、溜め息混じりに双子の方を振り返った。
「それにしても…」
「「ん?」」
「先輩たち、すごい格好ですね」
皮肉でも揶揄でもなく、素直に感じたことを口にした。
普段とは違う天宮兄弟の姿を、上から下までしげしげと眺める。
五月先輩は、白いシャツに黒の半ズボン。足下は便所下駄。
皐月先輩は、喪服の上に、真っ黒なマント。足には先の尖った黒ブーツ。
顔の隅々まで施されたメイクで、2人とも顔色は蒼白だった。まさしくお化けだ。
「カッコイイでしょ? 俺ドラキュラ」
妙に赤い(口紅でもひいたんだろう)唇から、尖った八重歯を覗かせて、皐月先輩がニヤリと笑う。
その格好が随分と気に入っているらしく、ばさりとマントを翻してポーズまで決めて見せてくれた。よく見るとマントはリバーシブルで、裏側は血のように真っ赤だった。どうせ暗闇の中では見えないのに、手が込んでいる。
「五月が作ってくれたんだよ」
「夜なべして頑張りました」
「さいですか」
ハハハ、と乾いた声で笑う。笑うしかないだろうコレは。
まったくブラコン兄弟には困ったもんだ。
「――…で、五月先輩は何の格好なんですか?」
気を取り直して今度は兄の方に尋ねてみると、五月先輩は「ああこれ?」と自分の衣装を摘んで見せた。白シャツの上には、古びたちゃんちゃんこを羽織っている。
「トイレの太郎君だよ」
「は?」
「知らないの? 太郎君は、トイレの花子さんの友達でー…」
「いやそれは知ってます。なんで太郎君なんですか」
入り口前のミイラ男と言い、着物姿の幽霊と言い、出てくるお化けには全く統一性がない。
それともアレか。これがホントの和洋折衷ってヤツか。東洋西洋、お化けたちの夢のコラボレーション。
自分の考えに思わず失笑しまう。
試しに尋ねてみると、五月先輩は肩をすくめて「クジ引きだよ」と答えた。
「何人もが同じ格好してても面白くないでしょ? だから重ならないように、それぞれが自分の仮装するお化けをクジで決めたの」
「へぇ」
「俺はまだマシな方だよ。学級委員長の田沼なんか『Qちゃん』だったもん」
「き、Qちゃん…」
「他にも妖怪人間○ムとかゲ○ゲの鬼太郎とか魔○っ子メグちゃんとか、いろいろあったよ」
「なんじゃそりゃ」
なぜにアニメキャラ。しかも昭和。
っていうか魔女っ子○グちゃんはお化けじゃねぇし。
(見たこと無いからよく知らないけど、多分そうだったと思う)
メ○ちゃんの格好した男子高校生か…あんまり…いや絶対に見たくないなぁ…。
話したこともない2−Cの先輩たちに、とてつもない申し訳なさと同情を覚えてしまう。
ご愁傷様、としか言いようがない。
(つーか2−Cに客が来なかった原因、ソレなんじゃねーのか…?)
オレが頬を引きつらせると同時に、皐月先輩が五月先輩の肩に顎を乗せながら口を開いた。
「ホントなんじゃそりゃだよねー。昭和キャラなんて、平成生まれの俺達にはハードル高すぎだし。そもそも俺は太郎君より、花子さんのカッコした五月が見たかったな〜。わざわざ高月鈴子に頭下げてまで衣装入手したんだからさぁ」
「何やってんですかアンタ」
呆れてツッコむオレに対し、五月先輩は珍しく困ったような表情で、
「いや…いくら皐月の頼みでも、俺…丸襟ブラウスにプリーツスカートはちょっと…」
しかも真っ赤なミニだったし。
ボソボソと呟いて、そっと目をそらす五月先輩。その心中は押して量るべしだ。
そんな兄の態度が気に入らなかったらしく、皐月先輩は拗ねたように唇を尖らせる。
「なんだよー。せっかく俺、持ち運べる便器まで用意してあげたのに」
「便器?」
「発泡スチロール削って作った」
「…」
何やってんだろうこの人達。
作ったのか。
マントやら便器やら衣装やら、この忙しい時期、わざわざ相手のために作ったのか。
なんかもうブラコンどころの騒ぎじゃない。兄馬鹿とか弟馬鹿とかのレベルを超えている。
(何だか、渡瀬会長たちが天宮兄弟を後継者にしなかった理由…わかった気がする)
この2人に生徒会を任せたら、とんでもないことになるだろう。
ドン引きしているオレには気づかず、皐月先輩は相変わらずベタベタと五月先輩に引っ付いていた。
「だいたいさぁ、なんで太郎君なんか引き受けたわけ。そんなマイナーなお化け、今時の若い子は知らないよ」
「そんなことないって。太郎君はメジャーだよ。名前も全国共通だし」
「いやいや違うね。太郎君なんて、花子さんブームに便乗して生まれただけじゃん」
「ひどいなぁ。何てこと言うの。太郎君だって頑張ってるんだよ」
「いくら頑張ったって、所詮は二番煎じでしょ。最近は次郎君とか三郎君とかも出て来てるらしいし、トイレの太郎君が消えるのも時間の問題だね」
「ナニソレ。それを言うなら、皐月の吸血鬼だって時代錯誤じゃん。だいたい俺だって好きでこんなカッコしてるわけじゃ―――…」
「あの、オレもう行きますね」
下らない口論を続ける先輩たちに背を向け、オレはすみやかにその場を立ち去った。
その後、オレは当てもなくそこらをブラブラと歩き回った。
誰かを誘おうかなとも思ったが、あいにく仲の良いクラスメートは、竹下も含めてみんな仕事中。
しかたなく、途中で1−Dにいる部活仲間のところへ寄り、そこで売っていたヤキソバを買って昼食にした。
「――…あら、緒方君」
「え?」
ヤキソバを食べ終わった後、水道で口をゆすいでいたら、後ろから名前を呼ばれた。
口元をゴシゴシと拭きながら振り返ると、そこには優雅に微笑む桜坂女子生徒会長の姿。
「藤野さん。こんにちは」
「こんにちは」
目上の相手には、とりあえず頭を下げてご挨拶。
部活動のおかげで、最低限の礼儀作法は体にしみこんでいる。
だがしかし。
条件反射のようにお辞儀をした後、顔をあげたオレは、驚きのあまり思わず後ずさってしまった。
「な…っ!」
「どうかした?」
きょとんと小首を傾ぐ藤野さんの後ろには、真っ黒スーツの男の人が5〜6人。
しかも全員が、顔に傷があったり縫い目があったり…。
簡単に言えば「ヤクザっぽい」。
オレは何と答えて良いのやら解らず、怪訝そうな顔をしている藤野さんに向かって、ただパクパクと口を動かした。何て訊けばいいんだ。その人たち誰ですか、とか?
…訊いても大丈夫、なのかな…。
そんなふうにオレが迷っている間、藤野さんの背後に控えていた男の1人がスッと動いた。
「お嬢。そろそろ時間ですが」
大真面目な顔で、藤野さんに向かって尋ねる。
180以上は有りそうな大男が、人形のようにほっそりした藤野さんへ敬語を使っている様子は、なんだか妙に違和感があった。
しかも何だよ「お嬢」って。
変だ。すっごい変だ。ツッコミたい。物凄くツッコミを入れたい。
だがしかし。
目をぱちくりさせるオレとは対照的に、藤野さんはまるで当然のようにそれを受け容れている。
「私は暫くここに残るわ。檜山を体育館に行かせてあるから、影井は万一に備えて、その付近に控えて頂戴。あと、他の者は自分の判断で動きなさい」
「つまり…予定通りに?」
「ええ。ただし、服を着替えてからね。そのスーツじゃ目立ちすぎるわ」
「で、ですが、仕事中はこれを着ろと、ボスに…」
「お黙りなさい。臨機応変という言葉を知らないの? お父様には私から言っておくわよ」
すげぇ命令口調。
しかもそれが板に付いている。
あっけにとられるオレに気づいているのかいないのか、藤野さんは淡々とこう続けた。
「何かあれば私の携帯に連絡して。動く場合もなるべく穏便に頼むわよ。桜祭が失敗したら元も子もないのだから」
「…わかりました」
「じゃ、行って」
「はっ」
藤野さんの言葉で、黒スーツの男たちが踵を返す。
周囲の注目を集めながら、その一団は曲がり角に消えていった。
―――…な、何だったんだ…?
オレは、ぽかーんとしながらそれを見送るしかなかった。
「ごめんなさいね、驚かせたかしら」
「うぇっ、あ、いや…そんな…」
苦笑する藤野さんに対し、オレは慌てて首を振った。
だが何を言っていいのやら分からず、ただモゴモゴと曖昧な言葉で濁してしまう。
訊きたいことは沢山あるけれど、それを本当に訊いていいものなのか迷う。それが好奇心とせめぎ合って、うまく言葉が出なかった。
そんなオレを見て、藤野さんはなぜか「可愛いわねぇ」とクスクス笑った。
「質問があるなら、どうぞ?」
「え?」
「遠慮しなくていいのよ。遼平君には、いつもご馳走になってるもの」
「ご、ご馳走って…?」
「萌えとか萌えとか萌えとかね」
「あ、ああ…ソッチですか」
思わずガクンと肩を落としながら、オレは藤野さんに合わせてヘラリと笑った。笑う気分じゃなかったけど、とりあえず笑った。
「ほ、ホントに訊いていいんですか」
「もちろん」
石橋を叩くように確認をしてから、オレは先ほどのことを思い出す。
真っ黒なスーツの男たち。頬の傷。まるで、ヤクザみたいな雰囲気があった。
そして藤野さんの言葉。
男たちの言っていた「ボス」という人物と、藤野さんの「お父様」は、おそらく同一人物で―――…。
それって、やっぱり。
もしかして。
「ふ、藤野さんの家って…まさか、ヤクザなんですか?」
遠回しな表現が思いつかず、直球で尋ねる。
失礼かな、とも思ったが、藤野さんは大して気にしたふうもなく愉快そうに笑っていた。
「やぁねえ、緒方君ったら。そんなわけないじゃない」
「あ、あははは〜…そ、そうですよね」
相手の言葉に、オレはふっと肩の力が抜けるのを感じた。
いつも通り上品な仕草で口元に指を添え、クスクスと笑いつづける藤野さん。
それを見て、オレが安心したのも束の間―――…
「ヤクザじゃなくて、元ヤクザよ」
藤野さんが笑顔で言い放った。
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