続・変態生徒会長とオレ。(60/82)PDFで表示縦書き表示RDF


続・変態生徒会長とオレ。
作:木立久美子



イロコイ文化祭。(7)


 ペンライトで足下を照らしながら、ゆっくりと進む。
 時折、横から低い呻き声が聞こえたり、水のしたたるような音や女の人の泣き声なんかが響いてきたりして、本物じゃないって解っていてもやっぱり怖いモンは怖い。
 
「…ひっ…! い、今、なんか悲鳴が…!」

「ばか、カセットテープだよ。いちいち怯えんな」

 オレの腕を掴んで放さない竹下が、ことあるごとに小さく悲鳴を上げていた。
 気持ちは解るが、ちょっとびびりすぎだ。オレだって怖いのに、そんなふうにしがみつかれたら弱音が吐けないじゃないか。(いや、別に吐きたいわけでもないんだが)

 そんなふうに、衝立で仕切られた道を慎重に進んでいると、いきなり行き止まりにぶち当たった。
 どうやら曲がるところを間違えてしまったらしい。

「竹下、引き返そう」
「お、おう」

 ペンライトを持ち替えて、もと来た道を戻ろうとした。
 その瞬間。


「うらめしやー」

「「ひぃぃぃッ!!?」」


 突然、目の前に血まみれの顔が浮かび上がった。
 ペンライトに照らされた幽霊の目はひどく虚ろで、水に濡れたような黒くて長い髪が、白い着物の上にだらりとさがっている。そしてタイミングを見計らったかのように、流れ出す「リ○グ」のテーマ曲。

 とても高校生の仮装とは思えないリアルさに、オレと竹下は思わず悲鳴を上げて後ろに倒れ込んだ。
 心臓がばくばくと鳴り響き、呼吸さえ止まってしまいそうになる。


「あ、あ…!」
「〜っ!」
 
「…くす」

 驚きと恐怖のあまり、まともな言葉も発せない。酸素不足の金魚のように口をぱくぱくと動かすだけだ。
 そんなオレたちを見て、その幽霊はさも愉快そうに唇を歪めて笑った。

「ごゆっくり」

 男か女かも分からないハスキーな声で呟くと、その幽霊はすっと背を向け、闇の中へと消えていった。
 オレと竹下は呆然としたまま、暫くその場にへたりこんでいた。


「…」
「…」
「…おい」
「…何」
「…大丈夫か?」
「…そっちこそ」

 やがてどれくらい経っただろうか、ようやく落ち着きを取り戻したオレたちは、自分たちの情けなさを誤魔化すように互いを小突き合った。
 なんだか無性に恥ずかしい。あんなの、先輩の誰かだって分かってるのに。

「ちょっと怖かった…かな」
ちょっと・・・・?」

 嘘つけ。めちゃくちゃ怖がってたくせに。
 強がる竹下を睨んでから、オレは足下に転がるペンライトを拾い上げた。闇に大分目が慣れたので、ライトがなくてもある程度までは周囲のことが見分けられるようになってきていた。

「けっこう本格的だな」
「だな」
「これでお客さんが少ない…ってのも変な話だよなぁ」
「怖すぎて誰も入りたがらないんじゃね?」
「有り得る」

 顔を見合わせて、大真面目に頷きあった。
 ひそひそと、どちらともなく小声で喋る。周りに隠れているであろう脅かし役の2年生に、あまり聞かれたくないのだ。

「とりあえず、さっさと歩いて終わらせちまおうぜ」
「了解」

 オレがグッと親指を立てると、竹下はふと思いついたようにこう言った。

「お前、何か喋ってろよ」
「は? 何かって?」
「ばか。黙って歩くより、何か喋りながら歩いた方が怖くねーだろ」
「なんだ。やっぱりお前びびってんじゃん」
「やかましい!」

 そんなふうに下らないことを喋りながら、ゆっくりと歩き出す。
 心なしか先ほどよりは落ち着いていられる。
 先ほどの血まみれ幽霊のおかげと言おうか何と言おうか、一度ピークに達してしまった恐怖は、もうそれ以上高まることはなかった。今度は何が出てきても絶対驚かないぞと、半分はもう意地みたいなものもあった。
 ときどき足を掴まれたり髪を引っ張られたりしながらも、暫くの間は何とか順調に歩いていく。

「…なぁ緒方」
「うん?」
「さっきのことだけど、さ」

 真ん中くらいまでは進んだだろうか。
 隣を歩いていた竹下が、唐突に口を開いた。
 聞こえるか聞こえないかくらいの、ひどく小さな声だったけれど、オレはなぜか不思議とその声をはっきり聞き取ることが出来た。

「なんだよ、さっきのことって」

 負けず劣らず小さな声で聞き返すと、竹下はちらっとこっちを見やって続けた。

「渡瀬会長とお前のこと…だよ。しつこくてゴメン。でも、どうしてもまだ言いたいことがあってさ」
「え…?」

 思わず立ち止まると、竹下はオレの耳もとに顔を寄せてこう囁いた。

「俺、2人に幸せになってほしいんだ。押しつけがましいかもしれないけど…お前を見てると、兄貴の友達のこと思い出すから」
「お兄さんの…友達って…」
「前にも話しただろ? 体は男、中身は女」
「あ、ああ」

 そういえば言ってたな…「兄貴の友達にソッチ系の人がいる」って。
 つまりはアレだ。ニューハーフってやつだ。
 その人の影響で、竹下は同性愛に対する偏見が全く無い。それは知っている。
 でも今、その人とオレと何の関係があるんだ?

 疑問符を浮かべるオレに気づいているのかいないのか、竹下は身じろぎもせずに立っている。暗くて表情はよく見えないけれど、なんだか苦笑するような気配があった。

「その人さ、よく兄貴の部屋へ遊びに…ってか、酒飲みに来るんだけど。酔うと必ずこう言うんだよ。自分の好きな人が自分を好きになってくれることって、すごい奇跡なんだって」

「…」

「あの人…物心ついた頃にはもう、中身は完全に女だったらしいから…つらい恋をいっぱい経験したんだろうな。好きな人に告白しても、相手がゲイじゃなければうまくいかないし。悪いときは『気持ち悪い』の一言で斬り捨てられたりもしたんだって」

「竹下、」

 オレは少し焦って、相手の腕を掴んだ。
 こんなところでそんな話、いくら声をひそめていたって、誰に聞かれるか分からないのに。

 竹下はゆるく首を横に振ると、大丈夫だよ、と囁いた。誰にも聞こえやしないからと。
 互いの前髪が触れ合うぐらいに近く、オレたちは顔を寄せた。

「あのな、緒方。俺…あの人のこと尊敬してるんだ。どんなに傷ついても、自分の気持ちに嘘を吐かない。すごい強い人なんだって思う。好きなものは好きだって、堂々としてて…すごく格好いいな、って」

「…」
 
 竹下があんまり優しい声を出すから、オレはどうしたらいいのか分からなくて、ただ相手の言葉を聞いていた。
 握りしめたペンライトが、オレたちの足下をぼうっと照らしている。
 オレは俯いてそれを見つめながら、ただギュッと強く相手の腕を掴んでいた。
 竹下が小さく笑った。

「――…ごめん。俺、心のどっかで、お前とあの人を重ねて見てたのかも。だから、あんなこと言っちゃったんだ。お節介だって解ってたのに」

「…いや」

 オレはゆるゆると力無く首を振った。
 竹下は悪くない。オレが我が儘で、臆病だから。
 
 渡瀬会長を好きだって、まだ認めなくないと足掻いている、どうしようもない馬鹿だから。

 好きなものは好き。
 傍にいたいと思うから傍にいる。
 手を握って、引き留めて、自分だけを見て欲しいと伝えること。

 そんな簡単なことさえ出来ずに、オレはただ遠くから、あの人をずっと見つめている。
 一般常識だとか、他人の目だとか、ちっぽけな男のプライドだとか。そういった類の感情に邪魔されて、オレはいつまでも自分の気持ちを肯定できずにいるんだ。

 本当は、もっと単純なことのはずなのに。
 好きですと、たった一言、あの人に言えばいいだけなのに。

 どうしてオレはそれが出来ないんだろう。

 あの人が女なら良かったのか。
 オレが女なら良かったのか。

 普通に、異性として相手を好きになっていたら、こんなに悩まなくても済んだのだろうか。

 男同士でさえなければ、もっと素直になれたのに、と。
 オレはそう思っているのかもしれない。
 だからいつまでも意地を張ろうとしているのだと。

 ――…もしそうなら、なんて馬鹿げた考え方だろう。
 どちらかが女だったら、オレたちは出会えなかったのに。

 オレは、なんて、馬鹿なんだろう。


「竹下」

 優しい友達の腕に縋りついて、オレは声を震わせた。
 ありがとう。ありがとう。

 でも。


「オレは―――…」

「緒方?」

 怪訝そうな声で名前を呼び、竹下がオレの顔を覗き込もうとした。
 竹下の腕が、崩れそうなオレの体を支えるように、肩へ伸ばされる。
 そのときだった。


「お客様。次のお客様の迷惑になりますのでさっさとお進みください」

「「え?」」

 唐突な声に、オレと竹下は思わず顔を上げる。
 するとそこには、真っ白な人形の顔が2つ、ライトに照らされて暗闇にぼんやりと浮かんでいた。

「「うぎゃ――――ッ!!!!」」

 あられもない悲鳴をあげながら、オレと竹下は抱き合って飛び上がった。
 まるで漫画のようなビビリ方だなぁと、恐怖に支配された頭の片隅でちらりと思う。これも現実逃避って奴だろうか。

「…くす」
「くすくす」  

 一方、その元凶である2つの人形は、そんなオレたちの反応に気をよくしたのか、にまぁ、と唇の端を引き上げながら笑っている。しかも全く同じ顔だ。超怖い。

「―――ん?」

 待てよ。
 同じ顔…って…。

「い、五月先輩っ、皐月先輩!!?」

「「やっほー」」

 手をヒラヒラと振りながら、同時にご挨拶。見事なシンメトリー。
 まごうことなく天宮兄弟だ。白粉でも塗っているのか、顔が真っ白なので気づかなかった。

 いまだに腰を抜かしている竹下を放置し、オレは恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら2人に掴みかかった。


「な、何やってんですかこんなところで!! 心臓止まるかと思ったじゃないですか!!」

「何って…脅かしたんだよ。俺達お化けだもん」
「ここはお化け屋敷なんだから、お客様を脅かすのは当然でしょー?」

「うっ…」

 正論だ。言い返せない。

 黙り込んだオレの頭をぐしゃぐしゃと掻き回しながら、皐月先輩がひょいっと後ろを覗き込んだ。
 竹下は、魂が抜けたようにボケ〜っとしている。

「おーい。大丈夫?」
「ありゃりゃ、意外と根性ないんだねぇ今年の1年は」
「そうだねー。態度ばっかりでかくて生意気だよねー」
「しかもさぁ、さっき緒方に手ぇ出そうとしてなかった? こいつ」
「あー出してたねー。肩に腕まわしたりなんかしちゃってさぁ」
「駄目だよー竹下くーん。緒方に手ぇ出すと、うちのボスに抹殺されちゃうよー?」
「そーそー。勝ち目ないから諦めなさい」

「ばっ…何言ってんですか2人とも!」

 竹下を突っついて遊ぶ双子の間に、オレは強引に割り込んだ。

「竹下はダチです! ただのクラスメイトです!! 勝手なこと言ってからかわないでください!!」

 双子の顔をまっすぐに睨みつけながら、力いっぱい叫ぶ。
 2人はそんなオレを見て目を細め、互いに顔を見合わせながら肩をすくめあった。

(…くそー。ちゃんと解ってんのかな、この2人)

 オレは顔をしかめながらクルッと後ろを振り向いて、へたりこんでいる竹下の首根っこを掴み強引に立たせた。

「とにかく前に進もう。出口はどっちですか?」

 尋ねると、双子はなんだか呆れたような顔をしながら、こっちだよ、と言ってオレたちを案内してくれた。













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