押して駄目なら押し倒せ。(3)
「―――ようこそ、生徒会室へ!」
華やかな微笑。
そして目に映るのは、整然とした美しい会議室。
我が校の生徒会トップが集う、オレみたいな凡人クラスにとっては憧れの場所。
でも。
「…帰らせてください」
今は、すぐにでも回れ右をしそのまま陸上部のフォームで走り出してしまいたかった。
例の変態生徒会長に腕をがっしりと掴まれているから、実際は逃げ出すことなど叶わないのだけれど。
「キリヤー、ただいまー」
「…」
無言でずるずると引っ張られるオレ。
最後の抵抗とばかりに、入り口の扉へ手足を引っかけて踏ん張ったりしてみたのだけれど、あっけなく室内に引きずり込まれてしまった。しかも渡瀬会長は片腕しか使ってない。…おいおい化け物かよ…どんだけ怪力なんだよ。
そうツッコミを入れたかったけど、言ったら言ったで「愛の力さ☆」とか気色悪いことを言い返されそうだったので、オレは何とか言葉を飲み込んだ。
「悪く思わないでくれよな、緒方」
いつのまにやら手を離していた鳴沢先輩が、本当に申し訳なさそうな顔をしながら俺の方を一瞥し、がちゃりと鍵を閉めた。逃げ道が完全に封じられてしまう。
おそらく渡瀬会長に命令されたんだろう。
こっちが「気にしなくていいんですよ」と言いたくなってしまうぐらい、鳴沢先輩は落ち込んでいる。
(…よかった。生徒会にもまともな神経をした人は存在したんだ。)
オレは何だか胸がいっぱいになった。そりゃもう有りとあらゆる意味で泣きたくなった。
鳴沢先輩は敵じゃないけれど、オレの味方でもない。
生徒会書記という立場にいる以上、渡瀬会長には逆らえないのだ。
抵抗を諦めて、オレはふっと遠くを見やる。これが最後の現実逃避。どうか、もう少しだけ浸らせてください…。
多分もう、逃げられやしないんだから。
「ごめん。遅くなって」
「本当に遅かったぞ。俺1人に仕事任せて、いったい何をしていたんだ―――…ん?」
生徒会室の奧から出てきた桐谷先輩が、オレに気づいて眉をひそめた。
暫く怪訝そうな顔でじろじろ人の顔を眺めた後、桐谷先輩は「ちょっと来い」と言って渡瀬会長の腕を引っ張る。
会長は、オレの側を離れることに多少嫌がったが、結局は桐谷先輩の言うことを聞いて相手の方に顔を寄せた。2人はオレから少し距離を取った場所で、ヒソヒソと何やら話し始める。
「透。なんで緒方を連れてきたんだ」
「おみやげ」
「誰に?」
「ボクに」
「―――自分で自分におみやげを持って帰るアホがどこにいる」
「こ…」
「ここにいるアホ以外で、だ」
「人のセリフをさえぎらないでよ」
「お前が、さえぎりたくなるような下らないことばかり言うからだろうが」
声が小さくて、うまく聞き取れなかったけど、オレのことが話題になっているのは何となく分かった。
―――…この2人が、うちのガッコの生徒会ナンバー1とナンバー2なんだよなぁ…大丈夫なのかなぁ…。
そんなことを考えながら、ぽつんと立っているオレの肩を、鳴沢先輩がポンと優しく叩いた。
「あ、」
「本当にごめんな。むりやり連れてきたあげく放ったらかしにして。とりあえず、そこの椅子に座っててくれよ」
「…っ…!!!」
微笑む鳴沢先輩の顔が、仏に見えた。
「鳴沢先輩バンザイ!!!」
「へ? えっ、急に何、ど、どうしたんだ?」
感極まって叫び、そのまま男泣きしはじめたオレに、鳴沢先輩がわたわたと慌てる。
それを目ざとく発見した渡瀬会長が、しゅぱぁっ!と光速(高速とか音速とかのレベルじゃなくてもう本当に光速だった)でオレのところにやってきた。
「――――…涼。なんでボクの許可無く勝手に遼平泣かせてるの」
「え、あ、いや」
っていうかお前の許可があったら泣かせてもいいのかよ。
誰もそんなことは突っこめなかった。
オレが大慌てでゴシゴシと涙を拭いている間に、渡瀬会長がずんずんと鳴沢先輩に迫っていく。
「怒らないから言ってごらん。な・ん・で・りょ・う・へ・い・泣・か・し・た・の?」
「ひっ…!」
怒らないとか言いながら既に目が恐ろしいことになってます生徒会長!
口元笑ってるけど目が激怒モードになってます生徒会長!
そのギャップがもんのすごく恐いです生徒会長!
がたがたと真っ青になって怯える鳴沢先輩を救出すべく、オレは慌てて2人の間に入った。
「か、会長、何でもないですから!!」
「遼平…でも君、さっき泣いてたじゃないか」
「いや本当に何でもないんです! 少なくとも鳴沢先輩のせいじゃありません(直接的には)!!」
「…」
必死に鳴沢先輩を庇うオレを見て何を思ったのか、渡瀬会長は唇を引き結んで眉をひそめる。
切ないような苦しいような、少し厳しげで複雑な顔。
会長のそんな表情を見るのは初めてで、オレは少しドキッとした、が―――――…。
「必死になってる遼平も可愛いっvv」
「ぎゃ!!!」
前言撤回。
やっぱりこの人ただの馬鹿だ!
唐突に抱き着いてきた渡瀬会長の腕から逃げようと暴れつつ、オレは心の中でそう叫んだのだった…。
一方。
取り残された副会長と書記は、少し離れた場所に避難していた。
「こ…こわかった」
「怯えすぎだぞ、涼。いいかげん慣れたらどうだ?」
「無茶言うなよ。俺は、緒方と同じ一般人なんだ」
「俺と透も一般人だぞ」
「…寝言は寝てから言ってくれ」
「なんだと? 失礼なヤツめ。よっぽど命が惜しくないらしいなぁ涼…」
「ゴメンナサイ冗談デス!!!!!」
「ふん。まあいい」
「…」
「おい。ところで緒方のヤツ、部活はどうしたんだ?」
「え…ああ。渡瀬がムリヤリ休ませたよ」
「だろうな。じゃあ顧問への報告は?」
「ここへ来る途中に、職員室へ寄って済ませた。可哀相に、緒方は最後まで『出ます! 出させてください!』って泣き叫んでたけど…」
「ヤツも、厄介な人間に気に入られたもんだな」
「キリヤ…そんな悠長に呟いてないで、助けてやれよ。渡瀬に命令が出来るのはお前だけなんだから…」
「嫌だ」
「どうして」
「面倒くさい」
「…」
「それに透は、俺が言ったところで素直に聞いちゃくれないさ」
「え?」
「今回は本気らしいぞ」
言って、にやりと笑う副会長。
それを見た書記は、驚いたように目を瞬いた。
<4へ続く> |