イロコイ文化祭。(6)
校門から校舎までの並木道にはいくつもの模擬店が並び、お客さんや生徒達の楽しそうなざわめきがずっと聞こえている。その人波は、中央棟とクラブハウスの間にある中庭まで続き、そこに置かれたベンチは既にカップルや親子で埋まっていた。
昨日に引き続き、空は快晴だった。秋とは思えぬ暖かさで、上着を脱いでも平気なぐらいだ。
そういえば先ほど擦れ違った生徒達が、
「やっぱ温暖化の影響かなー」
「地球やべーな」
「でも寒いよりマシだよなー」
「そーだなー」
と、少し微笑ましいような馬鹿らしいような会話をしていた。
思い出すと笑えてくる。昔は自分もあんなふうだったのかと、年寄りのようなことを考えて目を閉じた。
懐かしい、母校の匂い。
ゆらゆら揺れる並木道の木漏れ日も、ひっかき傷や落書きだらけの壁も、後輩達の笑い声も懐かしい。
今日は使われていない第2体育館の入り口前に腰を下ろし、小さく息を吐いた。
信じられない。1年前―――…いや、半年ちょっと前まで、自分がここにいたなんて。
ぼんやりと空を仰ぐと、碧色の雲が風に乗せられ、ゆっくりと流れていった。
穏やかな秋の空。あたたかい母校。
懐かしい友。かわいい後輩達。
何1つ変わっていない。
きっと変わったのは自分だけなのだ。
過去から目を背け、必死に逃れようと足掻いているのは、きっと―――…。
「こんなところにいらしたんですね、花瀬さん」
突如、凛とした声が響いた。
聞き覚えのある、甘く落ち着いた女の声。
思わず目を見開き振り返ると、やわらかそうな髪がふわふわと風に揺れていた。
品良く整ったその顔には何の表情も浮かばず、ただ真っ直ぐに自分を見つめている。
「君は…」
「随分と探しましたわ。てっきり校舎内にいらっしゃると思ってましたのに」
彼女の声は記憶の中のそれと全く変わらない。
今時の女子高生にしては酷く丁寧で、それでいてどこか高圧的な口調。
我に返った花瀬は、その懐かしさに思わず笑ってしまった。
「久しぶりだね、宮子ちゃん。元気だった?」
「やめてください。宮子ちゃんだなんて馴れ馴れしい。私を名前で呼んでいい男は、家族以外で宗吾だけです」
憮然として言い放つ。
そんな態度ですら懐かしくて嬉しくて、花瀬は緩んだ表情を引き締めることが出来なかった。
「相変わらず手厳しいな。そういう毅然としたところも好きだよ」
「そちらこそ、相変わらず口説き文句がお上手ですこと」
「唯一の取り柄なもんでね」
肩をすくめて、花瀬はゆっくりと立ち上がった。
ジーンズの埃をぱんぱんと払いながら、彼女の後ろを見やって目を細める。
異様な光景が広がっていた。
「…なんだい、物々しいな。お嬢さまってのは、お供がいないと出歩けないのか?」
「今日は特別ですわ」
そこで初めて、彼女はクスリと笑みを浮かべた。
女子高校生には不相応な自信に満ちた表情。
白磁の肌に、弧を描いた薄紅色の唇がよく映える。
「―――…ご安心を。今年は、去年のようにはさせません」
私の名誉に誓って、ね。
そう呟いた彼女の背後には、スーツを着た強面の男達が、従属するかのように控えていた。
「で、なんでオレたちがお化け屋敷に入らなくちゃいけないんですか…!」
あのあとオレと竹下は、天宮兄弟に引きずられ、2年C組の教室前までやってきた。
そして何故か、問答無用でお化け屋敷の中に放り込まれそうになっている。
「往生際が悪いね。怖がりすぎだよ」
「すっごく楽しいのになぁ。俺達のお化け屋敷」
どうやら2人はオレたちを逃がさないつもりらしい。
仲直り記念に遊んでいきなよっつーか遊んでいけ。と言ってオレの腕を放さない皐月先輩に対し、五月先輩はさりげなく竹下の背後に立って逃げ道を塞いでいた。双子の微妙な性格の違いがよく現れている行動だ。
目の前にある2−Cの教室は窓という窓に暗幕がかけられ、扉から首を突っ込んで覗いてみても、中は何も見えないほど真っ暗だ。入り口の横にはミイラ男が立っていて(おそらく2−Cの生徒の仮装だろうが、先ほどから微動だにしないので少し不気味だ)、本物のお化けが出て来そうな雰囲気は充分だった。
お客さんは一本ずつペンライトを渡され、それを頼りにゴールを目指し歩いていく。広めの教室内は板で仕切られて、迷路状になっているらしい。
正直言って、あまり暗闇が得意ではないオレは、どうにも気が進まず扉の前でぐずっていた。入らずに済むものなら入りたくない。っていうか双子を押しのけて今すぐ逃げたい。
ちらりと隣に目を向けると、どうやら竹下もオレと同じ気持ちでいるらしく、顔色があまり優れなかった。どうにか逃げられないものかと、双子の隙をうかがうように視線をあっちへこっちへ動かしている。
そんなオレたちに対し、双子は眉ひとつ動かさずグイグイと背中を押してきた。
「いいじゃん、ちょっとくらい」
「人助けだと思って入ってよ。お客さんが少なくて、みんな暇してるんだよ」
「だからって、なんでオレたちが」
「ごちゃごちゃ言わない。少しはうちの売り上げに貢献してよね」
「さっき止めてあげたでしょ。ジュースも買ってきてあげたじゃん。それのお礼くらいしてくれても良いと思うんだけどな」
「「…」」
そう言われちゃあ、断ることが出来なくなる。
先ほどの缶ジュース代プラス手数料といい、双子は結構お金にがめつい。
ってか、手数料まで取ったくせにまだお礼を求めるのかアンタら。
オレと竹下は顔を見合わせ、仕方ないなぁと頷き合った。まぁ確かに、他には特に行きたい場所があったわけでもないし、お腹は少し減っているけど、ちょっとくらい先輩たちのところに寄ったって別に構わない。
昼飯は後でゆっくり採ればいいだろう。
それに、今ここで断って双子の機嫌を損ねる方がはるかに面倒くさい。
(我慢できないほど怖いわけじゃないしな…まぁいいか)
「わかりましたよ。入りますよ」
「お手柔らかにお願いします」
「おお、さすが我が後輩達」
「よっしゃー2名様ご案内ー」
皐月先輩が口に手をあてて言うと、入り口の横に立っていたミイラ男がズズズと動き(竹下が隣で小さな悲鳴を上げた)、教室の中に向かってカランカランとベルを鳴らした。多分、中にいる脅かし役の生徒達に、お客が入ることを知らせるためのものだろう。
な、なんか、ちょっとびびってしまう。
「お…緒方ぁ…」
「情けねー声出すな!」
竹下を叱りつけるように言って、小さく息をつき呼吸を整える。
いくぞ、と自分に気合いを入れるように呟いて、ゆっくりと暗闇に足を踏み入れた。
「いってらっしゃい」
「楽しんできてね」
背後から、クスクスと笑う双子の声が聞こえて、背筋を冷たいものが駆け抜けた。
|