続・変態生徒会長とオレ。(56/82)PDFで表示縦書き表示RDF


続・変態生徒会長とオレ。
作:木立久美子



イロコイ文化祭。(3)


 それから再びお客さんは徐々に増えていき、1−B喫茶店は目の回るような忙しさになった。
 他のクラスメイト達と一緒に、オレは店内をあっちへこっちへと動き回る。
 無心で仕事をしていると、余計なことをゴチャゴチャ考えずに済むので、とても楽だった。
 注文をとり、お茶とサンドイッチを配り、テーブルを拭き、カップを洗う。営業スマイルを顔に貼り付けながら、それを何度も繰り返す。

 気がつけば、いつのまにか三杉さんと相沢さんの姿はなく、そして鈴子さんもいなくなっていた。
 きっと別の場所を回っているか、体育館でのステージ発表を見に行ったのだろう。

「さて、俺らもそろそろ交代の時間だな」

 客足が少し途絶えたところで、竹下がエプロンをはずしながらそう言った。
 時計を見ると、確かにオレたちの受け持ち時間は、残すところ後5分となっていた。

「緒方、このあと校内回るだろ? よかったら一緒に行こうぜ」
「あ、うん」

 特に誰かと回る約束をしていなかったオレは、竹下の言葉に二つ返事で頷いた。
 







「おっ、見ろよ緒方。チョコバナナだって。うまそうだな」
「食いたいの?」
「うーん…どうしよう。あっちのタコ焼きとヤキソバも捨てがたいしなー…」
「あ。2−Aでクイズ大会やってるらしいぞ。見に行かねぇ?」
「ん、何か賞品あんの?」
「一位はお菓子の袋詰めだって」
「…ビミョー」

 2人でのんびりと校内を歩く。
 私服姿のお客さんで賑わう廊下や教室は、普段オレたちが勉強しているところとは全く違う場所のようで、なんだか不思議な感じがした。

「なんか、カップルや親子連れが多いなぁ」
「そうだなぁ。…そういや竹下、お前カノジョは?」
「いるわけねーだろ。カノジョいたらお前なんか誘わねぇよ」
「なるほど」

 オレは納得して頷いた。
 男子校は出会いが少ないから、仕方ないっちゃあ仕方ない。

 かく言うオレだって恋人はいないし、第一、今はそれどころじゃないんだ。
 ――…自分から話題を振っておいてアレだが、正直、色恋沙汰な話はもう御免だった。 

 これも、墓穴を掘るって言うのかな。

 渡瀬会長のことを思い出してしまって、無意識のうちに溜め息がこぼれ落ちる。
 そんなオレを見て、竹下がゆっくりと口を開いた。

「なぁ緒方…こんなこと、部外者の俺が言うのも何なんだけど…」
「ん?」
「一回、話してみたらどうだ? 渡瀬会長と」
「!」 

 オレが思わず立ち止まると、竹下は躊躇いがちにこう続けた。

「…ごめん、こんな人が沢山いる廊下ところでする話じゃないよな。でもさ、俺、ホントにそう思うんだ」

 このままでいい、なんて思えない。
 そう言った竹下の表情は真剣だった。茶化しているわけでも、興味本位で首を突っ込んでいるわけでもない。本気でオレのことを心配してくれてるんだと分かる。

 人目をはばかってだろうか、竹下はオレの手首を掴んで歩き出し、人気の少ない階段裏へ連れ込んだ。
 滅多に人が来ないその場所は、暗くて少し埃っぽかった。

「そりゃ、お前が途惑うのもわかるよ。女が好きだって言ってたもんな。…同性を好きになるのは悪いことじゃないって、部外者が口で言うのは簡単だけど…やっぱり当人にとっては割り切れない部分もあるだろうし…」

 周囲に誰もいないのを確認してから、竹下は話し始めた。
 言いたいことがまとまらないのか、少しもどかしそうに前髪をくしゃりとさせながら、言葉を選ぶようにゆっくりと続ける。

「だけどな、俺、もったいないって思うんだ」

 ざわざわと、遠くで沢山の話し声がする。賑やかで楽しそうな笑い声が、まるで別世界のように感じられた。オレ達の周りだけ隔絶されたみたいに、しんとしている。

「もったいないって…?」
 
 先を促すと、竹下は小さく息をつきながら口を開いた。

「お前と渡瀬会長の気持ちがもったいないんだ。せっかく両思いなのに、一緒にいないなんておかしいだろ? 花瀬さんのことだって、お前が気にしすぎなだけだよ。渡瀬会長が好きなのはお前だ。あの人は、お前しか見てない。少なくとも俺はそう思ってる」

「…」

「正直、可哀想だよ。つらくて見てらんないくらい、俺、渡瀬会長が可哀想なんだよ。…緒方のこと、ずるいとも思う」

「え…?」

 オレは思わず聞き返した。
 なんで、そんなことを言われるのかわからない。
 何が、ずるいって?

「お前の行動。全部がだよ」

 竹下が答える。

「あんなに好かれてるくせに、自分もあの人のこと好きなくせに、お前どうして逃げるんだ? 男が男を好きになるのが普通じゃないからか? お前、自分の気持ち否定してまで“普通”にしがみつきたいのかよ」

「…!」
 
 喉の奥に何かがつかえて、声が出ない。
 行き場のない感情をゴクンと飲み込む。

 竹下はまだ続けた。

「花瀬さんのこと、渡瀬会長に聞いてみればいいじゃないか。何も話さないまま悩むなんて馬鹿げてるよ」
「…ばかげてる?」
「ああ。話して確かめればいい。それで、お前の気持ちも伝えればいいだろ。それが一番良いんだよ」
「…」

「どうして自分に嘘つくんだ、緒方」

「っ」

 オレは自分の手をギュッと握りしめた。昨日、渡瀬会長に振り払われた手だ。
 竹下がオレを心配してくれているのは、痛いくらいに分かる。こんなに気にかけてもらって、有り難いとも思う。

 だけどこいつには分からない。

 オレの気持ちも、痛さも、絶対に分からない。

 なのに。


「―――どうして」

「え?」

「お前の方こそ、どうしてだよ。竹下」


 勝手なこと言うな。
 なんにも知らないじゃないか。

 オレの気持ちはオレにしか感じられないように、渡瀬会長の気持ちは渡瀬会長にしか分からない。
 渡瀬会長がオレのことを好きだって、どうしてお前が言い切れるんだ。あの人が花瀬さんのことを好きじゃないなんて、どうしてお前が言い切れるんだよ。

 何の根拠もないくせに。

 
「勝手なこと言うな!」 

「っ」


 思わず声を荒げてしまう。
 目の前の竹下の肩が、びくりと震えた。

 オレは浅い呼吸を繰り返しながら、じわじわ滲んでゆく視界をどうしようも出来なかった。
 情けないと思う。かっこ悪いと思う。
 それでも一度泣きはじめたら止まらなくて、目尻に溜まった涙は今にもこぼれ落ちそうになる。

「…なんでっ」

 最低だ、オレ。
 こんなのただの八つ当たりだって分かってるのに。
 止まらない。

「なんで竹下おまえがそんなこと言うんだよ! 何も関係ないじゃん!」

「…緒方、」

「オレがどうしようとオレの勝手だろ!? なんでそんなこと言われなきゃなんないんだ!! お前に説教される筋合いなんか、これっぽっちもねーよ!!」

 あんまり大声を出したら他人に聞こえるとか、明らかに言いすぎだとか、そういう考えが頭を掠める。
 でも掠めただけで、オレの愚かな行動を止めるまでには至らない。

 泣きながら叫ぶオレを前に、竹下はどうしていいのか途方に暮れているらしかった。当然だ。竹下はよかれと思って忠告してくれたのに、オレは勝手に逆上して、意味もないことを喚きちらしている。


「緒方、俺…」

「オレなんか放っとけばいいだろ! 他人の色恋沙汰に首突っ込むのがそんなに楽しいかよ!!」


 差し出された友人の手を、オレは力いっぱい振り払おうとした。 


 そのときだった。


「はい、そこまで」

 誰かの手が、オレの腕を掴んで動きを止める。
 びっくりして振り向くと、そこには天宮兄弟が立っていた。

「先…輩…!?」

「まったく、何やら話し声がすると思って来てみれば」
「君達いつの時代の青春ドラマやってんの? いまどき流行んないよ、そういうの」

 皐月先輩が溜め息混じりに言いながら、間に割って入ってくる。
 五月先輩はオレの腕を掴んだまま自分の方へ引き寄せて、竹下からオレを遠ざける。
 いきなり現れた2人の先輩に、オレと竹下は驚きのあまり硬直していた。

「ほら、とりあえず頭冷やして。涙も拭いて」 

 そんなオレたちを見て呆れたような顔をしながら、五月先輩がゴシゴシと俺の顔をこすってくれる。

「そっちの…竹下だっけ? 君もいつまでボケッとしてんの。しっかりしなよ」

 小学生じゃないんだからと溜め息1つ。
 五月先輩の言葉に、皐月先輩もそうだそうだと同調して、オレと竹下の背中を思い切りバシンと叩いた。
 超痛い。

「…っ」
「いッ…てぇ…」


「1年坊主が五月の胸で泣こうなんて一億万年早いよ。それと、その情けない顔もなんか苛つくから、さっさとどうにかしてくんない?」


 憮然としながら言う皐月先輩。

 その内容は滅茶苦茶だ。
 理屈も何もあったもんじゃない。 


 でも、今はそれに従うのが一番正しい行動なんだろう。


「――…はい」


 オレは素直に頷き、制服の袖で目元をぬぐった。



  












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