イロコイ文化祭。(2)
そのあと、うるさい双子をどうにか追い返し、オレたちは店の準備に取りかかった。
文化祭スタートは9時30分。早めに登校したから、まだ時間は充分にある。
「おーい、看板まがってないか?」
「食器ちゃんと数えとけよー」
「あ、テーブル汚れてる。布巾とって布巾」
「メニュー表の準備はー?」
がやがや、わいわい。
みんな忙しそうに、でもどこか楽しそうな顔で教室内を動き回る。
オレたちがやるのは喫茶店だ。
クラスの中に、食器集めが趣味だという少し変わったヤツがいて、そいつのおかげで結構きれいなアンティークを沢山そろえることが出来た。足りない分は、皆がそれぞれの家から持ち寄った。色とりどりのカップや小皿がずらりと並んだ様子は、なかなか壮観だ。
メニューは、紅茶と緑茶と麦茶とコーヒー。子ども向けのココアとオレンジジュース。その他に、サンドイッチなどの簡単な軽食も用意してある。
隣の1−Aの教室は空き室になっている(1−Aは体育館での出し物らしい)から、そこを借りて準備するのだ。
「ぷっ、かわいいな緒方! お前そのエプロン女物だろ!?」
「う…うるせーな! 家にコレしか無かったんだよ!」
清潔第一のため、接客のときや調理中は、全員がエプロンと三角巾を着用する。
予算が足りなかったため、エプロンはそれぞれ各自で準備することになっていたのだが…。
「っく…おま…っ…すげぇ可愛い。高校生にもなって、クマさんエプロンが似合う男って…どうよ…」
「知るか!」
オレのエプロンは母に借りたもので、淡いオレンジの生地に、かわいいクマの刺繍がほどこされている。花模様の大きなポケットの上で、蜂蜜を目の前にしたプーさんのように、にっこり微笑んでいるのだ。
――…出来ることならオレだって着たくなかったが、他に準備できなかったのだから仕方ない。
可愛い可愛いとオレを指さし大爆笑しているクラスメイト達に、オレは「いいかげんにしろ」と叫んで、手元のテーブルクロスを思いきり投げつけてやった。
『それでは、桜祭第2日目、文化祭をスタートいたします。生徒の皆さん、お客様を笑顔でお迎えしましょう』
午前9時30分。
予定通り、文化祭がスタートした。
どやどやと物珍しげな顔で入ってくる一般客、それを呼び込む生徒達。
活気につつまれた校舎内が、なんだかキラキラしていた。これぞお祭り、って感じだ。
オレたちの喫茶店も、開始早々からなかなか好評で、午前中の当番であるオレは、他のクラスメイト達と一緒にぱたぱたと店内を走り回った。(いや、ホントは走っちゃいけないんだけど。でもそれくらい忙しかった)
「よぉ、やってるな」
「お茶飲みに来たよー」
「あ。相沢さんに三杉さん!」
客足が少しおさまり、接客にも余裕が出て来たころに、卒業生2人がやってきた。
運んでいる途中だった食器をクラスメイトに任せて、オレは2人に駆け寄った。
「いらっしゃいませ。ゆっくりしていってください」
「ありがとう」
「緒方くん、そのエプロン可愛いね」
「…どうも」
無邪気に微笑む三杉さんから、オレはそっと目をそらした。
褒められてるのか、からかわれてるのか…いまいち判断がつかない。
気を取り直して2人を席に案内しながら、オレはふと思いついたことを尋ねた。
「今日は、お2人一緒に来られたんですか?」
三杉さんは、ううん、と首を振った。
「相沢とは、さっき廊下で会ったんだ。俺は花瀬と一緒に来たんだけど…あいつ、駿河を探してくるって言って、どっか行っちゃったんだよ。ケータイは繋がらないまんまだし」
「そう…ですか」
オレは目を伏せた。花瀬さんのことは考えたくない。
昨日は結局、卒業生4人が揃うことはなく、あのまま少し話してお開きになったのだそうだ。
それでも、ほんの少しでも花瀬さんと一緒にいられて、渡瀬会長は心から喜んでいたと思う。昨日のあの表情が何よりの証拠だ。
もしかして今日も会う約束をしているのかなと考えて、オレは慌ててその想像を振り払った。バカだ。今日はあの人のこと一切考えないって決めたはずなのに。
「め…メニューが決まったら言ってください。今おしぼり取ってきますから」
「あ、緒方くん」
窓際の席に2人を案内した後、オレはさっと身を翻した。
その背中に、三杉さんの声が掛かる。
オレが怪訝な顔をしながら振り向くと、その人はふんわりと笑みを浮かべた。
「そのエプロン姿、渡瀬にも見せてやれよ。きっと喜ぶよ」
「…っ」
オレは掠れた声で、考えておきます、と何とか返事をした。
そして大急ぎで教室を出ると、顔を隠しながら隣の空き教室へと飛び込み、エプロンの裾で目元を何度もごしごしと擦った。暫くの間、顔を上げることが出来なかった。
――…どうかしてる。
あの人の名前を聞いただけで、泣きそうになる、なんて。
(情けねぇ…どこの恋する乙女だオレは…)
はーあ、と深い溜め息をつきながら、オレは立ち上がった。
早く持ち場に戻らなくちゃ。クラスの連中に怒られる。
教室の出口に向かいながら、ふと気づいて目蓋に触ってみる。さっき擦りすぎたから、ひどい顔になっているかもしれない。目が腫れてたりしたら、周囲の人間に変に思われるだろう。
「どうしよ…どこかに鏡とか無いかな」
「これ使いますか?」
「あ、はい。どうもありがとう」
差し出された手鏡を受け取って、オレは自分の顔を確認した。
うん。少し目元が赤いような気もするけど、これぐらいなら大丈夫―――…って!
「りッ、鈴子さん!!?」
「あら。やっとお気づきになりましたのね」
飛び上がって驚くオレに、鈴子さんは可愛らしくコロコロと笑った。
オレは口をぱくぱくさせながら、ドキドキうるさい心臓を手のひらで押さえた。最近は驚かされてばっかりだ。生徒会に関わり始めてから、オレの寿命は確実に縮んでいると思う。
「い、一体いつから…!」
「1−Bのお店にお邪魔しようと思いましたら、ちょうど遼平君が出てくるのが見えたんです。ただならぬ様子でしたから心配になって…ずっと後ろに付いていたんですよ♪」
「怖!」
「まあ。本当にわかりませんでしたか?」
「わかりませんでしたよ!!」
どこのホラーだ。
「はぁ…まあ、とりあえず手鏡、ありがとうございました」
「いいえ、どういたしまして」
鈴子さんに手鏡を返しながら、オレは小さく息を吐いた。
少しだけ、気持ちが落ち着いていた。しゃっくりと同じように、ネガティブな思考も、びっくりすると止まってしまうんだろうか。だとしたら鈴子さんのおかげだ。
教室内に戻って、どこ行ってたんだよーと怒るクラスメイトに謝りながら、オレは鈴子さんを2人がけのテーブルへ案内した。どうやら誰かと待ち合わせしているらしい。おそらく藤野さんだろう。
オレが放ったらかしにしてしまった三杉さんと相沢さんのおしぼりは、他の当番が気を利かせて、ちゃんと2人に届けておいてくれたらしかった。
「鈴子さん、メニューどうします?」
「紅茶をお願いしますわ」
「ミルクと砂糖は?」
「たっぷりめで」
「かしこまりました。少々お待ちください」
にっこりと営業スマイル。
メニュー表を持ってさがろうとするオレの袖を、鈴子さんがつんつんと引っ張った。
「ところで遼平君」
「はい?」
「写真、撮らせてもらってもよろしいですか?」
「…はい?」
「そのエプロン姿、すっごく萌え〜なんですけど」
「…………」
「駄目ですか?」
「…………好きにしてください」
感謝の気持ちは、一瞬のうちに消し飛んだ。
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