イロコイ文化祭。(1)
それからどうやって家に帰ったのか、よく覚えていない。
たぶん竹下あたりが付き添ってくれたんだろうけど、オレは頭がぼうっとしてしまっていて、まるで薄いフィルターをかぶせられたかのように記憶がハッキリしなかった。
ショックだった。
渡瀬会長に手を振り払われたこと。
花瀬さんの傍で笑う渡瀬会長が、本当に幸せそうだったこと。
そして何より、そのことにショックを受けてしまった自分自身に驚いた。
いつのまにか気づかないうちに、こんなに渡瀬会長のこと好きになっていたんだ。
―――双子の言葉がよみがえる。
渡瀬会長がオレを好きなのは、オレが花瀬さんに似ているからだと。
それってつまり、渡瀬会長は花瀬さんのことが好きだったってことなんじゃないか?
「…」
ぐるぐると、全てが頭の中でめまぐるしく廻る。
本当に長い一日だった。
すごく疲れているうえに、思考回路は情報過多。
今すぐ、何も考えず眠ってしまいたいのに、目を閉じれば否応なくあの人たちの顔が浮かぶ。
花瀬さんと、渡瀬会長。
一体どんな関係だっていうんだよ―――…。
次の日、オレは重い体を引きずって学校に行った。
階段を上り、自然とこぼれそうになる溜め息を飲み込んで教室に入る。
結局、昨夜はあれから眠ってしまったらしく、睡眠時間はそれなりに確保できたのだけど、頭の中は昨日の名残でぐちゃぐちゃのままだ。まったく整理できないし、整理する気力も全くない。
とりあえず、渡瀬会長には会わないようにしようとオレは思った。
今日は各クラスの模擬店や展示会、それにステージ発表だけだから、気をつけていればきっと大丈夫…。
「緒方!」
そのとき、ドン、と背中を叩かれた。
思わず前のめりになり、何だよと思いながら振り向くと、そこには竹下が立っていた。
「おはよう。大丈夫か? 顔色よくねーぞ、お前」
「…そうかな」
「体調悪いんじゃないか?」
「いや、そんなことは…」
「隠すなよ。まさか風邪じゃねぇだろうな。ほら、ちょっとデコ貸してみ」
「平気だっつの!」
額に触れようとしてくるクラスメイトの手を、オレはべしっと払い落とした。ついでに、ちょっと過保護すぎだぞと軽く相手を睨んでやる。
それでも竹下は心配そうに、オレの傍を離れようとしない。
「なんだよ。今日はやけにしつこいな」
オレがそう言うと竹下は、いやその、と言葉を濁しながら目をそらした。少し気まずそうだ。
気になってその理由を尋ねてみると、どうやら昨日のことが引っかかっているらしい。
「ほら…あの…花瀬さん、だっけ? 今日お前が元気ないのって、あの人が原因なんだろ?」
「え、いや…原因っていうか…何というか。うん、まぁ…」
「半分は俺のせいみたいなもんだし、なんというか…悪いことしたかな、と思ってさ」
「へ?」
「お前に」
そう言って竹下は、人差し指でぽりぽりと頬を掻いて、申し訳なさそうに微笑した。
どうやら、オレが落ち込んでいるのを自分の責任だと思っているらしい。
いつも明るい竹下の、そんな殊勝な様子は初めて見たので、オレは少し慌ててしまった。
「い、いいって! 別にそんなこと思わなくても!」
「でもさ…」
「オレは大丈夫だって! ほら見ろ、もう元気だろ!?」
言いながら、オレは両手でグッと拳をつくった。
「せっかくの文化祭だから、楽しまなきゃ損じゃん。ついでに模擬店一位も目指して頑張ろうぜ」
相手に気を遣わせてし待ったのが申し訳なくて、だからこそ前向きにならなきゃと思う。
そうだ、あの人のことなんかもう忘れてしまえ。少なくとも今だけは。
自分に言い聞かせながら、オレは竹下に笑いかけた。竹下も、そんなオレを見て安心したみたいだった。
「…そーだな! んじゃ、準備はじめっか!」
「おう!」
友情の握手なんて今時ちょっと古いかな、と思いながらも、お互いの手をガシッと握って気合いを入れる。
さぁ頑張るぞと、2人で店の準備に取りかかろうとした、その瞬間―――。
「いや〜青春だね〜」
「ホント、いいねぇ若い人たちは」
「「ッ!!?」」
突然割り込んできた声に、オレも竹下もビクリと肩を揺らした。
同時に声のした方をバッと振り向いて、驚きのあまり目を見開く。一体いつからいたのだろうか。オレたちの横には、ドッペルゲンガーズが立っていたのだ。
「い、五月先輩、皐月先輩…っ!!」
「驚かさないでくださいよ〜!」
「「君らが勝手に驚いたんでしょ」」
飄々とした2人の様子に、オレと竹下は何も言い返せずがっくりと肩を落とした。
まったく、双子の登場はいつもいつも心臓に悪すぎる。
っていうか。
「皐月先輩…機嫌直ったんですね」
「は? どういう意味?」
「だって昨日、五月先輩のこと怒ってたじゃないですか」
兄にべったりの皐月先輩は、五月先輩が自分を騙していたことが許せなくて、昨日は帰るときもずっと不機嫌だったのだ。てっきり今日もその延長かと思っていたのだが、いま目の前にいる皐月先輩の顔は何だかスッキリ晴れやかで(とは言っても相変わらず無表情なんだけど)、昨日の出来事を引きずっている様子は見受けられない。
「…ああ。そのこと」
皐月先輩はオレを横目で見やりながらフッと鼻で笑った。(すげぇムカツク)
「忘れたよ、そんな大昔の話は」
「まだ15時間も経過してないんですが」
「俺の体内時計で計ると大昔になるんだよ」
「狂ってんじゃないですかその時計」
「いちいち五月蠅いね君」
皐月先輩は、オレを見ながら溜め息混じりに顔をしかめた後、隣の五月先輩の肩へ腕を回した。
「いいんだよ、もう。昨夜ちゃんとお詫びしてもらったから。ねっ、五月?」
「うん」
「…お詫び?」
話がわからずポケ〜っとしている竹下の隣で、オレもきょとんと首を傾げる。
お詫びって…えっと…きちんと「ごめんなさい」って頭を下げた、っていう意味かな…?
しぱしぱと目を瞬きながら、なんとなく見当を付けて考える。
そんなオレたちを見て、双子はクスッと笑った。
「うーん。お子ちゃまな1年生’sには、まだ早い話だったかなー」
「そうだねぇ。昼間っから言うべきことじゃなかったかもね」
「?…!?」
意味深な言葉に、わけがわからず首を傾げるオレ。
双子はそれを見て、ますます面白そうにクスクスと笑い合っている。
なんなんだ、一体…。
「あれっ。そういえば先輩たちは、どうして1年教室に来たんですか? 何か用事でも?」
それまで黙っていた竹下が、ふと気づいたように尋ねた。
双子も、ああそうだった、と思い出したように顔を見合わせる。
「そうなんだよ。君らに少し頼みたいことがあってね」
「頼みたいこと?」
珍しいな、と思ってオレが聞き返すと、五月先輩はゴソゴソと制服のポケットを探り、1枚の紙を取り出した。
そして、それをオレに手渡す。
「何これ」
「2−C…お化け屋敷?」
竹下と一緒に紙を覗き込んで、交互に呟いた。
コピー用紙に、子供の落書きみたいな可愛いオバケの絵と、宣伝用の文字がデカデカと書いてある。
どうやら、2年C組の教室ではお化け屋敷をやっているらしい。
「それ、拡大コピーして画用紙に糊付けして廊下の壁に貼っといてくんない?」
「はぁ!? なんで…」
「忙しいんだよ俺達。手違いで衣装が揃わなくてさー。いま大急ぎで準備してるところなんだ」
「オレたちだって忙しいですよ!」
「そこをなんとか」
「できるか!」
「…ってか、こうして話してる間に準備した方がよくね?」
竹下が至極まともなツッコミを入れた。
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