体育祭、閉幕。
今日の反省を含めた話し合いと、明日の大まかな打ち合わせを終えた頃には、時計はとうに下校時刻を過ぎていた。もう薄暗いし、皆で女の子たちを送って帰ろうということになったので、オレは先輩達や桜坂の2人と一緒に、ぞろぞろと校舎を出た。もちろん相沢さんもいる。
けれど、五月先輩と三杉さんは、少し話したいことがあるからと言って生徒会室に残ってしまった。
普段なら絶対に兄の側から離れようとしない皐月先輩は、今回なぜかそれを黙認し、さっきから一言も喋らない。
妙に気まずくて、オレはその様子を遠巻きに見ることしかできなかった。
「大丈夫だよ」
よほど心配そうな顔をしていたのだろうか、相沢さんがオレの方を見て微笑んだ。
この人の笑顔は初めて見る。
「双子のことだ。すぐにまたベタベタ引っ付くに決まってる」
「…それもそうですねぇ」
オレは頷いて、表情を緩めた。確かに、たとえケンカをしたとしても、五月先輩ならすぐに皐月先輩の機嫌を取って仲直りしてしまうだろう。
昇降口を出ながら、オレは胸のつかえが取れたような、少し軽い気持ちになっていた。
皆で一緒に帰ることになって、正直ホッとしていたのかもしれない。この間のように、渡瀬会長と2人きりになるのは絶対嫌だったから。
(往生際悪いのかなー…オレ)
溜め息を吐いた。
自分の気持ちは(たいへん不本意ながらも)自覚している。
渡瀬会長のことが――…本当は大嫌いなはずなのに、なぜかすごく気になってしまうのだ。
そして周囲の人間はそれを恋だと言う。
まさか、これが俗に言う「嫌よ嫌よも好きのうち」ってヤツなんだろうか…。
(な、なんかすげぇ複雑な気分…!)
校門に向かって歩きながら、オレは胸を押さえて低く呻いた。
隣を歩いている渡瀬会長たちが怪訝そうな顔をする。
そのときだった。
「お―――い、おーがーたー!」
元気の良い声。
オレがびっくりして顔を上げると、竹下がぶんぶんと手を振りながら、こっちに走ってくるのが見えた。
「…っと、会長たちもご一緒でしたか。遅くまでお疲れ様でした」
「ありがとう。竹下君もお疲れ様」
先輩達にぺこぺこと挨拶しているクラスメイトを見て、オレは首を傾げた。
「どうしたんだよ、竹下。オレに何か用?」
「あー、うん。用事ってほどでもないんだけどさ。さっき校門のところで、変な人を見かけて…」
「変な人?」
聞き返すと、竹下はうんうんと忙しなく頷いた。
「なんか、誰かを待っているというか、探している様子だったなー…それに…」
「それに?」
「お前と似てた」
さらりと、竹下が言った。
この場にいる全員が、その言葉に反応する。
「え…!?」
「他人の空似にしちゃあ、似すぎだな。あれは」
「…ど、どういう…こと」
オレが掠れた声で問いかける。
すると竹下は、「それがさぁ」と少し興奮気味で続けた。
「体格とかは全然違うのに、雰囲気や顔立ちが緒方そっくりなんだよ! 向こうの方が少し大人っぽいんだけど、でもそれ以外はホント瓜二つ! もしかしてお前の兄貴かなーなんて思って、俺思わず声かけちゃった」
「…!」
ざわ、と胸騒ぎがする。
―――オレにそっくりな人。
そんなの、心当たりは1人しかいない。
だってオレは一人っ子で、兄貴なんかいないんだ。
それなら…竹下が見たのは…。
「あ、来た来た。ほら、あの人だよ」
何も知らない竹下が、自分の走ってきた方向を振り向きながら、オレの腕をぐいぐい引っ張った。
その力に逆らえず、オレは相手の示す方へと視線を向けてしまう。
「っ」
瞬間、心臓が止まりそうになった。
こちらに向かってくる人影。
誰かが、オレたちの方へ、まっすぐ歩いてくるのが見えた。
オレは目を見開いた。
だって、そこにいたのは―――…。
「まさか」
少し後ろで、渡瀬会長が呟くのが聞こえた。
思わずそちらを振り返ると、そこには見たことのない表情をした渡瀬会長がいた。
「か、会長…」
なんだか嫌な予感がして、オレは無意識に手を伸ばし、相手の袖を掴もうとした。
行かせたくないと、そう思った。
いま腕を掴んでおかなければ、この人は遠いところに行ってしまうと。
そう直感して、手を伸ばした。
なのに。
「―――花瀬さん!!」
手を。
振り払われた。
オレの腕をすり抜けるようにして、渡瀬会長がその人のところに走っていく。
まるでドラマのように、その一連の動きはやけにスローモーションだった。
オレは、時間と呼吸が止まってしまったような、なんともいえない息苦しさを覚えた。
「…緒方?」
オレの異変に気づいた竹下が、心配そうに顔を覗き込む。
でも、その声にオレが応えることはない。
オレはただ呆然としていた。
後ろの方で先輩たちが何か喋っているけれど、それも聞こえない。
オレの意識は、目の前の光景に釘付けになっていた。
胸の奥がじりじりと灼ける。
痛い。なんだこれ。
見たくないのに見てしまう。
渡瀬会長と、花瀬さん―――…。
「どうして」
痛い。
痛い。
振り払われた手が痛い。
花瀬さんの傍で、嬉しそうに笑う渡瀬会長。
オレは目をそらすことができずに、もう一度「どうして」と呟いた。
(どうして、こんなに胸が痛いの)
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