どうなっちゃってんの。
もう何が何だか分からなかった。
ただ前だけを見て走り続けていた。
周りから、わーわーという歓声が聞こえてくる。
どうやら観客や生徒達がグラウンド内に戻ってきているらしい。
鳴沢先輩や竹下の声も聞こえたような気がした。
すぐ後ろに、五月先輩が追い上げてきているのが分かる。
だけど、そのときのオレにはそんなことどうでもよかった。
大会のときと同じだ。
集中すると、周りのことが何も気にならなくなる。
昔からスポーツだけがオレの取り柄で、走ることだけは誰にも負けなかった。
だから勝つんだ。
今回も。
ほら、目の前にはもう、真っ白なゴールテープが―――…
パーン!
『ゴォール!! たった今、紅組アンカー緒方がテープを切りました!! 少し遅れて白組アンカー天宮もゴール!!』
割れるような歓声の中、竹下の放送が人一倍やかましい。
ああもう、何でそんなハイテンションなんだよ。
『リレーの一位は紅組! 得点が100点追加されます! よってこの体育祭、紅チームの逆転優勝―――ッ!!』
わあああああ。
予言が当たって喜ぶ者、はずれて悔しがる者、両チームの健闘をたたえる者、面白かったねーと、ただその場の雰囲気に乗せられて騒ぐ者。
人々の歓声が1つになってグラウンドを揺らした。
オレは膝に手をついて、ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返す。
係員の差し出す一位の旗を、どうにか受け取るのがやっとだった。
「――…あーあ、負けちゃった」
すぐ隣に転がる五月先輩が、鬱陶しそうに前髪を掻きあげながら、オレを見上げて微笑んでいる。
「かっこわるいねー、俺。わざわざ魔王に刃向かってまで、君と勝負したのにさ」
「え?」
「でもまぁ、目的が果たせたから、いーや」
「…五月先輩?」
あんたは一体、何がしたかったんだ。
そんなオレの疑問には答えず、五月先輩はよっこらしょと起き上がって、また普段通りの無表情に戻り、こう言った。
「緒方には関係のないことだよ」
意味わかんない。
オレが頭の上に「?」のマークを浮かべたそのとき、グラウンドの入り口の方から「遼平ー!」と呼ぶ声がした。
こっちに向かって走ってくる人たちがいる。
渡瀬会長と、皐月先輩と、それからなぜか鈴子さんも。
「よくやったね遼平、君のおかげで優勝だ!」
「ちょっとーなんで五月に勝っちゃうのさー。先輩に花を持たせるってこと知らないのー?」
「素晴らしかったですわ遼平君! 良い写真が撮れました! 萌えをありがとう!」
「うわあぁッ!!?」
3人にもみくちゃにされ、オレは悲鳴をあげた。
ってか渡瀬会長、どさくさに紛れてどこ触ってやがる!!!
『おおっと、これは感動的なシーンです! 大将と副将の温かい祝福を受けて、優勝した紅組のアンカー緒方遼平が、感激のあまり叫んでいます!!』
勝手な実況をするな竹下!
そんな悪態をつくことすらままならない。
ようやくオレがようやく3人の腕から解放された頃、一体どこへ行っていたのか、桐谷先輩もグラウンドに帰ってきた。
しかも、三杉さんと相沢さんを連れて。
「―――…おい。これは一体どういうことだ?」
オレの顔を見るなり、桐谷先輩は眉間に深い皺を寄せた。
(そのとき、周囲の温度が確実に3度は下がった)
そして、その険しい視線が五月先輩の方に向けられる。
「五月…どうして緒方がここにいる」
漫画だったら絶対に背景は真っ黒だ。額に怒りの四つ角が浮かんでいるはずだ。
…まったく恐ろしいったらありゃしない。
だがしかし、問いかけられた五月先輩は、悪いびれもせず肩をすくめてこう言った(勇者!)。
「すみません。とある御方からの指示だったもので」
「…は?」
「これで良かったんですよね。―――…三杉さん?」
えぇえぇぇえッ!!??
その場にいた全員の視線が、三杉さんに集中した。
当の本人は、上機嫌でニッコリと微笑む。
「ありがとうな、五月。これで欲しかったものが手に入るよ」
・・・・・・・。
は、ちょ、え、何、どういうこと。
オレは訳が分からずに、目をパチパチさせていた。
「…っ…三杉お前…まさか、後輩を利用して…」
ただ1人、相沢さんだけが状況を理解して冷や汗を流している。
やがて渡瀬会長と桐谷先輩も、ああそうか、と合点がいったように頷いた。
「なるほど…そういうことだったんですか」
「三杉さんも人が悪い…」
「あははははは♪」
陽気に笑う三杉さん。
言っちゃ悪いが、オレは何が何だか全然わからない。
…いったい何が起こっていたんだ?
「なんなの、これ」
「さぁ」
「…」
オレと同じように、状況をいまいち理解できていない皐月先輩と鈴子さんが、怪訝そうな顔で首を傾げている。
なんだか置いてけぼりにされた気分だ。っていうか実際そうされてるんだ。
ホントわけわかんない。
とりあえずオレは、もう二度と抱きしめられたりしないように、渡瀬会長から距離を取ることにした。
『それでは、全ての競技が終わりましたので、閉会式と表彰に移ります。生徒ならびに役員の皆さんは、本部席前に集合してください―――』
放送が鳴ったのは、ちょうどそのときだった。
『それでは結果を発表します。総合得点一位、紅組、218点。二位、白組、194点』
放送席に座った皐月先輩が、淡々と結果を読み上げる。
『よって優勝は、渡瀬透ひきいる紅組です』
うおおおおお――。
途端に紅組陣営から歓声が上がる。対する白組は、みんな悔しそうに地団駄を踏んでいた。
その騒ぎが収まるのを待って、再び皐月先輩は口を開く。
『続いて、予言者ゲームの結果発表に移ります。一番正確な予言をなさった方には、金一封と、賞品として桜雛祭の招待状および模擬店無料チケットが贈呈されます』
いったん言葉を切る皐月先輩。
横に座っていたオレは、ちらっと3年生達の方に目を向けた。
桐谷先輩の隣に座った藤野さんが、クス、と笑うのが見えた。
『そして協議の結果、最優秀賞に選ばれたのは―――…』
一同が固唾を呑んだ、次の瞬間。
『○○市××町からお越しの、三杉馨さんです』
…。
……。
………え?
『では三杉さん、表彰台の前へどうぞ』
ぱちぱちぱち。
拍手の中を歩いていてくる三杉さん。
オレと目が合うと、口元に小さく笑みを浮かべた。
何だ…?
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
三杉さんが校長先生から金一封と賞品を受け取ると、会場内に再び拍手が起こった。
放送席の皐月先輩が、マイクのスイッチを落として溜め息混じりにこう呟く。
「なるほどね…そういうことか」
…。
…えーと。
(すみません…オレはまだ何が何だか解らないんですけど…)
そんな混乱状態のオレを置き去りにして、閉会式は全て滞りなく進んでしまった。
「とにかく、順を追って説明お願いします」
そして体育祭終了後、片付けや明日の準備などを終えたオレたちは、生徒会室に集合した。
もちろん三杉さんや相沢さんも一緒だ。
中央のテーブルを10人でグルリと囲み、オレは末席で挙手をした。
「何が何だか全然まったくこれっぽっちも理解できませんよ。…特に」
双子の方を見る。
「五月先輩って、一体誰のために動いてたんですか?」
途中までは間違いなく、桐谷先輩の指示に従って紅組の妨害をしているようにしか見えなかった。
それなのに、最後のあの言葉は意味深すぎだ。
目的は果たせた、って―――。
「え〜。緒方ってば、あの展開の真っ只中にいて、そんなことも理解できなかったの?」
オレの疑問を、五月先輩は呆れたようにフンと鼻で笑った。
(無表情なだけに物凄いムカつく)
少しムッとしながら、オレはガタンと立ち上がって口を開く。
「すみませんね頭が悪くて! …でも、きちんと説明していただく権利ぐらいあると思います」
「権利?」
「だって酷い目に遭わされたんですよ。網で拘束されたりとか、そのまま拉致されそうになったりとか」
「それはオレのせいじゃないもん。桐谷先輩の作戦だもん」
「だから、それも含めて、全部教えて欲しいんですってば!!」
「全部ってー?」
「とぼけないでくださいよ! 五月先輩が土壇場で裏切るような振りをしたことも、そのあとの一騎打ちも、ぜんぶ計算通りのことだったんでしょ!?」
「…なんだ、わかってんじゃん」
無意識なのか、隣に座る皐月先輩の髪をいじりながら五月先輩は言った。
「そこまで理解できてるんなら、もう説明とか要らないんじゃない?」
「要りますよ! だから早く話を…」
「え〜やだ〜めんどい〜」
「アンタなぁ…ッ!」
先輩じゃなかったら殴ってる。絶対。
相変わらずマイペースな五月先輩に焦れたオレは、諦めてその視線を桐谷先輩の方へ移した。
少し不機嫌そうなご様子の魔王陛下に、オレは一瞬だけ怯んだが、なんとか気を取り直して口を開いた。
「桐谷先輩は今回のこと、もう知ってるんですよね」
「…まぁな」
「じゃあ、説明を」
「…」
ものっすごい目で睨まれた。(怖ぇ…!)
「あ、あの、」
「駄目だよ遼平。キリヤも君と同じように、騙された側なんだから」
クスクスと笑いながら渡瀬会長が言う。
オレは、え、とそっちを振り向いた。
「騙された側…」
「そうだよ。もちろんボクや涼も、ただの駒にすぎなかったんだ」
口元に浮かべた笑みを深くして、渡瀬会長の視線が奧の席へと向けられた。
「…ねぇ、そうでしょう。三杉さんと藤野さん――…?」
「えっ…!?」
オレが驚いて2人の方を見ると、三杉さんは藤野さんと顔を見合わせて、やれやれとばかりに肩をすくめた。
その表情は間違いなく、渡瀬会長の言葉を肯定していた。
「わかった? 緒方。そういうことなんだよ」
皐月先輩までもが訳知り顔でオレの方を見ている。
鈴子さんは、さっき閉会式が終わった後に藤野さんから説明を受けたとかで、なんとなく申し訳なさそうにオレに微笑みかけていた。
三杉さんと藤野さんが、ごめんね、と言ってオレを見た。
(…?)
え、何。ごめんオレまだ全然わけわかんない。
この2人…グルだったの?
ただ目をぱちくりさせているだけのオレに苦笑しつつ、渡瀬会長は頬杖をつきながら2人にこう言った。
「本当に人が悪いですよね。協力する振りをしながら、結局は自分の思うとおりにしてしまうんだから」
このとき初めて渡瀬会長は疲れたような表情を浮かべ、深い溜め息を吐き出した。
「体育祭を裏から操るのは、そんなに楽しかったですか?」
…。
…ええと、ごめんなさい。
やっぱり最初から順を追ってご説明願います。
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