押して駄目なら押し倒せ。(2)
「ふっふふー、やっと捕まえた♪」
今、目の前にいるのは、それはもう麗しい(見た目だけなら)我が校一の美男子様。
さらさらの黒髪に涼やかな目元。
すらっと背が高くて、微笑んだ表情はやわらかく、少女漫画だったら絶対バックに薔薇が飛んでいる。
女の子だったら、一度で良いからこの人に押し倒されてみたい、と思うに違いないだろう。それくらい、渡瀬会長は綺麗な顔をしていた。
…でもね、神様。
オレ男なんです!!
「い――やぁ――だ――ッ!! だれか助けてぇぇぇ!!!」
「照れなくてもいいよ。さっ、ほら、早く行こう」
「行くってどこへ!?」
「ボクらの愛の…」
「うわぁ言わなくていい!! 言わなくていいです愛の巣とか言わないでください頼むから!!」
「え、なんでボクの言おうとしたことが分かったの? これってもしかして愛の…」
「愛の力じゃないってばーッ!! ちくしょう今すぐこの手を離せ妄想爆発変態サディストー!!」
「こらこら、暴れるなよ。まったく、諦めが悪いなぁ」
「諦めたらその時点でいっただっきまーすされることが分かってるのに抵抗を止める馬鹿がいるかっつーの!!」
「じゃあ君がその記念すべき馬鹿一号に…」
「なりません!!」
「ちぇーっ。遼平のけちっ」
「舌打ちすんな! 可愛らしく唇とがらしてもダメ! アンタ高校生だろ!!」
「男はいくつになっても幼い少年の心を持ち続けないと…」
「アホかぁッ!!」
両腕はがっちりと渡瀬会長に押さえつけられていて、オレは体ごと壁に縫いつけられた人形のように、身動き1つまともに取れない。…くそっ、これほど細い体のどこにこんな怪力を隠し持ってるんだ渡瀬会長!
「ほーら怖くないよーおとなしくしてー」
「充分こわいっつの!! 食われたくない!!」
「大丈夫。ボク、一番おいしいものは後まで取っておくタイプだから。じっくり眺めてから食べないと勿体ないしねー」
「慰めになってねぇぇぇぇッ!!」
悪いが、オレは男に抱かれる趣味なんかないし、この先もそっちに目覚める予定は一切無い。
頭の中にあるのは、ただ、今すぐこの変態生徒会長の魔の手から逃れること。ただ1つだった。
「離してくださいっ、オレは部活があるんですスポーツ特待生なんです練習しなくちゃいけないんです…ッ!」
「大丈夫大丈夫。顧問や部長にはボクからちゃんと言っておくから」
「職権乱用すんな!」
「何を言うんだ! ボクは愛のためならどんな悪事に手を染めたって構わない!」
「そこだけ真剣な顔で言わないでください顔を近づけないでください手ぇ握らないでくださいドサクサに紛れて服を脱がそうとしないでください!! ココ廊下ですよッ!?」
「ボクは気にしないよ?」
「気にしてくれ頼むから!!!!」
「あのー…」
揉み合っているオレと渡瀬会長に、誰かがおそるおそる声を掛けてきた。
びっくりしてそちらを向くと、なんと、さっきオレがぶつかりそうになった生徒がすぐ側に立っている。
「渡瀬…そろそろ生徒会室に行かないといけない時間じゃないか」
「へっ」
ビックリするオレ。
だって、オレと渡瀬会長の鬼ごっこの最中(もうすでに鬼ごっこじゃなくなってるけど)に、こんなふうな声をかけてくる人は滅多にいないからだ。
案の定、渡瀬会長は不機嫌そうにその人の方を向いた(でも俺の手はがっちり掴んだまま離さない)。
「えー、やだ。今すごく良いところなのに。邪魔しないでよ」
「いやいやいや大歓迎です誰だか知らないけど どんどん邪魔してくださいっ、むしろこの邪心の塊をどこか遠くへ葬り去ってください!!」
これ幸いとばかりに、オレは渡瀬会長が気を抜いた一瞬のすきをついて身をよじった。
けれど逃げ出せない。…ちくしょう、どんだけ馬鹿力なんだよこの人は!!
そんなオレの様子をちょっと困ったように見つめた後、その、さっきぶつかりそうになった人は、再び渡瀬会長の方へ目を向けた。
「邪魔するつもりはないよ。でも、お前を連れていかないと、俺がキリヤに怒られるんだ」
「勝手に怒られてればいいじゃないか。ボク知らないもん。キリヤが『ちょっとくらいなら緒方で遊んできていいぞ』って言ってくれたんだもん」
何言ってんだあのクソ副会長!!!
オレは心の中で叫ぶ。実際に叫んだらどこからともなくあの人が現れてきそうで怖いので、本当に声を出すことは出来なかったけど。ああ、小心者のオレ。
「しょうがないなぁ…」
ぶつかりそうになった人は溜め息混じりに頬を掻いて、それじゃあ、と妥協案を提示した。
「そこにいる、緒方遼平君も一緒に連れてきていいからさ。だから、俺と一緒に生徒会室に行こう?」
「ああ、それならいいよ」
「はいっ!? 何を勝手に…」
「よし、じゃあ行こうか遼平」
「人の話を聞けぇぇぇぇ!!!!!」
必死の抵抗も虚しく、オレはずるずると引っ張られていく。
ぶつかりそうになった人まで、渡瀬会長を手伝ってオレを生徒会室に運ぼうとしていた。
「ちょ、なんなんですか!!」
「ごめんな、緒方君。俺も生徒会の人間なんだ。会長と副会長の意思には逆らえない」
「えっ…!?」
オレがビックリして固まると、その、さっきぶつかりそうになった人は、申し訳なさそうに微苦笑んだ。
「俺、3年A組の鳴沢涼。…生徒会書記だよ」
「あっ」
そういえば。
生徒総会で見たことがあるような顔。
「なーんだー今まで気がつかなかったの? やっぱり遼平って抜けてるよねー、そこが可愛いんだけどさ」
「黙れ変態生徒会長ぉ!!…っていうか」
ずーる、ずーる。
オレは2人の先輩に引きずられながら、精一杯の声で叫んだ。
「 離 せ ――――――― ッ !!!!!」
「やだよ」
「ごめんな」
そしてオレは、そのまま生徒会室―――もとい敵の巣窟へと強制連行されたのだった…。
<3へ続く> |