続・変態生徒会長とオレ。(46/82)PDFで表示縦書き表示RDF


続・変態生徒会長とオレ。
作:木立久美子



ヒーローは遅れてやってくる。


『す、すごいです渡瀬会長! 2メートル以上ある壁を難なく飛び越えましたぁ!!』

 その放送が流れた途端、オレはそれまでの緊張感を忘れて思わずズッコケた。
 汚れてしまったゼッケンに顔をしかめて、そこに答えてくれる者がいるわけもないのに、スピーカーの方を見てしまう。

 壁を跳び越えた、って何だそれ!
 何やってんだあの人?

「何かあったのかな」

 ぽつりと呟く五月先輩に、オレはそうですねぇと曖昧な返事をした。
 いよいよ出番だと思って、せっかく心の準備をしていたところだったのに、いきなりあんな放送があったものだから、少し気が抜けてしまったのだ。
 五月先輩が、ゆるりと首を傾げる。

「緒方、渡瀬会長のこと心配じゃないの?」
「え…いや」
「何があったのかなって、気にならないの?」
「そりゃあ、気にならないわけじゃないですけど」

 またオレを動揺させる作戦なのかなと思って、少しうんざりしながら相手から距離を取った。

「別に、心配するような事じゃないと思いますよ。何せ渡瀬会長だし。ど〜せ気まぐれでも起こしたんでしょ〜。参加者の相手をするのが面倒になったとか、もしくはお客さんに対するパフォーマンスだとか、そんなん」

 考えたら、なんか面倒になってきた。
 しゃがみこんで頭をがりがり掻きながら言うオレ。
 そんなオレを見て、五月先輩は目を瞬き、やがてそれをうっそりと細めた。


「君って結構お人好しだよね」


 唐突な言葉。
 思わず「え?」と聞き返すと、オレから数歩分ほど距離を取った場所で、五月先輩がゆっくりと右手を挙げた。

「今日の俺達は敵同士なんだよ。しかも、こっちの大将はあの桐谷副会長だ。…何も仕掛けられてない、なんて考える方がおかしいでしょ?」

 オレは息を呑んで硬直した。
 五月先輩が淡々と告げる。

「悪いけど君には、バトンを受け取る前に消えてもらう」

 ――――人形の手には、どこか見覚えのある、小型の無線機が握られていた。








「無線部?」
「聞いたことないな。俺達のガッコに、そんな部活動あったっけ?」
「あったよ。ちなみに部員数は6。小さい部だが、一応、大会でもちゃんと成績を収めてる」
「無線の大会なんてあるの?」
「勿論」

 鳴沢と藤野が口々に問いかけ、桐谷は落ち着いた口調でそれに答えている。

「今回は、そいつらに少し協力してもらったんだよ。…いや、今回、かな」
「そういえば…緒方を生徒会に引っ張り込むときも、皐月が無線機つかってたっけ…」

 鳴沢が遠い目をして呟く。
 それとは対照的に、藤野はキラキラした表情で「素敵ね」と言った。

「ほんと、桜木高校には萌え要素が盛りだくさんだわ…また新刊出さなくちゃ!」
「お前こないだ透×遼平で本つくったばかりだろう」
「あら、別にいいじゃない。私が同人誌を何冊出そうと、あなたには関係のないことよ」
「…じゃあ、できた本を毎回毎回俺の家に持ってくるのはやめてくれ」
「だって、うちに置いておくと父が嫌がるんですもの」
「俺だって嫌だ」
「何を言ってるの。あなたのお姉さんは、私の本をいつも喜んでくださるわよ?」
「俺が嫌なんだ」
「え? キリヤってお姉さんいたのか?」
「まあ、鳴沢くん知らなかったの?」
「うん。初耳だよ。っていうか、もともとキリヤって自分の家族のこと、あんまり他人に話したがらないし…」
「お前ちょっと黙ってろ涼」
「えー、なんでだよ」
「いいから黙れ」
「や、ちょ、何……うわぁ!」

 胸ぐらを掴まれ、そのまま椅子から落とされた鳴沢は、尻餅をつきながら顔をしかめた。

ったいなぁーもー。いきなり落とすことないだろー!」

 ぷんすかと珍しく怒りながら、鳴沢は立ち上がってそっぽを向いた。
 あいたたた、と打ったところをさすりながらテントの奥に行き、皐月の隣にゆっくりと腰を下ろす。
 人形が、かすかに眉を寄せながら、のろのろとこちらを見やった。

「…ただいま反抗中です。近づかないでください」
「まだ怒ってんのか」
「反抗中です。話しかけないでください」
「お前なぁ」

 呆れを通り越し、なんだか微笑ましくなってきた。
 そうかそうか。寂しくて会いたくて仕方ないんだな。お前は、そんなに兄貴が好きなのか。
 鳴沢は苦笑しながら、ごめんな、と言った。

「多分そろそろ終わるよ」
「…?」
「そうしたら、会えるから」

 胡乱げな顔をする後輩に、鳴沢は優しく笑ってみせた。いつも穏和な彼だから、怒りはそんなに長続きしないのだ。
 そんなとき、がたん、と椅子が動く音がした。
 いつのまにやらメガネを外した桐谷が立ち上がり、出掛けるそぶりを見せている。

「どうかしたの?」

 藤野が尋ねると、桐谷は無言でゆるゆると首を振った。どうやら答えるつもりはないらしい。
 彼は放送委員の1年生に幾つかの指示を出してから、今度は鳴沢達の方を振り向いた。

「涼」
「ん?」
「ちょっと出てくるから、これ頼むぞ」

 言いながら、桐谷が黒い物体を投げて寄越す。
 反射的にそれを受け取った鳴沢は、手の中にあるそれを見て目を瞬いた。無線機だ。
 顔を上げたら、桐谷が小さく頷いた。

「さっき言ったとおり、遠隔操作、よろしくな」
「え、マジ? 早くねぇ?」
「急に用事ができた」
「なにそれ」
「いいから、後のことは頼んだぞ」
「それはいいけど…でも、お前この後どうするんだよ」
「心配は要らない」

 ちょいちょいと鳴沢を手招きし、その耳元で、相手にしか聞こえない程度の小声で話す。

「そんなことよりも、お前、皐月の監視だけは怠るなよ」
「…うん。リレーの邪魔されたら元も子もないもんな」
「ああ。とりあえず、機嫌さえ取っておけば何とかなると思うから」
「でも、アイツさっきからずっと不機嫌だぞ? 五月に会いたいって、ぶつぶつ言ってるし」
「飴でも与えてなだめておけ」
「3歳児じゃないんだから」

 呆れたように呟く友人の肩をポンと叩いて、桐谷は本部を出て行く。
 鳴沢はその後ろ姿を見送り、やれやれと溜め息を吐いた。
 なんだか最近は損な役回りばかり引き受けているような気がする。

 そして。

「――…へぇ。宗吾と鳴沢君も、なかなかイケそうねぇ…」

 ねっとりとした、獲物を狙う肉食獣のような視線で自分を見つめる、最強最悪の腐女子が約一名。
 その危険な呟きは聞こえなかったことにして、鳴沢は大急ぎで放送席に移動すると、そこにいた1年生に爽やかな笑顔を向けながら「なあ、飴とか持ってない?」と問いかけた。
 彼なりの、必死な現実逃避だった。








「こちら天宮。緒方遼平捕獲作戦始動、フォーメーションA、展開」
「な…!?」
 
 どこかで聞いたことあるようなセリフが天宮先輩の口から発せられた、次の瞬間。

「っ、うわぁぁッ!! 何だこれ!?」

 バサバサバサ!
 空から振ってきた大きな網に、オレは体の自由を奪われてしまった。

「え、ちょ、一体どこから…っていうか抜けられねぇぇぇ!!」

 わけがわからずジタバタもがいていると、近くの建物や木の陰から、腕にワッペンを付けたゲーム参加者たちがゾロゾロと出てきた。そしてあっという間にオレを取り囲むと、網ごとオレの体を押さえ込む。

「…なんだか拍子抜けだな。こんな簡単に捕まるなんて」
 
 ぽつりと呟きながら、無線機をしまい込む五月先輩。
 オレは自分の周りにいる人間たちをグルリと見回して、悔しさに唇をかみしめた。
 6人…いや、8人はいる。こんな人数、一体いつから隠れていたんだろう、全然気がつかなかった自分に腹が立つ。

「五月先輩…っ!」
「言ったでしょ。今日は敵同士だって」
「ゲーム参加者と手を組んだんですか!?」
「見てわかんないの? まぁ、厳密に言えば手を組んでるのは桐谷副会長なんだけどね」
「あンの…性悪大魔王…!!」

 喋ってる間にも、なんとか網を取っ払おうとゴソゴソするオレ。
 しかし、目の細かい網はオレが動くたび余計に絡まってしまうだけで、抜け出すことは出来なかった。
 ゲーム参加者を背後に従えて、五月先輩がオレに近づいてくる。
 その表情は逆光でよく見えなかったけれど、なんだか笑っているような気がした。

「く…!」

 イライラする。
 そうだ、よく考えれば、予測できなかった事じゃない。
 オレたち紅組の勝利を『予言』した参加者が白組からバトンを奪ったように、白組の勝利を『予言』して、紅組の邪魔をしたがっている参加者も沢山いるはずだ。そんな人たちと手を組めば、手っ取り早く敵をつぶせる。これがルール違反になるのかどうかはともかく、桐谷先輩ならやりかねない。
 オレと目が合うと、五月先輩は悪びれもせず肩をすくめた。

「悪く思わないでね。たかがゲームだよ。白組おれたちが勝って紅組きみたちが負けた。それだけのことなんだから」

「…たかがゲームに…っ、こんな大がかりな罠を仕掛けるんですか…!」

「仕掛けたのは、俺じゃない」

 五月先輩の指が、網に絡まってボサボサになったオレの髪を、そっと撫でる。
 そして微笑んだ。

「係員には、緒方は緊張のあまり体調を崩して棄権しました、って言っておくよ」
「なっ!!」
試合終了ゲーム・セット。残念だったね特待生」

 言い終えると、五月先輩はオレの髪から手を離し立ち上がって、参加者たちに「運んでください」と指示を出した。

「場所は…そうだなぁ。体育倉庫なんか良いんじゃないかな。他のカメラには写らないように、俺が指定したルートを通ってくださいね」

「ふざけんなぁ!!」

 オレは叫んだ。
 そういえば、この中継地点にも監視用のカメラはあるはずなのに、この大変な状況を竹下はまったく実況していない。スピーカーの調子が悪いってだけじゃなさそうだ。
 どういうことだ!?

「カメラのレンズに布を被せておいたんだよ。君を隠したこと、放送で渡瀬会長にばらされたら元も子もないからね」
「用意周到にも程がある!」
「褒めてくれて、ありがとう」

 サラリと言って、五月先輩が指をパチンと鳴らした。

「そんじゃ皆さん。時間も無いんで、ちゃっちゃか運んでください」

「「「「「「「「はーい」」」」」」」」

「ちょ、やめ…!」

「大人しくしろって」


 多勢に無勢。おまけに網のせいで身動きが取れない。
 必死の抵抗も虚しく運ばれていく。
 悔しくて腹立たしくて、オレは力一杯叫んだ。
 
「 離 せ ――― ッ !!!! 」



 その瞬間。



「遼平!」



 渡瀬会長の声が聞こえた。










ちなみに、私の受験した高校には無線部があります。
…え? 珍しいですか?











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