続・変態生徒会長とオレ。(45/82)PDFで表示縦書き表示RDF


続・変態生徒会長とオレ。
作:木立久美子



もはやルール不要。


 よく晴れた秋の日。
 懐かしい母校は、まるで1年前の事件など忘れたかのように、明るく堂々として見えた。
 自分は、それを思い出すだけで陰鬱になってしまうというのに。

「―――…ああ、やっと見つけた」

 じゃり。
 小さな足音と共に、優しげな声が聞こえた。
 振り向けば、ざぁっ、と吹き抜けた風が目にしみて、不覚にも涙が出そうになる。

「ずっと、お前を待ってたよ」

 会いたかったと、そう言って嬉しそうに笑う。
 半年ぶりの友の顔は、高校時代から何一つ変わってはいなかった。








『すごい! すごいです渡瀬会長! 数多の妨害を物ともせず、まるで人間戦車のごとく驀進中!! その勢いは、借り人競走のときの校長先生を彷彿とさせます…!!!』

 あれから経つこと数分。
 放送機器の調子が回復したのか、竹下の声も絶好調だ。
 オレは少しそわそわしながら、五月先輩と並んでバトンを待っていた。


 特に話すことも、やることもない。
 沈黙を埋める放送は、オレのテンションに反してどんどんヒートアップしていく。


『さすが大将! 紅組のあまりのスピードに、白組第五走者は思うように付いて行けていません! 差は広がるばかりです! とにかく渡瀬会長速すぎる!! まるで妨害など無いかのように走り抜けていきます! そして今、壁のように道をふさぐ大きな跳び箱を、華麗に飛び越えましたぁ――ッ!! すごいです!! まるでサスケをみているようです!!! 観客席がどよめき、女性陣が歓声をあげています!!』

「・・・・・」
「あ、妬いてる?」
「違います!」

 がう、と五月先輩に噛みつくような声で言ってから、オレはぷいっとそっぽを向いた。
 普段ならもう一言二言くらい言い返すところだが、勝負の前にイライラするのは良くないと思ったので、ひとつ呼吸を置いてから相手に向き直った。

「…オレを動揺させようって言うなら、無駄ですよ」
「ん、ばれた?」
「ばれますよ、そりゃ。後輩からかうのが楽しいんでしょう。五月先輩といい皐月先輩といい、何かにつけて渡瀬会長の名前出すんですもん」
「皐月は無自覚だよ」
「なおさらタチが悪いです」

 オレは眉をひそめた。
 「皐月」と言うことは、五月先輩はわざと言ってるってことだ。

「怖い顔しないで。もうすぐ渡瀬会長が来るよ」
「あっ、また言った!」
「…いちいち反応するなって」

 肩をすくめた五月先輩は、溜め息混じりに言った。

「意外と元気だね、緒方。もっと落ち込んでくれるかと思ったのに」
「は?」
「これじゃあ、花瀬さんの名前を出した意味がないじゃん」
「…アンタ」

 オレの表情に気づいても、五月先輩は眉ひとつ動かさない。

「怒らないでよ」

 ぬけぬけとした物言いに、先ほど押さえたイライラが、今になって爆発した。

「怒りますよ! なんなんですか、さっきから! 先輩、そこまでしてオレを混乱させたいんですか? それほどリレーに勝ちたがってるようには見えませんけどねッ!!」
「うん、まぁねー。実際、勝ち負けとかはどうでもいいんだ、俺」
「じゃあ何を考えてるんですか!」

何も考えてないよ・・・・・・・・


 無表情で、五月先輩が言った。
 それなのに、目が笑ってるように見えるのは、錯覚だろうか。
 一瞬、にたり、と笑う人形の映像が脳裏に浮かんで、オレは背中を駆け回るぞわぞわした悪寒を、拳を握りしめてやりすごした。
 そんなオレの様子に気づいているのかいないのか、五月先輩はきょとりと首を傾げる。
 聞こえなかったの?、と。


俺は・・何も考えてないよ」

「は…?」

「ただ、上からの指示に従っているだけ。少しでも白組の勝率が上がるように。どんな方法を使ってもいい、何を言っても構わない、緒方遼平に揺さぶりをかけろ、ってね」

「なにそれ!!?」

「さぁ…魔王陛下キリヤせんぱいのお考えは、俺達みたいな下々の人間には分からないだろうねぇ」


 くすくす、くすくす。
 五月先輩がまた、あの背筋が冷たくなるような笑い方をした。
 表情にはあまり変化がないだけに、その声だけが異質に聞こえて、オレは思わず後ずさる。
 正直言って、かなり気味が悪い。
 もしかしてこの笑い声も、オレをびびらせるための演技なのか?


「どうして魔王…じゃなかった、桐谷先輩は、そこまでして勝ちたがってるんですか」
「知らない」

 笑い声を止めて、人形がふるふると首を振った。

「言ったでしょ。あの人の考えなんて、俺ら一般人に理解できる範疇をぶっちぎりで超えちゃってるんだよ」
「五月先輩を一般人という善良なカテゴリに分類しても良いか否かには疑問が残りますけど、まぁ確かにそうですね」

 頷いてから、オレはフウと息を吐いた。
 溜め息ではない。
 呼吸を整えるための、最後の調整だ。

 場の空気が変わっていく。

「…そろそろ、か」

 五月先輩も、無駄話はこれまでだとばかりにオレから離れた。
 わーわーという騒ぎ声が、どんどん近づいてくる。
 遠くで、紅いハチマキがひらめいたような気がした。









「きゃーっ渡瀬君かっこいい――ッ!!」
「こっち向いてぇー!!」
「ちょっと! ゲーム参加者が邪魔で見えないわ! どきなさいよアンタたち!!」
「ああもうっ、どうしてあんなに綺麗な子がいるのよ! ここ本当に男子校!?」
「渡瀬くぅーん!! 頑張ってー!!」

 絶えず飛んでくる黄色い声に、渡瀬はときどきサービスで手を振ったり(何せ大切なお客様だ)しながらも、正直そろそろ疲れ始めていた。
 後に走る遼平を守るためにも、体力は温存しておかなくてはならないし、ぼちぼち本気で行かないとやられてしまいそうだ。愛想を振りまく余裕はない。

 と言うより、そもそも。

(すみません。ボク、女性に興味ないんです)

 心の中で呟きながら、渡瀬はチラッと周囲に目を走らせた。

 数は、それほど問題じゃない。
 長時間のレースにより、参加者の中にも、スタミナ切れで戦線離脱をする者が多くなってきていた。もともと、特別な練習をしてきたわけでもない一般客が、男子校の現役運動部に付いてこれるわけがないのだ。(渡瀬の場合は、また別の問題だが)

 だが、しかし。

(参加者同士が、連携を取っている…?)

 1人が行く手をふさぎ、もう1人が囮になって渡瀬の注意を引く。
 次の瞬間、渡瀬を背後から押さえ込もうと、5〜6人が束になって一斉に飛びかかってきた。

「―――…チッ」

 滅多にやらない舌打ちをして、渡瀬はその場に屈み込むと、伸ばした足を思い切り横に薙ぎ払った。
 足下がお留守になっていた男達は、突然の足払い(勢いは、ほとんど回し蹴りに近かった)に驚き、とっさに避けることも出来ず、うわぁと悲鳴を上げながらその場にドサッ!と倒れ込んだ。
 立ち上がった渡瀬は、無邪気に笑った。

「ああ、すみません。なんとなく・・・・・しゃがみ込んで、たまたま・・・・伸ばした足が、皆さんを偶然・・ころばせてしまいました」

 棒読み口調で言いながら、ついでに、道をふさいでいる男と、囮になっていた男の間を素早くすりぬける。
 去り際に、何気なくその首筋へ手刀を落とし、昏倒させた。

「悪く思わないでください。こっちも急いでるんで」

 微笑みながら捨て台詞を残し、渡瀬は一気に駆け出す。
 そして心の中で、やれやれと苦い呟きを零した。

(――…キリヤだな)

 悪い予感が的中した。
 この組織的な動きは、誰かが裏で指示を出しているに違いない。
 的確な状況把握能力。巧妙な作戦。
 1つ惜しいのは、その作戦を遂行できるだけの実力を持つ人間が、ゲーム参加者の中にはいなかったというところか。

(こうなったら多分…アンカーのところにも何か仕掛けてある)

 渡瀬は、ほとんど確信に近い直感をした。
 親友の行動パターンは、だいたい解っている。もちろんそれは相手にとっても同じ事で、桐谷の方も、渡瀬の性格を知り尽くしているから、こういう時どういう行動を取るのかを全て予測した上で作戦を立てたのだろう。
 そして自分は、それに抗う術がないのだ。

(遼平…)

「急がないとやばいかも」

 思わず声に出して呟いて、渡瀬はサッと周囲に目を走らせた。
 全力を出した甲斐あってか、追ってくる参加者達との間にはかなりの距離がある。白組第5走者もまた然りで、渡瀬に数十メートルもの遅れをとっている彼は、待ち伏せていた参加者達に捕まって思うように勧めないようだ。
 それを確認してから横を見れば、校舎周りの白い壁が大きくそびえ立っていた。
 この壁を越え、本来は大回りするはずのコースを真っ直ぐに突っ切れば、かなりの近道になる。

(―――…うん、いける)

 これぐらいの高さ、どうってことはない。
 そう思った渡瀬は進行方向を変え、コースを外れて壁の方へと全力で走った。
 助走の勢いを利用して跳び、壁の天辺に手を掛けると、ジャンプの反動で一気に向こう側へ飛び降りる。
 少し離れたところで見ていた見物客が、どよめいた。


『す、すごいです渡瀬会長! 2メートル以上ある壁を難なく飛び越えましたぁ!!』


 放送の直後に、敷地のあちこちでワッと歓声があがる。
 渡瀬を追ってきていた妨害者達も、あまりのことに口をあんぐりと開けて止まってしまった。

「ちょ、おい! 近道するなんて反則じゃないのかッ!?」

 我に返った1人が大声を張り上げるが、壁の向こう側にいる渡瀬はどこ吹く風で、

「ルールブックには“壁を乗り越えちゃ駄目”なんて書いてありませんでしたよ」

 と言い返した。
 それを聞いて、周囲の人間も、まぁ確かに、と納得してしまう。
 ルールブックを作った者も、まさかあんな高い壁を、レース中に難なく飛び越えていく人間が出るなんて思ってもみなかったのだろう。

 それに、何せ相手はあの・・渡瀬透。
 ご意見無用の王子様に、何を言ったって時間の無駄というものである。


「はぁ…さすがにちょっと疲れたなー…」

 着地まで完璧に決めて、少し汚れた服をパンパンと払いながら、渡瀬は小さく息をついた。
 化け物並みの体力といえど、一応渡瀬も人間なので、底なしではない。全力疾走すれば息もきれる。

(ああ、でも、行かなくちゃ)
 

 放り投げておいたバトンを拾い上げて、渡瀬は再び走り出した。















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