続・変態生徒会長とオレ。(43/77)PDFで表示縦書き表示RDF


続・変態生徒会長とオレ。
作:木立久美子



いったい何を考えてるの。


 バトンが第4走者に渡った。
 元気な一年生の声で、そんな放送があった。

「いよいよ俺らの出番だな〜。うわぁ緊張するぅ」

 隣で武者震いをする同級生に小さく笑って、渡瀬は「そうだね」と頷いた。
 計算で言えば、あと20分…いや、15分も無いだろうか。
 んー、と伸びをしながら、さり気なく周囲の気配を探る。ぼちぼち、妨害のために参加者達が近づいてくる頃だ。

(1人…2人……3…4…5……6人か。まだ少ないな)

 自分でも少し驚くくらい、落ち着いていた。

 足には自信があるし、段差だらけの校舎内で行う鬼ごっこに比べれば、多少の障害物は問題じゃない。
 渡瀬は運動部には所属していなかったが、スポーツは趣味でやっているし、休日は鳴沢のトレーニングに付き合うこともあったから、体力面では何の心配もしていなかった。

 まぁ結局のところ、自分のことはどうでもいいのだ。
 大切なのは1つだけ。

(遼平、大丈夫かな。怖がったりしてないかな)

 そんなことを考えて、渡瀬は思わず笑ってしまった。

 ―――これは杞憂というのだろう。
 何も心配することはない。あの子は運動部のトップクラスで、我が校の数少ない特待生のうちの1人だ。
 彼は中学時代から様々な大会で実績を積み、そこを買われて桜木高校に入学した。
 足の速さや頭の回転、その他基礎的な身体能力も、同年代では群を抜いている。きっと精神面も強いのだろうし、こういう厳しい場面だって、何度も経験してきたに違いない。

 ちょっとやそっとで、揺らぐような子ではないのだ。
 
 自分なんかが、心配することさえおこがましい。


(むしろリレーより、ボクのことを恐れているんじゃないだろうか)


 そう思うと、少しだけ寂しくなった。
 ここ最近の彼の態度を思い出す。あからさまに自分を避けて、まともに目さえ合わせてくれない。
 とうとう愛想を尽かされたのかと、痛む胸を押さえながら渡瀬は溜め息を吐いた。

 ――…何を今更。
 嫌われていることくらい、最初から分かっていたじゃないか。


(きっと恨んでいるだろうな。毎日のように追いかけて、無理やり生徒会にまで入れさせて…)


 だけど、それでも一緒にいたかった。

 ワガママであるのは重々承知の上で、友人達に協力してもらって、強引に彼の傍へ居続けた。

 罵られてもいいから、声が聞きたいと思う。
 泣き顔も、怒ったときの目も、喚く姿でさえ愛しかった。
 たとえ負の感情でも、あの子が自分に向けてくれる想いなら、どんなものでも受け止められた。
 

(いや…違う)


 受け止めるしかなかった、というのが正しい。

 どんなに苦しくても寂しくても、背を向けることなど出来なかった。
 自分はそれしか手に入れられないのだから。

 遼平を抱きしめるたびに心の奥が熱くなって、それなのに決して満たされることはない。
 だからずっと追いかけて、抱きしめて、拒まれて、また欲しくなって追いかけて。その繰り返し。
 胸の奥にある熱は冷えることなく、むしろ炎のように段々と肥大していった。終わりのない、不毛な悪循環だ。
 どうしてだろう。
 目を閉じたとき、瞼の裏に浮かぶあの子の顔は、いつも自分への負の感情で陰っている。

  
(―――…ああ、そうか)


 今更ながらに渡瀬は気がついた。
 自分は、あの子の笑顔を知らないのだ。



 






「さてと。とうとう俺達2人きりになっちゃったね、緒方」
「変な言い方やめてください」
「あーあ、不安だなぁ。あとで渡瀬会長に殺されなければいいんだけど」
「人の話を聞け」

 皐月先輩と鳴沢先輩が本部に帰り、オレは五月先輩と2人きりで柔軟体操をしていた。
 ぺたんと地べたに座って、足を開きながら前屈をしていたら、五月先輩が珍しく「手伝ってあげるよ」と言ってオレの背をゆっくり押してくれた。

「懐かしいな」
「え? 何がですか」
「中学の頃ね、よく皐月のトレーニングに付き合ってやってたんだ。こういう柔軟体操とか、やっぱり1人より2人でやる方が良いらしいからね」
「ああ…そういえば皐月先輩って、陸上やってたんでしたっけ」
「うん」

 そのとき、背中から重みが消えた。
 顔を上げると、オレから手を離した五月先輩が、どこか遠くを見るように目を細めていた。

「速かったよ、皐月は。高等部のコーチや顧問の先生が、皐月の練習見るために中等部まで来てたくらいだもん」
「へぇ〜!」

 オレは目をぱちくりさせ、そのまま「すごいですね」と言おうとした。
 が、五月先輩の表情を見た途端それは引っ込んで、オレの口は「す」の形に開いたままで固まってしまう。何ともマヌケな顔だったが、そのとき五月先輩は、オレの方を見てはいなかった。

「いつき、先輩…?」
「…ん。ああゴメン」

 ふっとオレの方に目を戻した五月先輩は、もう普段通りの人形のような顔をしていた。
 だからオレは、もしかして見間違いだったのかな、と目を擦る。

 ―――…一瞬、五月先輩が泣きそうに見えた、なんて。


「何じろじろ見てんの」
「いてっ」

 かなり強い力でデコピンをされ、オレは思わずガクンと仰け反った。

「交代だよ。次、緒方がオレの背中押して」
「…わかりました」

 さっきの表情が少し気になったが、何だかこれ以上尋ねちゃいけないような雰囲気があったので、オレはそのまま素直に五月先輩の後ろに回った。
 その背中は細身に見える割になんだか厚くて、筋肉もちゃんと付いていた。まるで運動部みたいだ。もしかして双子は着やせするタイプなのかな、とオレは何となく思う。 

「…何?」

 しげしげと眺めていたら、五月先輩が怪訝そうな顔で振り返った。

「あ、いえ。すいません」
 
 オレは慌てて首を振った。 
 そして、ゆっくりと背中を押し始める。 

「あんまり強く押さないでね。俺、運動不足だから足の筋が痛んじゃう」
「ハイハイ」
「ハイは一回」
「はーい」
「伸ばしちゃ駄目」
「注文が細かいですねぇ、お客さん」
「礼儀の問題だよ、これは」
「さいですか」
 
 礼儀、という言葉が、あまりにも五月先輩に不似合いで、オレは思わず笑ってしまった。

 そして。


 ピー・・・ガガッ

『放送します!! ただいまバトンが第4走者から第5走者に渡されました!!』

「「!」」


 その直後に、スピーカーが割れてしまいそうなほどの声がオレたちの耳に叩き付けられた。

 
『トップは依然として紅組!! 大将の渡瀬会長が、妨害者を蹴散らしながら走り、その後に少し遅れて白組第5走者が続きます!! そして、―――…っ』


 ぶつん。


 古びた放送器具のせいか、それきり実況が途絶えてしまう。

 オレは無言でスピーカーを見つめた。
 背後で、じゃり、という音がする。五月先輩が立ち上がり、オレの耳元に唇を寄せた。



「よかったね、緒方。もうすぐ逢えるよ」




 ぞくりと背中が粟立つような、甘く冷たい囁き。



 振り向くと、人形が嘲笑わらっていた。


















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