続・変態生徒会長とオレ。(41/82)PDFで表示縦書き表示RDF


続・変態生徒会長とオレ。
作:木立久美子



また1つ大人の階段を上ってしまった。


「…あー…暇ー…」

 渡瀬透は退屈していた。
 実況放送によれば、いまだバトンは両チームとも第2走者の手にあり、まだまだ第5走である自分たちの出番はなさそうである。このペースだと、おそらくあと一時間くらいは掛かるだろう。

「遼平に触りたい…」

 溜め息混じりに呟くと、隣にいた白組の3年生がこちらを振り向きながら苦笑した。

「おい渡瀬。それ何回目だよ。そんなに緒方に会いたいなら、まだ時間あるから会いに行けばいいだろう」
「…え。ボク、そんな何回も言った?」
「言った。多分もう10回目くらい」
「わお」

 気がつかなかった。本当に無意識の呟きだったのだ。
 これは重傷だなぁと、自分でも苦笑いを浮かべてしまう。

「でもなぁ…いま会いに行ったら、また泣かせそうで怖いや」
「お前に怖いものなんかあるのか?」
「うん」

 好きな人に嫌われることが何より怖い。
 目をそらされただけで心が薄ら寒くなる。
 手をはね除けられれば心臓が止まりそうになる。

 愛想笑いで誤魔化して、いくら表面で平気な振りを装っても、恐怖に疼く心はどうしようもなかった。

「へー…でも、そんなふうには見えないけどなぁ」

 意外そうにそんなことを言う同級生へ、渡瀬は無言で微笑を返した。
 
(よかった…まだ、バレてない)

 ほっと安心して、次の瞬間、安心してしまった自分に後悔する。
 ああ、これだからキリヤに怒られるんだ。
 自分を隠すな、曖昧な笑顔だけで誤魔化そうとするな。思ったことはちゃんと口にしろ、といつも言われている。
 渡瀬は、自分の感情を殺すことに慣れていた。ちょっぴり複雑な家庭環境のせいなのか、それとも生まれ持った本質なのか。渡瀬は他人に気に入られるのが上手く、他人に嫌われず生きていく方法を幼い頃から知っていた。
 どんなに悲しくても悔しくても、いつも笑顔でいればいい。笑顔でいれば、誰かが寄ってきてくれる。
 本音なんか外に出さなければいい。
 本当の気持ちを言ったところで、理解してくれる人間などいないのだから。

 そんな渡瀬を、桐谷は容赦なく殴り飛ばした。

(あれは何年前だっけ。中学生のころだったかな。懐かしい…)

 俺を見くびるな。お前の愛想笑いに騙されてやるほど、俺は単純な人間じゃない。
 そう言って渡瀬の胸ぐらを掴み、キリヤはこう続けた。
 ―――いいか、透。笑顔だけで他人が手に入るなんて思うなよ。

 自分が、弱い人間だと言うことを自覚しろ。本音を隠して生きていくことなんか出来ないと自覚しろ。
 じゃなきゃ取り返しがつかなくなると。真剣な表情で、キリヤは渡瀬を諭した。
 確か、その頃からだ。2人がいつも一緒にいるようになったのは。

(ああ…そういえば、涼にも似たようなこと言われたっけ)

 いつだったか、もう1人の友人に言われた言葉を思い出す。
 押して駄目なら退いてみろ。
 あれは、前ばっかり見てないで、たまには冷静になって周りに目を向けてみろ、という意味だったんだろう。
 涼は優しいから、渡瀬が何を言っても、何をやらせても本気では怒らない。ただ、ときどき悲しそうに、哀れむように自分を見つめるだけだ。
 そのことに安堵したり、ときおり寂しさを感じたりしながら、それでも渡瀬は涼に心から感謝していた。
 何があっても涼は自分を見捨てないのだと、そう確信できることが嬉しかった。
 本当に、自分は良い友人に恵まれたものだと思う。

 なんだかんだ言いながら、自分を心配してくれる人間が、少なくとも2人はいる。
 独りじゃない。
 これ以上に幸せなことがあるだろうか。

(…なーんて哲学ぶってみても、頭より体の方が正直なんだよなぁ)

 遼平。
 初めて他人を欲しいと思った。
 理性で押さえ込もうとしても、体がいうことをきかない。
 顔を見れば触りたくなるし、嫌がられたって抱きしめたい。
 
 たぶん、これは一般に恋愛感情と呼ばれるものなんだと思う。
 
 人を好きになるのが初めてなわけじゃなかったし、遼平1人が特別なのかというと、それはまた違う話なのだけど。
 でも、こんなに強い感情を経験したのは、本当に初めてだったのだ。

 キリヤと涼は大切な友だちで、ただ、そこに「存在」してくれるだけで良かった。
 去年卒業してしまった先輩たちのことだって、確かに憧れていたし大好きだったけれど、それが恋だとか愛だとかいう感情と同列なのかと問われれば、それはちょっと解らない。ただ、彼らが幸せでいてくれるならそれで満足だと思った。傍にいなくても、もう二度と逢えなくても、彼らが幸せならきっと自分も幸せでいられるんだろう、と。

 でも遼平は違った。

 いつのまにやら、欲しくて欲しくてたまらなくなっていた。
 存在するだけじゃ駄目だ。近くに、自分の傍にいてくれなくては駄目だ。
 他の誰かの傍で笑ってほしくない。
 ボク以外の名前を呼ぶなボク以外の奴に笑いかけるな。ボクの許可無く触れることなど許さない。

(知らなかった…ボクって、けっこう嫉妬深かったんだ…)

 実際は「けっこう」どころの話ではなかったが、自覚のない渡瀬は溜め息混じりにやれやれと肩を落とした。
 遼平のことを考えると頭が痛くなる。いや、心だろうか。とにかく今は、何も考えずに走りたかった。そうすれば、少しは気持ちも晴れるだろうし、遼平に会っても平静でいられるような気がする。走りたい。とにかく走りたい。ああ、バトンはまだ来ないのか。
 
 渡瀬が少しイライラしはじめたそのとき、隣にしゃがみこんでいた同級生が「あれぇ?」とマヌケな声を出した。

「どうした」
「あれ、鳴沢じゃないか」
「え?」

 言われて、同級生の指した方を見ると、確かにそこには見慣れた後ろ姿があった。建物に隠れるようにして、影を伝うように走っていく。だいぶ距離があるから、向こうは渡瀬達が見ていることには気づかないだろう。渡瀬だって、同級生に教えられなければ見過ごしていた。
 それにしても。

「どうしたんだろうな。あいつ、実行委員だから本部にいるもんだとばかり思ってたけど」
「…そうだね」

 相づちを打ちながら、渡瀬は静かに鳴沢から目をそらした。
 小さく、ふぅ、と溜め息を吐き出す。

(―――…キリヤが動き出したみたいだな)

 そっと目を閉じて、これからのことを考える。
 きっと今年は、随分と過激なゲームになるだろう。大切なあの子にケガをさせるわけにはいかない。
 遼平だけは守らなくては。

 そして、紅組に勝利を。












 オレは初めての感情に混乱し、外の世界をすべてシャットアウトしていた。
 リレーのことさえ忘れて自分の中に閉じこもる。
 目を閉じたまま誰の言葉も聴かずにいたら、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
 やがて、どれくらい経っただろう。
 ゆっくりと目を開けると、三杉さんと目が合った。
 三杉さんはなにも言わずに、自分より少しだけ高い位置にあるオレの頭に手を置くと、そのまま無言でくしゃくしゃと撫でてくれた。

「でも…そうか。相沢は、ちゃんと俺の言うこと解ってくれたんだな」

 そして、何事もなかったかのように話を再開する。
 その三杉さんの呟きに、双子が揃って怪訝そうな顔をした。

「「どういうこと?」」

「メール送ったんだよ、俺。去年卒業した生徒会のOB全員に」

「全員?」
「じゃあ、駿河さんや花瀬さんにも?」

「ああ」

「…」

 オレは何とか平静を保とうと頑張っていた。
 考えるな。忘れろ。
 花瀬さんのことは関係ない。顔がちょっと似てるからって何だと言うんだ。
 渡瀬会長のことも、お祭りの間は考えないようにするって、今朝決めたばかりじゃないか。

 もやを払うように、頭をぶんぶんと振ってから、オレは三杉さんに向き直った。


「それじゃあ今、会場内には三杉さんを含め、4人全員が揃ってるってことですね?」

「うん。揃ってなきゃ意味ないからね」

「「意味?」」


 聞き返す双子に、三杉さんは頷いた。


「忘れさせてやりたいんだよ、去年のこと」

「「「!」」」

「もとはと言えば、俺が弱かったのが原因みたいなものなんだし」

「「…」」

「そんな、三杉さん…」


 口を開いたオレを制して、三杉さんは薄く微笑みながら首を振った。
 そしてオレたちに背を向けると、空を見上げながらやけに明るい口調でこう言った。

「あいつらバカだからな。事件のことを、それぞれが“自分のせいだ”って思いこんでて、身動き取れなくなってるんだよ。だから、1つ切っ掛けを作ってやったほうがいいんじゃないかって。…切っ掛けさえあれば、うまくいくはずなんだ。仲間なんだから」

 振り向いた三杉さんの表情は静かだった。

「渡瀬たちには、本当に悪いことをした。この機会に、4人でちゃんと謝っておきたいんだ。もちろんお前たちにもだよ、五月、皐月。…俺達がめちゃくちゃにした生徒会たてなおすの、大変だっただろう?」 

「いや別に」
「俺ら何もしてないし」

「…(汗)」

 オレは思わずズッコケそうになったのを、どうにか堪えた。
 確かに双子はあんまり苦労してなさそうだし、生徒会のことも殆ど…というか全然気にしていないようだ。
 正直者というか、何というか。
 そのことに悪びれもせずケロッとしている2人を、オレは呆れのあまり無言で見つめていた。

「あはは。お前達らしいなぁ」

 相変わらずふわふわと優しげに笑う三杉さんは、そんな双子のことをよく理解しているらしかった。そういえば、双子はずっと三杉さんに敬語を使っていないのに、それを咎める素振りも見せない。
 どうやらこの3人は、オレが思っているより随分と親しいらしい。


「でもさ、三杉さん。4人が揃わないって可能性もあるよね?」

「ん?」

「だって、いくらメール見たからって、全員が相沢さんみたいに来てくれるとは限らないじゃない。事件のこととか気持ちの問題だけじゃなくて、それぞれの都合とかもあるだろうし」

 五月先輩の言葉に、オレも確かにそうだなと頷いた。
 高校を卒業したんだから、それぞれ大学や専門学校に進んでいるのだろうし、もしかしたら社会人になってる人もいるかもしれない。本人が行きたいと思っていても、忙しくて時間が作れないことだってあるだろう。

 だが。


「ああ、そのことなら大丈夫」


 三杉さんは笑顔を崩すこともなくこう言った。


「来なかったら後悔させてやるって、全員ちゃんと脅しといたから♪」


 沈黙。


「「「・・・」」」


 ―――…み、三杉さん…?



 にこにこ、にこにこ。
 どこまでも穏やかなその微笑みに、なぜか背筋が冷たくなる。
 一瞬幻聴かとも思ったが、隣でオレと同じように硬直している双子を見ると、どうやらさっきのは本当に三杉さんの口から出た言葉らしい。

「いやー花瀬と駿河は最後まで渋ってたんだけどさー。学園祭の2週間前から毎日のように無言電話かけてメールで脅して5〜6通ほど不幸の手紙送ったあと自宅まで会いに行ったら、ようやく来る気になってくれたみたいで…―――ん? どうしたんだ3人とも?」

「い…いえ」

 凍りついたまま動けないでいるオレ達に、気づいているのかいないのか、三杉さんは相変わらず拝みたくなるような優しい笑みを浮かべていた。
 ――…どうにか目をそらすのが、精一杯だった。


「…さすが三杉さん」
「昔から、その意外な行動力は変わってないね…」

「あはは。そうかなぁ? なんか分かんないけど、ありがとな」


「「「…」」」
 

 


 緒方遼平、16歳。

 「人間は表面を見ただけじゃ解らない」という言葉の意味を、このとき初めて知りました。








 












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