押して駄目なら押し倒せ。(1)
ピピピピピピ…かちっ。
今日もまた、聞き慣れた目覚まし時計の音で目を覚ます。
「…ああ。もう朝か…」
むりやり起こした体は、まるで鉛を詰めたように、ずっしりと重い。
オレは目を閉じて、瞼をごしごしとこすった。
そして、溜め息をひとつ。
学校へ行くのが億劫で仕方がない。
ねえ神様。
いつまで、こんな毎日が続くんでしょうか。
「どうしたー、緒方。なんか疲れたような顔してるけど」
「昨日、オフだっただろー。ちゃんと休み取れなかったのかー?」
朝練の後、部活仲間にそんなことを言われた。
オレは唇の端を歪めて笑いながら、なんでもねーよ…と返す。今はこれが精一杯…。
マイペースな友人達は「しっかりしろよなー」とか「目の下のクマ、すっげえぞー」とか、好き勝手なことを言って、さっさと教室に行ってしまう。うう、薄情者め。
まったくもう、皆、オレの気も知らないで、本当に呑気なモンだ。
ちゃんと休み取れなかったのか、だって?
あーそうだよ休めなかったよ。休めるわけないだろ、あの状況で。
朝っぱらから家に変態生徒会長がやってきてしかもいきなりデコにちゅーされてお姫様だっこで部屋まで運ばれて全く会話が通じないまま無理矢理メイド服を着せられそうになったり挙げ句の果てにそのままいっただっきまーすされそうになってみろ。もう精神的な安息なんて二度と望めないから絶対。
まあ、桐谷先輩の乱入によって、なんとか「いっただっきまーす」な状態はまぬがれたけれど。
「どこにあるんだオレの安息の地…」
るるるーと寂しいバックミュージックを(心の中で)流しながら、オレはトボトボと教室に向かって歩いた。
ああ、どうしてオレがこんな目に遭わなくちゃならないんだろう。
憎らしいくらいの青空を見上げていたら、いつのまにかバックミュージックがザードの「負けないで」に変わっていた。
ごめん、オレもう負けそう。
ぽつんと心の中で呟いた。
どうせ熱烈アタックされるなら、変態よりも可愛い女の子の方が良かったです神様。ええ心から。
なーんて、ちょっとした傷心に浸っていても、現実は否応なくオレに迫ってくる。
放課後。スポーツ大好き練習大好き特待生なオレにとっては、待ち遠しいはずの部活時間。
だがしかし、その楽しい楽しい部活に辿りつくためには、大きな障害を避けなければならない。
不本意ながら、もはや日常となってしまった障害。
落ち込んでなんかいられないのだ。
自分の身は自分で守らなければ。
オレは上履きをしっかりと履き直し、いついかなるときもすぐさま対応できるよう、ストレッチやら廊下の下見やらを始めた。
…よし、今日はAルートを通って逃げよう。
「おー、緒方、今日もやるのか♪」
「いっつも大変だなぁ。まっ、頑張れ☆」
「俺たち、離れたところで見守ってるから★」
「…ありがとよ」
引きつり笑顔でクラスメイトに手を振ってから、オレは教室を出た。
準備万端。
さあ頑張るんだオレ。負けるなオレ。止まるな。振り返るな。前だけを見据えろ。
風のように駆け抜けるんだ、オレ!!!!
「どりゃあああああああああッ!!」
重要ポイント。何があっても前だけを見て走り続けること。
「あ、遼平発見。おーいっ、りょーうーへーいーっ♪」
そう…たとえ通り過ぎた背後から、悪魔の声が聞こえても。
オレは必死で足を動かし、素晴らしい勢いで北側廊下を走り抜けた。
捕まったら最後、昨日の二の舞だ。
「逃げないでよー。なんでいっつも逃げるのー? 僕はこんなに君を愛しているのに…ううっ」
「泣き真似しながら追っかけてくんなーッ! 涙が無駄にキラキラしててむかつくんですよアンタ!!」
「しょうがないじゃないか。王子様が輝いているのは自然の摂理で…」
「不自然が服来て走ってるような人が何言ってんですかッ!! ってゆーか何で全力疾走しながら喋ってんのに息1つ乱れてないんだよ!?」
「えー…いつものことじゃないか」
「なおさら不自然ッ!!」
「ふふふ、遼平は怒ったところも可愛いなあ」
「すっげえ幸せそうな顔で見つめてくるな気色悪い! ホントどっか行ってくださいこの変態生徒会長ぉぉぉ!!」
そう。もはや日課(誰が課したのか知らないけど!)となってしまった、オレと渡瀬会長の鬼ごっこ。
今日も例外ではないようで、部室棟に向かって一目散に走るオレの背後5メートルに、あの天使のような顔をした悪魔はぴったりとくっついてきていた。
「ねーねーお願いーディープキス1回だけでいいって言ってるだろー」
「 無 理 ! 」
「じゃあ2回でいいからー」
「なんで増えるんだよッ!?」
「僕、生徒会長に立候補したとき何事もプラス思考で頑張ろうって決めたんだ」
「なら大人しく生徒会の仕事だけやってればいいでしょうがさっさと生徒会室に行けこのサボり魔ッ!!」
「副会長の許可は取った」
「桐谷先輩のばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
またもやザードの「負けないで」が頭の中に響いてきた。
負けないでーもーおー少しー最ー後までー走りぬーけてー、が何度も何度もリピートされる。
…なんかもう既に負けてる気分になるのは何故だろう。
知らず知らず涙がちょちょ切れる。泣きながら教室棟を駆け抜けて、突き当たりの階段に辿りついた。
オレはそこを2段とばしで一気に駆け下りようとした…が。
「うわっ」
「えっ」
人がいた。
ぶつかりそうになり、オレは反射的に慌ててブレーキを掛ける。
すんでの所で止まって、階段前を歩いていたその人物とは衝突せずに避けることが出来た。
「す、すみませんっ!」
「いや、こちらこそ」
早口で謝り、オレはすぐさま走り出す。
やべえ、思わぬところでタイムロスしてしまった。
こうなったらルートを変更して渡瀬会長を撒くしか…
「遅いね」
「うぎゃああああああッ!!」
追いつかれた!
パニックを起こしながらも再び逃げようと試みたが、それももう後の祭りだ。
オレが階段前で止まっている間に追いついた渡瀬会長は、えいやっと踏ん切りを付けて飛びついてきた。
「つっかまっえたーvv」
「ひぃーッ!!」
とうとう、おそれていたことが起きた。
放課後の鬼ごっこが始まって以来、オレは初めて、渡瀬会長の魔の手に捕まってしまったのだ。
<2へ続く> |