午後の大一番はデンジャラス。
紅組陣地に戻ると、なぜか執行部役員が全員そろっていた。
学ランからジャージに着替えた渡瀬会長と、少し物言いたげに見つめてくる女子2人と、相変わらず自分たち以外の人間にはまるで無関心な天宮兄弟と、いつもどおり優しげな表情を浮かべた鳴沢先輩が、裏庭から帰ってきたオレと桐谷先輩を迎えてくれた。
休憩時間だからか、生徒はほとんど別の場所へ出歩いていて、陣地内は何だか閑散としていている。
陣地に残ったオレたち以外の人間は、それぞれ隅っこに固まって弁当を食べたり、午前中の結果や午後の競技などについて、取り留めのないお喋りをしたりしていた。
「おかえり、2人とも」
正直、どんな顔をして渡瀬会長に会おうかと内心びくびくしていたオレだが、当の相手は先ほどのことなどまるで無かったように、ニコニコヘラヘラと愛想笑いを振りまいている。
目が合うと、さっきはごめんね、と普段通りの軽い調子で謝られた。
「弁当、取っておいでよ。みんなで一緒に食べよう。午後の打ち合わせも兼ねてさ」
その言葉に、オレは少し躊躇いながら頷いた。
何なんだろう。やっぱり、渡瀬会長はよく分からない人だと思った。
「ところで緒方。午後のことなんだけど、聞いたか?」
「え?」
「リレーだよ。午後の大一番。お前、選手だろ?」
「ああ…はい。まぁ一応」
昼食が始まって20分ぐらい経った頃。
ぼちぼち休憩時間も終わりかなというときに、鳴沢先輩が唐突にオレの方を見て言った。
なぜか、ものすごく同情的というか、まるで哀れむような表情を浮かべて。
「大変だなあ。ケガだけには気をつけろよ。大切な体なんだし」
「はぁ」
「何かあったら、すぐリタイヤするんだぞ。救護班もちゃんとコース付近に待機させとくからな」
「…はい…?」
やけに真剣な鳴沢先輩の言葉に、オレはシパシパと何回も瞬きをした。
(ケガ? リタイヤ? 救護班?)
「…たかがリレーで大袈裟じゃないですか?」
オレが首を傾げながらそう言うと、鳴沢先輩は「え゛」と濁った声を出して硬直し、周りで話を聞いていた人たちも一斉にオレを凝視した。何なんだ、一体。オレ何か変なこと言ったかなー。
「緒方…もしかして、知らなかったのか…」
「え? 何をですか?」
「桜木高校のリレーは、普通とちょっと違うんだよ」
オレの向かいに座っていた渡瀬会長が、お茶を飲みながらのんびりと説明を始めた。
「ルール的には、障害物リレーに近いかな。敵の妨害工作を避けながらバトンを繋いで、無事にゴールへたどり着いたチームだけが点数を得ることが出来る。ちなみにコースはグラウンドじゃなくて、学園の敷地内全体。走っている間まわりは殆ど敵っていう、過酷なゲームだよ」
「て…敵?」
「そう、敵。」
「なんですか…それ」
「一般客がレースを妨害してくるんだよ」
「はいぃッ!?」
オレが素っ頓狂な声を上げると、隣に座っていた天宮兄弟があからさまに顔をしかめて「うるさいなぁ」と呟いた。
しかしそんなことに構ってられないオレは、気まずさも忘れてズイっと渡瀬会長に詰め寄った。
「何ですかそれ何ですかそれ何ですかそれ!! どうして!!??」
「そりゃ…自分がお金を賭けた方のチームに勝ってほしいからに決まってるでしょ」
「お金ぇ!!?」
目を剥くオレとは対照的に、渡瀬会長は相変わらずのんびりと微笑んだ。
「毎年恒例のことさ。通称、“桜祭の予言者ゲーム”」
「よ…予言って…つまりはギャンブル…?」
会長の口元に浮かんだ笑みが、深くなった。
「そうだよー。お客さん達には、あらかじめ入場時にアンケート用紙を配って、その質問に答えてもらうんだ。『紅組と白組どっちが勝つと思いますか?』とか、『点差はどれくらいになると思いますか?』とか。そんでもって、そのアンケート用紙を係員に提出する際、賭け金も一緒に出してもらう。…と言っても、一口300円くらいの安い金額なんだけどね」
「賭け金…!!」
「うん。そして、アンケート用紙に書いてもらった答えを元に、誰が一番正確な“予言”をしたか、本部の方で審査するんだ。最優秀者には、表彰式のときに賞品と金一封が渡される」
「金一封…!!!」
オレは箸をカランカランと取り落として、口をあんぐりと開けた。
追い打ちを掛けるかのように、渡瀬会長は更に続けた。
「だからね、一般参加者達も必死なわけさ。自分の予言通りになるよう、いろいろとレースに手を加えようとしてくる。コースに障害物を置いたり、選手の足止めをしたりなんて妨害工作は当たり前。…中には、かなり反則すれすれのことをやろうとする過激派もいるから、油断は禁物だよ」
「何じゃそりゃああああ!!!」
松田優作ばりに絶叫しながらオレは勢いよく立ち上がった。
「有り得ない!! なにそれ!! 高校の体育祭でギャンブルなんか許されるんですか!!??」
「校長先生はノリノリだったけど」
何やってんだ校長!
「安心しなよ、遼平。今までこれに出て死んだ人はいないし、ケガをしたとしても選手生命に関わるほどじゃないと思うから。…多分」
「慰めになってねぇよ!! っていうか最後に小声で何つった!!?」
「あははははは」
「笑って誤魔化すなー!!」
オレは握り拳を震わせながら、めいっぱい渡瀬会長を睨みつけた。
「…そんな…そんな重要なこと…なんでもっと早く言ってくれなかったんですか…!!」
リレーに出るかと聞かれたとき、うっかり二つ返事でOKしてしまった自分が憎い。
後悔と怒りでぶるぶる震えるオレに対し、渡瀬会長はきょとんとして首を傾げた。
「あれ? 遼平、本当にリレーの内容知らなかったの」
「当たり前じゃないですか!」
「変だなぁ…。選手にちゃんと説明しておくように、って言ったはずなんだけど…」
首をひねって、渡瀬会長がオレの隣に視線をずらした。
自然と、みんなの視線もそちらに集中する。
「…なんですか」
じ〜っと一同に見つめられた皐月先輩が、居心地悪そうに身じろぎして、隣に座った兄の袖をぎゅっと握った。
ゆっくりと渡瀬会長が口を開く。
「――皐月?」
「はい」
「ボク言ったよね。遼平は忙しくてルール説明会に出てる暇がないから、後できちんと説明してやるようにって。確か、君に任せたはずだけど」
「…あ、いけね」
「いけねじゃねーよ!!」
吠えるようにオレが叫ぶと、皐月先輩は少しだけバツが悪そうに後ずさった。
「ごめんね、うっかりしてた」
「うっかりで済むかうっかりで!!」
「怖いなー。だからごめんって言ってるじゃん」
「ホントにそれが謝る態度かよ!!」
「ホントホント。申し訳ないと思ってるって」
「だったらもうちょっと申し訳なさそうな顔をしろー!!」
「…いつき〜。緒方がいじめる〜」
「ちょっと緒方ー。うちの弟ナイーブなんだからあんまり怒鳴らないでよー。ガラスのハートが砕け散っちゃう」
「防弾ガラスの間違いだろ!!」
わざとらしく目元を押さえて泣き真似する皐月先輩をビシッと指さして、オレは叫んだ。
「まぁまぁ遼平…今さら騒いだって仕方ないよ。もうプログラムは配り終わっちゃったんだから」
「くっ…」
オレは地面に膝をついて項垂れた。
それまで黙って話を聞いていた鈴子さんが、苦笑しながらオレの背に手を置く。
「元気出してくださいな、遼平くん。リレーの選手に選ばれるなんて、すごく名誉なことじゃありませんか」
「…でも。それと引き替えに、大怪我するかもしれないんですよ?」
「大丈夫です! きっと渡瀬会長が守ってくださいますわ!」
「はい?」
オレが顔を上げると、目をキラキラ輝かせている鈴子さんと、にっこり微笑んでいる渡瀬会長が視界に入った。
「ボクも選手なんだ。君の1つ前」
「えっ」
「ルール上、走り終わった選手は、自分より後に走る選手のサポートをしても良いことになってるからね」
そう言って、渡瀬会長はオレに顔を寄せた。
どくんと心臓が跳ね上がる。
「ボクが君の盾になってあげる」
―――…どんな妨害よりも、そっちの方が危険なんじゃないかと思った。
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