ああ、なんて可哀想な人。
「いぃぃぃぃやぁぁぁぁだぁぁぁぁぁ!!!!」
「やかましい。ジタバタするな」
「じゃあその手を離してくださいよ!! 人を米俵みたいに担ぎ上げるな――ッ!!」
「仕方ないだろう、こうでもしないと運べないんだから」
「いや他にもあるでしょ運び方!! っていうか人をお荷物みたいな言い方しないでください!!」
「うるさい奴だな。耳元でギャアギャア騒ぐんじゃない」
「騒ぐなっつー方が無理だよこの状況!! ってゆーか桐谷先輩オレをどこに連れて行くつもりですか!!」
「透のところだ」
「なんでッ!!??」
「レッツ告白タイム」
「わけわかんねぇぇぇぇぇぇ!!!」
オレは今、桐谷先輩の肩にまるで米俵のように担ぎ上げられ、問答無用で連行されそうになっている。
なんでこんな状況に陥ったのかは、よくわからない。
紅組陣地から逃げ出して、裏庭に1人で隠れていたら桐谷先輩がやってきて、少し話をした。それだけだ。
それなのに目があった瞬間、背筋が凍りつくような思いをした。
―――んで、いつのまにやら現在の状態に!
「何が一体どうなったらいきなりそんな話になるんですか!!」
脈絡がないにも程があるだろ!
「だから騒ぐなと言っている。お前けっこう重いんだぞ。あまり暴れると落とすかもしれない」
「なら下ろせばいいでしょ!! 重いの我慢してわざわざ担ぎ上げる必要これっぽっちも無いじゃないですか!!」
オレがそう叫ぶと、桐谷先輩はちらりと横目でこっちを見て、それもそうだなと呟きつつオレを地面に下ろした。
もちろんオレはその瞬間に逃げようとする。
だが、腕はがっちり掴まれたままで逃げられない。
…すごい力。びくともしない。
渡瀬会長に勝るとも劣らない腕力だ。
そもそも、いくら自分より小柄とはいえ、身長170センチの男子高校生を軽々と担ぎ上げれちゃう時点で、もう並みの力ではなかった。
オレは桐谷先輩の腕から逃れようと身をよじりつつ、悔しさに歯を食いしばった。
「…っく…! 化け物の周りには化け物しか集まらないのか…!」
「失礼な。誰が化け物だ」
眉間にしわを寄せながら、桐谷先輩が溜め息を吐く。
「いいかげん諦めろ緒方。お前が透に告白すれば全部うまくいくんだから」
「はぁ!?」
「両思いなんだろう。さっさとくっつけ。横で見てる方はじれったくてしょうがないんだ」
マジな顔をして言う桐谷先輩。
オレは青くなり、ぶんぶんぶんぶんと首を横に振る。
「やだやだやだやだ絶対やだ!! 誰が告白なんかするもんか!!」
「どうして」
「え…ッ…そ、そりゃ、えっと…」
「まぁ俺はお前の事情なんか知ったこっちゃないがな」
「じゃあ訊くなよ!!」
思わず、あいている方の手でビシッと突っ込みを入れる。(テレビで芸人さんがよくやってるアレ)
その手首を、間髪入れずに桐谷先輩が掴んだ。
オレは両手がふさがった状態になり、ささやかな抵抗さえも出来なくなってしまう。
「ッ、!」
「ほら。観念しろ」
「いやだー!! 離せ離せ離してぇぇぇぇ!!」
「聞こえないな」
そのまま、ずるずると引っ張られていく。
オレは足を踏ん張ってどうにかその場に踏みとどまろうとしたが、体格差の問題なのか、桐谷先輩はずんずんと前に歩いていく。もちろんオレもつられて前に進む。
地面には、引きずられた足跡がまるで2匹の蛇のように伸びた。気がつけば裏庭を出て、グラウンドの方へと真っ直ぐに向かっている。
オレは、いつのまにこんなに進んだんだと焦りながら、いまだ掴まれたままの腕をぶんぶん振った。
「桐谷先輩!! 後生ですから離してください!!! オレ告白とかホント無理…ッ…―――って、え?」
そのときだった。
ふと目の端に違和感を感じた。
オレの視界を、1人の人物が掠める。
鮮やかな景色の中に、一ヶ所だけ紛れ込んだモノクロ。
「ん? どうした」
急に抵抗をやめたオレを訝しんで、桐谷先輩が振り向く。
オレは、じっとグラウンドの端に目をこらした。
「…あの人」
さっき見た人だ。
特に目立つ顔立ちでも、派手な格好をしているわけでもないのに、なんとなく目をそらすことが出来ない存在感。
―――応援合戦のとき、無表情で観客席に座っていた、あの男の人。
「おい緒方。一体なにを見て…」
そう問いかけようとした桐谷先輩が、オレの視線の先にいる人物を見た途端、硬直した。
切れ長の瞳が真ん丸になるくらい目を見開いている。
桐谷先輩は、ひどく驚いている様子だった。
拘束していたオレの手を、思わず離してしまうほどに。
「桐谷せんぱ…?」
「―――相沢さん!」
オレが何かを言う前に、桐谷先輩はその人物に向かって走り出した。
今度はオレが目を見開く番だった。
あのクールで落ち着いた桐谷先輩が、あんなふうに誰かの名前を叫ぶなんて。
…しかも。その名前は―――…。
「相沢さん。いらしてたんですね…気づかなかった」
ハッとして走り出したオレが追いついたとき、桐谷先輩は微苦笑を浮かべながらその人物を見つめていた。
対する相手は無表情で、ゆっくりと首を振る。
「わざと、気づかれないようにしてたんだよ。お前達の仕事を邪魔したくなかったからな」
「邪魔だなんて、そんな」
「…気を遣うな。いっそ追い返してくれる方が気が楽だ」
その人物―――…昨年度の生徒会会計長、相沢さんは、そう言って桐谷先輩から目をそらした。
静かに揺れていたその視線が、やがてゆっくりとオレに定まる。
「…こんにちは」
低く心地良い声。
暫く惚けていたオレは、慌てて「こんにちは」と頭を下げた。
「桐谷。この子は?」
オレの顔を見て僅かに目を細め、相沢さんが尋ねる。
その問いを受けた桐谷先輩は、「ああ」と思い出したようにオレを見た。どうやら存在を忘れられていたようだ。
「渡瀬の後継者ですよ。今回のイベントの実行委員。…まだ1年ですが、けっこう使える奴です」
桐谷先輩がにやりと笑いながらオレを紹介する。
褒められてるんだかバカにされているんだか、よく解らない。…いや、おそらく後者だろうな。桐谷先輩の表情が何よりの証拠だ。
オレは少しムッとしながらも、相沢さんの前では言い返す気になれず、そのまま再び頭を下げた。
「名前は?」
相沢さんに促されて、オレは「緒方遼平です」と短く返した。
「緒方か。――…様子からして、俺のことはもう知ってるみたいだな」
「えっと、…はい。少し」
「そうか」
相沢さんは無表情のまま、静かに頷いた。
同じ無表情でも、天宮兄弟のそれとは全く違う。
双子は、まるで作り物の人形のように冷たく整っているけれど、相沢さんの方はまだ人間っぽかった。時折、堪えきれないように瞳が揺れる。その奥に見える感情は、なんだか物悲しくて、見てる方がつらかった。
だから気になったのだと思う。
愉しげに笑い、歓声をあげるお客さん達の中で、相沢さんの周りにだけ負のオーラがまとわりついていたから。
「…」
相沢さんは、暫くの間ずっと無言でオレの顔を見つめていた。その表情は、変化が乏しいために上手く読み取れなかったけど、少し驚いているようにも、何かを考えているようにも見えた。
なんだか居心地の悪さを感じたオレは、じりっと後ずさりながらその目を見つめ返す。
「あ…あの。オレに何か付いてますか…?」
おそるおそる問いかけると、相沢さんはハッとしたように目を瞬いた。
「――…いや。悪い。ちょっと、知り合いに似てたから」
「知り合い?」
「ああ。すまないな。たぶん、俺の気のせいだ…」
言葉を濁して、相沢さんが再び黙り込む。
オレは首を傾げながらも、それ以上の追求は出来なかった。
「…相沢さん。透達にも、会ってやってくれますか?」
ひどく穏やかな口調で、桐谷先輩が唐突に尋ねた。
相沢さんは、一瞬だけ驚いたように目を瞬いた後、やがて苦々しい表情で首を振った。
「合わす顔がない」
「なぜ…」
「―――。」
問いかける桐谷先輩を、相沢さんは無言で遮った。
言葉にしなくても、その瞳が語っている。
訊くな、と。
言わなくても、お前はわかっているんだろう、と。
まっすぐに見つめられた桐谷先輩は、少し躊躇った後、小さく「すみません」と呟いた。
「…透達には、黙っておきます」
「ありがとう」
礼の言葉が謝罪に聞こえた。
じゃあまたな、と。物悲しい響きだけを残して、相沢さんはそのまま背を向けてしまう。
何が何だか分からないオレは、黙ってその後ろ姿を見送ることしかできない。
グラウンドを囲むフェンスの横は並木道になっている。
相沢さんの広い背中は、ゆっくりと、その木陰の中へ消えていった。
「…桐谷先輩。いいんですか」
オレは戸惑いながら口を開いた。
問いかけずにはいられなかった。
「相沢さん、行っちゃいましたよ…?」
「ああ」
「…ああ、って…本当に良いんですか!?」
なんだかよく分からないけど、オレは焦っていた。
先ほどはあれだけ逃れようとしていた桐谷先輩の腕に、今度は自分からしがみついて力いっぱい揺さぶる。
「なんでですか!? どうして、相沢さん…あんな悲しそうな顔してたんですか!? 今日はお祭りですよね、みんなで思いっきり楽しむための日なんですよね!? そのために先輩たちは頑張ってきたんですよね!? なのに、なんで」
「…緒方」
桐谷先輩が、オレの方を見る。
「お前、知ってたんだな。去年のこと」
「え、」
「透が喋ったのか。それとも双子か」
「あの」
「答えろ」
「――…両方、です」
自分でも情けなくなるくらい、弱々しい返答だった。
オレがびくびくしながら手を離すと、桐谷先輩は「ふぅん」と呟きながら目を伏せた。
「なるほどな。…それなら話は早い」
その呟きの意図がわからず、オレは首を傾げる。
桐谷先輩が、それを見て薄く笑みを浮かべた。
「あのな、緒方。相沢さんは、責任を感じているんだよ」
「責任?」
「花瀬さんと駿河さんを止められなかったから」
「!」
いつだったか、渡瀬会長に聞いた話を思い出す。
ボロボロの三杉さんを相沢さんに任せて、花瀬さんと駿河さんの2人は、乱闘騒ぎの中に飛び込んでいった、と。
「倒れた三杉さんを見た途端、頭が真っ白になってしまったんだそうだ。…血塗れで痣だらけの三杉さんを抱きしめて、目の前で起こる乱闘をただ呆然と眺めているだけの自分が、ひどく情けなかったと。…卒業式の日だったかな。泣きそうな顔をして、相沢さんは俺に語ってくれたよ」
桐谷先輩の顔から笑みが消えた。
「なぁ緒方。あの人はいつになったら解放されるんだろうな」
「え…」
「今年の桜祭を成功させれば、あの人はもう一度、笑ってくれるかもしれない」
今さら悔やんだって、全てはもう過去のこと。
なのに、人一倍責任感が強いあの人は、いつまでも過去を引きずってしまう。
意味のないことだと分かっていながら。
それでも、自分を責め続けることしかできないでいる。
ああ、可哀想に。
可哀想に。
可哀想に。
かわいそうに。
「桐谷先輩…?」
「…ん、なんでもない。忘れてくれ」
ゆるゆると首を振って、桐谷先輩は静かに陣地の方へと歩き出した。
オレは少し迷った後、ゆっくりとその後に付いていった。
周囲のざわめきが、徐々にオレたちを元の世界へと引き戻していくようだった。
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