どうしろって言うんだ。
紅組の応援は、すごく良かった。
そして渡瀬会長は、物凄くカッコよかった。
力強い応援歌に合わせて腕を振り、みんなの中心で声を張り上げる姿は、普段のヘラヘラした渡瀬会長からは想像も出来ないくらいに格好良かった。
遠く離れたところからでも、その真剣な表情がハッキリ分かる。
さらさらの黒髪が汗に濡れて、はらりと額や頬に張り付き、それが妙に色っぽい。
(反則だ…!)
――…鬼ごっこのときは、どんだけ走り回っても汗1つ流さないくせに。
思わず見惚れてしまったオレは、あまりの悔しさと恥ずかしさに、頭を抱えてのたうち回りたい衝動に駆られた。
っていうか実際のたうち回っていた。
オレの奇行に、鈴子さんが「何やってるんですか?」と目をぱちくりさせている。
「なんでも…ないッス…」
弱々しい返事を返すのが精一杯だ。
鈴子さんはそんなオレを見て、暫く怪訝そうに首を傾いでいたが、やがて何かを思いついたようにポンと手を打った。
「わかった」
「へ?」
「遼平君って、頭抱えて呻き声を上げながら地面をのたうち回るほど、渡瀬さんのことが好きなんですねぇ」
「違っ!!!(呻き声まで上げてたのか俺!!)」
「ああ…禁断の愛…」
「だから違いますって!! 聞けよコンチクショウ!!」
おそるべし腐女子。何をどうすればそんな考えに辿り着くんだ。
いやまぁ実際は当たらずとも遠からずなんだけど。むしろ八割方は当たってるんだけど。
オレの声には耳も貸さず、鈴子さんは自分の妄想に恍惚とした表情を浮かべている。
「濡れた髪…白磁のような肌…まるで宝石のごとく煌めく汗…。そして、普段の彼からは想像も出来ないほど真剣な瞳…。そんな相手のギャップに、少年は戸惑いながらも惹かれていく…。ああ、なんて素敵な恋物語!!」
「や、やめてください!!」
顔を真っ赤にしながらオレは叫んだ。
近くにいた生徒達が「何だ何だ」とこちらを見ているけど、この際それは気にしない。
再度のたうち回りたい衝動を必死で押さえ、オレは何とか深呼吸した。
「うー」
「ふふふ」
「鈴子さん…どうしてもオレと渡瀬会長をくっつけたいんですね」
「あら。いけません?」
「いけません!」
「なぜ?」
「な、なぜって…そりゃ…」
「残念ですわ。渡瀬会長と緒方君、すごくお似合いなんですもの」
「な…!!」
「うふふふふふふ」
オレの隣に座り、ゆるやかに首を傾げながらコロコロと笑う鈴子さんは、そりゃもう怖いくらいに可愛らしかった。
「あら、鈴子。随分と楽しそうね」
そのとき突然、背後から女の声が聞こえた。
びっくりしたオレが振り向くと、そこには双子を従えた藤野さんが、にこやかに佇んでいた。
足音が全然しなかった。鈴子さんといい、この人といい、最近の女子高生は気配を殺す能力でも持ってるのか?
「お姉さま!」
ぱっと目を輝かせた鈴子さんが、藤野さんに飛びつく。
藤野さんも、後輩の顔を見て優しげに微笑むと、その乱れた襟をそっと直してやっていた。そして頭を撫でられた鈴子さんが、ぽっと頬を染めて俯く。…うん、なんかイケナイものを見てしまった気分だ。
美少女2人がイチャイチャする光景は、なかなか目の保養になるのだが、オレは静かに目をそらした。
(…い、いたたまれない)
目をそらした先には、天宮兄弟がいた。
「あの…」
「「何」」
「つかぬ事をお聞きしますが…先輩たち、さっきから何やってるんですか」
「「充電」」
「…充電…」
「そーだよ。悪い?」
「1時間48分ぶりの再会なんだから邪魔しないでよ、緒方遼平」
「………はい」
ぎゅううううううう、と見てるこっちが暑苦しいくらいに、皐月先輩が五月先輩に強く抱きついている。
―――…なるほど…充電…。
うん、深く突っ込まないことにしよう。
オレは無言でくるりと先輩たちに背を向けた。さわらぬバカップルに害は無い…と思う。
しかし、そんなオレの目に、更なる「いたたまれない光景」が飛び込んできた。
っていうか、むしろ本能が「今すぐ逃げろ」と警告してくるような、そんなものが…。
こっちに走ってくる!
「おーい! りょーうーへーいー♪」
「うぎゃあああああああああ!!!」
満面の笑顔の渡瀬会長に飛びつかれ、オレは情けない悲鳴をあげた。
やばい!! やばいって!! 心臓が!!!
抱きしめられたりなんかしたら、絶対ばれる!!!
「ただいまー。応援合戦、ちゃんと見てくれた?」
渡瀬会長がクスクス笑いながら尋ねる。
オレは身をよじりながら、なんとかその腕から逃れようとした。
「ちょ、やっ…は、離して…!」
「――…見てなかったの?」
「み、見ました! ちゃんと見てましたから今すぐ離してください!!」
「やだ」
「会長!!…んっ…」
「僕、かっこよかった?」
「…ぁ…!」
首の付け根にキスされ、しまいには耳元で低く囁かれた。
こ、腰が…!!!
「――――…なんてことなの…」
そんなオレと渡瀬会長の絡みを見た藤野さんが、手を震わせながら、くわっと目を見開いた。
「鈴子、早くカメラを!!」
「はいっ、お姉さま! もちろん手ブレ無しのデジタル高画質版をご用意いたしました!!」
「ナイスよ鈴子!! さぁ激写!!」
「はい! これは滅多にない萌え画像になりますわ!!」
興奮しながらカメラのシャッターを切る鈴子さん。
双子は、冷めた目でこちらを眺めていた。
「あーあ、また始まったか…」
「緒方もいいかげん諦めればいいのにねぇ…」
「あんたら遠巻きに眺めてないで早く助けろ―――ッ!!!」
オレは必死でもがきながら、そんな4人を精一杯睨みつけた。
「っていうか、周りの紅組の人たちも何で皆「あーまたか」みたいな顔してんの!?」
「慣れちゃったんだよ、みんな」
「そーそー。うふふあははな鬼ごっことか熱々のラブシーンとか毎日のように見せられれば誰でもねー」
「 何 が うふふあははな鬼ごっこだぁ―――ッ!!」
ああもうどいつもこいつも!!
叫ぶオレを見つめ、渡瀬会長は涼しい顔で微笑んでいる。
「駄目だよ、遼平。誰にも邪魔なんかさせやしない」
「何言って…!」
「最近、僕のこと避けてるよね」
「!」
渡瀬会長の腕に力がこもる。
「…どうして?」
「ど、どうしてって…そ…そんなの元からで…」
「そうだけど。…でも、前は何だかんだ言いながら相手してくれたじゃない。ものを言うときだって、ちゃんと僕の目を見てくれてたし」
「…!」
「――ねぇ、どうして?」
頭が真っ白になる。
興奮した腐女子たちの声も、天宮兄弟の冷めた声も、グラウンドに響くアナウンスも、観客席から聞こえるお喋りも、陣地内のざわめきさえ遠くなる。
渡瀬会長の声、だけが聴覚を支配した。
「君は…」
強く抱かれて、体が痛い。
おそるおそる顔を上げると、渡瀬会長と目があった。
「君は、そんなに僕が嫌いなのかな」
「―――ッ!」
真剣な表情で見つめられ、声が出なくなった。
とっさにオレは相手の肩を思い切り突き飛ばし、周囲の呼び止める声にも構わず、そのまま全力で紅組陣地から逃げ出した。
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