続・変態生徒会長とオレ。(32/77)PDFで表示縦書き表示RDF


続・変態生徒会長とオレ。
作:木立久美子



腐女子の罠には気をつけろ。


 そのあとも体育祭は滞りなく進み、後はリレー以外特に出る競技もなかったオレは、紅組陣地でじっとしていた。
 鳴沢先輩のことが心配だけれど、白組陣地まで様子を見に行くわけにはいかない。多分、今オレが行ったら、さっきの二の舞になるだろう。

(それにしても、すさまじい悲鳴だったな…。渡瀬会長、一体どんなことしたんだろ…)

 申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
 鳴沢先輩にはいつも迷惑をかけてばかりだなぁと思った。

 だから、こうしてオレはこれ以上被害が拡大しないよう1人で座っていた。鳴沢先輩は…きっと無事だ。いくら渡瀬会長でも、自分の友だちに対してそんなに酷いことはしない…と思う。
 そう自分に言い聞かせて、オレは溜め息を飲み込んだ。


 ちなみに今グラウンドでは、応援合戦をやっている。
 全員参加ではなく、希望者のみで両チームの応援団を結成し、忙しい準備の合間を縫って練習を重ねてきたらしい。オレは執行部の仕事だけでてんてこ舞いだったので応援団には入らなかったが、迫力のある演技は練習段階からその片鱗を見せていて、見ているだけで体力を消耗してしまうくらいに素晴らしいものだった。

 もちろん応援団長は、各組の大将が務める。
 つまり、渡瀬会長と桐谷先輩だ。
 あんなに忙しそうにしてたのに、一体いつ練習したんだろうと不思議に思う。

 でも、素直に2人とも頑張って欲しいな、と感じた。



 先攻は白組。
 桐谷先輩らしい落ち着いた演技で、観客にもなかなか好評である。
 どん、どん、って太鼓の音が地面を伝わり、低く響いて体に心地良かった。

「…ってか、メガネ外した桐谷先輩って初めて見たかも…」

 ちょっと遠いが、オレは視力が良いのでよく見える。
 目元がきりっとしていて格好良いと思った。渡瀬会長ほどじゃないけど、整った顔立ちだ。
 なんか雰囲気が侍っぽい。
 幕末コスプレとかやったら女受けするだろうなと、オレは無意識にそんなことを考えた。なに考えてんだ。
 
 自分の思考にいたたまれなくなり、オレは視線をスッと観客席へスライドさせた。

(…ん?)

 そのとき、ふと違和感を覚えた。

(なんだろう…あの人…)

 うっとりした表情で演技に見入っている観客達の中、その人だけは様子が違った。
 応援の迫力に気圧されているわけでもなく、見惚れているわけでもなく、ただ無表情に座っているのだ。肩幅が広く、背のすらっと伸びた人で、だから余計に目に付いたのかも知れない。

 異質な空気。

 色鮮やかな写真の中に、一枚だけモノクロが紛れ込んだみたいだ。

 
(何だ…?)

 
 なんとなく胸騒ぎを覚え、思わずオレが腰を浮かしかけた、そのときだった。


「なに見てるんですか?」
「うわぁあっ!…って、り、鈴子さん…」
「ごきげんよう、遼平君♪」

 いきなり背後から声をかけられ、びっくりしたオレは心臓をばくばくさせながら振り向いた。
 さらさら揺れる黒髪ポニーテール。鈴子さんだ。

「こ、こんにちは…。あの、どうしてここに…?」
「萌えを探しに」
「は?」
「あ、間違えました。遼平君にご挨拶をしようと思って来たんです」
「…さいですか」

 どう言い間違えれば「萌え」なんて単語が飛び出すんだ。
 相変わらずこの人はよく分からない。

「あれ? 藤野さんは一緒じゃないんですか?」
「お姉さまは白組陣地の方へいらしてますわ。多分、向こうの副将さんにご挨拶なさってるんじゃないかしら」
「へぇ…」

 向こうの副将って言ったら、五月先輩だ。
 一体どんな会話をしてるんだろう。藤野さんと五月先輩の共通点といえば、顔が人形っぽいってところだけで、他には全然接点がないように思える。
 …だめだ。まったく想像できねぇ。この間の会議中だって、あの2人はほとんど会話していなかったし。

 オレがそう言うと、鈴子さんは「そうですねぇ」と苦笑いのような表情を浮かべた。

「一応、去年からの顔見知りらしいんですけど」
「去年?」
「宮子お姉さまは、去年も生徒会役員をやっていらしたんです。確か副会長だったと聞きました。渡瀬さんと同じですわ」
「へぇ…」

 隣に座った鈴子さんは、やけに明るい声で話した。
 ふわふわ香ってくる甘い匂いだとか、深窓の令嬢みたいな言葉遣いだとか、男子校に通っているオレにとっては何もかもが新鮮だった。 


「――あの、ところで鈴子さん。さっき、挨拶に来たって言ってましたけど…」
「はい。大将のお2人には応援合戦が始まる前にお会いしてきたので、今度は副将さんの方に」
「じゃあ、いつまでもオレなんかの傍で油売ってちゃ駄目じゃないですか。紅組うちの副将は、オレじゃなくて皐月先輩ですよ?」
「知ってますわ。でも、あの人いないんですもの」
「いない?」

 言われて、オレは陣地内をぐるっと見回した。
 ――た…確かにいない。どこ行ったんだよ先輩ってば。トイレかな。


「ところで遼平君、先ほどは何をご覧になってましたの?」
「え?」

 急に問いかけられ、オレは目を瞬いた。
 隣にちょこんと腰を下ろした鈴子さんが、額に手を当てながら目を細めた。

「観客席の方に、誰かいらっしゃるんですか?」
「え、ああ…ちょっと」
「ちょっと?」
「いや、何でもないです」

 さっきのことをどう説明すればいいのか分からず、オレは首を横に振った。
 鈴子さんは緩く首を傾げた後、やがて「そうですか…」と頷いた。


「あっ、見てください遼平君! 渡瀬さんの出番ですわ!」
「え?」

 顔を上げると、ちょうど紅組応援団がきれいに整列したところだった。
 学ランの下に真っ赤なシャツ、額には深紅のハチマキをきりりと巻いた団員達を従え、渡瀬会長は一歩前に出て、選手宣誓のときみたいに背筋を伸ばし凛と立っている。

「すてき! 渡瀬さんって、本当に格好良いですわね!」
「そうですねー…まぁ顔だけは…」
「とか何とか言いながら、本心では「今すぐ抱かれたい」なんて思っちゃってるんじゃありませんの?」
「そうですねー・・・・・・って違う!」

 思わず頷きかけたオレは、慌てて首をぶんぶん横に振った。
 あ、あぶねぇ! 危うく、イケナイ世界に取り返しの付かない第一歩を踏み込んでしまうところだった。

「何ヘンなこと言わせようとしてるんですか鈴子さんッ!!! オレは別に渡瀬会長のことなんて…!!」

「ちっ。あと少しだったのに」

「舌打ちすな! キャラ変わってんぞオイ!」


 ああもう、と地団駄を踏みたい衝動を懸命に堪える。
 オレはガックリとその場に沈み込んだ。

 落ち着け緒方遼平。
 腐女子の罠になんかハマっちゃ駄目だ。
 いくら綺麗でカッコ良くても、あの人は男。そしてオレも男。♂なの。男なんだよ!


「真実の愛に性別なんか関係ありませんわ〜」

「うるさいですよ鈴子さん。そしてそのセリフどっかで聞いたことあるんですけどオレの気のせいでしょうか気のせいですよねそうですよね」

「渡瀬さんの受け売りです」

「ああやっぱりなチクショー!!」

 ぅあうぇぉお…!、と声にならない声を出して悶え苦しむオレを横目に、鈴子さんは頬杖を付きながらやれやれと溜め息を吐いた。
 その視線が、滑るようにグラウンドの方へ移動する。

「しっかりしてください、遼平君。もう渡瀬さんの演技は始まってますよ」

 反射的に顔を上げてしまった自分をひどく憎らしく思った。















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