謝って済むなら何度でも土下座します。
第一競技の“借り人競走”というのは、その名の通り“人”を借りてくるレースだ。
借りる対象が物から人間に変わっただけで、基本的なルールは皆がよく知っている借り物競走とほとんど同じ。
まず、お題の紙が入った箱を目指して走り、紅組は赤い箱、白組は白い箱からそれぞれ紙を一枚引く。そこに書いてあるお題に合った人間を探して、手をつないで一緒にゴールするのだ。
オレは選手だったから、円陣の後すぐに集合場所へ走った。
見ると、白組の方には竹下の姿もある。
「よっ、緒方」
「おう。竹下もこの競技出るのか?」
「まぁなー。俺あんまり走るの得意じゃないからさ、一番楽そうなのにした」
「楽なのか、これ?」
「じゃねーの? とりあえず、リレーみたいに身体能力だけじゃ勝ち負け決まらないし…」
「あー、まあ確かに」
お題が何なのか、ってのも重要だ。そこのところは運任せだし、足が速いだけじゃどうしようもない。
竹下が、にやりと笑った。
「つまり、俺みたいな鈍足でも勝機はあるってことだ」
「…だから?」
「勝つのは白組!」
そんな捨て台詞を残して、竹下はスタコラと走り去った。
「これより、借り人競走を始めます。選手の皆さんはスタート地点に移動してください」
ほぼ同時に、競技開始を知らせるアナウンスが響いた。
「位置についてー…用意…」
――パン!
ピストルの音と共に、1組目の選手はダッと駆けだした。
わぁわぁという応援の声がグラウンドを揺らす。
1組目は結構2人とも足が速い。紅も白も、あっというまに箱まで辿り着いた。
「四月生まれの人! 誰かっ、四月生まれの人はいませんかぁ――!!」
「ボウズ! 坊主頭の人!!」
それぞれのお題を叫びながら、白と紅がグラウンド内を駆け回る。
オレはそれを他人事のように眺めながら、いつのまにか隣に戻ってきた竹下を肘で突いた。
「なぁ竹下…お題って誰が決めたんだ?」
「あー、なんかよく知らないけど、図書委員長だって聞いたぜ」
「ふーん…」
「それがどうかしたのかー?」
「あ、いや別に」
「…へぇ?」
少し誤魔化し方が不自然になってしまった。
案の定、悪戯っぽく笑った竹下が、オレの顔を覗き込んでくる。
「緒方。もしかして心配してんの?」
「な、何をだよ」
「もしも紙に“好きな人”とか書いてあったらどうしよう〜!、なーんて」
「バカ言え!」
思わず大きな声を出した後、オレは慌てて目をそらし、味方を応援するような振りをして竹下から離れた。
…実は図星だった。
「お〜が〜た〜。いいかげん素直になれよ。自覚してんだろ? 自分の気・持・ち♪」
「あーもーうるせぇな! オマエ白組だろ! こっちの列に入ってくんなよ!」
じゃれついてくる竹下を引きはがしている間に、いつのまにか2組目も終わり、オレの番がやってきた。
慌ててコースに入り合図と共に走り出したオレは、同時にスタートした白組の2年生を一気に引き離して、すぐに箱のところまで走り着いた。スポーツ特待生の本領発揮だ。自慢じゃないけど、スピードだけは誰にも負ける気がしない。(…渡瀬会長は別だ。あの速さはもはや反則だ)
「っと、そんなことよりお題お題…」
赤い箱の中に手を突っ込み、紙を引っ張り出す。
開く直前さっきの竹下との会話が頭をよぎって、オレは「どうか“好きな人”以外のお題でありますように」と必死で祈りながら紙を開いた。
そして、書いてあったお題は―――…。
“憧れの先輩”
…。
び、微妙!
「あっれー? どうしたんだ緒方のヤツ」
「本当だ。動きが止まってるぜ」
「そんな難しいお題だったのか?」
「さぁ…」
「――あ、復活した」
「おい、なんかすげぇ微妙な顔して走ってるぞ!」
「ホントだ! ちくしょーとか叫んでるし!!」
「ってか速! めちゃくちゃ速ぇ!! なんであんな必死になってるんだよアイツ!?」
「いったい何が書いてあったんだ!?」
(あーもう!!!)
ざわめく応援席の前を、オレは全力で駆け抜けた。
これは勝負なのだ。うだうだ迷ってる暇なんて1秒たりとも無い。
――…この際お題なんてどうでもいいから、さっさとゴールしてしまえ!!
オレは紅組陣地を横切り、反対側の白組陣地に走り込んだ。
「鳴沢先輩! 来てください!」
「へ? 俺?」
きょとんとしている鳴沢先輩の手を掴み、オレは一目散に駆け出す。
とにかく早くゴールへ、という気持ちが何より強かった。
味方の応援も、オレに引きずられながら走っている鳴沢先輩の困惑したような声も、ほとんど耳に入らない。
ただひたすらゴールに向かって、走る、走る、走る!
そして。
「ゴール!」
テープを切った瞬間、係の生徒がぱたぱたと走ってきて、オレの手からお題の紙を受け取り、その内容を確認した。
「えーっと、お題は“憧れの先輩”…。よし、OKです」
にっこり笑った係の手から1位の旗を受け取り、オレはぜいぜいと肩で息をしつつその場にしゃがみ込んだ。
同じように屈み込んだ鳴沢先輩が、オレの顔を覗き込んで苦笑する。
「やっぱ速いなー、緒方。付いていくのがやっとだったよ」
「…あ、すいません鳴沢先輩。いきなり手ぇ引っぱっちゃって…」
「いや大丈夫。そういう競技だからな。――…ただ」
「え?」
オレが顔を上げると、鳴沢先輩はまるで死刑宣告を受けた囚人のような顔であさっての方向を向いていた。
「ただ…お前と手をつないだりなんかして…嫉妬に駆られた渡瀬からどんな報復を受けるのか…それだけが心配で…」
「…ッ!」
ご、ごめんなさい…!!!
遠い目をしながら人生を諦めたように薄く笑っている鳴沢先輩の横顔を見て、オレは思わずその場で本気で土下座しそうになった。
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