救世主のふりした魔王様。
「透、そろそろ時間だ」
勝手にドアを開けてオレの家に上がり込んで。
常識で考えれば図々しいにもほどがあるけれど、でもそのときのオレにとって、その人は救世主のように思えた。
「学校に戻るぞ。会長のお前がいないと、生徒会の仕事が滞るんだよ」
我が校の生徒会、副会長。
桐谷宗吾先輩が、絶体絶命のオレの元へやってきてくださった。
「…キリヤ。」
「帰りが遅いと思って来てみれば、案の定だな。可哀想に、そいつ怯えてるじゃないか」
「何しに来たの。邪魔しないでよ。今いいところなんだから」
全然いいところじゃねぇ!
心の中でそうツッコミながらも、俺はじっと黙って事の成り行きを見守る。
救世主様、じゃなかった、桐谷先輩は深く溜め息を吐いて、つかつかと俺たちの方へ歩み寄った。
「何しに来たの、じゃないだろう。お前を連れ戻しに来たに決まってる。イベントの準備やら次期への引き継ぎやらで大変なんだからな。生徒会運営も、書記や会計だけじゃ手が回らないんだよ」
桐谷様、じゃなかった、救世主先輩、でもなくて、桐谷先輩は渡瀬会長に向かってキッパリはっきりそう言うと、次は俺の方へ目を向けた。
「大丈夫か、緒方。うちのバカ会長がすまなかったな」
「ふ、副会長…!(うるうる)」
「ほら透。手を離してやれ。…ったく、何が『プレゼント渡したらすぐ仕事に戻るから』だよ。困ったヤツめ」
「だって、遼平が…」
「はいはい。わかったわかった。我慢できなかったんだよな。でも、もうタイムアップだよ。学校へ戻ろう、透」
「…わかった」
すげぇ。
あの渡瀬会長が、他人の言うことを聞いている。
桐谷副会長は、オレの上にのしかかって(おまけにシャツの中へ手を突っこんで)いた渡瀬会長をべりべりべりと引きはがし、押さえつけられて動けなくなっていたオレを助け起こしてくれた。
恥ずかしいくらいに乱れまくったオレのパジャマ姿を見ても眉ひとつ動かさない。すげぇ。マジすげぇ。
オレがわたわたと服装を直している間、桐谷副会長は渡瀬会長にガミガミとお説教をしていた。
「まったく。そんなに情けない顔をするな、透。だいたい、用事を済ませたならどうして早く帰ってこなかったんだ」
「うるさいな。君が、『仕事中に気が散るようなら、少しくらい息抜きに行ってきてもいいぞ』って言い出したんだろ」
「確かに、少しくらいなら遊んできてもいいとは言ったが、ヤッてきてもいいとは言わなかったぞ。他人様の家で後輩に襲いかかったりなんかして、ホント何やってんだ、お前」
「目の前にご馳走があったら食らいつきたくなるじゃないか」
「アホ。それを我慢して、紳士的に振る舞うのが先輩としての…いや、男としての常識だろうが」
「据え膳食わぬは男の恥、とも言うよ」
「やかましい。だいたいお前は、普段から羽目をはずしすぎなんだ。毎日のように鬼ごっこをするわ、泣き叫ぶ後輩を付け回して喜ぶわ…まったく。このサディストが」
「サドで結構。君みたいに、本性を隠して優等生ぶってる腹黒キャラよか、ずっとマシだと思うけどね?」
「アホか。本性は隠してなんぼだろうが。お前こそ、自由気ままに生きるのは勝手だが、周囲を巻き込んで大暴れするのはやめるんだな。毎日毎日ぎゃいぎゃいぎゃいぎゃい騒ぎまくって…それで王子様だと? ふざけるな。王子様キャラをなめるなよ。外見の良さだけなら、お前と同レベルの人間は五万といるんだ。そもそも王子キャラは、決して自分のことを王子キャラだなどとは言いふらさないし…」
「アンタら何の話してんのッ!?」
いつのまにか論旨がずれまくっている。
パジャマを着直したオレは、2人の会話に思わずツッコミを入れた。
(…あれ。てっきり素晴らしい常識人なのかと思ってたけど、まさか、この人…)
頭にわき上がった疑惑を確認しようと、オレはおそるおそる尋ねる。
「えーっと…副会長。渡瀬会長をここに差し向けたのって、もしかしてアンタの…」
「ああ。俺が考えたことだ」
「アッサリ肯定!?」
「透が仕事中、遼平に会いたい遼平に会いたい会って今すぐ押し倒したいって、そりゃあもう、うるさかったんでな。仕方ないから学校の外に放り出した」
「ほ、放り出したって…渡瀬会長を、俺に会う許可まで出して校外に放置したんですか!? なんて危険なことを!!」
「いやぁ。正直言うと邪魔だったし、お前に会った後はなぜか仕事の能率も上がるみたいだから。ちょうど良いと思って」
「良くねぇぇぇッ!!!」
元凶はアンタだったのかッ!?
俺はショックで立ちくらみ、そのまま床に這いつくばるような形で崩れ込んだ。
肩が震え、だばだばと滝のような涙が流れる。
神様、俺、何か悪いことしましたか。
お願いですから、たまの休日くらい、ゆっくりさせてください。
何が悲しくて、朝っぱらから変態生徒会長に押し倒されデコちゅーまでされ、挙げ句の果てにはヒラヒラのメイド服まで着せられそうにならなければいけないのでしょうか。
しかも、ようやく助けが来たと思ったら…その人も生徒会長に負けず劣らずの非常識人。
ああ。
そんなに俺のことが嫌いですか神様!!
「うっ…ううっ…ふえぇ」
「遼平? 遼平、どうしたの? 何が悲しいの? 何で泣いてるの?」
「八割方お前のせいだと思うぞ透」
桐谷宗吾先輩の乱入で、何とか貞操の危機は逃れたものの。
俺の受難は、まだまだ終わりそうになかった…。
「…ひとつ質問して良いですか…」
ぐすんぐすんと鼻をすすり、目尻にたまった涙をこするように拭いながら、俺は口を開いた。
渡瀬会長と桐谷先輩が、同時に「何?」「何だ?」と聞き返す。
俺は、自分の心を落ち着けるために、ゆっくりと大きく深呼吸した。
「――――うちのガッコの生徒会に…まともな人っていないんですか」
ホント一体どうなってるんだろう俺の学校。
生徒会長は変態だしサドだし悪魔だし電波だし、副会長はそれをフォローして止めるどころか増長させてるし。
ちゃんと選挙で選ばれた人たちのはずなのに、その中心人物が変人ばっかって…。
本当、マジでどうなってんのそれ!?
渡瀬会長は、きょとんと首を傾げる。
「まともな人? 何を言うんだ、遼平。ボクがいるじゃないか!」
その言葉に、桐谷先輩も頷く。
「そうだぞ、緒方。俺だっているじゃないか」
俺は肩で呼吸した。
「…だから」
とぼけた顔で返答する悪魔2人を、精一杯、睨みつける。
「アンタらが一番まともじゃねぇんだよ!!!!」
そう叫んだ後、俺は近くにあったクッションへ顔を埋め、わっと泣き出した。
誰でもいいから、この変態どもを今すぐ遠い世界へ追い払ってください。
そして俺に、ごく普通のまともな日々を返して下さい。
そんな心の叫びは、決して、届くことがなかった。
|