まさかコレが恋の始まり?(1)
「えー…先ほどはお騒がせしました」
椅子に腰掛けた美少女2人が、ぺこっと頭を下げる。
「改めまして。桜坂女子高校生徒会長、3年の藤野宮子です」
「同じく副会長、2年の高月鈴子です」
2人は先ほどまでの騒ぎっぷりが嘘のように、天使のような顔をして微笑んだ。
「「どうぞ、よろしくお願いします♪」」
―――…出来れば、お願いされたくない。
一通りの自己紹介を済ませた後、オレは腐女子たちの様子をじっくりと観察した。警戒していたと言ってもいい。
本物の腐女子を見たのは初めてだったので驚いたが、まあそんなに害はなさそうだ。ただ少し妄想が激しすぎるだけで(いや、それでも充分迷惑なんだけど)、それ以外は普通の女の子である。だがしかし警戒するに越したことはない。
いくら外見がまともそうでも、それと中身が一致するとは限らないということは、桐谷先輩で十分すぎるほど学んだ。(第3話参照)
彼女たちは、黙っていれば美人の部類に入る顔をしている。
藤野さんは色白でスタイルが良くて、ふわふわウェーブの髪の毛は本当にフランス人形みたいだ。ちょっとした仕草も、すべて上品で美しい。ホント、先ほどの叫びっぷりは一体何だったんだと思ってしまう。白昼夢か。いやまさか。
一方高月さんは、藤野さんとは対照的な黒髪サラサラ美少女で、どちらかというと「美人」というよりは「可愛い」という方がしっくりくる顔立ちだ。猫みたいに目が大きくパッチリしていて、ポニーテールがよく似合う。
(…ホント、黙ってれば美人なのにな)
時折オレや渡瀬会長に視線を向けてはキャッキャとはしゃぐ2人を見つめて、オレは心からそう思った。
「えーと…今日は、桜祭3日目のレクレーションゲームについて話し合いをしたいんだけど…いいかな?」
司会役の鳴沢先輩も、なんだか気圧された感じで声に覇気がない。
…っていうか、こういうときこそ議長が仕事するべきじゃないのか。皐月先輩、さっきから五月先輩に引っ付いて居眠りしてるんだけど…誰も注意しないのか。これでいいのか生徒会。
オレは鳴沢先輩に同情と尊敬の眼差しを向けながら、どうにか腐女子たちから意識を逸らすことに成功した。
「ええ、もちろんよ。企画書もちゃんと持ってきたわ。ほら」
力なく愛想笑っている鳴沢先輩とは対照的に、藤野さんが華やかな微笑みを浮かべながら答えた。差し出された企画書は人数分刷ってあり、オレの方にも回ってきた。
ざっと内容に目を走らせた渡瀬会長と桐谷先輩が、そろって怪訝そうな顔をする。
「“リアル・アドベンチャー・ゲーム”…?」
「なんだ、これは」
「良いネーミングでしょう? 鈴子が付けてくれたのよ」
「うんまぁそれは置いといて。何なの、これ?」
その疑問も、もっともだと思う。
オレだって、名前を見ただけじゃ一体どんなゲームなのか分からない。
揃って首を傾げているオレたちが可笑しかったのか、藤野さんは愉快そうにクスクス笑った。
高月さんが、可愛らしく微笑みながら説明を引き継ぐ。
「アドベンチャー…つまり、冒険のことですわ。桜木高校の皆さんに、冒険者となって宝探しをして頂きたいのです」
「「「「「宝探し?」」」」」
皐月先輩を除いた男子全員が、一斉に聞き返した。
藤野さんが優雅に頷く。
「ええ、学校の敷地内すべてを使っての宝さがしよ。面白そうでしょう?」
「うーん…」
「まあ、悪くはないな」
桐谷先輩が言うと、藤野さんは「良かった」と言ってニッコリ微笑んだ。…くそ、やっぱり美人だ。
「でもさ、その探す“宝”というのは何にするの?」
ぱらぱらと企画書を繰りながら、渡瀬会長が尋ねた。
藤野さんは、ゆるやかに小首を傾いで考えるような仕草をする。
「そうねぇ…桜雛祭のチケット、なんていかがかしら?」
「桜雛祭?」
きょとんとするオレに、桐谷先輩が「桜坂の学園祭のことだ」と教えてくれた。
どうやら桜坂女子高校の学園祭は、防犯の為なのかもともと生徒の関係者しか参加することが出来ないらしく、部外者が参加するには特別なチケットが必要なのだそうだ。
美人が多いと評判の桜坂女子高校は、地元の男子学生にも人気が高く、その学園祭に参加したいと熱望する人間は多いらしい。よって、発行数の限られている学園祭チケットには、プレミアものの価値が付くのだそうだ。なんと、裏ではかなり本格的なオークションまで実施されているというのだから驚きである。
「桜雛祭チケットか…。うん、男が喜びそうな“宝”だね」
「あら、渡瀬君も欲しいの?」
「いや。ボクが欲しいのは遼平だけだよ」
「さらっと何言ってんだこの変態生徒会長。…藤野さんも、頬を染めながらうっとりするのやめてください」
溜め息を吐くオレに苦笑しながら、鳴沢先輩が口を開いた。
「それで、俺達は具体的に何をすればいいんだ?」
「んー…そうですわね。とりあえず、企画書の<ルール説明>のページを開いてくださいな」
高月さんの言葉で、オレたちはパラリとページをめくる。
皐月先輩はその頃になってようやく目を覚まし、隣の五月先輩に小声で話の流れを教えてもらっていた。
…五月先輩、けっこう面倒見が良いんだな。
高月さんがテーブルの上を見渡し、全員が<ルール説明>のページを開いたことを確認した。
「最初に断っておきますが、主催者である執行部の皆さんには当然ながら、宝探しに参加する権利はありません。ただ、どうしてもチケットが欲しいという方は、後で個人的にプレゼントいたしますので遠慮無く仰ってくださいね」
「いいの? 勝手にそんなことして」
「いいのよ。会長が許可するんですもの」
渡瀬会長の質問に、萌えモードから復活した藤野さんが隙のない微笑みを浮かべて答える。
目で合図を受け、高月さんが軽く頷きながら説明を再開した。
「そこに書いてあるとおり、桜木高校の皆さんには、校内のどこかに隠された宝を探していただきます。そしてゲームの最中、執行部の方々にはそれぞれ1つずつ、宝の隠し場所のヒントを書いた紙を所持してもらいます」
「ヒントを書いた…紙?」
「そう。そして、参加者たちの手からその紙を死守してほしいんです」
「し、死守って…」
「あーなるほど。そういうことね」
青ざめる鳴沢先輩を尻目に、渡瀬会長が楽しそうにニコニコした。
「ボクたちは、ヒントの紙を奪われないように、校舎内を逃げ回ればいいわけだ?」
「ご名答よ」
藤野さんが頷いた。
それを見て、皐月先輩があからさまに「えー」と不満そうな声をあげる。表情はほとんど変わってないけど。
「なんだ、皐月」
桐谷先輩が眉を寄せながら尋ねると、皐月先輩は少しだけ唇を尖らせながら目をそらした。
「俺…走るの嫌いなんです」
「何を言っている。お前、中等部のころ陸上で大会新記録出してただろう」
「得意なものと好きなものが必ずしも合致するとは限らないじゃないですか」
「…要するに、走るのが面倒くさいと言いたいのか?」
「はい」
「却下だ」
「えー」
オレはびっくりしながらその遣り取りを眺めた。
もちろん、皐月先輩のワガママっぷりにも驚いたけど、何より「陸上で大会新記録出してた」というのが驚きだ。青春とか汗とか努力とか、ぜんぜん似合いそうにない人だと思ってたから。
そんなオレの頭の中を読んだかのように、皐月先輩がくるっとこっちを向いた。
「ちょっとー、緒方遼平。何か失礼なこと考えてない?」
「か、考えてないです」
「ふーん…」
胡乱げな顔をしながら、皐月先輩は「ならいいけど」と呟いた。
「走って逃げ回るのが嫌なら、別の方法を考えてもいいわよ」
藤野さんが、のんびりした口調で言った。
桐谷先輩が「別の方法?」と聞き返すと、彼女は「ええ」と微笑んだ。
「たとえば、参加者にお題を出して、それをクリアできた人にだけヒントを教える、とか」
「だが、それだと一気に何人もクリアしてしまう可能性が出てこないか?」
「簡単にはクリアできないくらいの難題にすればいいのよ」
「なるほど」
頷く桐谷先輩の横で、鳴沢先輩が挙手をした。
「どうぞ」
「ん、えっと…もし開始してすぐに宝が発見されてしまった場合は、どうするんだ? まさか、その時点でゲーム終了ってわけにはいかないし…」
「隠す宝は複数あるから、その可能性は低いわ。チケット十枚組を、ばらばらにして隠すことになるからね。十枚全てが開始早々に見つかるってことは、まずないと思う」
「なるほど…」
鳴沢先輩も頷いた。
どうやら桜女子高校も、それなりに企画書を推敲してきたようだ。こういうところは、やっぱり最高学年だな、と思う。
なんだか藤野さんが格好良く見えた。
高月さんも、手を組み合わせて目をキラキラさせながら自分の「お姉さま」を見つめている。
(…そういえば女子校って、みんな上級生のことを「お姉さま」って呼ぶのかな。それとも高月さんが変わってるだけ…?)
その答えは、おそらく後者だろうと思われた。
「OK。どうやら、この案でいけそうだね」
やがて何回かの確認を重ね、渡瀬会長が満足げに微笑んだ。
「後は宝の隠し場所を決めて、ヒントの紙を用意して…。生徒への詳しい説明は、面倒だから学年委員に任せてしまおうか」
「そうだな。あいつら仕事速いから、ちょっとくらい増やしても問題ないだろう」
「よし。じゃあ涼、今日中に委員長へ伝達を」
「了解。…あ、実況中継はどうする?」
「そうだな…やっぱり本格的にやらないと盛り上がらないだろうしな」
「それなら、放送部で有志を募ろう。大丈夫、お祭り騒ぎするのが大好きな奴らだから、すぐ承知するさ」
「だが、そうなると、状況把握のためにカメラやモニターも必要になってこないか?」
「そうだねぇ…敷地内はかなり広いし…。あっ、そういえば、顧問の知り合いにテレビ局関係者の人がいなかったっけ。安く借りられないかな」
「俺がまた聞いておくよ。駄目な場合は、コンピュータクラブに置いてある中古のヤツで我慢しよう」
「うん、ありがとう。それじゃ藤野さん、当日の役割分担のことだけど…」
渡瀬会長を中心にして、話がどんどん進んでいく。
真面目な顔をして話し合っている渡瀬会長の横顔から、目が離せなくなった。
(…あれ?)
どき、どき。
どきどき。
(な、なんか…っ、また心臓が…!)
昨日のように、また鼓動が速くなる。焦ったオレは、思わず自分の胸の辺りを掴んで深呼吸した。それでもまだ、心臓は正常な動きを取り戻さない。
何だコレ。
何だコレ。
頬が徐々に熱くなる。ぎゅっと目を閉じて俯き、紅く染まっているだろう顔を隠そうとした。
ああもう、どうしよう。
(な、なんだよこれ…わけわかんない…。一体どうしたっていうんだよ、オレは…っ!!)
「あのー…」
「ぎゃっ」
「…驚かせてごめんなさい。大丈夫ですか?」
急に声をかけられ、びっくりして顔を上げると、高月さんが心配そうな顔をしてこちらを見ていた。
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