自分で自分がわからない。
「あー、その話ね」
「やっぱり1年生にも伝わってたんだ。ま、有名っちゃ有名だけどさ」
その日の昼休み。
昼食が終わるやいなや、暑苦しいほどハートマークを撒き散らしながら追っかけてくる変態生徒会長から何とか逃げ切り(頑張った。すっごい頑張った…!)、オレは天宮兄弟に会うため2年C組の教室まで来ていた。
周囲に渡瀬会長の姿がないことを確認してから、オレは2人を呼び出す。
昼食はすでに食べ終わっていたらしく、のんびりと窓際でくつろいでいた天宮兄弟は、オレの顔を見ると少しだけ意外そうに目を瞬いたが、特に驚いた様子もなくオレの方に近づいてきてくれた。
その2人に、オレはこう切り出したのだ。
「いま執行部の人数が足りないのは、卒業した去年の生徒会長たちのせいだったんですか?」―――…と。
「緒方遼平、その話だれから聞いたの?」
「え、えっと…クラスのヤツ、です」
「「ふーん…」」
天宮兄弟は2人揃って、じぃぃぃぃっと穴が開くくらいオレも方を見つめてくる。
居心地の悪さを感じたオレは、じりっと半歩ほど後ずさった。
ただでさえ、上級生の教室というのは緊張してしまうものだ。いくらオレでも例外じゃなかった。
窓際にある皐月先輩の席を借りて、五月先輩に向かい合うように椅子の向きを変えて座り、オレはちくちくと肌を刺す2つの視線に必死で耐える。
「…あの」
「「何?」」
「教えて…もらえませんかね。質問の答え」
「別にいいけどさ、聞いてどうすんの?」
「え?」
「どうして聞きたいの?」
「そ、それは」
口々に問いかけられ、オレは少しだけ目を伏せる。
向かって左側の―――…たぶん皐月先輩だろう。皐月先輩はオレに席を貸した後、近くにあった誰の物ともわからない椅子を勝手に持ってきて、五月先輩の隣に座っていた。
ああもう居心地が悪いったらありゃしない。
2人は相変わらず、無表情のままオレを見つめている。
「どうして、聞きたいの?」
先ほどと同じ問いを、今度は五月先輩がゆっくりと繰り返した。
「き、気になって…」
「どうして」
「わかりません。ただ…知りたくて」
「わざわざ昼休みに、俺達に会いに来るほど?」
「…いけませんか」
「「べっつにー」」
ハモってから、2人は一瞬だけ視線を交差させて、再びオレの方を向いた。
皐月先輩が、五月先輩の肩に頭をのせながら、面倒くさそうにダラダラと口を開く。
「別に、いけなくはないけどさー…ちょっと意外だなー、って思って」
「意外?」
「緒方って、生徒会には入りたくないんでしょー?」
「そ、そりゃまぁ…」
「なのに、なんで生徒会のこと知りたがるの?」
「…うー…あー」
困るオレを見て、五月先輩が皐月先輩を制した。
「皐月。このへんにしとこ。あんまり苛めたら、渡瀬会長に怒られるよ」
「ん、わかった」
皐月先輩はコクンと素直に頷いた後、五月先輩に甘えるような仕草でその袖を引っ張った。
「じゃあ、五月が説明してよ。俺めんどいからもう喋りたくない」
「はいはい。じゃ、そこで大人しくしてなサイ」
「んー」
皐月先輩は頷いた後、こてん、と五月先輩に寄りかかった。
かえってドキッとしてしまうくらい、すごく自然な動作で、五月先輩もそれがいつものことのように受け止めている。
実際、これが「いつものこと」なんだろう。
同じ顔がイチャイチャしてる光景は、傍目にはものすごく不思議な感じがした。
ホントに仲良いんだなこの2人…。
「緒方。」
唐突に名前を呼ばれた。
皐月先輩の頭をなでなでしながら、五月先輩がこちらを見据える。
その顔があまりにも無表情で冷たかったから、オレはなんだか少し背筋が寒くなった。
「端的にいえば、君のクラスメイトが言ったことは全部事実だよ」
「ほ、ほんとですか?」
「あくまでも、端的にいえば、だけどね」
さて、どこから話せばいいのかな。
意味深に呟くような口調で言い、五月先輩は語り始めた。
「…卒業した執行部の先輩たちは、すごく仲が良かったんだよ。生徒会長の花瀬さん、書記長の三杉さん、会計長の相沢さん、議長の駿河さん。学外でも有名な4人組だった。とにかく底抜けに明るくて、いっつも大笑いしてたような人たちでね。俺や皐月もよく遊ばれてたよ」
「はぁ…」
オレは、少しだけ首を傾いで眉を寄せた。
「あ、あの…話の腰を折ってすみませんけど。でも、オレの聞いた話では、去年の先輩たちって…」
「“ろくでもない連中”?」
「あ…はい」
躊躇いながらも頷くオレを見て、五月先輩はフッと小さく息を吐いた。
皐月先輩は無言でその横顔を眺めている。
「まあ確かに、ろくでもないって言えば、その通りかもね。教師の中には、先輩たちをあまり良く思っていない人もいたし。…詳しい内容はめんどいからハショるけど、実際ろくでもないことばっかしてたからね。――…当時は副会長だった渡瀬会長が、いっつもそのフォローに回ってた」
胸がどきりとした。
五月先輩は、まるで台本を読み上げる素人役者のような調子で続ける。
「ろくでもない連中って言われれば、何も反論できない。でも、少なくとも俺達にとっては良いチームだったよ。9人が全員、お互いのこと心から信頼してた。俺と皐月も、先輩たちのこと嫌いじゃなかった。…あんなことが起こるまではね」
「あんなこと…?」
「花瀬さんと駿河さんが暴力事件を起こした」
さらっと、五月先輩が言い放った。
まるで、カラスが向こうに飛んでった、みたいな調子で、さらっと。
「…今は、これ以上のことは言えない。でも、それが原因になって生徒会の信用がガタ落ちしたのは確かだよ」
目を丸くして硬直するオレに気づいているのかいないのか、五月先輩はいったん言葉を切り、頬杖を付きながらこちらを覗き込んでくる。切れ長の目には何の感情も映らない。
「ねぇ、緒方遼平」
まるで機械の合成音。
平淡な声で名前を呼ばれ、オレは小さく身じろぎをした。
五月先輩が言う。
「真実が知りたいんだったら、こっち側に来なよ」
「え…?」
「悪いけど、部外者にホイホイ喋ってあげられるほど、俺も皐月も優しくないんだ。…君が、本気で渡瀬会長の後継者になるって言うんなら、ぜんぶ教えてあげる」
「!」
硬直するオレを見て、五月先輩は満足そうに目を細めると、隣にいる皐月先輩と視線を交わした。一瞬だけ、2人が微かな笑みのようなものを浮かべたのを見た気がした。
混乱している。
五月先輩の言葉がぐるぐると回っている。
暴力事件? なんだそれ。
渡瀬会長が、いっつもフォローに回ってた、って…ほんとかよ。今は周りにフォローしてもらってばっかりじゃん。
ホントに…ホントなのかな。
オレの知ってる“渡瀬透”は、嘘だったのかな。
「緒方遼平。そろそろ、自分の教室に戻りなよ。用は済んだんだろ」
皐月先輩が言った。
オレは力なく頷いて、ありがとうございました、急に訪ねてしまってすみませんでした、みたいなことをモゴモゴ呟き、ゆっくりと2年C組の教室を後にする。
渡瀬会長がオレのことを有名だと言っていたのは本当みたいで、去り際、2年生たちの視線がやけにオレの方へ集中していた。ざわざわ、ひそひそという囁き声の中に、オレの名前がいくつも混じっている。
でも、今はそんなもの気にならなかった。
もっと別のことを考えていた。
自分で自分が解らない。
オレは…―――知りたいのか?
生徒会のこと。渡瀬会長のこと。昨年の真実を。
知ってどうする?
知るために、一体どうする?
五月先輩に言われたとおり、渡瀬会長の後継者になるのか?
本気で?
「…あ〜もうっ! ちっくしょー!!!」
わけがわからなくて、オレは自棄になって走り出した。
廊下を歩く生徒達が「なんだなんだ」「また鬼ごっこか?」などと驚いたようにオレを見つめてくるが、そんなものアウトオブ眼中だ。アウトオブ眼中も既に死語だがそんなこと気にしない。
気にしてられない。
「あーっ! 遼平、やっと見つけた〜。どこ行ってたの、探したよ!」
背後からイニシャルWの声が聞こえ、オレは加速した。
昼休み終了まで、あと10分。
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