もしも偽りだったとしたら。
「あっはっは。そりゃ大変だったなぁ」
「笑い事じゃねーっつの」
次の日、1時限目は自習だったので、オレと竹下は教室の隅っこでだべっていた。
課題のプリントは配られて早々に終わらせ(得意な問題ばかりだったので楽勝だった)、授業時間は残り25分。退屈だなぁとオレがぼーっとしていたところへ、竹下がやってきたのだ。
そして、その第一声が「昨日どうだった?」である。
「どーもこーもないよ。なんか、着々と準備が進んでるって感じで…オレの意思なんかお構いなし!」
「だから言ったろー? もう逃げられない、って。執行部に逆らおうなんざ時間の無駄だよ」
「…てめぇ。他人事だと思いやがって」
「だって他人事だもん☆」
「ウインクすんな! そんでもって「もん☆」とか言うな気色悪い。どっかの変態生徒会長かお前は」
そうして暫くのあいだ下らないことを喋っているうち、だんだん教室内が騒がしくなってきた。
今回のプリントは比較的簡単だったから、みんな結構早めに終わってしまうらしい。
中には、漫画やら雑誌(かなりエロいやつ)を持ち出してワイワイ読んでいる奴らもいる。(…おーい。見つかって没収されても知らないぞー…)
ま、男子校なんてどこに行っても多分こんなものだ。
あんまり騒ぎすぎても先生に見つかってしまうから、一応声の大きさは皆ちゃんと調節しているらしい。少しでも教師の足音が聞こえればパッと元の席に戻れるよう、ポジショニングにも気を遣っている。
…ほんと、悪知恵だけは立派なもんだ。オレも人のことは言えないけどな。
「そういえば、緒方。書記長から学園祭の資料もらったんだろ?」
「ああ、うん。今も持ってるよ」
「ちょっと見せてー」
「あいよ」
竹下に、昨日もらった学園祭資料を手渡してやる。
パラパラとページを繰りながら、竹下は興味深そうな顔で「へー」と呟いた。
「学園祭、3日間もやんのかよ」
「らしいな」
オレも、最初に見たときは結構おどろいた。
私立校だからなのか、お金と時間を大量にかけて、随分と盛大にやるらしい。
大体の流れは、昨夜のうちに頭へ入れておいた。
桜祭の内容は大きく3つに分けられる。簡単に言えば、体育祭・文化祭・後夜祭を、全て“学園祭”という1つの括りにまとめたようなものだ。
まず初日。
これは文字通り体育祭だ。全校が紅白の2チームに分かれ、さまざまな競技で点数を競う。
1つだけ普通の学校と違うのは、生徒だけではなく、一般客の飛び入り参加もOKというところだ。なんだかよく解らないけど、毎年これが原因で怪我人が続出するらしい。…ホントかよ。初日に怪我しちゃやってられねぇな。
(ま、オレは何があろうと怪我なんかしないけど!)
そんでもって2日目。
これは通常の文化祭だ。各クラスごとに模擬店や出し物をやる。店の場所や内容がかぶってはいけないから、詳しいことはクジ引きで決めるらしい。
お客さんからアンケートをとって、終了後にもっとも評判の良かった店には執行部からご褒美が出るのだそうだ。ちょっと面白そうだな。
そして、最終日。
午前中は生徒全員参加のレクレーションゲーム。とは言っても、もちろん普通のゲームとは一味違う。なんと今年は、ゲストの桜坂女子高校生徒会の皆さんが、直々にゲーム内容を考えてくださるそうだ。詳しいことはまだ未定らしいが、少し…いや、かなり楽しみである。っていうか、女日照りのこの学校に女子生徒が来てくれると言うだけで感涙モノだ。鳴沢先輩の言葉通り、野郎共はみんな大騒ぎするだろう。
午後は後夜祭で、ちょっとしたダンスパーティみたいなものも催すらしい。
校庭では毎年キャンプファイヤーを焚くというから、本当にもう手間も金もかかりまくっている。
ダンスは誰でも参加可能なので、外部から恋人を招待しても良し、その場で相手を調達しても良し、桜坂女子の生徒をお誘いしても良し…とにかくもう何でもアリなんだそうだ。
「確かに…こんだけでっかい行事を運営しなくちゃいけないなら、5人とか6人だけじゃ足りなさそうだな」
「うん。だから、オレ以外にも何人か助っ人を頼むんだってよ」
「え? どこから?」
「いろいろ。桜坂女子の生徒会長とか副会長とか、各専門委員会の有志とか…」
「ふーん。じゃあ、オレにもお声がかかったりするかなー」
「やりたきゃ実行委員に立候補すれば?」
「えー、でも1年坊主がそこまで出しゃばるのは…ちょっと…」
「それじゃあオレはどうなるんだよコノヤロー」
「お前は特別だろ。次期生徒会長殿?」
「…だからオレは嫌なんだって何度も言って…」
「あーハイハイ。わかったわかった」
「ぶっ」
オレの言葉を遮るように、竹下が資料を叩き返してくる。
何枚も重ねられた紙が、べしっとオレの顔を叩いた。何すんだよバカ。鳴沢先輩が作ってくれた資料なんだからもうちょっと丁寧に扱えよな。
「まー、頑張れよな緒方。オレは学年委員として頑張るから」
「――…前から思ってたんだけどさ、学年委員って普段どんな仕事してんの?」
「んー…いろいろだけど…簡単に言えば、各クラスと生徒会の仲介役みたいなもんだな」
「仲介役?」
「そ。うちのガッコ、月に一回はクラス会議やるだろ? そこで出た意見を各学年ごとに纏めて、執行部に報告したり、逆に執行部の指示をクラス会議で生徒達に伝えたりするんだよ」
「へーえ…オレの通ってた中学には、そんな委員会なかったな。学級委員みたいなのはいたけど」
なんだか、今までは興味の無かった学校の内情みたいなものが、ぽろぽろと出てくる。
生徒会長になったら、それら全てを統括しなくちゃいけなくなるんだよな。…うわ、大変そー。
「その大変なことを、渡瀬会長は2年連続でやってるんだぜ。すげーよな」
「は?…去年は副会長だった、って聞いたけど」
「うんまぁ、そうなんだけどさ。でも、去年の生徒会長…渡瀬会長たちの1個上の先輩たちって、ろくでもない人ばかりだったらしいぞ」
「えっ?」
「だから、実質は渡瀬会長が取り仕切ってたようなもんなんだって。今年、執行部の人数が大幅に少ないのも、その先輩たちのせいで生徒会のイメージが悪くなって、立候補者が激減したからなんだよ」
「――…!」
知らなかった。
だって…そんなこと、聞いたこともない。
オレは呆然としながら、竹下の顔をじっと見つめた。
真面目な表情だ。冗談を言っているわけではないらしい。
「竹下、それ、一体どこで…」
「学年委員の先輩たちから聞いた。つっても、どこまで本気か解らないけどな。あの人たち、よく俺に冗談混じりの嘘ついてからかったりしてくるし。もしかしたらこの話も、俺をおちょくるための作り物かもしれない」
「…」
「でも、渡瀬会長がいなかったら生徒会運営が成り立たなかった、ってのは事実だぜ」
あの人はすごい人だよ。
そう言った竹下の顔を、オレはまともに見ることが出来なかった。
なんだか話に付いていけなくて…どこまでを信じればいいのかの判断すらつかない。頭の中で漠然と考えていたイメージが、全て否定されてしまったような気分だった。
渡瀬会長のことが解らない。
オレを苛つかせるあの笑顔も、ふざけた言動や行動の数々も、みんな、本当の『渡瀬透』の姿じゃなかったとしたら。
すべて、偽りだったとしたら。
「緒方? どうした?」
「…なんでもねー」
ゆるゆると首を振り、オレは竹下から目をそらした。
どこか遠くで、1時限目終了を告げるチャイムが鳴った。
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