ドッペルゲンガー、襲来。
昼休み。
始まりは、クラスメイトのこんな一言。
「緒方。執行部の人が呼んでるぞ」
廊下に出てきたオレの目前に現れたのは、変態生徒会長でもなく、腹黒副会長でもなく、癒し系書記長でもなく。
「やっほー、緒方」
「どっちが五月でどっちが皐月か分かるかな?」
―――…アンタら似てるにも程があるだろうと言わずにはいられない、執行部2年の名物双子、天宮兄弟だった。
本音を言わせてもらうなら、今すぐ回れ右で教室内に戻って「帰ってください」の言葉と共に扉をピシャッと閉じてしまいたい気分だったのだけれど、そんなことをすれば後でどんなしっぺ返しを受けるか分かったもんじゃない。
相手は曲がりなりにも上級生。無視するわけにはいかなくて、オレは仕方なくその質問に答えてやろうと口を開いた。
「…右が皐月先輩?」
「「ぶっぶー」」
「…」
わかるわけねーだろ、ちくしょう。
本当、見れば見るほど似ている。顔立ちも髪型もそっくりだ。シャギーの入った前髪が軽く瞼にかかって、2人が瞬きをするたびにサラサラと揺れた。まるで人造のシンメトリー。時折からかうように俺を見下ろす目とか、ホント瓜二つだ。
きっと先ほどのクイズも、俺が見分けられるわけないと予測した上で出したんだろう。
…まったく、人を馬鹿にするにも程がある!
オレは心の中で悪態を吐いて、目の前に立つ2人をじっと睨んだ。向かって左側の天宮先輩(たぶん皐月さんの方)がそれに気づいて、ぱちぱちと目を瞬きながら小首を傾げる。
「あれ、どうしたの緒方。怒っちゃった?」
「…別に怒ってません」
「うそつけ、眉間に皺が寄ってるよ。ねぇ五月?」
「そうだね皐月。緒方、すっげぇピリピリしてるよ。やっぱり昼飯時はまずかったかな」
「うん。腹が減ってるとイライラするもんね。もうちょっと遅めに来ればよかったかも」
「じゃあ、どーする? 出直す?」
「えー…でも、それはそれでなんかめんどい」
「そうだね。めんどいねー」
「ねー」
「…」
うんうんと頷き合う天宮兄弟を見ていたら、なんだか力が抜けてきた。
なんていうか、その、すごいマイペースな人たちだ。のんびりしているというか、動きがいちいちゆっくりゆーっくりしていて、アンタらこないだの素早さは一体どこに置いてきたんだとツッコミを入れたくなる。
やがて、五月先輩が気怠げな顔で再び俺の方を見やり、口を開いた。
「あー…緒方。まぁそういうわけだから」
「どういうわけですか」
「「俺達と一緒に来てくれない?」」
ハモった。
俺はげんなりしながら首を横に振る。
「いやですよ…オレ、まだメシ食ってる途中なんですけど」
「ゴメンゴメン、また今度おごってあげるから」
「そんなこと言われても…」
「そう遠慮せずに。学食で、緒方の好きなものを何でも食べさせてあげるよ。――…鳴沢先輩が」
「アンタらが金出すんじゃねぇのかよ!!?」
「だって、俺達お金無いし…ねぇ?」
「ねぇ」
「…」
なんだか軽い頭痛さえ覚えてきた。
マイペースだ。
この人達とことんマイペースだ。
しかも、自分のペースに他人をずるずると引っ張り込むタイプの。
2人の喋り方はかなり間延びしていて、声に抑揚はないし、無表情だし、まるでロボットと話をしているような気分になる。なまじキレイな容姿をしている人達だから尚更だ。天宮先輩たちの顔は、職人がこさえた彫り人形のように整って、わずかな歪みも見つけられなかった。
オレは、はーあ、と溜め息を吐き出した、
「…わかりましたよ。今から一緒に行けばいいんですね?」
「お、来てくれるの?」
「行かなきゃいつまでも教室前に居座るつもりなんでしょ」
「「もちろん」」
「…」
いちいちハモらないでください鬱陶しい。
声には出さずに呟いた後、オレはその2人の先輩と連れだって、ざわめく昼休みの廊下をゆっくりと歩き出した。
んで。
連れてこられた場所はと言うと。
「やっぱりココか…!!!」
「あ、こらこら。なに逃げようとしてんの」
「オレの意思じゃないんです条件反射で体が勝手に動いちゃうんです…!!!」
「駄目だよー。もう逃がさないからねー」
生徒会室の前で、オレは天宮先輩たちに両サイドの腕をがっちりと掴まれていた。
―――呼び出された時点で、どこに連れて行かれるのか大体の予想は付いていたけれど…やっぱりいざ来てみたら無意識のうちに体が拒否反応を起こしてしまう。
だって。
「渡瀬会長…中に居ますか?」
「当たり前じゃん」
「俺達を1年教室に送り出したの、渡瀬会長だし」
「ですよね!」
オレはあははははははと壊れたロボットのような声で笑い、心の中で涙を流す。
…うん、わかってるよ。さっき廊下で天宮先輩たちを追い返せなかったのも、こうして言われるがまま付いて来ちゃったのも、ぜんぶ自業自得なんだってことぐらいは。
ああでもでも、会いたくないもんは会いたくない。
今更、と思うかもしれないけど、それが今のオレの正直な気持ちだ。
渡瀬会長の顔なんか見たくない!
しかしそんなオレの様子は一切気にかけず、皐月先輩は片手でガラリと生徒会室の扉を開く。
と同時に、まるで申し合わせたかのようなタイミングで、五月先輩がオレの腰をぐわしと掴んだ。体が浮き上がるような感覚にオレが「ん?」と目を瞬いた次の瞬間、五月先輩は何の躊躇いもなく、えいやっとばかりに生徒会室の中へオレの体を放り込んでしまった。
「って、えぇぇええぇッ!?」
もうちょっと丁寧に扱ってくれ、なんて突っ込むヒマもなく。
引け腰になったままの体勢だったオレは、いきなりグラリと半回転した視界に付いていけなくて、情けない声をあげながらドサッ!と床に倒れ込んだ。
咄嗟のところでバッと両手を出しなんとか体を支えて、顔面をもろに打つことだけは防げた。
我ながらナイス運動神経。
「遼平?」
渡瀬会長が、奥の椅子からガタンと立ち上がって、びっくりしたようにオレを見つめる。
…うん、そりゃビックリもするだろうな。いきなり人間が倒れ込んでくるなんて、滅多にあることじゃない。投げ込まれた本人(オレ)だってビックリだ。
「びっくりした…。大丈夫か、緒方」
「とっさに受け身を取るあたりは、流石うちの特待生だな」
鳴沢先輩がオレに駆け寄り、桐谷先輩が呆れと感心が入り交じった顔でオレを見ている。
心優しい書記長の手を借りて立ち上がったオレは、すぐさま背後を振り返って、その怒りを隠そうともせずに天宮兄弟を睨みつけた。
「ちょっと! いきなり何てことするんですか!」
「だって、君がいつまでも部屋の前でグズグズしてるから」
「だからって放り投げることないでしょ! 危うく床とファーストキスしちゃうところだったじゃないですかッ!!」
「え〜。緒方ってまだキスしたことないのー?」
「うわ〜、意外。とっくに渡瀬会長に奪われてんのかと思ってた」
「もしそうだったとしたら、かなり悲惨だよねー。初めての相手が男ってさぁ…」
「やかましいわ!」
余計なお世話だコンチクショウ!!
何事もなかったかのような顔で話している天宮兄弟が、憎らしくて仕方がない。
ムカムカしながら、更に何か言おうとオレが口を開いたときだった。
「遼平」
いつのまに傍へやってきたのか、渡瀬会長がオレの肩に手を置いた。
思わず、体がビクッと震えてしまう。そのことには気づかなかったのか、それとも気づかないふりをしているのか、渡瀬会長は普段通りの様子でオレの顔を覗き込んだ。
「大丈夫かい。かなり勢いよく倒れてたけど…怪我は?」
「…な、無い…です」
「そう、よかった。でも制服がホコリだらけになってるよ」
言いながら渡瀬会長がオレの上着に手を伸ばしてきたので、オレは慌ててパッと体を離した。
「い、いいですっ。自分でやりますから!」
「…ちっ」
小さな舌打ちは聞こえなかったことにして、オレはさっさと渡瀬会長に背を向けると、ぱたぱたと制服を叩き始めた。
生徒会室の床は、きれいにワックスがかけられていて一見とてもキレイに見えるけど、掃除前のせいか細かいホコリやゴミは結構落ちていたらしく、オレの着ているブレザーはうっすら白くなっていた。ネクタイにも皺が寄っている。
ぱたぱた、ぱたぱた。
汚れた制服を見た母親に何を言われるか分かったもんじゃないから、丁寧にゴミを払い落とす。
渡瀬会長は、暫くそんなオレの様子を眺めていたが、やがてふと思い出したように後ろを振り返った。
「…五月、皐月」
「「はい?」」
「ちょっと、おいで」
にっこり。
不気味な笑顔で天宮兄弟を呼びつける渡瀬会長。
桐谷先輩と鳴沢先輩は、さわらぬ神(…いや、この場合は悪魔か?)に祟りなしと言わんばかりに目をそらした。
「渡瀬会長、もしかしてかなり怒ってますか?」
「…あたりまえだろう。遼平の可愛い顔に傷でも付いたら大変だ」
「今回は無傷だったんだから別にいいじゃないですか」
「うっさい黙れドッペルゲンガー共。さっさとそこに正座しろ」
「「…はーい」」
「…」
誰が可愛い顔だよ、とか。
喋り方変わりすぎだろ、とか。
床へ直に正座させるのはいくらなんでも可哀想じゃないかな、とか。
そんなふうに突っ込みたいところは色々あったけど、渡瀬会長の顔を見たくなかったオレは、そのまま黙々と手を動かし続けた。
背後からは渡瀬会長の不機嫌そうな声が聞こえる。
結局、オレが汚れを落とし終わった後も、ガミガミというお説教は暫く続いていたのだった。
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