続・変態生徒会長とオレ。(14/79)PDFで表示縦書き表示RDF


続・変態生徒会長とオレ。
作:木立久美子



北廊下のドッペルゲンガー。(後)


 毎日が貞操の危機もしくは異常なハプニングの連続で。
 人並みだった神経も、今じゃもうワイヤーロープのように図太く強固になってしまって、ちょっとやそっとのことじゃあ、オレは動じなくなった。
 そりゃ確かに、渡瀬会長に追いかけ回されたりキスされそうになったりすればギャーギャー騒ぐし、腹黒モードの桐谷先輩に脅されれば本気で泣きそうになったりもするけれど。
 それでも、最初の頃のようにひどいパニックや長時間の思考停止フリーズなんかは、滅多に起こさなくなったのだ。

 ―――そう。起こさなくなった、つもりだった。

 学年委員に拘束されたまま生徒会室まで連れ戻され、そこに、天宮先輩をもう1人・・・・見つけるまでは…。






「やあ、おかえり。ご苦労だったね」

 驚きのあまり硬直しているオレの横で、渡瀬会長が上機嫌に微笑みながら、天宮先輩を始め学年委員の人たちにも労いの言葉をかけている。
 天宮先輩―――…先ほど北廊下に現れた方の天宮先輩は、面倒くさそうに肩をすくめてみせた。

「別に。けっこう楽な仕事でしたよ。緒方遼平、意外と諦め早かったし」

 そりゃアンタに脅されたからだろ!

 普段ならそうツッコミを入れているところだけれど、今のオレは無言で口をぱくぱくさせるのが精一杯だった。
 フリーズしたままの体をなんとか自力で解凍し、ぎしぎしと音が立つくらいぎこちない動きで首を動かす。桐谷先輩の隣に立って我関せずとばかりにオレたちの方を傍観している天宮先輩と、学年委員の皆さんを従えて面倒くさそうに渡瀬会長と喋っている天宮先輩。

 どちらも、パサパサした色素の薄い髪をしていて。
 どちらも、涼しげで整っているけど少し眠たそうな顔をしていて。
 どちらも、すらっと手足が長くて。
 どちらも、同じように制服のネクタイをゆるめていて。
 どちらも、ときおり気怠げな仕草で前髪を掻きあげている。

 どちらも、同じ。
 容姿だけじゃなくて、服装から立ち居振る舞い、ちょっとした手の動きまで、なにもかもが瓜二つ。

 うそ、だろ?

 オレは、ぽけーっと口を開けたまま突っ立った。
 何度も2人を交互に見て、ごしごしと目をこすり、自分の視覚が狂ってしまったわけではないことを確かめる。
 …マジ、かよ…。

 なんで天宮先輩が、2人…?


「あれっ。どうしたの、遼平?」

 青ざめたまま一言も発さないオレに気づいたのか、渡瀬会長が心配そうに覗き込んでくる。
 オレは、視線だけは2人の天宮先輩の間に留めたままで、その声におそるおそる応えた。

「かい…ちょう…」
「うん?」
「な、なんで…天宮せんぱ…ふ、ふた…り…」
「ああ。そっか、遼平って執行部の人間のこと、よく知らないんだっけね」

 普段なら憎まれ口で返してやるところだが、今日のオレはただコクコクと頷くことしかできなかった。
 確かに、オレは生徒会のことをよく知らない。
 自分自身が所属していないからという理由もあるし、もともと、人の顔と名前を覚えるのもそんなに得意じゃなかったから。

 渡瀬会長はオレの方を見つめながら、まるで悪戯が成功した子どものように嬉しそうな笑みを浮かべると、「ごめんね、驚かして悪かったよ」と、まったく悪びれない顔で謝ってきた。

「とりあえず、詳しい説明をするから、生徒会室の中に入ろうか。ね? 遼平」
「え…で、でも…オレ」
「逃げようとしても無駄だよ、緒方遼平。この人数相手に1人で敵うわけないでしょ」

 ぶっきらぼうに横入りしてきた、天宮先輩(学年委員を従えてる方)の言葉が決定打。
 オレは促されるままに、生徒会室へ足を踏み入れたのだった…。



 

「まず状況を説明するとね」
「はい…」
「君はもう、僕のものってところかな♪」
「はぁ?」
「渡瀬、渡瀬。はしょりすぎ」

 もう少し順を追って説明してやれよ、と鳴沢先輩が呆れたように言う。
 そしてオレの座っている椅子の背に手を添えて(直にオレへ触れたら渡瀬会長の機嫌が悪くなるからだろう)、安心させるようにこう言ってくれた。

「大丈夫だからな、緒方。…いくら渡瀬でも、前置きもなくいきなり『いっただっきまーす』なんかしないから」
「…はい」

 いまいち慰めにはなっていないけど、ありがとうございます、鳴沢先輩。

 ようやく冷静さを取り戻しつつあったオレは、用意してもらったインスタントコーヒー(ミルク入り)を一口飲んで、小さく息を吐いた。
 生徒会室には、長方形の大きなテーブルが4つ、田んぼの『田』の字のような形で設置されていて、オレは向かって右の一番奥の席に座らせられていた。渡瀬会長が言うには、

「遼平は今日の主賓なんだから、末席や扉側の席なんかに座らせられないよ」

とのことだが、おそらく本当は、オレを簡単には逃がさないためなんだろう。
(オレを押さえつけていた学年委員の皆さんは、桐谷先輩の指示で生徒会室を出て行った。たぶん、正規の委員会活動をするためだろう。忙しいのに、わざわざ渡瀬会長のワガママに駆り出されてご苦労なことだ)

 オレの向かいには渡瀬会長が座って、その隣には桐谷先輩と、鳴沢先輩がいる。
 ―――…2人の天宮先輩は、その3年生トリオの背後へ、まるで付き従うかのように無表情で立っていた。

「あの、渡瀬会長」
「ん?」
「オレが拉致された理由はについては何となく(どうせ下らないことだろうと)見当が付くので…それよりも、そこのお二人についてのご説明を頂けますかね」
「ああ、天宮兄弟のことかい」

 渡瀬会長がクスクス笑う。
 天宮兄弟。やっぱり、この2人は兄弟だったのか…。

「もしかして、双子ですか」
「当たり前じゃん。それ以外の何だと思ったの」

 向かって左側に立っていた天宮先輩が、乾いた声で言った。
 オレは思わず、実はドッペルゲンガーか何かかと思ってました、という何ともマヌケな言葉をゴクンと飲み込む。

 そんなオレを見つめて、3年生トリオは笑っていた。

 渡瀬会長は、相変わらずクスクスと、楽しそうに。
 桐谷先輩は、まるで小馬鹿にするように、フッと嘲笑じみた顔。
 鳴沢先輩は、…鳴沢先輩だけは、オレに同情するかのような苦笑を浮かべていた。ううっ、唯一の常識人バンザイ。

「じゃあ、改めて自己紹介をしようか」

 今度は、向かって右側の天宮先輩が言う。ああ、なんだか非常にややこしい。

 混乱しそうになる頭をどうにか制御し、オレは「おねがいします」と言った。
 どっちがどっちなのか、少しでも瞬きをすれば解らなくなってしまいそうなほど酷似している、2人の先輩を穴が空くほど凝視しながら。


 まず、右側に立っている天宮先輩。

「俺が、君を生徒会室まで連れてきたほうの天宮。一応さっき自己紹介したけど、もっかい言っておくよ。2年C組、天宮あまみや五月いつき。生徒会執行部会計長」

 次に、左側に立っている天宮先輩。

「んで。俺が、君を北廊下で待ち伏せしていたほうの天宮。下の名前は、サツキだよ。2年C組、天宮あまみや皐月さつき。生徒会での役職は執行部議長。ちなみに弟ね」

 オレは真剣にその自己紹介を反芻し、何度も何度も2人の天宮先輩を見比べた後、大きく溜め息を吐き出す。
 そして、挙手をした。

「すみません」
「何」
「見分け方とか教えていただけませんか」

 オレの言葉に、天宮先輩たちは互いに顔を見合わせて…

「いつも眠そうにしてるのが五月」
「いつも面倒くさそうにしてるのが皐月」

「分かりにくいわッ!!」

 思わずタメぐちで突っ込んでしまった。

「まあまあ…とりあえず、今日はもういいじゃないか。大丈夫だよ遼平。きっと、これから何度も会ううちに分かるようになるからさ。僕らだってそうだったし」
「はぁ…そうですか…」

 いつもの微笑を浮かべている渡瀬会長に、オレはとりあえず素直に頷いておく。
 しかし、その言葉に何か引っかかりを感じて、ん?、と首を傾げた。

「―――ちょっと。」
「なんだい?」
「これから何度も会う…って、どういう意味ですか」

 尋ねた瞬間、オレはそれを後悔した。
 なぜなら。

 それを聞いた渡瀬会長が、待ってました、とばかりに悪戯っぽく目を輝かせたからだ。


「よく訊いてくれたね。…実はそれが、君をここに呼び出した最も大きな理由でもあるんだよ」

 呼び出したっつーか強制連行されたんですが。
 
 心の中でそんなツッコミを入れているオレには構わず、渡瀬会長は爽やかにこう言い放った。

「遼平。今日から君は、生徒会の一員だ」


 ワイヤーロープ並みの神経も、この無邪気な悪魔の前では役に立たない。
 オレは悲鳴をあげようとして失敗し、そのままピシッと固まった。













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