扉を開けると、そこには変態がいました。
皆さん、こんにちは。
オレの名前は緒方遼平。
都内の某私立男子高校一年生。
身長170センチ(成長中)。黒髪黒目の平凡な顔立ち。少なくとも自分ではそう思っています。
得意なものはスポーツ全般。
いま通ってる高校には、スポーツ特待生として入学しました。
最近、ちょっと…いや、かなり大きな悩みがあります。
確かあれは、入学式から約半年経った頃のこと。
二学期も始まり、部活動も好調、気の合う友達もたくさん出来ました。
まだ彼女がいないことが少し残念だったけれど、でも、オレはとても順調な高校ライフを送っていたのです。
あの先輩に、目を付けられるまでは…。
―――――ピーンポーン。
それは、俺が久々の休日(普段は土日も部活があるので滅多に休むことは出来ない)を、ベッドの中でのんびり過ごそうと思っていたとき。夏布団にくるまって微睡んでいたオレの、至福の時間を妨害するかのようにその音は響いた。
聞き慣れたインターホン。
最初のうちは無視していたものの、それは何回も何回も繰り返され、やがて放っておくことさえ出来ないくらいになった。余程しつこい客なのだろう、いくら居留守を続けても、帰る気配が全く無いのである。
完全に意識を現実へと引っ張り戻されてしまったオレは、苛々しながらガバッ!と起きあがった。
「だぁ―――ッ!! うっせぇなぁ誰だよこんな朝っぱらからピンポンピンポン鳴らしやがって!」
悪態を吐きながら自室を出て、玄関に向かう。
家族は全員、用事があって出掛けた後だったから、いま家にはオレ1人なのだ。
響くインターホンの音以外は、物音1つない。
そう、インターホンの音以外は、オレが休日をゆっくりと過ごすに申し分ない環境がそろっているのだ。口うるさい母親も、勉強や進学のことしか喋らない仕事人間な父親も不在。滅多にない、最高のオフ。
それを邪魔するなんて、いったい誰だろう。朝早くから訪ねてくるくらいだから、けっこう重要な用なのかもしれない。
だがもしも、これでセールスか何かだったら、問答無用で追い返してやる。
そう心に決めて、オレは玄関のドアノブに手を掛けた。
不機嫌さを隠さずに、溜め息混じりにガチャッと扉を開けて…
「はい、どちら様―――…」
「おはようっ、遼平♪」
ばたーん!!!!
…勢いよく閉めた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
現実逃避したがる自分の心をどうにか理性で繋ぎ止めて、オレは真っ青になりながら硬直する。
だらだらと流れる汗をそのままに、オレは目を閉じてブツブツ唱えた。
落ち着け。落ち着けオレ。
慌てるな、きちんと頭を整理しろ。焦るな。大丈夫。
ゆっくり息を吸って…深呼吸だ。ラマーズ呼吸法だ、フッフッヒー…いや違う、とにかく落ち着け。
落ち着くんだ、緒方遼平!!
「ふ、ふははははは。…あっれぇ〜おかしいなぁオレ…目がどうかしちゃったのかな? 寝起きだからかな? かな?」
目をごしごし擦りながら、自己暗示を掛けるように呟く。
…そうだ。さっきのは幻覚だ。そうに決まっている。
きっと部活のしすぎで疲れているから、ありえない幻が見えているだけなのだ。
そうでなければ、説明がつかない。
有り得るはずがないのだ。
朝っぱらから、あの変態生徒会長が笑顔で自分を訪ねてくるなど―――――…。
「さっきのは幻覚さっきのは幻覚さっきのは幻覚…!」
必死で自分に言い聞かせ、オレはもう一度ドアノブに手を掛けた。
先ほど見てしまった光景が、どうか間違いであるようにと、ありったけの願いを込めて。
おそるおそる、ノブを回し―――――。
ガチャ…
「まったく、いきなり閉めるなんてヒドイじゃないか遼平。いくら朝からボクに会えたのが嬉しいからって照れすぎだよ」
ばたーんッ!!!!!
もう一度、さっきよりも物凄く強い勢いで扉を閉める。
呼吸さえ忘れるほど、オレは呆然とドアノブに手を掛けたまま立ちすくんだ。
止まらない冷や汗。
がくがく震える体。
きっと顔は真っ青だろう。そりゃあもう、第三者がいたら「真夏の青空ってきっとこんな色だろうね☆」なんて言っちゃうくらい真っ青だろう。蒼白を通り越してもはや群青色である。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!?」
いた。
ドアの向こうにいた。
何かいた!
その何かには見覚えがあったけれど、脳がそれを認識することを拒否した。
というか、本能が警鐘を鳴らしている。
その何かに捕まってしまったら、もう二度と平穏な休日を送ることは出来ないぞ、と。
ハッと正気に戻ったオレがまずやろうとしたことは、ドアに厳重な鍵を掛けることだった。
「いっ、椅子ーっ! テーブルーッ! タンスーッ!! ふさぐもの…ドアを塞ぐもの持ってこないと…ああっ何やってんだオレ!! そんなことより早くチェーンかけなきゃチェーン…」
「もう遅いよ」
「うぎゃあああああっ!!」
悲鳴をあげて飛び上がり、次の瞬間どすんと尻餅をつく。
オレは、その無様で情けない状態のまま、ざかざかざかと虫のように手足を動かして後退した。
どんっと壁に背が付いて、それ以上さがることが出来なくなる。
そんなオレを嘲笑うかのように、天使の顔をした悪魔は、ずかずかと家に上がり込んだ。
「お邪魔しまーす」
「本当にお邪魔です帰ってくださいッ!! っていうか鍵かけたのにどうやって入ったんですか!?」
「ぱんぱかぱ〜ん、ヘアピン〜♪」
「開けたんですか!? そのヘアピン一本で開けちゃったんですかッ!!? ってか、わざわざドラ○もんの物真似をしながら取り出す必要性が一体どこに…!?」
「ふふっ、照れてる遼平も可愛いなぁ」
「照れてません! ホント頭ん中お花畑だなこの電波野郎! お願いですから今すぐ帰ってください迷惑です!!」
「はい、これ、お土産のホールケーキ。苺ショートで良かったかな?」
「俺の発言 完全スルーッ!?」
「…ああ、チョコレートの方が好きなんだね。気が利かなくてごめん」
「違うし!! どこをどう聞けばそんな解釈が出来るんだよアンタの思考回路どうなってんの!?」
っていうか謝るくらいなら今すぐ気を利かせて家に帰ってください。
そんな文句を言ったところで、この男が素直に帰ってくれるわけがない。人類皆兄弟、話せば解ってくれるだなんて、そんな考え方は甘いのだ。そう、アンパンを蜂蜜に浸し粉砂糖をまぶしてチョコレートと一緒に食べるくらい甘いのだ。
男の名は、渡瀬透。
オレの通う私立高校生徒会長であり、ドSで変態で大馬鹿で言葉の通じない史上最悪の先輩。
そして、最強で最凶で最狂な自称王子様。(いや確かに実際キレイな顔してるけどさ)
なぜだか知らないがオレは初めて出会ったその瞬間から彼の『お気に入り』に認定されてしまった。
それ以来毎日のように後をつけられ追い回され、オレは地獄の日々を送っているのだ。
襲われかけたこと数回、唇を奪われかけたこと十数回。
休み時間は貞操の危機。
嫌がれば「可愛いvv」と逆に喜ばれ。
逃げれば「わーい鬼ごっこ♪」と追いかけられ。
怒鳴って追い返そうとすれば、「そんなに照れなくてもいいのに」と勘違いされてしまう始末。
一体オレにどうしろと言うのだ。
いくらスポーツ特待生だからって、体力と持久力は必須項目だからって、我慢の限界は当然のようにある。オレがいくら拒否しようがこの変態ドS生徒会長が諦めてくれる気配はない。
なんかもういっそストーカー被害で出るとこ出ちゃおうかななんて考え始めるようになった。
そんなオレの苦悩を読み取っているのかいないのか、渡瀬会長はにっこり微笑む。
涙目で震えるオレの顔をのぞきこむと、女にきゃあきゃあ騒がれそうなその美貌(まともな性格と性癖だったなら、きっとモテまくっただろう)は、よりいっそう華やいだ。
かがみこんでオレと目を合わせ、彼は「怖がらなくていいよ」と言う。
「今日は、遼平にプレゼント持ってきたんだよ」
「ぷ、ぷれぜんと?」
「うん。だから、安心しなよ。…別に、パジャマ姿の君が見られて嬉しいなとか、このまま押し倒してキスしようかなとか、無理矢理ベッドに引きずり込んで既成事実を作っちゃおうとか、そういうことは考えてないから」
「…」
「ほんとだってば」
「…そう言いながら顔を近づけてくるのはやめてください…!」
「えー、ほっぺちゅーぐらいなら…」
「駄目!!」
「ちぇっ。じゃあ、百歩譲ってデコちゅーで我慢するよ」
「ぜんぜん譲ってねぇえぇぇええぇぇッ!!!」
「大丈夫、痛くしないから♪」
「何の会話だオイッ!! ちょ、マジやめてマジやめてマジやめ…いやぁ――お母さ―――んッ!!」
口うるさいなんて言ってごめんなさい!!
お父さんも、これからはちゃんと勉強するから今すぐ2人とも帰ってきてください!!
ちゅっ。
額にやわらかいものが押しつけられた瞬間、オレは意識を失った。
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