7-49 首都解放作戦Ⅳ
『招かれた者』の一人であるノーザン・オルストラは大艦巨砲主義にロマンを感じる男だった。ついでに言えば、決戦兵器とか最終兵器とかにも似たようなのを感じる、酔狂な男でもあった。ともかく、ノーザンにしてみれば物理法則を超越し、科学的に実現不可と言われる巨大なロボットなどを考える時が心躍る時だった。
暇さえあれば、そんな巨大兵器を作りたいとも思っていた。
そんな男にとって、当時のエルドラドの戦場には閉口してしまう。何しろ、新式魔法の出現と拡散によって戦場の一兵士すら何かしらの攻撃魔法を宿しているようになった。
だだっ広い戦場に、彼の思い描く巨人のような兵器を投入したとしても、被弾面積の多きい的だ。流石に上級、超級の魔法が使えるのが大勢いたわけではないが、それでも初級や低級魔法が束になればそれなりの脅威となる。
新式魔法なくして魔法工学は誕生しなかったという経緯を考えれば、皮肉な話だ。
そんな事情もあり、戦場における優秀な兵器とは小型化、均一化、量産化を主眼とした物で、各国の軍はそういった物を欲していた。
自分の望む大きく、強い兵器というのは誕生する前から遺物と成り果てていた。そんな時に、ノーザンはある発想を思いついたのだ。
開けた戦場で運用されるのではなく、閉鎖空間でしか運用されない巨大兵器はどうだろうか。
周囲の環境を起動時にセンサーで収得し、その環境に適し、なおかつ可能な限り最大の大きさを算出。その数字を元に液体金属が自動的に立体化する。
折しも、とある王族が宝物庫に賊が侵入した時の切り札となり得る兵器を欲していた。
金に糸目を付けぬスポンサーの出現。ノーザンは一も二もなく、制作に取り掛かった。
かくして、ノーザンの趣味と依頼人の注文を融合させたような、閉鎖環境適応型自動巨人兵G-18はレイ達の前に立ちふさがる事になった。そんな経緯はレイ達には一つも関係ないのだが。
四メートル以上ある巨人は、全体的に丸みのあるフォルムをしていた。キュクロプスが縦に長い、痩せた巨人なら、眼前の兵器は横に太い巨人だ。足が短く、腕が長く、胴体がやたら丸く、どことなく子供が作った雪だるまに手と足を逆に付けたような姿だ。もっとも、雪だるまなら愛嬌もあるのだが、見上げる必要がある巨人では愛嬌なんて欠片も無い。
手には刀身から柄の部分までがS字になっている曲刀を携えていた。巨人兵の体格にあった幅が広い曲刀は、まるでギロチンを手にしているかのようだ。
「ワシャフなのか、ファラハなのか知らないけど、王様の番兵に魔法工学の兵器を持ちだすなんて、やり過ぎだろ! 常識的に考えろよ! 首都に《機械乙女》を呼ぶつもりか!」
「愚痴は後よ、主様。まずはダリーシャス王子を安全な場所へ。外へ連れていくわよ! それと外のローラン様と合流を!」
シアラの叱責まじりの指示にレイは従う。分かったと返すと、龍刀を構えた。
「ダリーシャスは君たちが。あのデカブツは僕とエトネで引きつける」
「お気をつけて、レイ様、エトネ」
戦闘経験はあるものの、一段レベルが低いダリーシャスを逃がすべく、レイ達は二手に別れた。リザたち三人がダリーシャスを連れて、壁に沿って入口へと引き返す間、レイとエトネの二人で巨人兵を引きつける。
「お前の相手はこっちだ、でかいの! 《留めよ、我が身に憎悪の視線を》」
レイの持つ技能、《心ノ誘導》は敵の意識を自分へと引き寄せる効果がある。これまで、多くの強敵の意識を自分に向かせていた、レイの頼りにしている技だった。ところが巨人兵はレイの方を見向きもしなかった。出入り口へと駆けだすリザ達に向けて刃を振り下ろしたのだ。
「ちょっと、嘘でしょ? 《超短文・低級・盾》!」
迫る刃を見て、レティは《盾》の魔法を発動させた。光り輝く盾が刃の軌道を塞ぐように何枚も連なって出現するも、刃を止める事は叶わなかった。ガラスが砕け散るように割れて行く盾。それでも刃の速度は格段に落ちた。
外へと脱出しようとする四人の背後に刃が突き刺さる。四人の無事にレイはほっと胸をなで下ろす。
「まいったな、《心ノ誘導》が効かないのかよ。考えてみれば、こいつは魔法工学の兵器その物か。道具に心は宿らないってか」
『それはあれか。妾に対する皮肉か』
「茶化すな。……むしろ厄介な状況だと、改めて突きつけられた気分だ」
自分で思考する知恵や理性があるなら《心ノ誘導》の効果を受け付けたのだろう。しかし、効かないという事は目の前の敵に確固たる意思は存在しない事になる。ただ、決められた手順に則り、機械的に侵入者を排除するだけのシステム。そこに付け入る隙があるのかとレイは表情を険しくした。
巨人兵は曲刀を持ち上げると、今度はレイ達の方を向いた。どうやら、近くに居る者から順番に襲い掛かるようにできているようだ。
金属がこすれ、不快な地響きを立てながら巨人兵が迫る。キュクロプスの時は、巨大な塔がスライドするような非現実味めいた印象を受けたが、巨人兵のような横に広く分厚い塊が迫って来ると、津波か鉄砲水のような現実にありうる脅威を連想させる。
幸い、巨人兵の動きはそれほど速くなかった。レイとエトネはそれぞれ別々の方向に散って距離を取ろうとする。巨人兵はエトネを目標に切り替えた。短い足の向きを変え、エトネに追いすがろうとするも、軽快なステップで距離を取るハーフエルフは影すら踏ませない。
とはいえ、ここはドーム状の建物。逃げるにも限度があった。巨人兵が狙ったかどうか分からないが、エトネは壁際へと追い込まれてしまった。曲刀を持ち上げ、エトネへと振り下ろそうとする。
「させるか!」
その背後に向けてレイが飛びかかっていた。元から、どちらかが狙われたら、もう片方が仕掛ける手はずだった。巨人兵の背後に向かって飛びかかったレイの龍刀は炎を纏っていた。
龍刀コウエン。古代種の龍である赤龍の背骨と牙、そして伝説の鉱石であるアダマンタインを材料として、現代最高峰の鍛冶師テオドールが手ずから打った至高の一品。その切れ味は比類なきもの。どれ程硬質なモンスターの守りすら突き破っていた。まだ、未熟なレイでは龍刀の持つポテンシャルの全てを引きだせている訳ではないが、その一端であっても最強の武器と呼べる刃。
その刃が巨人兵の右腕を―――切り裂けなかった。
鋼が鋼を弾く、無慈悲な金属音が広間に広がった。纏っていた炎が冷たい鋼に触れて消え、紅蓮の刀身に刃こぼれが生まれてしまった。
レイは巨人兵の腕を蹴り飛ばして床へと戻った。その判断が遅れていたら、背中のハエを落とそうとばかりに向きを変えた刃に巻き込まれていただろう。
頭の上を豪腕が振るわれた。辛くも生き延びたことに喜ぶ余裕はなかった。レイは自分の手に伝わった感触に呻く。
「なんていう固さだ。これまでで戦って来た奴らの中で一番の防御力だ。少なくとも、今のままじゃかすり傷も付けられないよな」
『ふむ。業腹じゃが、その意見に同意しよう』
自らの刃こぼれを炎で癒したコウエンが不満顔を刀身に映し出した。
『あの屑人形。頭は空っぽだが、体は最硬度。おそらく、伝説に名高い金属の類を使用しているのだろうな。とはいえ、持ち主の器量さえまともなら、今の一撃で腕を切断したというのに』
「さっきの意趣返しかよ。悪かったな、へっぽこな腕前で。……それともう一つ、気になることがある。アイツ、お前の炎を受け付けなかったぞ」
『確かにな。炎無効の金属と言えば、緋緋色金あたりだが、あの炎の弾き方はむしろ根源的な無効に近い。先の硬度と合わせれば自ずと正体が分かろうぞ』
「どういう意味なんだ。詳しく説明、っと。おちおち相談もできないな」
振り下ろしの一撃を横に飛んで躱した。どうやら巨人兵は狙いをレイに絞ったようだ。ギロチンの如き刃が団扇で扇ぐように振り回される。今度はレイが回避し、敵を引きつけながらエトネが空中で身を捩り、回し蹴りを放つ。しかし、硬質な音が響くだけで、さして変化は無かった。むしろ蹴りつけた足に痛みが走る。エトネは空の左手が振り回されるのを見越して回避行動に出る。
拳を避け地面に着地した幼女は悔しそうに報告した。
「ぜんぜん、きいてないよ!」
エトネの武器は二つ。一つは父親から手ほどきを受けた徒手空拳。もう一つはクロスボウによる狙撃だが、どちらも鋼鉄の塊である巨人兵には相性が悪いのだ。
「《ハヅミ》をよぶ?」
「いや、それはまだだ。こいつの手の内が分からない内に使いたくはないな。切り札の使いどころを見誤ると無駄に終わってしまうだろ」
巨人兵を間に挟みながらレイとエトネは指輪の使いどころを探り合った。クリシュとの戦いで学んだが、自分の切り札は時間制限がある。一分という時間が過ぎれば、魔法が解けてしまうシンデレラと同じ。先に切り札を出して、後から出された切り札の対応に追われて時間切れだと目も当てられない。それがこの前の戦いだ。
とはいえ、龍刀の一撃も効かない相手に如何するべきかと悩むレイ達に別の声が割り込んだ。
「《ウォータバレット》!」
水の塊が砲弾の如き勢いで巨人兵の頭に直撃した。ぐらりと揺れる体だが、巨人兵は片足を地面に叩きつけるようにして崩れるのを防いだ。
魔法を放ったのはシアラだ。彼女は入り口付近から魔法を放っていた。だけど、おかしなことに傍にはリザやレティの他に、ダリーシャスが居るのだ。チャクラムを構え、戦闘に参加するかのように並んでいる。
その光景にレイが声を荒げた。
「シアラ! ダリーシャスを連れて、外に出ろって言っただろ!」
「それが無理なのよ、主様。《ブリザードバレット》!」
杖を指揮棒の如く振るシアラによって、巨人兵の頭上に氷の塊が形成される。まるで見えない糸に吊るされているかのように固定されていたそれが巨人兵の頭めがけて落ちた。モンスターなら即死に到らなくても、脳を揺らしてダメージを与えたりできる一撃なのだが、巨人兵はさして気にした様子もなく、懐に潜りこもうとするリザを狙った。
振り下ろし、薙ぎ払い、踏みつぶそうとする巨人兵の攻撃を、地を這う蛇のようにするすると躱したリザは巨人兵の背中へ飛び乗った。そしてロングソードを巨人兵の体を構成する、金属製の鎧の隙間へと滑らした。金属そのものを壊せないのなら、接続部分を壊そうという考えだ。
ところが、鋭利な双眸が細くなった。
ロングソードの切っ先は、鋼の体に阻まれてしまった。
リザは舌打ちすると、即座に背中から離れた。これまでの行動から、背後の敵を優先的に狙うのは明らかだ。事実、巨人兵は背中に飛び乗ったリザを吹き飛ばそうと、巨体を横に回転させたのだ。密閉空間に風が吹き荒れる。リザはその風に乗るようにして、レイの傍に着地した。
「リザ。どうしてダリーシャスを連れて外に出ないんだ。あの人は死んでも《トライ&エラー》は発動しないんだぞ」
「分かっています。ですが、この空間から脱出するのは不可能です。レティの《半球ノ盾》のような魔法でこの建物は塞がれています。扉を開けようにも障壁が邪魔をしています」
「……じゃあ、まさか。脱出はおろか、外からの援軍も中に入って来れない可能性があるのか!?」
レイの言葉にリザはその通りだと頷いた。
レイは知る由もなかったが、空間を遮断する魔法も閉鎖環境適応型自動巨人兵G-18の基本機能の一つだった。設定された空間内で最大のサイズを取って戦うという事は、どうしても空間内にダメージを与えかねない。閉鎖空間で戦うのを前提で作られた兵器が建造物等を壊してしまえば元も子もない。
また、侵入者を検知し、捕捉し、排除するまで機能を停止しない巨人兵が逃げた侵入者を追いかけて持ち場を離れるのを防ぐために、侵入者の逃亡を阻止する目的もある。以上の理由から障壁が鳥かごのように展開されるのだ。その防御力は旧式の最上級魔法と同格。それこそ巨人兵が全力を出しても、建物自体は壊れないと折り紙付きだ。
「そういう訳で、外と遮断されてしまったのだ。流石に戦ってる振動や音は向うにも伝わっているだろうし、王の救出が終わってないと分かればローラン殿らもここに来るはずだ。マクスウェル殿がいる以上、障壁を破る手段も見つかるだろうな。……とはいえ、この障壁自体は、そう悪くないと思うぞ」
「どういう意味だよ。逃げ場を塞がれ、援軍が入って来れないようにされているのに」
「ここは塔の根元だ。ここが戦闘で崩れれば、自然と塔も崩壊する。そうなればカリバン王が監禁されている最上階がどうなるのか。それを考えると障壁がある分、周りを気にせずに戦えるぞ。もっとも、こちらは火力不足ではあるがな」
チャクラムを投げたダリーシャスだが、円盤状の武器は巨人兵の肌を引っかいて終わった。精神力すら纏わせていない武器ではダメージを与えられない。もっとも、それで十分なのだ。なぜなら、巨人兵を相手にシアラが《ブリザードパイル》を詠唱する時間を稼いでくれた。
冷気が足元を満たす。四本の氷は先端を鋭くとがらせ、吸血鬼に止めを刺す杭のように巨人兵へと迫った。巨人兵は避けるそぶりもせずに魔法を受け止めた。
氷と鋼がぶつかる音が響く。全員が魔法の余波に巻き込まれるまいと距離を取ったが、それでも頭上から砕けた何かの破片が降り注いだ。前衛組の三人はそれぞれの武器で蹴散らし、後衛組とダリーシャスは《盾》の魔法で防いだ。
降り注いだのは全て氷の欠片だった。
シアラの《ブリザードパイル》は先端から削られ、氷のつぶてを四方八方に散らす結果に終わった。もちろん、鋼鉄の体に傷一つなかった。その結果にシアラが悔しそうに顔を歪めた。
「流石におかしいだろ。あの防御力は。どんな金属で出来ているんだよ」
傷つくどころか、歪んだり弛まない巨人兵を前にして、レイは思わず呻いてしまう。すると、龍刀の中からコウエンが無情な現実を突きつける。
『炎のみならず氷も水も打ち消すとなればオリハルコンだろうな。あれは魔法を打ち消す効果がある。となれば、妾の炎が拡散したのも説明がつくという物だ』
魔道具である龍刀の炎は、在りし日の赤龍の炎の威力を再現しているが、本質は全く異なる。六将軍第二席であるゲオルギウスの血によって魔力を生成するようになった龍刀の炎は、分類上は魔法に近い。魔法の効果を減衰させるオリハルコンとは相性が悪かった。
巨人兵にオリハルコンが使われているのは、制作者であるノーザンからすれば当然の理屈だった。戦場で主役となりつつあった新式魔法に対するアンチテーゼとして生み出された巨人兵が、最も警戒しないといけないのが魔法なのだから。
オリハルコンを含めた数種類の金属を錬金術で合金させて出来た特殊金属。それは後の最高傑作にして対魔法工学の兵器の材料にもなった。
「だとしたら《アイスエイジ》も望みが薄そうですね。……これは分が悪い戦いと言えますね。《ミクリヤ》において最強の威力をほこる龍刀や《アイスエイジ》が通じないとなれば、戦い方を変えるしかありません」
苦しい現状を再認識するリザ。レイもそれに同意した。攻撃が通じないとなると、このままじわじわとなぶり殺しにされてしまう。
「《全力全開》や《ハヅミ》を使った所で通じなかったら意味がない。……だとすると、あれを使ってみるとするか」
「あれというと、エトネのあれですか」
「ああ、そうだ。あれは魔法じゃないけど魔法並みの攻撃力を持っている。エトネ! ボルトを切り替えて使うんだ」
レイの言葉に反応したエトネはクロスボウを展開した。腕に装着しているクロスボウに装填するボルトはいつもの太腿に巻き付けてあるベルトからではなく、腰のケースから取り出した。先端が膨らんだ特殊な形状のボルトを装填し、レイに指示を仰ぐ。
「どこをねらう!?」
「足だ! まずは機動力を奪えるかどうかを、試してくれ!」
レイとリザはエトネが確実にボルトを当てられるようにするため、ワザと巨人兵の間合いに飛び込んでいた。二人の行動や会話から察したシアラ達も、気を引こうと攻撃を加える。
自分に背中を向ける巨人兵。人で言う所の膝裏を狙う。普通の騎士なら膝裏の部分は関節の稼働を邪魔しないようにと薄くなっている部位だが、中身が空洞の巨人兵相手では防御の薄い所という概念は無いかもしれない。何の工夫もなく放っても、ボルトの先端が弾かれる確率は高い。
エトネは相手との距離、ボルトの射速、爆発までの時間を瞬時に割り出し、最後は狩人としての経験則を元に発射のタイミングを割り出した。
「《付加・雷》」
紫色の指輪に込められた魔法がボルトの先端に紫電を纏わせた。そして、エトネはクロスボウの引き金に指を掛けた。
風きり音を立てながらボルトが巨人兵の膝裏へと放たれる。先端が膨らんだ特殊な形状でありながら、狙いは正確無比。真っ直ぐに突き進み、巨人兵の鋼鉄の肌に触れる瞬間―――爆発した。
エルドラドには不可思議な鉱石が幾つもある。魔法を弾くオリハルコンや、魔法言語を刻まれることで魔法の行使が可能となる鉱石、そして雷に反応して爆弾と化すケラブノス石。
シアトラ村の地下に出現した迷宮ではこのケラブノス石が大量に出土する。レイは村の人からの好意として、石を大量に手に入れたのだ。そして、オウリョウの街で得た繋がりからある特殊なボルトを生産してもらった。
それは先端が膨らみ、空洞となっているボルトだ。レイはその空洞にケラブノス石の粉末を閉じ籠めた。いわゆる焙烙火矢だ。
前々からレイは彼女に何か切り札になる物を持たせられないかと思案していた。徒手空拳という自分やリザ以上に敵と距離を縮めるエトネの戦い方を不安に思い、せめて中距離で相手を倒し切れる武器を持ってほしい。
その考えを形にしたのがこのケラブノスボルトだ。紫の指輪に込められた《雷》に反応して爆発するケラブノス石の粉末。村に滞在していた時、幾つか実験を行った結果、粉末状態のケラブノス石を陶器の器などに込めて爆発させると、威力が上昇することが分かった。ボルトの構造上、多くは入れられなかったが、それでも上級モンスター相手に致命傷。超越モンスターの固い防御も傷を付けられる。
問題は、今この時。巨人兵相手に如何なのかという事だ。
噴煙が晴れた時、エトネは喝采を上げた。
「やったよ、おにいちゃん!」
拳を突き上げた幼女の萌黄色の瞳は、巨人兵の膝裏に僅かながらもヒビが走ったのを見過ごさなかった。すかさず、エトネはケラブノスボルトを装填し、放った。
立て続けに、同じ場所に六発の爆発を受ける巨人兵。噴煙が晴れた時、膝裏に子供の握り拳分の穴が開いていた。中の空洞がはっきりと視認できる穴だ。
痛みを感じない巨人兵だが、その自重は凄まじい。足を短く、更には太くしているのもその辺りが関係しているのだろう。動く度に穴の縁が崩れていき、巨人兵は動きを遅くしていく。その隙にレイ達は集まり、作戦を練り直す。最大の殊勲者を全員が褒め称えた。
「よくやったわ、おちび!」
「おちびいうな」
エトネの髪の毛を乱れるまで撫でたシアラ。もっともおちび呼ばわりされたエトネは憤慨しているが。
「ふむ。あの巨体だ。僅かな穴でも開けば体を支えるのに難儀するという訳か。存外、脆い物だな、魔法工学の兵器という物も」
「気を引き締めてください、ダリーシャス様。魔法工学の兵器が、この程度で終わるとは到底思えません。もしかすると、自己修復の手段を有しているかもしれません」
「……あり得る話だね。そうなると、どうやって倒せばいいのかしら。モンスターなら、頭か、魔石を砕けばいいんだけど。どう思う、お兄ちゃん?」
レティの問いかけにレイは自分の考えを仲間に打ち明けた。
「魔石を狙うべきだ。アイツが、中身が空洞だとしたら、どこか別の場所にあれを操作する頭脳があるんだろうけど、それを探している時間は無い。魔石なら、アイツが現れた時に見えたから、壊すこともできるはずだ」
「なるほどね。魔石を壊せば、燃料が無くなるって寸法ね。でも、あの伽藍洞の人形の何処に魔石があるのかしら」
モンスターなら、魔石は胸部の中心と相場が決まっている。だが、相手は魔法工学の兵器だ。四メートルはある巨人兵の胸元を開かせるのは一筋縄ではいかない。
「とにかく、エトネのケラブノスボルトで足を潰す。その後、腕を潰して身動きが取れなくなったら魔石を探そう。エトネ、ボルトの数はどれだけあるかな」
「そうね、それがいい……ちょっと待って。アイツ、何をする気なのかしら」
シアラの言葉に、全員が巨人兵の行動に注目した。膝裏を負傷した巨人兵は曲刀を杖のようにしてバランスを保持しながら、空いた手を天井に向けて伸ばしていたのだ。
「まさか……修復をするつもりなのでしょうか」
自分の懸念が当たってしまったかと後悔するリザだが、シアラは違うと叫んだ。
「アイツ、冗談でしょ。手首に嵌っている腕輪に魔法言語が刻まれているわよ!」
全員がその意味を理解するとともに戦慄した。
閉鎖環境適応型自動巨人兵G-18には自己修復機能は存在していなかった。ノーザンとしては付けたかった機能ではあるのだが、なにせ素材にオリハルコンを選んだツケを払わないといけなくなったのだ。
魔法工学の兵器は結局のところ魔法で動く兵器。その素材に魔法の効果を減衰させる金属を選んでしまったため、巨人兵を動かす為に複雑で高度な魔法式を大量に組み込む羽目になったのだ。本末転倒も良い所である。
結果として自己修復機能を入れる余地はなく、かといって切り札足りえる物を有していない兵器を彼は兵器と認めなかった。故に、彼は後付けの機構として、一つの装置を組み込んだ。
それは誰かが生み出した試作品と思しき指輪。基盤を指輪の形に加工し、魔力を宿らせ、魔法式を刻み、新式魔法を発動させるという画期的な代物だ。もっとも、欠点も多くあるため、これは完成品ではないのだなとノーザンは推察した。
ノーザンは指輪型の基盤という発想に着目した。他者のアイディアでも優れていると感じた物は積極的に取り入れる柔軟さが彼にはあった。彼にとっては残念だが、基盤に魔力を宿らせる方法だけはついぞ分からなかった。
液体に加工されたオリハルコンや魔石と共に落下する腕輪型基盤は、どんな大きさの巨人兵にも装着される。腕輪の側面には超級魔法の魔法式が刻まれていた。
オリハルコンで生み出された巨人兵が新式魔法の隆盛を許す戦場へのアンチテーゼなら、これは新式魔法に頼る戦士たちへの意趣返しとでもいう物か。
魔法工学の兵器が新式魔法を使う。
魔石から抽出された魔力が左腕の腕輪に注ぎ込まれ、一つの魔法へと昇華される。
新式超級魔法、《雷神ノ暴雨》発動。
読んで下さって、ありがとうございます。




