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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第6章 水の都
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6-56 『勇者』と姫

 まず、順を追ってお話ししましょうかしら。


 坊やは『勇者』と帝国についてはどれぐらい知っているかしら。……その顔は全く知らないようね。神々も酷な事をするわ。こんな子になんの知識も与えないなんて。


 それじゃ、歴史のお勉強をしましょうか。 


 無神時代が始まってから、千三百年。人類史は世界的に大きな転換期を二回経験しているわ。ご存知かしら。一つは三人の異邦人たちによる黄金期。もう一つが三つの戦役による暗黒期。どちらもその前後で歴史の流れを大きく変えた、重要な時期よ。


 でも、人の歴史は例えるなら川のように、途切れることなく常に繋がっている。節目でなくとも、激動の時代では無くても、歴史はあった。


 これはそんなお話。


 激動よりも、混迷の時代。


 いつ終わりを迎えるか分からない泥沼の戦争が繰り広げられていた。


 戦争というよりも、遊戯が近いかしら。


 そう、神々の遊戯。それに似た物が行われていたある時代。


 その頃、西方大陸は三体の超越者によって支配されていたわ。彼らは互いに対立して、それぞれがそれぞれの勢力を従えていた。


 ある者は死した人間を甦らして支配下に置き。ある者は人の欲望を操り。ある者は暴力で脅迫して。まあ、方法なんてどうでもいいわ。重要なのは、その三者は、決して歴史の表に立とうとはせずに、指導部だけを抑える事で、裏から国や部族を支配下にして、争ってきたの。


 彼らは直接的な介入をせずに、指示を出していた。国を拓き、都市を作り、商いを栄えさせ、物を作らせ、人を増やした。そして、兵を揃え、訓練させ、戦争を仕掛けさせた。


 暗黒期の戦役が文字通りの世界大戦という、大規模な戦だからあまり歴史的に注目されないけど、その頃の西方大陸は酷いわよ。なにせ二百年間にわたって、どこかで戦争が起きていたんですもの。


 北で戦争が終われば、南で戦争が始まり。西で内乱が終われば、東で内乱が起きる。


 小競り合いから、国を挙げた総力戦。数えるのが馬鹿らしくなるほどの戦争が始まっては終わり、終わっては始まる。全ては裏で支配していた超越者たちの思うがままに。


 え? その支配者は誰かって。


 もう! こういうのは段取りというものがあって……はぁ。分かったわよ、答えてあげるわ。


 七帝よ。それも単なる七帝じゃなくて、旧七帝の内が三体。スパンダルマド、ウオフマナフ、ハウルヴァタットの三人よ。


 耳にしたことはあるかしら。一週目のエルドラドを滅ぼした旧七帝。その内の三体が西方大陸を支配していたの。


 彼らの正体は凄いわよ。何しろ、堕ちた精霊に人とモンスターの雑種ハーフに異世界の元神。来歴だけなら、いまの七帝とは比べられないほどの存在。無神時代が始まるよりもずっと前からエルドラドに存在していた歴史を知る生き証人。


 ある面では人を超越し、13神に最も近い存在の彼らだけど、それでも彼らは神の側には至れなかった。特に異世界の元神は、管理していた世界を壊してしまい行く当てもなく彷徨っているうちに別の神に唆されて『神々の遊技場』に来た口。神であった存在が人に落とされ、神々の娯楽として消費されるなんて相当な屈辱でしょうね。


 溜まりに溜まったうっ憤は、エルドラドに生きる人々へと向けられたの。彼らは人を超えた者として、一つの遊戯を思いついたの。


 盤は西方大陸。駒はそこに住む人々。自分たちは直接介入せず、舞台袖で役者を見守る支援者を気取っていた。


 言うなれば大掛かりなチェスよ。自分が駒として戦うのではなく、駒を操る側に徹する超越者の遊戯。人の世に馴染めず、かといって神の側にも至れなかった彼らの慰めね。


 シミュレーションゲーム? なにそれ。そういう言い方もあるんだ。


 とにかく、彼らはそれぞれのやり方で目を付けた国の指導部を掌握。時には敵とも同盟を結び、時には小国を併呑したり、あるいは属国にしたりして遊戯を進めていった。遊び感覚で、自ら血も汗も流さず、指導部に指示を出すだけ。そこが有能な人材なら上手く事は運び、無能なら失敗する。彼らはその結果に一喜一憂するけど、自ら手を下そうとはしなかった。


 戦争の時もそう。彼らが直接戦場に出向けば、一瞬で終わるような時でさえ、彼らは何もしなかった。勝敗も時の運とばかりに一喜一憂し、それで満足だったのよ。


 彼らは自分たちの退屈を埋める暇つぶしをしたかったに過ぎないのだから。


 むしろ、三つの勢力の内、何処か一つが突出してしまうのを恐れた。彼らにしてみれば、この超越者の遊戯は永遠に続けたい暇つぶし。いつしか暗黙の了解というなれ合いが横行し、遊戯に終わる兆しは無かった。


 そんな性質の悪い三人によって西方大陸はかき回され、混沌とした時代が続いていた時、救世主が降り立ったのよ。


 大げさに言っている訳じゃないわ。事実、彼は本当に救世主だったもの。


 異世界アースガルスを支配していた魔王を倒した『勇者』。彼が13神によって異世界エルドラドに呼び寄せられた。偶然にも、いえ、もしかしたら必然だったのか。彼が降り立ったのは西方大陸のある小国。落城寸前の、死ぬ寸前の姫を守るように降り立った。


 彼の名はジグムント


 姫の名はバートーリー・スプランディッド。


 この二人が出会った小国こそが後の世において西方大陸に一大版図を築く帝国の前身にあたる国よ。






 帝国に伝わる史書には、勇者の姿はこう記されているの。


 天より舞い降りし偉丈夫は白銀の鎧を身に付け、手にした聖剣は空を震わせ、海を割り、大地すら穿つ。乙女の呼びかけに応じて参上したかの者は、まさに救世主だった、と。


 まあ、この手の書物が大げさに書くのは当たり前だとしても、『勇者』が強かったのは事実だったの。


 彼が降り立った国は超越者たちの支配が及ばないちっぽけな国。領土も人口も資源も無い、瀕死の国家。でも、そこに『勇者』が加わっただけで、信じられない巻き返しが起きたのよ。


『勇者』が一度戦場に現れれば、兵士の士気が上がり、天運が味方し、誰もが予想もしない奇跡が起きてしまう。


『勇者』は一騎打ちで一度も負けず、挫けず、怯まなかった。己よりも大きな敵を何度も倒し、彼の踏みしめた足跡が道となって、多くの者が後に続いたのよ。その背中を追いかけてね。


 結局、彼はエルドラドに召喚されて一年足らずで、旧七帝のうちの三体。西方大陸を支配していた超越者たちを倒した。堕ちた精霊を、人とモンスターの雑種ハーフを、異世界の元神を。その聖剣で切り伏せたのよ。


 勇者がアースガルスとやらでどんな風に死んだのかはあまり残されてないけど、分かっているのは魔王と相打ちになって死んだという一点だけ。むしろ、この三体を倒した怪物を相打ちまで追い込めた魔王がどんな存在なのか興味が尽きないわ。


 ……ああ、話が脱線したわね。


 とにかく、西方大陸は二百年近くに渡る戦乱の時代を終えて、平和な時代を迎えようとしていた。短くも苛烈な戦いに身を投じた『勇者』は、自らが守ると誓った姫の元に身を寄せ、平和を謳歌しました。


 めでたしめでたし。


 ―――なんて事にはなりませんでした。


 むしろ、ここから混迷の時代が幕を開けたのよ。皮肉にも旧七帝を倒してしまった事でね。


 始まりは、単なる小競り合い。食料が多く取れる狩場を巡った小規模な、取るに足らない戦い。


 それまでの二百年で、彼らは学んだ。交渉で終わらない話は、殺し合いでもぎ取らなければならないと。


 武器を持ち人々は戦い、片方が勝利し、片方が敗北した。そして負けた方はね、全滅させられたのよ。男だけじゃなく、女子供に至るまで、全員が殺された。一つの村が地図から消えた。


 旧七帝に支配されていたころの西方大陸では、おかしなことに度の過ぎた虐殺は起きていなかった。白旗を上げた敵は捕虜として扱い、決して無碍にはしなかった。超越者たちが許さなかったのよ。指導部に節度ある振る舞いを徹底させ、それが指導部から現場へと厳命された。いわゆる騎士道が誕生した瞬間よ。破った勢力は、他の勢力に賠償として、何らかの譲歩をしたと聞くわ。


 滑稽でしょ。戦争という人の我欲がむき出しになる環境で、あたかも遊戯の掟のようなものを作り、支配者たちはそれを守らせていた。でも、それが彼らにとっては重要なのよ。逸脱した身を縛る掟。不自由こそが彼らの遊戯に遊戯という体裁を整えてくれる。


 彼らは理性ある戦争を望み、上手く行っていた。大量虐殺も、民族浄化も、弾圧も許さない鉄の掟があった。


 そんなまやかしの戦争が『勇者』によって終焉を迎え、ほんものの戦争が始まってしまった。血で血を洗い流し、腐った肉が肥料となり、骨が山のように積み上がる。誰も彼もが獣とかして、解き放たれてしまった。


 元々、二百年もの間どこかしらで戦争が起きていた土地。支配者たちに遊戯の駒として扱われた人々には、戦争の記憶が刻み込まれていた。夫を殺された妻。父を殺された子供。息子を殺された母親。もしくはその逆か。とにかく、彼らには復讐するべき理由があり、歴史があった。そしてなにより、彼らを駒のように扱っていた超越者が消えた。鉄の掟が消えて、無軌道で無秩序で混沌とした戦場があちこちで花を咲かせた。


 地獄の蓋が開いたかのような状況だったと歴史は語っているわ。ある国が隣国を攻めている間、その国の首都が別の国に攻め込まれ落城。帰る所の無くなった兵士たちは攻めていた国の首都を落として、そこにいた男どもを殺して、そのままその国に居座るようになった。ある国では手を結び合い、連合軍が生まれある国を叩きつぶそうとして、結局内部分裂を起こして叩きつぶそうとした国に叩きつぶされたとか。


 正に地獄絵図。


 そんな状況を招いてしまった『勇者』は戦争を止めるために動き出したわ。彼はきっと、生来の救いたがりなのね。誰も頼んでいないのに、彼は一人で戦い、戦い、戦い、戦った。


 なにしろ彼は『勇者』。戦うこと以外の解決法を知らないし、思いつかなかった。戦争をしている国を滅ぼし、戦争をしようとする国を滅ぼし、戦争を招いてしまう国を亡ぼした。それ以外、知らないがゆえに、その選択肢以外、存在しなかった。


 戦って、戦って、戦って、戦いぬいた。汚泥のような戦場を駆けずり回り、光輝く聖剣は黒ずんだ血に染まり、白銀の鎧は歪み外せなくなり、その下の体は幽鬼のようにやせ細ってしまった。


 彼は『勇者』よ。


 どんな姿になっても、その力に一点の曇りなく、彼は怪物と呼ぶに相応しい実力を持っていた。ただ、心だけは怪物では無く、むしろ心優しい人間だったのよ。


 だから彼は壊れた。いつしか足は止まり、膝を突き、前のめりに倒れた。彼の切り開いた足跡は道となった。それが幾万の血で汚されようとも、彼は確かに偉大な男だった。いつ終わるともわからない戦争を続けていた旧七帝を倒し、西方大陸に変革をもたらしたのは事実。


 今度こそ、彼はその身を休ませる。彼の作った道を追いかけて来た姫は優しく彼を向かい入れ、動かなくなり冷たくなった体に温もりを与えました。


 めでたしめでたし。


 ―――なんて事にはなりませんでした。二回目ね。


 残念だけど、『勇者』の物語はそんな少しほろ苦い、後味の悪い結末では終わらないのよ。彼の物語は、何処までも残酷に、醜悪に、汚濁に塗れるし、何より物語はまだ終わっていない。






 動かなくなった『勇者』を受け入れた王族は困り果てました。なにしろ、西方大陸は無秩序で無軌道な混沌とした戦争の時代に突入しました。昨日まで存在した国が月の満ち欠けに合わせるように滅んでいくのが当たり前の時代。いつ、自分たちの国がそうなるか分かりません。


 小国だったこの国がそうならないで来れたのは、全ては『勇者』のお蔭でした。彼が居たからこそ、誰も手を出せないでいました。


 つまり、『勇者』ジグムントは抑止力だったの。


 その抑止力が壊れてしまい、動けなくなった。さあ、大変。まさに存亡の時を迎えました。王族は頭を捻り、どうにかできないか考えました。


 誰かが『勇者』の振りをすればいいと言いました。聖剣を持って、白銀の鎧を揃えれば周りを誤魔化せると。でも、聖剣は『勇者』にしか振るえず、それらしい格好をしても、紛い物は紛い物。すぐに偽装とばれてしまう。


 誰かが『勇者』の威光が残っているうちに、他国を併呑すればいいと言いました。国を大きくし、戦力を増やせれば安全だと。でも、他国を従えるには人材も時間も足りません。それに下手に人を増やせば、『勇者』が壊れたことがばれてしまいます。


 誰かが『勇者』の死を国民に打ち明けるべきだと言いました。ワザと情報を公開して、国民の危機感をあおり、戦意を向上させようと。でも情報を公開すれば、他国が攻めてくるのは確実。それに、自分たちがこれだけ衝撃を受けているのに、国民がこの事実を知れば絶望してしまい、逃げ出すでしょう。そんなの怖くてできません。


 彼らは思い知りました。どれだけ自分たちが『勇者』に任せ、頼り、押し付けてきたのかを。


 彼らは反省しました。どれだけ自分たちが愚かで、臆病で、情けないのかを。


 そして彼らは思いつきました。


 そうだ―――『勇者』を作り直そう、と。壊れたのなら、直せばいいんだ、と。


 あまりにも無邪気に、彼らは方針を決め、一致団結して動きだしました。


 死んだ『勇者』の肉体に王族の指示にしか従わない人格を植えつけました。次に、肉体を改造しました。老いる事の無く、劣化する事の無く、摩耗する事の無いように不死の肉体を与えました。これらはどれも、旧七帝の残した遺産があったからすぐに出来ました。


 次に、鎧を修理しました。決して壊れる事のない、そればかりか彼を強化する加護を幾つも付け、より強くしました。これはその国に元からあった技術で済みました。


 これらを持って『勇者』は、その国の王族に従う兵器となって生まれ変わりました。かつての清廉潔白とした誰もが憧れ、敬い、慕った存在は消え。その国の王族が私利私欲の為にいじくり回したおもちゃが戦場に出現しました。


 彼は……いえ、は命じられるまま戦場を駆け抜けました。


 故郷で帰りを待つ家族が居る兵士を殺し、名を上げようと野心を滾らす傭兵を殺し、自らの理論を実践しようとする魔術師を殺し、たまたま巻き込まれるように参戦した冒険者を殺し。


 親の七光で身の丈に合わない階級につく貴族を殺し、万の兵を預かる歴戦の将軍を殺し、分厚い城壁に守られていた女を殺し、兵隊ごっこをして遊んでいた年端もいかない子供を殺し。


 戦場の血風を嗅いだことも無いような豪族を殺し、箔付けの為に指揮官に収まった王子を殺し、国を守る為に人身御供のように嫁いだ姫を殺し、民の為にとその身を捧げた賢王を殺した。


 殺して、殺して、殺して。


 殺し尽くして平和を生み出しました。気が付けば、ちっぽけな小国は版図を広げ、西方大陸を手中に収めた強国となっていました。


 いつしか、彼らは自分たちの国を帝国と呼ぶようになり、王では無く帝が治める国だと言い始めたわ。国名を捨て、単に帝国と名乗るのは自分たちに比肩する者が居るはずがないという自負、傲慢からよ。


 それに文句をつける者はいなかったわ。西方大陸に存在していた全ての国は帝国に頭を垂れ、服従を誓いました。


『勇者』が召喚され、一年で超越者たちは死に、次の九年で帝国が大陸を掌握して、二百年の長きにわたる超越者の遊戯は終わりを迎えました。


 西方大陸は単一の国家、帝国に支配されるようになりました。


 めでたしめでたし。

読んで下さって、ありがとうございます。

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