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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第1章 始まりの街
18/781

1-18 ペナルティ

※7/25 空行と一部訂正。

 時計の針を朝まで戻す。


 《トライ&エラー》により時を戻ったレイは今までにない種類のイタミにあえいでいた。


「ぐぅぅううう」


 歯を喰いしばり苦痛に耐えようとするが、獣の唸り声のようなものが口からこぼれる。イタミの種類が違っていた。今までのイタミはある種の試練だった。


 レイを試すように心を削る。このイタミに耐えられなければ生き返る資格が無いと言われているようだった。

 だがこのイタミは違う。躊躇いも無くレイの心を壊しに来ている。ただひたすらに、苦しみだけがレイの体を波のように行き交う。ベッドから起き上がる事すらできずにいた。


(こんな所で、足止めをくう暇は無いのに!)


 脂汗をかきながら、ベッドの上で悶える。


(どのタイミングでファルナがボスに挑むのか分からない。急がないといけない)


 レイは全身をかき毟りながらベッドから落ちた。力の入らない棒のよう足を無視して、両腕を使い立ち上がる。


 まだ、歩くにはおぼつかないがこれで立てた。


「とにかく、防具屋と武器屋によってから迷宮に向かわないと」


 どうにか行動を開始できるほどに回復したレイはギルドの階段を降りる。朝の賑わいをみせるギルドの受付。仕事中のアイナが階段を降りるレイを見つけた。


「レイ君、おはよ……どうしたの!」


 タライと洗濯板を取り出そうとしたアイナはレイのただならぬ様子に驚き、カウンターから出てくる。


「ちょっと、凄い汗。熱でもあるの?」


 素早く、首や額に手を当て、レイの体を調べる。彼女の表情は少年の事を真剣に心配している。


(ああ、この人にはいつも心配かけてるな、僕は)


 自虐的に笑ったレイは、それでもと思う。

 それでも、ファルナを助けに行くと決めた。


 レイは優しくアイナの手を掴み、距離を取った。


「……レイ君?」


「すいません。アイナさん。僕、また無茶をしに行きます」


 それだけで何かを察したのだろう。アイナは咄嗟に手を伸ばそうとし、その手を力なく下ろした。彼女は言いたいことを堪え、笑顔を作った。


「いってらっしゃい。レイ君」


「いってきます。アイナさん」


 涙まじりの笑顔を振り切り、レイはギルドを飛び出した。


(絶対に帰ってきます)


 心の中で誓う。



 日中の穏やかな街道を、息を切らせて走る。上昇した能力値パラメーターのおかげで前回よりも早いペースで進んではいるが、レイにとって過ぎていく一分一秒が黄金のように感じた。


 ギルドを飛び出し、防具屋と武器屋に飛び込んで装備品を回収し、わずか三十分で目的地に着いた。


 ネーデの迷宮。地上階の扉を開けた。


 そこは前回と違う点があった。


 下へと向かう踊り階段の横に魔方陣が輝いていた。


 転移の魔方陣だ。

 レイはためらわずに魔方陣の上に立つ。ぐにゃり、と周りの景色が溶ける。景色が元に戻った時、レイは中層部1階の入り口にたどり着いた。


 後ろを振り向くと巨大な扉がある。ボスの間へと続く扉だ。ただし向こう側からしか通れない一方通行だ。


 周りを見わたし、広間の壁際に上に伸びる螺旋階段を見つけた。


 すぐさま、レイはその階段に向かい上へと昇っていく。


(上層部1階から順番に攻略していく時間は無い。ショートカットだ)


 階層の間にある螺旋階段と違い、ボスの間をショートカットする螺旋階段は長く、駆け足で昇っていく。ここまで休まずに進んだレイの体は疲れている。イタミのダメージから完全に回復してないうえに一直線で進んだのだ。螺旋階段を上る足元がおぼつかなくなってくる。


 だがここでくじけては意味がない。一気に螺旋階段を駆け上がり、上層部11階のとある広間へと出た。背後で螺旋階段への横穴が塞がっていく。


 喜ばしいことにその広間をレイは知っていた。まだ、迷宮の構造変化は起きてなかった。見覚えのある広間を迷わずに進む。


 上層部12階へ降りるルートを進む。行く手を阻むモンスターはバスタードソードで切り裂いていく。


 ボスの間へと続く螺旋階段を見つけたレイは落ちる様に階段を進む。


 疲労から悲鳴を上げる足を無視して降りたボスの間は新人冒険者のレイでも異常だとわかる。


 人があまりにも多すぎる。


 50人近い冒険者が密集し、異様な興奮状態だった。

 その人だかりを掻き分ける赤い髪の少女を視界に捉えた。


「ファルナ!!」


 叫ぶが届かない。興奮した冒険者たちの騒めきに掻き消される。


 門を見るとランタンは2つとも消えている。


(まずい、あのまま挑戦する気か)


 焦ったレイは疲れた体に鞭を打つように人だかりへと突き進む。人にぶつかり、怒鳴られ、罵声が飛び交うが気にしている余裕は彼になかった。


 徐々にファルナとの距離が縮まる。

 その時、ふいに足がもつれた。ここまで休まずに来たツケを払う。レイの体はバランスを崩して、床へと倒れこもうとしていた。目の前にはファルナを飲み込もうと門が口を開けている。


「くっそおおお」


 レイは床に倒れこむ直前、目をつぶり、床を蹴った。とにかく人の中で倒れては不味いと判断した。しかし、それが災いした。ちょうど足を止めたファルナに対して弾丸のように飛んでしまう。ぶつかりもつれ合った2人はボスの間へと転がっていく。


 転がった2人は門の向こうでレイが押し倒す形で停止した。


 ファルナは怒りで戦慄いているとき、レイは恐ろしいものを見ていた。


 眼を瞑った時に、無意識に自分のステータス画面を開いてしまった。その画面の技能スキルの欄が赤く点滅している。


 転がりながら意識をそこに向けると、3つの技能スキルの中で特殊ユニーク技能スキルのみ赤く点滅している。


 異変に嫌な予感を抱きつつ、開いた。


 そこには《トライ&エラー》に大きなバツがついていた。


(―――なにこれ)


 《トライ&エラー》に意識を向けると、いつもの説明文にも大きなバツが張られ、その上に『使用不可』と書かれている。


 脳裏に過るのは死んだ直後に味わったイタミの時に聞こえた、誰かの声だ。


 これは罰だ。

 自殺という罪を犯した、お前への罰だ。


(まさか、自殺をしたペナルティで技能スキルを失ったの!?)


 こうしてレイは特殊ユニーク技能スキルを無い状態でボスに挑むことになった。



 時計の針は戻る。


 単身、ボスに挑むレイを見送ったファルナは魔方陣を己の血で描いていく。1つは火の精霊を呼ぶための物。その上にもう1つ別の魔方陣を描く。


 そもそも、彼女はレイに言ってないことがあった。たしかにファルナは火の精霊を呼ぶ、《召喚魔法》を習得している。それも中級の精霊だ。


 それを呼べたら、たとえ《自己進化》で火への耐性を上げた双頭のバジリスクと言えど倒せるはずだ。


 呼べたら、だ。


 ファルナは2つ目の魔方陣を描き切る。


「教わった陣はこれで良いはずだね」


 エルフの副団長から奥の手として教えられた魔方陣を今日、初めて使う。二重に描かれた魔方陣の上に立ち、先程消費した精神力の分を回復するためにエーテルを取り出す。茶色の液体を飲み干すと、精神が回復し活力が漲ってくる。


 だが、これでは駄目だ。


(これだけじゃ、中級の精霊は呼べない)


 胡坐を組み、精神を集中させる。


「《生命変異式・起動》!」


 切り札の魔方陣を起動させる。淡い光が魔方陣から漏れる。

 その光がファルナを包むと、一気に脱力感が彼女を襲った。倒れそうになるのを堪えるので精一杯だ。


 ファルナがレイに秘密にしたことは、召喚の為の精神力が足りないことだ。


 詠唱中にエーテルを飲むことはできない。詠唱を始める前に足りない分を何処からか持ってくる必要があった。


 そこで切り札の魔方陣、変異式が登場する。これは生命力を精神力に。もしくはその逆を変異できる魔方陣だった。精神力を底上げしてくれる代物だ。


 元々はエルフに居た、バカみたいな生命力を持つ戦士が魔剣を使うのに十分な精神力を持っていなかった為に編み出した苦肉の策。


 だが今のファルナはその戦士に感謝していた。


(アタシの残った生命力を限界まで精神力に替える。だからそれまで持ってくれよ、レイ!)


 ファルナは遠くで始まった戦闘の音を聞きながら、変換が終わるのを待つ。



「さて、如何した物かね」


 双頭のバジリスクを引き付ける。ただし、特殊ユニーク技能スキル無しで。


「ここで死んだら、そのまま死亡だろうしな」


 分かっている事実だったが口から出てしまう。口に出したら出したで気分が重くなるのを分かっていても出てしまった。


 現在、敵の姿を探して起き上がったバジリスクを石柱の陰から観察していた。どうやらファルナはおろかレイの居所も見失ったようだ。


(とすると。僕の存在に気づかせるべきか、気づかれないようにするか)


 レイにとって一番厄介なのはファルナを狙われることだ。魔方陣の上で詠唱する彼女が見つかったら、逃げようもない。


 かといってレイの能力値パラメーターでは正面からは太刀打ち出来ない。手持ちの武器はバスタードソードにダガーに手甲。回復手段は無い。隠れながら遠距離から攻撃する術なんて持ってない。


「《■■■■》」


 レイが悩んでいると、バジリスクが人の耳で理解できない歌をうたう。


(しまった! 見つかったか?)


 魔法を放たれると思い、石柱から移動しようとしたが、レイの耳を震わす詠唱が先程までの風の砲弾とは違って聞こえた。


「《■■■■■■》」


 迂闊に動けずにいる中、バジリスクの詠唱が終わった。


「《■■■■■》」


 魔方陣がバジリスクの前に現れ、身構えるレイの肌を優しく風が撫でた。


 唐突に魔方陣は消えた。

 すると、バジリスクの4つの目はレイの隠れている石柱をしっかりと捉えた。


(密室で風……そうか。いまのは探知の魔法か!)


 資料室で調べた魔法の種類の1つを思い出した時、レイを襲いに尾の一撃が振るわれた。石柱を砕く一撃を後ろに下がりながら回避する。


 レイにとって気がかりなのは今の探知魔法でファルナの位置を悟られたかどうか。後ろに下がったのを利用し、自然にバジリスクと距離を取る。勿論、ファルナの居ない方向にだ。


 どうやら目の前の獲物から手を付ける事にしたようだ。


 つまりレイの事だ。


 口から吐き出された針を躱す。


「よし! とりあえずこっちだ、バカ蛇! こっちに来い」


 とにかく自分に注意を向けながらレイは移動する。尾の一撃の範囲に入らない様に注意しつつ、石柱から石柱へと移動していく。


 じれたバジリスクは口から針を飛ばす。


「それは読めんだよ」


 石柱の陰に入り、やり過ごす。石柱に針が刺さった音を確認してから様子を伺うと、バジリスクの姿は無かった。


「え? ……どこに行った」


 とっさにファルナの居る方向を見たが、そちらには居ない。いくら薄暗い迷宮でもそれぐらいは分かる。ある事に気づきレイは上を見上げた。巨大な物が這う音と共に天井からパラパラと欠片が降り注ぐ。光の届かない天井付近を柱から柱へ移動している。


「それも知ってるよ。芸のない奴」


 レイは針を警戒し石柱の傍に近づいた。欠片が落ちるのが止み、這いずる音が止まるのを確認して、おおよその位置を想定し石柱を挟んだ反対側へと退避した。


 意識を見えない蛇に集中する。彼の耳は空を斬る飛来物を捉えた。


 だがその飛来物は石柱を抉り、隠れていたレイの脇腹と太ももを抉る。


「ぐぅああ!?」


 唐突に訪れた激痛に崩れ落ちそうになる。混乱する頭でレイは背後の石柱を見た。そこには針とは違う形状の傷跡がある。薄い板のような傷跡だ。


 レイは何が起きたのか理解した。


「しまった……鱗を飛ばしやがった」


 バジリスクは針を飛ばさず、自分の鱗を射出した。

 足を止めた愚か者へ、弾丸のように飛ばす。石柱をケーキのように貫通した鱗は同じようにレイの体を貫通し床に刺さった。


(まずったな……血が溢れる)


 回復手段の無いレイはせめて傷口を手で押さえる。


 だがバジリスクは一気に勝負をつけに来た。


 レイの耳は再び這う音を拾う。それもどんどん近づいてくる。


 轟音がボスの間に響く。

 天井からバジリスクが落ちてきた。それもレイのすぐ目の前に。つまりバジリスクの攻撃範囲でもある。唸りを上げて尾の一撃が振るわれた。


 為すすべなく、防御も取れずにレイは壁へと弾かれた。


「ぐっはぁ」


 痛みが全身を走る。意識だけは手放さずに済んだレイはこの場を離れようとした。


 だがバジリスクはそれを許さなかった。


「「グリュリュリュ」」


 距離を詰めようとはせず、鱗をマシンガンのように連発して飛ばす。狙いはもちろんレイだ。


 レイは剣を盾のように構え、首を手甲で庇いながら目で周囲を見る。その間も鱗の弾丸はレイの体を傷つけていく。


(どこか、隠れる場所は……あった)


 先のバジリスクの爆発で吹き飛んだと思われる石柱の瓦礫をレイは見つけた。痛む体を押して、そちらに向かう。当然バジリスクの鱗もレイを追う。


「間に合え!」


 瓦礫へと滑り込む。幸い、しゃがんだレイの体を覆う大きさの瓦礫は厚みも十分ある。バジリスクとの距離も離れている為、鱗の弾丸は貫通とはいかなかった。


「ここで時間を稼いで、鱗の弾切れを待つか」


 消極策しか思いつかないレイは様子を伺う。すでに見える範囲の鱗は無くなりつつある。どうやら打ちながら再装填とはいかないようだ。


(それにしても、楽しそうに撃ちやがって)


 事実、バジリスクは楽しんでいた。獲物を甚振る強者として振る舞っている。近づけば瓦礫を貫通できると知りながら、安全地帯から一方的に撃つ。


 だがレイにとって自分に意識が向いてるのは時間を稼げている証拠だ。インナーの一部を斬り、包帯の代わりにして止血をする。このままここで時間を稼ぐと決めた。


 だが、バジリスクはすでに次の手を考えていた。


 再び迷宮に歌が響く。

 レイの期待したファルナの詠唱では無い。

 バジリスクが人の理解できない言葉で詠唱を始めた。


 ただし、今回は二重に聞こえた。


「「《《■■■、■■■■■■》》」」


「あいつ! なんてことを思いつきやがった!!」


 レイは瓦礫から飛び出そうとしたが鱗の壁が邪魔をする。その間にも詠唱は進む。


「「《《■■■■■■、■■。■■■■■》》」」


「同時に二発も撃つきかよ!?」


 逃げ場は無かった。

 レイを逃がすまいと、鱗の弾丸を使い切る勢いで足止めをする。


 逃げ場を探して、視線を飛ばすレイは壁を見上げた。


「「《《■■■■》》!」」


 詠唱が完成した。

 バジリスクの両方の頭部から、同じ魔方陣が展開される。二つの砲弾が互いに反対の回転をしつつ突き進む。レイの隠れていた瓦礫を一瞬で砕いた。


「こうなったら、イチかバチか!」


 左右を鱗によって阻まれたレイは上へ逃げる。迫りくる風の砲弾に背を向けて、迷宮の壁へと走った。壁を蹴り上げて高く飛んだ。


 空中にて身を捻ると、天地が逆さになる。彼の頭上で2つの砲弾が壁にぶつかり弾けた。


 縦横無尽に風が暴れる。下へ落ちかけていたレイの体は風に煽られて天井付近まで持ち上げられた。


「まずい―――!」


 空中でバランスを崩したレイは床へと叩きつけるように落ちた。受け身をとる余裕も無い。頭を打たないようにするのに精一杯だ。


「ぐおぉぉぉ」


 痛みで悶えながらも、すぐに立ち上がろうとしたが胸に激痛を感じうずくまる。


「ごぼっ! はぁはぁはぁ」


 喉元をせり上がり、塊のような血が床を染める。体の内側が熱を持った痛みに蹂躙される。意識が遠のいていく。


(これは……まずい……)


 思考が纏まらない。焦点の合わない視界でバジリスクを見た。素肌を晒す蛇は鱗の弾丸を切らしたようだ。


 だが精神力はまだ尽きてないようだ。


「「《《■■■、■■■■■■》》」」


 再び、二重詠唱が始まった。


(こりゃ……だめだな)


 覚悟を決めたレイは仰向けに倒れた。


(でも、これでファルナが生き残るぐらいの時間は稼げたはず)


 心の中が達成感で満たされていく。


 だが、唐突にバジリスクの詠唱を掻き消すような歌が響いた。


「《我、ここに燎火を立てる》」


 詠唱と共にバジリスクの背後。ボスの間の反対側で火柱が巻き起こった。薄暗い迷宮を照らし、狼煙のように立ち上り消えた。


 それに気が付いたバジリスクが詠唱を中断し、振り向く。魔方陣の上で詠唱を始めたファルナを見つけてしまった。


「聞いてないぞ、ファルナ! そんな目立つこと!!」


 怒りながらレイは叫んだが、もうどうにもならなかった。バジリスクはターゲットをファルナに切り替えて詠唱を始めからやり直す。


「「《《■■■、■■■■■■》》」」


「《集え、太陽のごとき輝きを持つものよ》」


 旋律の違う2つの歌が重なるように響く。

 レイの全身を絶望が襲う。確実にバジリスクの詠唱の方が早く終わる。


 もうどうにもならないのかと諦めて、目を瞑った。


 力が欲しいと、願った。


 その時。暗闇の視界に見慣れないメッセージが表示された。


『新しい技能スキルを手に入れました』


(―――っ!)


 驚愕しつつ手早く技能スキルの欄を開く。3つの項目の内、能動的アクティブ技能スキルの欄にNEWと着いている。そのアイコンはレイにとって黄金の様に輝いていた。


 すがる思いで開いた。そして、手に入れた新しい技能スキルの効果に驚く。たしかに、これを使えばファルナは助かる。だが次は確実に自分が狙われる。


(だけど、それがどうした)


 もとから、この命1つで異世界に降り立った身。持たざる者はいつだって自分の命を削りながら勝利を掴む。


 いまさら惜しむ命では無い。ここが正念場だと気合を入れなおす。


「「《《■■■■■■、■■。■■■■■》》」」


「《集え、燃え盛る真理の炎よ》」


 生命力を極限まで精神力に変えたファルナの顔色は青く、大粒の汗をかいている。目をつぶり意識を集中させているが、バジリスクの殺気が自分を狙っているのは分かる。その上こちらの詠唱はまだ半分も言ってない。対して向こうはもうじき終わる。


 しかし、彼女の心は凪の湖面のように波1つ立てず、穏やかだった。


 自分はレイの命を預かっている。

 それは自分の命をレイに預けた事と同じだ。


 だから、ここを動かない。確固たる意志でレイを信じた。


「「《《■■■■》》!」」


「《我が呼び声に応えて来たれ》」


 バジリスクの詠唱が終わる。2つの魔方陣が風の砲弾を撃ちだそうとした時、レイは叫んだ。


 技能スキルを発動した


「《留めよ、我が身に憎悪の視線を》!」


 瞬間。


 バジリスクは不自然な行動をした。ファルナに固定した魔方陣を無理やり横にずらす。首を捻じ曲げて、ファルナからレイの方を向こうとした。

 ずれた魔方陣から放たれた砲弾の内、一発はあらぬ方向に放たれ、もう一発は自分の片方の頭を削り、弾けた。


「ギャアアア!」


 無くした頭部の痛みに叫んだのか、近距離で浴びた風の斬撃に叫んだのかレイには分からなかった。


 だが、彼は拳を握った。自分の狙い通りになったのを喜ぶ。何事も無かったようにファルナの詠唱も続いた。


「よっし!」


「《火の神プロメテウスの眷属、火の精霊よ》」


 レイが手に入れたのは《心ノ誘導》Ⅰ。自分に敵意を持つ相手にのみ発動可能。効果は相手の意識を強制的に自分に向ける。たったそれだけだった。

 だが今の状況でこれほど使える技能スキルは無かった。


 技能スキルの効果だろうか。傷を治そうとせずバジリスクは危険度の高いファルナから手負いのレイへと向き直った。


 バジリスクは万全とは言えなかった。鱗は撃ちつくし、頭部を1つ失い、風の余波で深手を負った。何より精神力が切れたのか、魔法を撃とうとはしていない。


 残ったのは針と牙のみだ。しかし、残された赤の瞳は力を失っていない。


「随分、男前になったな。お前も僕も」


 ボロボロの体を無理やり立たせる。脇腹と太ももは出血を続け、落下の衝撃で内臓を痛めたが、少年の目はまだ死んでいない。


「《裁きの手をかざせ》」


 ファルナの詠唱が響くボスの間。1人と1体は同時に動いた。


 レイは愚直なまでに直進する。もう小手先の時間稼ぎは出来ない。なら、命が尽きるまでバジリスクの意識を自分に向けさせる。ただそれしか考えていなかった。


 バジリスクは傷だらけの少年に針を飛ばす。避けようとしないレイは肩に、腹に、足に針を受けながら直進する。


 その時、残った頭で蛇は悟った。針ではこの相手は止まらない。ならば、と思い、牙を繰り出した。


「《大地に日輪を齎せ》」


 迫りくる牙をバスタードソードで受け止める。前回のボス戦では蛇の突撃を止めれたが、満身創痍のレイでは簡単に弾き飛ばされる。床に倒れた姿を見てバジリスクは笑った。恐れる事は無い。こいつはもう死に体だと判断し、もう一度体を貫く牙を繰り出した。


 軽率だった。

 倒れたレイは床を這うように滑るバジリスクを待っていた。立ち上がると、飲み込もうとして口を開けているバジリスクにバスタードソードを投げつけた。


 狙いは下顎。剣は口の内側を裂き、肌を貫き、床にバジリスクの頭部を縫い付ける。


「《我が前に立ち塞がりし敵を焼き尽くし、喰らいつくせ》」


 動きを止めた蛇は自分の体を切り裂いてでも床から立ち上がろうとした。だがレイはすでに行動を始めていた。ダガーを抜いて、バジリスクへと駆けた。開いた口を飛び越えて、蛇の鼻先に着地する。


 バジリスクの視界は最後に少年を捉えて、暗闇に覆われた。

 レイはダガーを巧みに操りバジリスクの両目を突き刺す。バジリスクは痛みと怒りでむりやり体を起こす。自分の顎が剣に縫い付けられていてもお構いなしに立ち上がる。結果、2つに裂けた顎から滝のような血が流れていくが蛇は気にも留めない。


「グギャアアア!」


 蛇が体を起こす前に床へと滑り落ちたレイは床に残った剣を引き抜いた。バジリスクは唯一残った耳でその音を拾い、最後の突撃を繰り出した。


 だが遅かった。


 ファルナの詠唱が終わった。


「《出でよ、『アメノマ』》!!」


 風がファルナの方へと引き寄せられる。魔方陣の上で座る少女の頭上に火が生まれた。レイも視力を無くしたバジリスクもそちらを向いてしまう。目の前の敵を無視してしまうほどの異様な威圧感を放っていた。


 特にバジリスクはその火を感じた瞬間、怯えた様に後ずさりをする。少しでも距離を取ろうとした。


 生まれた火は瞬く間に膨れ上がり楕円形の卵のような形を作る。両側から天使の翼が生えた。


 そして、卵の中心に切れ込みが入るとゆっくりと縦に割れ、眼球が現れた。


「レイ、伏せろ!」


 考える前にレイは反射で床に伏せる。それが正解だった。

 その眼を中心に輪が放たれた。輪は一気に広がると壁際まで広がる。当然、巨大なバジリスクの体も捉えていた。


「《ホノオノハシラ》」


 誰かの声がボスの間に響いた。


 瞬間、レイの頭上に炎の滝が吐き出される。精霊が広げた輪から天井に向けて巨大な炎柱が昇っていく。


「グギャアアアアアアアアアアアア!!」


 精霊の高さより低い位置に居るレイには火の粉1つ落ちてこない。音を立てて昇っていく火柱の中でバジリスクの悲鳴が聞こえる。そちらに目を向けると輪よりも上にある体が炎の柱に飲み込まれていた。


 赤い焔の中、黒い影が崩れていく。

 数秒の後。前触れも無く輪が消えた。炎柱もあっさりと消える。先程の光景が嘘のようだった。


 だが精霊の高さよりも上の空間は灰も残さず焼き尽くされていた。


「……これが、精霊の力」


 呆然と見上げていたレイに叫び声が届く。


「レイ、まだだ。まだ終わってない!」


 魔方陣から動けず居たファルナが叫ぶ。呆けた様になっていたレイは我に返りバジリスクの方を見た。


 輪よりも上の空間にあった肉体は灰も残さずに消えていた。だが、焼け焦げた切断面から白と黒の混じり合った大きな石がのぞかせていた。


 魔石だ。


「あれを破壊しろ! 復活する前に!」


 レイは手にしていたダガーを投擲する。音を立てて、魔石に突き刺さるが皹を入れた程度だ。


「浅い! もう一撃!!」


「分かってる!」


 徐々に切断面の肉が盛り上がり始めている。《自己修復》を始めているのだ。


 レイは最後の力を振り絞って駆けた。


「これで」


 瓦礫を使い飛ぶ。狙いは魔石に刺さったダガーだ。


 右手を強く握りしめ、手甲を打撃武器に切り変える。


「やっちまえ! レイ!!」


「終わりだ!!」


 拳を振り下ろした。


 ダガーを深く押し込む。一瞬、世界が止まったようにレイは感じた。


 ピシリ、と。音が響く。

 魔石に亀裂が走る。瞬く間に全体に走り、魔石が砕けた。


 呼応するようにバジリスクの胴体が崩れ落ちた。レイも着地に失敗しバジリスクの上を跳ねて床へと落ちた。


 すぐに立ち上がり距離を取る。ファルナも魔方陣から離れ、レイの方へと近づく。


「……おい……やったのか」


 レイの隣に立ったファルナが聞いた。


「……ああ、倒したよ」


 ファルナの隣に立つレイが答えた。

 2人の目の前で倒れ伏すバジリスクの死体から砕けた魔石の欠片が零れ落ちる。


 レイとファルナは顔を見合わせる。2人とも血と汗で汚れていたが、喜びにあふれている。


「「よっしゃああああ!!」」


 2人の交わすハイタッチが迷宮に響いた。


読んで下さって、ありがとうございます。

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