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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第1章 始まりの街
12/781

1-12 浴場の筋肉達磨

※7/23 空行と一部訂正。

魔法の名称を変更。

 すっかり忘れていたがバジリスクの腸を切り裂いた時、辺りは一面血の海だった。それを頭から浴びれば自分が血まみれになるのは当然と言える。コートで胴体は隠れたが頭は潰れたトマトのように真っ赤だ。


 どおりで門番も、街の人も冒険者も僕を見ると顔が引きつったり、あからさまに避けるわけだと納得する。むしろよく捕まらずに済んだと胸をなで下ろす。


 大急ぎで魔石の換金とステータスの更新をしてくれたアイナさんの紹介で僕はネーデの街にある公衆浴場へと向かっていた。


 流石に血まみれのインナーは部屋で脱いで、鎧も裏の井戸で軽くふいておいた。


 考えてみるとすでにエルドラドに来て数日。初日から森を駆け、迷宮で血を浴びと活発に活動していた僕の体臭は凄い事になっている。自分でもすこし気になるぐらいだ。道具は向うで貸し出しを行っているとの事、いつもの鞄を背負って浴場を目指す。街の北側、アイナさんいわく上流階級の住む区域の端っこにあった。


「公衆浴場って聞いてたけど、そーだよな。これも公衆浴場だよな」


 頭に描いたのは牧歌的な日本風の銭湯。しかし、目の前にあるのは外国の映画に出てきそうな西洋建築が立っていた。


 ギルドよりもでかいドーム型の建物は細部にいたるまで装飾が施され、所々に金箔が貼られている。複数伸びている煙突から湯気が出ていないと浴場とは気づかない。それでいて、周りの風景に溶け込んでいる。というかだ、この辺りは右を向いてもお屋敷。左を向いてもお屋敷と高級住宅地といった所だ。おそらく貴族とかが住んでいるのだろう。


「たしか入り口が複数あって……そこで男女に分かれてるんだよな。とりあえず入るか」


 呆けたように浴場を眺めていたが、そろそろ周りの視線も気になってきた。人の流れに乗って入口へと向かう。中のホールはこれまた高い天井にガラスをはめ込み、何かの銅像を配置した高級感あふれる内装だ。特に目を引くのが中央に置かれた女性の銅像だ。見覚えのあるトーガを纏い両手を掲げ、日の光を浴びた頭の無い銅像の足元に説明書きのプレートが設置されている。


「えっと。『水の神オケアニス、されど今はおらず』。またか」


 神と聞くと思い出すのは時と魂を司る2柱の神だ。自らを13神と呼んでいたからおそらくこの女神もそのうちの1柱なのだろう。気になるのは今はおらずの下りだ。


(アイナさんも言ってたけど、この世界の人は神を知っているけど今は居ないと考えているのか。だとすると僕が出会ったのは偽物なのか、あるいはここがエルドラドじゃないのか)


 疑念が頭の中で出来の悪い回転木馬のようにぐるぐる回り続ける。しかし、この件は誰かに聞くより、自分で調べるべきだと判断する。


 ホールを見渡すと人の列が左右に分かれる。左に男性が並び、右に女性が並ぶ。男性の列に加わり進んだ。


 すると、今度は脱衣所への入り口が3つに分かれる。左から貴族、平民、冒険者となっているので冒険者の脱衣所を選ぶ。

 廊下を進むと麻布を纏った男性店員らしき人達が受付を務めている。他の冒険者は慣れた様にガルスを支払い、鍵とタオルなどを受け取り、脱衣所へと向かった。僕もそれに続く。


「いらっしゃいませ、冒険者様。当館は初めてでしょうか?」


 一礼と共に声をかけられた。頷くと、店員は説明を続ける。


「当館は入浴料とタオルなど一式をレンタルする場合250ガルスを頂きます。よろしいですか」


(250ガルス! 思ったより高いな)


 今のところ1日当たりの食費を100ガルス以下の生活をしている身としては驚いた。もっともバジリスク戦を含めて迷宮で2万ガルス稼いだ身としては出せない金額ではない。金貨が詰まった巾着から250ガルス取り出した。


「ありがとうございます。それでは鍵とタオルです」


 店員が取り出した大小2つのタオルと鍵を受け取った。


「石鹸などは備え付けのお使いください。こちらの鍵は脱衣所にある金庫の鍵でございます。手荷物はそちらの中にお入れください」


 小さな鍵に紐が括られている。おそらく手首にでもまいとけばいいのだろう。


「それと、有料ですが中に術者がおります。なにか洗濯する物がありましたらその者にお申し付けください」


 説明を終えた店員は再び一礼すると次の冒険者の相手をする。邪魔にならないように脱衣所へと向かった。


 脱衣所は冒険者の群れで込み合っている。人も居れば人以外の全身毛だらけの犬のような種族も上半身裸でうろついている。みんな人種には無頓着なのか気にしている人はいない。


 室内をウロウロしながら他の冒険者と同じように壁に設置されたロッカーのような物に鍵をはめ込むとドアが開く。鎧や剣、肩から下げている鞄を仕舞い、代わりに巾着と血に汚れたインナーとパンツを取り出した。まずこれを洗濯してもらおう。


 まわりを見渡すと、客引きの爬虫類に捕まった。奇妙なことに彼の足元にはぼろを身に纏った数人の子どもが力なく座り込んでいた。皆痩せており、手の甲にアザのようなものがついている。病人だろうか?


「冒険者様。クリーニングですか?」


 はきはきと人の言葉を喋るトカゲに圧倒されながらも頷いて答える。


「1枚15ガルスからやりますよ。どうですかい?」


 インナーとパンツだけで3枚だから45ガルスか。とりあえずお願いすることにする。


「へい。おい、お前ら仕事だぞ」


 爬虫類は後ろに座り込んでいた子供たちの1人を立たせると頭をこづく。子供は無言で小さな手をこちら見せる。僕はその手の上に洗濯物を渡した。


「《超短文ショートカット初級ビギナー洗浄クリーニング》」


 子供の呟きに反応し洗濯物に光がさっと撫でたと思うと、血まみれのインナーたちは綺麗になっていた。便利すぎるだろ魔法。


「よし。ごくろうさん。冒険者様、お代を頂けますか?」


 爬虫類から許可を貰った子供は再び床に座りこむ。子供から洗濯物を受け取った爬虫類は見た目に反して、丁寧にインナーたちを畳み、僕に渡した。


 受け取りながら巾着から45ガルスを取り出し、払った。まいどありと愛想よく言うと、彼は次の客を探しに動く。

 しかし、こんな子供が魔法を使えるのか。思い出すのは月下の草原。同じようなボロを身に纏った女の子が魔法で傷を癒してくれた。やはりあったら便利だな、魔法。どこで手に入るんだろう。


 受け取った荷物と巾着をロッカーに仕舞い、着ている服もしまう。見下ろす薄い体は幾らか筋肉が付き、冒険者らしい体になり始めたように思う。

 小さいタオルを持って浴場と書かれた方へと進む。



「おー! こいつは凄い」


 浴場は外観に負けず、これでもかと豪勢な装飾が施されている。大き目の天井はガラスをはめ込み太陽の光を取り込み、壁には宗教的な絵を描き、至る所に裸婦像を置いている。


 さらに驚きなのは大小合わせて4つの浴槽や個別のシャワーが列をなして並んでいる。壁にガラスが嵌りボトルや石鹸が設置され椅子まで置かれている。まさに日本のホテルのジャクジーのようだ。冒険者たちは慣れた様にシャワーの前に座り体を洗う。少なくともこれと同程度の浴場があと5つあると言う事だ。正直1人250ガルスでここを運営できるとは思えない。あとから追加料金を取られそうだ。


 びくびくしながらシャワーの前に置かれた椅子に腰を下ろす。ここには2つのノズルがあり、片方を捻ると水が出てきた。慌ててもう片方を捻ると冷たい水がお湯へと変化していく。


(おいおい。これじゃ本当に現代の機械と同じじゃないか。ガスでもあるのか)


 驚きながら水を出したり止めたりしていると横で笑い声が爆発した。

 とんでもない声量で、公衆浴場を震わすようだ。横を向くと僕よりも背の高い大男が笑っている。年のころは40を過ぎているが顔には生気が満ちており、威厳のある髭を生やしている。


「ガハハハハハ! いや。悪い、悪い!」


 禿頭の髭面の男は口では悪いと言うが笑うのは止めない。一しきり笑い終えると、男はすまんと謝ってきた。


「オレの若いころを思い出してな。田舎暮らしが長いとこういう魔法工学について珍しく思うのは当然だな」


 懐かしそうに話す男は恐らく古参の冒険者なんだろう。肉体は鋼鉄のように鍛え上げられ、全身についた傷は潜り抜けた修羅場を物語る。前にすれ違ったS級冒険者と呼ばれた男と雰囲気が似ている。この人も強い。


 2人並んで座っていると頭を洗い終えた僕に声をかけてきた。


「よし、小僧。先輩冒険者の背中を洗わせてやろう」


 強引に自分のタオルを押し付けてくるので諦めて大男の背中へと回る。


「あの、魔法工学ってなんですか?」


 桶に水を張りタオルを沈める。備え付けの石鹸を泡立て、大男の背中をなぜか洗う羽目になった僕は質問した。


「お、おおもっとそこそこ。いい感じだ。……魔法工学ってやつは簡単に言えば、魔石で動く力だ。何百年も前に誕生した新式魔法を物に刻むことで発動する仕組みだな」


 大男の広い背中をタオルで擦りあげる。触ると一層凄さが分かる。まるで筋肉の層を積み上げて完成した肉体だ。


「人には魔力があるだろ? でも物には魔力が無い。そこで必要なのが魔力を持った石。つまり魔石だ。俺たち冒険者にとって魔法工学は飯の種であり、生活を豊かにしてくれる必需品ってやつだ。例えば夜に通りを歩くと街灯に火が灯るだろ。あれも魔法工学だ。おお、いいなお前。上手いぞ。よし、交代だ」


「……え?」


 嫌がる僕の後ろに回り、大男は背中を擦る。本人は何気なく、力を籠めずに動かしているのだろうが、僕の耐久では彼の筋力を受け止めきれない。ガリガリと生命力が削れていく。


「おいおい。これぐらい根性でこらえんか、坊主。冒険者たるもの最後は根性だぞ」


「ぐがががががが」


 壊れた機械のような音が口から飛び出る。ここは何か質問して筋肉達磨の意識を逸らさないと。じゃないとここで《トライ&エラー》が発動してしまう。


「い、今言った。新式魔法って何ですか?」


 削岩機で削られていく背中を思い、咄嗟に浮かんだ疑問を口にした。効果があったのかピタリと手が止まる。しかし、何も言わないので気になって鏡越しに大男の表情を伺った。彼は驚きよりもあきれた表情を浮かべていた。大きなため息と共に工事が再開する。


「はあああ。まったく最近の若い冒険者は基本を疎かにしおって。うちの娘も基本を疎かにしてやれ早く強くなりたいとか、ソロで迷宮に潜りたいとか我儘を言いおって、まったく」


「話がそれた上に痛い!」


 ブツブツと娘の愚痴を背中越しに聞く。その間も男の手は力を籠めていき、背中を削ってく。ひとしきり愚痴り終えたのかすっきりした表情で手を止めた。背中に熱湯がかけられ泡が流れていく。


「そもそも、魔法は2種類ある。俗に旧式と新式と呼ばれる奴だ。この2つの違いは知ってるか?」


 湯船に場所を移した僕に隣で頭にタオルを乗せた大男が話を本筋へと戻した。湯に痛む皮膚を歯でくいしばって浸かる僕はどうにか首を横に振る。


「魔法は文字通り魔法使いにしか使えない技術・・だった。長い詠唱、必要な高いINTに大量の精神力。この要素に生まれつき適性がある者だけが持つ神秘だった。だが今から、おおよそ700年前、一人の天才がそれまでの魔法技術を一気に旧式へと追いやった。それが新式だ」


 湯を揺らしながら、男は分厚い二の腕を見せつける。


「この刺青が新式の魔法だ」


 丸太のような二の腕に黒い線のような刺青が4本、ぐるりと腕輪のように彫られている。それをよく見ると、ただの刺青ではない。小さな文字が式のような長文を形成して書かれている。あまりに細かくて遠くからみると線のように見えた。


「このコードを体に刻むだけで適性の無い人種でも魔法が使える手軽さが世界に受けた。なにせINTの低い人間種でも、精神力の低い獣人種でも関係なく技能スキルとして使えたからな。それと詠唱の短縮だ」


超短文ショートカットですか?」


「さすがにそれぐらいは知ってるか。たった3つの言葉でどんな状況でも発動できるのは特に冒険者にとって有効な手段として広まった。もっとも弱点もあったがな」


「……弱点ですか?」


 今の所聞いている限りだと便利な物のように聞こえたので、弱点と言われてピンと来なかった。


「威力が弱い。旧式の魔法は戦闘においては最強の切り札として使われていた。なにせ最高位の魔法使いは天候を操り、山を削り、海を割り、死者すら蘇らすほどの威力を放っていた。さすがに歴史上そんな超凄腕は数えるほどしかいないが、それでも普通の旧式魔法ですら戦闘の切り札と呼ばれるにふさわしい威力を持っている。たいして新式魔法は戦闘の流れを構築する手段としては有効だがボスを一撃で倒すとか敵軍を壊滅させるとかの威力は持てなかった」


 巨体を伸ばして気持ちよさそうに湯船に浮かびながら大男は説明した。聞きながら、納得できることではあった。街や迷宮で新式魔法を使う人はいたが、規模が小さく、切り札としては物足りない。


「だから新式魔法は生活魔法として特化していき、それが魔法工学へと繋がっていったんですね」


「飲み込み速いな、坊主。まあ、そういう事だ」


「それじゃあ、新式魔法ってどこで手に入りますか」


「あ? ……お前魔法に頼る気か?」


 途端に男の顔が険しくなる。血管が浮かび眼力が強まる。全身の筋肉が波打つ様に隆起する


「坊主、歯を喰いしばれ!」


「―――はぁ?」


 がっしりと、頭を掴まれた僕は抵抗する間もなく、上に放り出された。天井との距離が近づいていく。だとすると当然。次は下へと落ちる。


「何考えてんだ、あんたは!!」


 叫びながら重力に従い湯船へと飛び込んだ。轟音を立てながら水しぶきを作り、全身に強い衝撃が襲う。深い浴槽で助かった。浅かったら底面に叩きつけられていた。痛む体を無理やり水面から顔を上げると仁王立ちで見下ろす筋肉ゴリラと目が合った。


「笑止!」


 腕組みをしながら僕を見下ろす大男は叫んだ。広い室内に男の喝が響く。


「男なら、極限まで己の体を鍛え上げ、技術を練り上げ、死線を潜り抜けろ! そこまでして己の壁にぶち当たった時に、選択肢の1つとして魔法はアリだ。だが! 最初から魔法に頼ろうとしている奴に成長は無い! 貴様の両腕は、両足は、頭は、何のためにあるのだ!」


「―――っうう」


 反論したかったが、言葉が出ない。歴戦の戦士の体は彼の人生を体現しているようだった。雄弁に物語っている。

 打ちのめされて言葉も無く項垂れる僕を見て、険しい形相を解く。


「ま、レベルが上がれば幾らか力も心もつくだろう。このオレのようにな。ガハハハ! 精進しろよ。坊主!」


 筋肉達磨は筋骨のたくましい体を見せつけるようなポーズを取り、別の浴槽へと歩いて行った。

 大声で叫ぶ彼を周りの冒険者が視線で追う。


「あれって『岩壁』のオルドだよな。なんでネーデに居るんだ」「お前知らないのか。あいつらが迷宮の深層を発見して、聖騎士が此処まで来ることになったんだよ」「相変わらずの筋肉ゴリラだな、あのオッサン」「暑苦しい」「いいケツだわ」「曲者だ! 曲者が紛れ込んでるぞ!」


 少し、静かにしてほしい。

 何故だか敗北した気分だった。


 湯船に浸かりながら、体を温める。迷宮での疲れが取れていくようだったが、いまは心のダメージを回復したかった。


読んで下さり、ありがとうございます。


次回の更新は月曜日、7月6日の予定です。


当面は第1章までは、平日に投稿するつもりです。


誤字脱字のご指摘、感想などが頂けたら、幸いです。

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