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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第1章 始まりの街
10/781

1-10 ネーデの迷宮Ⅲ

※7/23 空行と一部訂正。

 門の前で剣や全身の装備、道具の確認をすます。すでに前のグループはボスを倒し、凱歌を上げて帰ってきた。どの冒険者も傷つき、血を流し、疲れ切ってはいるがそれを上回る喜びが彼らの顔を輝かせる。手にした魔石やドロップアイテムを見て興奮しているようだ。


 ボスが復活するインターバルも、じきに終わる。


「おい、あいつマジでソロかよ」「ちょっと。止めなくていいの?」「自殺志願者だろ。ほっとけ、縁起が悪くなる」


 遠巻きでヒソヒソと囁く冒険者が居ればあからさまに嘲る冒険者も居る。


「おいおい。いつから迷宮はガキの遊び場になったんだよ」


「死ぬときにいくら叫んでも声は届かないぞ、ルーキー!」


 野次と共に笑い声が響くが無視する。相手にするだけ無駄だ。あの手の人種を黙らすには結果しかない。

 大きく深呼吸を繰り返す。


「よし。準備完了」


 タイミングよく、白いランタンが消えた。中でボスの生成が終わった証だ。それを見て、僕は一歩前に進んだ。


 すると災厄を閉じ込めていそうな巨大な門が唸りをあげて持ち上がり暗い闇を覗かせる。


「ずいぶん御大層なつくりだ」


 高揚する心の赴くままに暗闇に足を踏み込んだ。



 何かいる。

 森の中で、迷宮の中で。幾度も感じた生き物特有の気配を感じた。閉じた迷宮で空気が動くのを肌で感じる。


 ボスの間に入った時点で背後の門は閉まり、戦いが終わるまで開くことは無い。迷宮に生えたヒカリゴケはまばらに床だけを照らし、林のように天井まで伸びた石柱が死角を生み出す。


 満足に視界の確保できないこの空間で頼りになるのは音と匂いだ。すでに生物の這う音、こちらを窺い興奮する息遣い、人と違う生臭さ。すべてが物語っている。この部屋の主がこちらを窺っている。


 同時にもう一つ分かった。


 その主は確実に自分よりも大きい。


 荷物を放り投げてバスタードソードを引き抜き、せめて視界を確保できるように石柱に背を預け周りを警戒する。迷宮特有の冷たい空気が肌を撫でる。同時にべちゃりと生暖かい液体が頭から降ってきた。レイはそれを浴びた時に、危険を感じてすぐさま横に飛んだ。


 地響きが広がった。

 床が砕け、粉塵が舞う中を影が一直線にレイを襲う。再び横に飛んで影を避けた少年は床に手をつくと片手で体を回して着地をし、剣を構えた。その動きはすでに一端の冒険者のようだった。


 粉塵を突き破った影はそのまま石柱を上り、暗闇へと消えていく。少年の視界にとらえたのは黒い影でしかなく、再び巨大な生物が這う音が空間に響く。


 パラパラと石柱の欠片が降り注ぐ。生物の体で削れたのだろう。レイはしめたと思った。暗闇で姿は見えないが、この欠片でおおよその位置が分かる。


 だが、突然這う音も、欠片も落ちなくなった。それどころか膨れ上がった殺気がレイを貫く。当てられた少年の体は経験則でせめて頭を守るように剣を構えた。


 結果からするとそれは正解だった。彼を貫こうとする鋭い針の波が上から落ちてきた。鋭いが小さく細い針は剣に弾かれ幾つも床に落ちる。だがカバーしきれなかった胴体や足に何本か刺さる。波が収まると上を見ていたレイの視界に何かが見えた。それが何か認識する前に彼は横へと飛び転がりながら回避した。


 再び地響きが広がった。

 飛び降りたモンスターは体を起こし、奇声を上げた。


「ギシャアアアアア!」


 それは獲物を威嚇するかのようにボスの間に木霊する。


 蛇だった。

 ただし、それを蛇と見るにはいささか以上に巨大だった。15メートルを超える体、人を丸ごと飲み込める顎、尾は丸太と間違えるほど太い。


 バジリスク。その幼体が、この迷宮上層部のボスがそこに居た。

 黄ばんだ眼はレイを睨み一際伸びた一本の牙が生えた口から涎がこぼれ、床を濡らす。


「このサイズで幼体か。本当に異世界ファンタジー。生物学者が喜んで解剖したがるだろうな」


 驚きながらも胴や足に刺さった針を抜く。小さな針が幸いしたのか血はほとんど出ていない。剣を握る両手は緩めず、むしろきつく握りしめて少しずつ距離を取る。


「グリュリュリュ」


 先の分かれた細長い舌をちらつかせたと思うと、頭を振りかぶり鋭い牙で攻撃した。


 レイは後ろに飛んでかわすが、バジリスクはそれを読んでいた。全身の筋肉を使い、滑るように這うと頭をぶつけに突進を繰り出す。着地したばかりのレイは動けず、剣を盾のように構えあえて一撃をくらう。吹き飛ばされ石柱に叩きつけられる瞬間、ひらりと体を空中でひるがえすと、両足で柱を踏みしめ衝撃を殺し、着地する。


 ここまで来るまでにレイの肉体は御厨玲だったころに比べて、いや比べる方がおかしいほど鍛えられていた。上昇した能力値は一般人と言えず、スライムに追われ森を敗走した姿は無い。駆け出しではあるが冒険者の顔をのぞかせていた。


(―――いける。……かもしれない)


 バジリスクがぐるりと回り尾を横に薙ぐ。途中にあった石柱を吹き飛ばし、レイへと襲い掛かる。

 それを見た瞬間、レイは背後の石柱に向かい飛び、蹴り上げ、空中へと身を躍らせる。アイアンゴリラの頭を越える要領で丸太のような尾を躱す。


 着地した彼はすぐさま攻勢へと移る。石柱をなぎ倒した尾へと刃を走らせた。しかし、ガキリと鱗に阻まれ剣が滑る。そこで同じような鱗を持っていたファイヤーリザードを切った時の事を思い出す。サイズは比べ物にならないが同じように剣を弾く鱗を持った火トカゲだ。剣を高く持ち上げ、剣の重さで刃を食い込ませる。今度は鱗を貫き、肉を切り血が溢れた。


「ギャアアア」


 痛みでのたうち回るバジリスクから一度距離を取る。大型モンスターにとって痛みで悶えるのも一種の攻撃なのはリトルマンモスに潰された時に覚えた。


 その場を一度離れて遠くから様子を伺う。

 体が熱い。ボスに一撃を入れて興奮しているせいか、大粒の汗が彼の頬を流れる。


 身もだえし、出鱈目に体を振りまわし、砕いた石柱の瓦礫をさらに破壊するバジリスクは傷を癒そうとはしない。ゾンビ型のモンスターは切り落とした腕を何事もなかったように繋げていたが、そんな行動はしないようだ。


 レイは垂れた頭に向かい駆けた。

 痛みで混乱しているバジリスクはレイが近づくのに気付くのが少し遅れた。石柱の影から現れた小さな敵に噛みつくことで応戦するしかできなかった。


 しかし、またしても攻撃は空をきる。レイは瓦礫を足場に飛びあがり、落下の衝撃と共にバジリスクの目を剣で貫いた。


 全身を岩で固めたストーンマンを戦った時に、相手の目を奪い、足を奪い、手を奪い、一つずつ潰して倒した。一撃で倒せない相手は1つずつ潰していくのが最善だと知った。


(―――死んで重ねた経験は無駄じゃない!)


 バジリスクの行動を1つ1つ読み、かつて戦ったモンスターと照らし合わせて対処する。たしかにボスにふさわしい敵だ。しかし、手も足も出ない訳じゃない。


 差し込んだ剣を抜き頭から降り、再び石柱の陰に隠れ様子を伺う。隻眼のバジリスクは痛みに悶えながら蠢き、その巨体を力なく這いずらせて暗闇へと消えていく。


 チャンスだとレイは思った。石柱から姿を現しバジリスクを追う。


 刹那、逃げるバジリスクの姿が別のモンスターとかぶった。


 爆弾アリの見せた擬態だ。引いたと思わせて通路の奥へと引きずり込んで袋小路でほかの仲間と挟撃してきた彼らの行動とかぶる。

 咄嗟に両の足で急ブレーキをかけようとし、しかしぐらりと体がいう事を聞かずに床へとへたり込んでしまう。


(……あれ。……動けない)


 息が荒くなり体内から何かがせりあがる。抑えきれずに吐き出した。血だった。困惑して吐いた血を見たレイの視界が歪む。指先が震えて剣を落とす。乾いた金属音がボスの間に虚しく響く。


 同時に逃げていたバジリスクが巨体を振り回し地面に水平に尾を振る。動けない体に混乱していたレイはもろに一撃をくらう。少年の体は吹き飛び石柱の瓦礫の山を転がった。


 衝撃で鎧が変形し留め具が欠け吹き飛ぶ。瓦礫の鋭い突起にインナーも破ける。額から流れる血が目にかかる。しかし、すでにこんな一撃で死ぬ少年では無かった。震える足に力を籠めて立ち上がり、額を流れる血を拭う。


 ボスとしてレイの立ち上がる姿にバジリスクは怒りを覚えた。まるで自分の一撃を効いていない様に振る舞う仕草にボスとしての誇りを傷つけられたように感じた。すぐさま追撃を仕掛けた。一気に全体重を掛けた突進を繰り出した。レイはそれを見て、両腕を構えるだけだった。


 金属がぶつかる鋭い音が響く。巨体から繰り出した突進は少年を吹き飛ばせなかった。


 彼は事もあろうに腕を顔の前で交差すると前腕の防具で牙を受け止めたのだ。満足に動けない少年にとってそれは最善策だった。幾らか後ろに下がり、石柱を数本なぎ倒したが、両の足で床を踏みしめ、両の腕に力を籠めてバジリスクの牙を受け止めていた。蛇の口から生臭い吐息が少年の顔を撫でる。蛇がいくら力を籠めても牙は届かない。


 しかし、少年の力では蛇を持ち上げたり、弾き飛ばしたりはできない。ただ受け止めるのに必死だ。


 ボスの間中央付近にて両者は膠着状態に陥った。

 両者にとって長い時間が過ぎた様に感じたが、実際は一瞬だった。レイがすっと力を抜いた。


 途端に力を振り絞っていたバジリスクは支えを無くして壁へと激突し轟音を鳴らす。

 その隙にレイは腰のポーチから毒消しの丸薬を取り出し口に放り込み、ポーションで流し込んだ。効果はすぐに発揮された。ぼやけた視界は晴れ、手足の震えが止まる。体の内を蝕んでいた毒が消えたのだ。初手に受けた針に毒が塗ってあった。その効果が少し遅れて、最悪のタイミングで発揮された。


 動けるようになった体を使い、すぐさま落とした剣へと走る。向うでは激突した衝撃から回復したバジリスクが片目でレイを探していた。血走った眼はすでに正常な思考をそぎ落としているようだった。


 レイが剣を掴んだのとバジリスクが突撃を仕掛けたのは同時と言えた。


 1人と1体が交差する瞬間。


 決着は訪れた。


 床に伏せたレイは頭の上を通り過ぎようとした無防備な蛇の喉に剣を挿しこんだ。結果、己の突進によりバジリスクは腹から尾へと切り開かれていった。

 床に牙が食い込むが勢いは止まらず折れてしまう。それでもなお体は前へ前へと進み壁に激突し止まった。同時にバジリスクの通った後に血の海が広がっていた。


 15メートルの巨体はすでにほとんどを裂かれた状態で臓物をまき散らし床中に血の匂いをまき散らす。


 ぴちゃり、と血の海へと歩く。音に反応し瀕死のバジリスクは満足に動かない体をゆらすが逃げ出すこともできない。


 ぴちゃり、と臓物の丘をこえる。すでに目も見えなくなっているだろう。幾度も壁に頭を叩きつけては逃げ道を探す。


 ぴちゃり、と死に体の蛇へ近づく。繋がっている首めがけて剣を振り下ろした。


 バジリスクは甲高い断末魔を上げて死んだ。証拠のように今まで見たことのない大きさの綺麗な魔石が腸の中から転がり落ちる。


 大きく息を吸いこみレイは床にへたり込んだ。胸当てはどこかに飛んでいき、インナーも所々破け、全身はバジリスクの血で染まっている。


 しかし、彼の体はそんなことに気を回せない程の疲労と達成感に満ち溢れていた。バジリスクの首を落とした時の手応えが、瓦礫の上を転がった時の痛みが、すべての感覚が勝利の喜びへと変化する。


「―――よっしゃああああ!!」


 誰も居ない広間に、少年の歓声が響く。



 エルドラド2日目。

 ネーデの迷宮上層部ボス撃破。



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