リンキ
誤字指摘いただきましたので、2月1日訂正しました。
2014.4.6 イラスト挿入しました。
その日、空は晴れていた。
秋だった、朝は寒く昼間暖かで、夜はまた冷えての繰り返し。直に冬になる、その前に支度しなければならない。私は八歳離れた可愛らしい弟と一緒に買い物に出掛けていた、父と母に頼まれた品を買い集めた。
当時、私は十八歳。
平凡な街の平凡な家庭で育った、普通の娘だった。
世の中は魔王が勇者に倒されたということで、大いに盛り上がっていたけれど私は特に関係ない。平凡な日常、それだけが全て。
港町のここは、人の出入りは激しいけれど目立った特色もない。退屈過ぎるといわれるかもしれないが、私はここが好きだ。ゆったりとした時間が流れている、気軽に人と会話出来る。それだけで十分だった。
買い物を終えて家路につけば、母が夕食の支度をしていたので手伝いに入る。買ってきた品を片付けながら使い、味見をする。
「あら、大変。アレがないわ」
母の一言で私は家を飛び出した、アレがないとこの料理は味が落ちる。全力で走って一番近い店で購入したのは”生姜”、これがないと始まらない。
身体を温める作用もある、素晴らしい植物だ。私は急いで道を引き返す、早く帰って料理を完成させるのだ。
完成、させるのだ。
息を切らせ、坂道を駆け上がっていたら目の前が一気に真っ赤に染まった。私の身体は爆風で飛ばされて、掌の中の生姜も何処かへ飛ばされた。地面に叩きつけられそのまま地をすべり、街路樹にぶつかってようやく身体は停止した。
脳震盪を起した、身体が自分のものではないようで上手く動かず口から咳を吐き出す、咳と一緒に微かに血が混じった唾液が飛び散った。
熱い、皮膚が、熱い。
見上げれば辺り一面が火の海だった、あちらこちらで悲鳴が聞こえた。
目の前に真っ黒いものが飛び出てきて、地面で踊っていた、よく見たら火ダルマになった人間だった。火を消そうと必死に転がっているのだろうけれど、無理だったらしい、動かなくなった。
私は動けずに、声さえ出せずに、泣く事さえ出来ずに、乾く瞳で瞬きもせずに、ただ見ていた。
坂の上にある、家を見ていた。家の中には、父と母と、弟が。家族が、いるのに。
燃えている、燃えている、真っ赤に燃えている。
「あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ようやく、声が出た。
もしかしたら最初から出ていたのかもしれない、自分の耳に届かなかっただけで。
私は、肘を必死に動かして坂を上った。足は折れているのか立てなかったのだ、力が入らない。
黒焦げの人間の横を通り過ぎれば、あちらこちらに幾つも黒焦げの人間が転がっていた。まだ生きている人間もいた、微かに動いていた。けれどもう、何がなんだか解らない。
地面の石が砂が熱いけれど、服が破れても皮膚が裂けても必死に坂を上った。意識などとうになかったかもしれない、本能で動いた。
知らず涙が出ていた、涙の冷たさが熱くなった腕には心地良かった。
走馬灯のように、家族の顔が浮かんでは消えていく。私の大事な父、尊敬する母、そして可愛い弟。
「あぁ、あああああああーっ!」
無我夢中で地面を這った、唾を吐き捨てた、涙を鼻水を拭わずに上った。
けれども火が近寄ってきていて、それ以上這い上がれなかった。倒れた街路樹が燃えている、坂を上れない。立てば、この燃え盛る木を越えて行けるだろうか。
思った私は叫びながら腕に力を入れて立ち上がった、右足は折れていただろう。左足は無事だった、だから立った。
街路樹に薙ぎ倒された街灯が折れている、火傷したが皮膚が焦げたがそれを掴んだ。杖にして歩く、燃えている木を越える。
人間が焦げる匂いなのか、妙な香りが立ち込めていた。酸素も少なく呼吸もままならず、目に煙が痛い。それでも、私は家に帰るしかない。
無事でいるだろう、私の帰りを待っている筈だと思いながら。
轟音がして、私の目の前で私の家は爆発した。骨組みすら残らず、目の前で一瞬にして掻き消えた。というか、吹き飛んだ。目標にしていたものは、なくなってしまった。
中にいた家族は何処へ行ったのか、大丈夫、避難している筈だ。早く合流しよう、急がねば……。
私は、家族に会いたいという願いだけで動いた。骨が皮膚を突き破って出てきていたらしいが、それでも、私は。
逢いたい、逢いたい、家族に、逢いたい。
そして、見たのだ。
坂の上、黒煙立ち上る夕暮れの空にお人形のような少女が浮かんでいるのを。邪悪な禍々しい煙がコレほどまでに似合うお人形は存在しないだろう、それでも目を奪われた。
漆黒の髪に瞳、唇は熟れた果実のように真っ赤で、すらりとした長くて細い手足に少女ながら女性らしい身体つきの。
悪魔。悪魔がそこに浮かんでいた。
悪魔は私の目の前で何者かと戦っていた、時折私の横や後ろで爆発が巻き起こったから解ったことだ。
やがて、悪魔の人形と対峙していた人物が落下しが勝利を手中にすると。退屈そうに欠伸をしながら悪魔の人形は、黒煙の中に消えていった。
私は、火に囲まれた。
生きている人間など、誰もいやしない。それでも、せめて家に帰りたい、帰りたい、帰りたい。家があった場所に戻りたい。
生死の境を彷徨いながら、私は歩いた。
目が覚めれば、家にいた。
正確には、家の跡地。焦げ焼けたもう、家ですらない場所に私は寝そべっていた。口の中は灰だらけで、瞳も上手く開かないが、ここは家だった。
空は、澄んでいた。周囲だけが、焦げていた。色彩は失われた。
遠くで人間の声がした、顔を動かす気力もないからそのまま空を見ていた。
「生きている! 奇跡だ、女の子が生きているぞー!」
私は救護班に救出された。身体を治すのに、五年費やした。今でも骨折した右足は痛むし、火傷の痕は醜くメイド服の下にある。
五年間、人の噂話で色々知ったことがある。
あの日私の家を、街を襲った災厄は一人の魔族のせいだった。その魔族は世界を救った勇者様に、瓜二つなのだそうだ。それが、お人形のような悪魔。
今でも忘れることはない、思い出すだけで身が千切れそうだ。悔しくて怒りがこみ上げて、発狂しそうだ。
その魔族は死んだらしい、私の憎しみの対象はこの世には存在しない。
けれど、空を見れば思い出す。
私の大事な家族を奪った、魔族の事を。腹腸が煮えくり返る思いを、何処へぶつければよいのだろう。一人きりで、生きていかねばならない。
ある時、勇者様の一人が廃墟と化していたお城を整備すると聞き、大規模な街も出来ると告知があった。私は雇ってもらおうとメイドとしてそこへ、足を運んだのだ。
傷は時折痛むが今では普通に生活出来る、料理も得意だ。
そこで、見たものは。
「ねぇ、トモハル。まだ出来ないのあたしのお城」
「もう少し待ってね、今みんなで頑張って作っているところだから」
あの悪魔の人形が、勇者様の隣に居た。忘れはしない、間違えるわけがない。綺麗な綺麗な人形が、そこに、立っていた。
一瞬で、あの日の出来事が甦る、忘れていなかったけれど鮮明にあの日に日戻る。爪を肌に立て、歯を食いしばった。
何故、勇者様の隣にあの悪魔がいるのだろう。そして何故生きているのだろう。
私はメイドとしてその城で働く事になった、事実を知った。
あの悪魔の人形は、偉大な勇者様の双子なのだそうだ。死んだ筈なのに生き返ったのだそうだ、偉大な勇者様のお力で。
……間違っている。
私の、家族は? 私の、弟は? 勇者の双子の妹だから、生き返った?
街を破壊したのに、のうのうと生きていて何故誰も咎めない。
私は毎日、悪魔の人形を殺したい衝動に駆られながら必死で、耐えていた。勇者様に大事にされている、身勝手な悪魔の人形。
気が狂いそうになりながら、必死で、必死で。
一緒に暮らした、お世話した。
幸せになど、してやらない。
私は、決意した。
絶対に、幸せにしてやらない、と。だから傍にいる、傍にいて見続けてやる。
お読み戴きありがとうございました。
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トモとハルをマち、ビルの隙間で願う事
この短編は、ここに出てくるとある人物の一人称です。
もし、彼女のその後が知りたい場合はこちらへ起こしください。
彼女は
◇……会えてよかっほげぁあああっ。
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ここ以降に登場します。