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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

不器用な政略結婚

私の命の使い方

私と陛下は政略婚だった。そこに愛はない。

婚約者だった頃含め、彼とは二十年ほどの付き合いになるが、

一向に目覚めていないと思う。彼には。

大変残念な事に私は彼を好いていた。例えるなら。


「エミル、エミルッ!」


彼の為に迷わず命を差し出せる位だろう。


頬に落ちるこの雫はなんだろうか。

目が霞んで私を抱くその人の顔が見えない。

だがこの声は彼のものだ。

私は死に際に置いてようやく夢を見ているのか。


「へい、か」


左胸に生える短剣が鋭い痛みを与える。息が苦しい。

でもこみ上げてくる鉄の味を喉の奥に落とし、私は彼を呼んだ。

今なら返ってくるのではないか。そんな希望を持って。

唾を飲む音が聞こえた、初めて耳にする嗚咽まで。


どんどん喧噪が遠くなる。

ああ違うか、音が耳まで届かないだけだ。

心臓を貫かれたわりには長く持った方か。

神経が壊れたらしい、不思議と痛みが和らいでいく。

傷の周りが温かいのは何故だろう……考えた所で無駄か。


王子も王女も残せた以上、後悔はない。

置いていくにしろ。彼の子だ。母が居ずとも問題はないだろう。

私の役目はとうに終わっていたのだ。

そして今、最後の役割を果たしている。

彼の身代わりになって、その貴き命を守れた。


万が一、世継ぎに何かあろうとも私はもう死ぬのだから、

遠慮無く新たな妻を娶ればいい。

彼はまだ若いのだから。長く私に縛り付けてしまって悪かった。


「ごめん、なさい……あい……して、た」


最後に一つ、ずっと告げたかった言葉を吐く。

そう、これでいい。どうか私など忘れて幸せになって下さい。

ありがとう、愛しい人。私は誰よりも幸せでした。


そこでぷつりと私の世界は終わった。






私と彼は政略結婚だった。

友好国の公女に生まれた私は年が近いという理由だけで、

彼に嫁ぐことになったのである。私は構わなかった。

貴族になった以上、家の繋がりに使われるのは仕方ない事。


ただ彼は憐れだった。

彼にはずっと好いた女がいると聞いていたから。

でも王族に生まれた以上、そんなわがままが通らないのは熟知してたんだろう。

私との結婚に異議を唱えることはなかった。


婚約者になる前から、私と彼には面識があった。

友好国の最上貴族というのを抜きに、

おそらく後々婚約が穏やかに行くよう、謀っていたのだと思う。

あの頃は良かった。政など難しい事は考えず、付き合えた時期だから。

彼も友人として純粋に慕ってくれていたのだ。


だが婚約が決まって以来、彼はよそよそしくなった。

愛する女から無理矢理引き離した私を憎んだのだろう。

当たり前のように繋いでいた手も無くなり、

向けられる笑みはしかめ面に変わった。

もうその頃には婚約を喜べる様になっていた私としては悲しかった。


だが何が言えたというのか。傷つけたのは事実なのだ。

そしてこれからも諦めさせていくというのに。

結局、私は謝れぬまま、王妃の座に就いた。



「もし愛する方ができたなら気兼ねなく娶って下さい。

 私の役目はもう終わりましたから」

「……馬鹿な事を抜かすな」


確かあれは王子を産んですぐの事。

世継ぎを渡せた以上、もう私がここに居られる理由は無い。

そう思って出した私の提案に彼は声を荒げた。


きっとあれは

『子を一人産んだところで、そう簡単に王妃を廃せる訳がない』

という意味だったのだろう。

証拠に私はすぐに次の王子を身籠もったのだから。


愛さぬ女の子を可愛がってくれたのは何故だろう。

それはきっと彼が優しかったからだ。

なんせ大嫌いな私を慈悲で手放さずにいてくれた位である。

そこから考えれば、仮にも世継ぎに甘くなるのは無理もない話か。

この状況は虚しくなってもおかしくないのに、ひどく嬉しかった。



「陛下のお心はまだ変わらないのですね」

「……わかりきった事を聞くな」


最初の子を産んでから長い月日が経ったある日、

私は彼に確認をした。

当然の答えに僅かな哀しみを覚えたが、気付かぬフリを。


今度こそ役目を終えたはず、だから私は考えたのだ。

子は十分に産んだ。なら、次に私ができる事は?

彼の恋の成就ではないだろうか。


だがそうなると私自身が障害になってくる。

なまじ身分が高いせいで、並大抵の理由でなければ離縁は叶わない。

一番手っ取り早いのは浮気だが、彼以外に体を許すのは嫌だ。

失踪は……彼に悪い噂を立てかねない。自死も同じく。

どうしようもないな、とため息をついた。


「……何を憂う」

「えっ」


うっかり者の私は陛下の御前であることを忘れていた。

おかげで溜息に反応されてしまった。

だがこれは良い機会かもしれない。


「私の命は何のために使えばいいでしょう」

「俺と子に捧げればいいだろう」


ぶつけた疑問に彼は簡潔に、けれど正しい答えをくれた。

そう。私は王妃である以前に、この人の妻であり、あの子達の母なのだ。

ならば彼らのために使われるべき。

何でそんな当たり前の事を忘れていたんだろう。


「……そうですね、ありがとうございます」


もしその時が来たら、迷わず差しだそう。

そう決めて、あの瞬間に繋がった。



建国祭で陛下が祝辞を述べていた最中だ。

一人の兵が陛下に向かってきたのは。

その血走った目は端から見ても異様だった。

衝動に突き動かされるまま、陛下を庇って私は。


その凶刃を前に命を落とした……






はずなんだけど、なんで私は、

陛下に思いっきり抱きしめられているのだろうか。


左胸を一突きだった。だからまず助かるはずがない。

なのにどうしてか、意識がはっきりある。

しかもこんな夢みたいな状況に陥って。

妄想にしては痛い。いや本当、陛下、力強すぎて骨折れそうです。


「へ、陛下、ぐ、ぐるしい……」

「っすまない、つい」


力が緩められ、必死に呼吸を繰り返す。

つい、でまた殺されるところだった。

息が整った所で周りを見渡す。

どうも天国ではなく、夫婦の寝室のようだ。


見慣れた天井だと思いながら起き上がった瞬間、

さっきの熱烈な抱擁を受けたため、

私は何一つ状況がわかっていない。


何故私は死んでいないのか。

そして先程の行動には何の意味があるのか。


「……チェーンに威力を削がれたらしい。

 あと上手く逸れたおかげで、寸で心臓に届かなかった」


式典という事で付けさせられていた、

無駄に大きなペンダントが功を奏したらしい。

私が助かった理由は分かった。

でも今気付いたのだが、私の体には包帯はおろか、傷すらない。

あの大怪我だ。長く眠っていたとしても痕すらないのは……。


「……四徹だ」

「え?」

「お前が眠っていた四日間、治癒魔法をかけてた。

 ……傷が塞がっても目覚めないから、ずっと」


寝台の隣で座り込んでいたのはそういう理由だったらしい。

私は倒れたその日から彼の魔力を注がれ続けていたのか。

あの量を絶やさず……そりゃ痕一つ残る訳がない。

どれだけ癒されてたんだ私は。気のせいか、肌がつるつるしてる。


よく見れば、彼の端正な顔にひどいクマがある。

だというのに、後の仕事を考えると憂鬱とか、

そろそろ変な物まで見えてきたと呑気に言い始めた。

いや本人としては大まじめなんだろうが。


「何故ですか」

「……何が」

「何故、大切な仕事を置いて、自分のお体も忘れて、

 私の為なんかにそこまでっ!」

「お前は俺の妻だろう」

「愛する方と引き離した私を何故助けてくださったのですか!」


自分で言ってて悲しくなってきた。

でも私は泣ける立場じゃない、必死に涙を抑える。

目をつぶり、反応を待つ私に与えられたのは。


「……はぁ?」

「えっ」


物凄く軽い疑問符と呆れ顔だった。

突如、ぐにっと彼の両手に頬を掴まれ引っ張られた。

気抜けした表情から一変、彼は怒りに満ちている。


「い、いひゃい、いひゃいれすっ」

「前々からおかしな事を言うと思っていたが……お前バカなのか」


どうしていきなり私は罵られているんだろう。

それにおかしな事って。

ただでさえ会話が少ないのに、変な発言なんて。


「今までのアレは試されてると思っていたんだが。

 お前、俺が愛している女が本当にわかってないのか?」

「えっと、月光如き煌めく銀の髪に、吸い込まれそうな碧の眼。

 四才年上で近国の有力貴族の第一子。

 今は既婚で六人の子を持つ……女性ですよね」

「で、お前は。

 髪色は、目の色は、俺との年齢差は、

 親の身分は、兄弟は、結婚経験は、子供の数は、性別は!!」


半ば怒鳴るようにして尋ねられる。

言われた事を上げてみる……ん?


「……わかったか。

 銀髪碧眼二十七才、ラドゥガ国ウィルストン伯爵家長女、

 俺の妻で六人の母であるエミル王妃!」


どれも噛みそうな単語にも関わらず、一気に言い切った彼に拍手を送りたい。

その素晴らしい滑舌と肺活量に。

なんて現実逃避してるのはどんな顔をすればいいのか、わからないからだ。

嬉しい恥ずかしいどうしよう、にやけそう。


「普通これだけ子を産まされたら気付くだろ」

「……王族として血を途絶えさせない為かなと」

「それにしても鈍すぎる……。

 誤解が解けたというのに素直に喜べんぞ。

 感動シーン台無しだ」

「す、すみません」

「……まあお前の目が覚めなかったらって、

 想像してた悲壮感も飛んだからいいが」


ぼふっと私の膝に彼が頭を置く。

陛下と問いかければ、疲れた寝るの一言。

執務は良いのだろうか……今の状態でやっても効率悪いか。


「……俺のせいで死んだらどうしようと思った」


私の膝に顔を埋めながら彼が呟いた。

縋るように掛布を掴む。そんな彼の頭を私は撫でて。


「陛下達のために死ねるなら本望ですよ」

「……お前の命は俺達と幸せになる為に使え。

 そう言っただろう、馬鹿者め。

 もう二度とあんな真似をするな、いくつ命があっても足らん」


ああ、あれはそういう意味だったのか。

言葉足りなかったですよ、もう。

文句一つ垂れても許されるかもしれないけど、

今はただ微笑みを浮かべた。


「はい、陛下」


この命は、貴方達との人生に注ぎましょう。

貴方の望みのまま、私の願いの通りに。

陛下解説


彼にはずっと好いた女がいると聞いていたから。

情報源は陛下。本人的にはほぼ告白。端から聞いても(※ただしエミル除く)

もちろん後にも先にもエミル。何が何でもエミル。


当たり前のように繋いでいた手も無くなり、

向けられる笑みはしかめ面に変わった。

思春期で意識しすぎて避けてた。

あとずっと好きだったエミルが婚約者になって嬉しすぎて、

顔を見るだけで緩んでくるので引き締めてた。ただ加減下手。


「……馬鹿な事を抜かすな」

「何、馬鹿げたことを言ってるんだ。

 お前という愛する妻がいるのに、

 何が嬉しくて側妃なんぞ迎えないといけないんだ。

 あれだけ愛してるのにまだわからないのか?

 腹立つ、ちくしょう。絶対、俺から離れさせたりしないからな!」


「……わかりきった事を聞くな」

「わかりきった事を聞くんじゃない。

 俺は昔からお前以外見えてないに決まってるだろう。

 これから先も変わらないんだからな、お前だけを愛してる。

 って、こんな事言わせんなよ。恥ずかしい!」


「俺と子に捧げればいいだろう」

「そんなの俺と子供達と幸せに生きていくため、

 それ以外の何に使えと?

 お前は一生俺と共にあるんだからな!

 だから俺達との人生に捧げてくれ、愛する人」


結論:言えよ

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[良い点] 解説の結論が好き
[良い点] さんせー! 言えよ!!笑 [一言] 楽しいお話、ありがとうございました!
[良い点] 良い話だなーからの後書きで温かい気持ちになってからの結論で吹きました
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