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斬り裂くは剣に非ず

作者: 天乃 紅

遊森謡子様が企画された春のファンタジー短編祭(武器っちょ企画)参加作品です。

●短編であること

●ジャンル『ファンタジー』

●テーマ『マニアックな武器 or 武器のマニアックな使い方』

 ……空が青い。

 太陽の光に目を細めつつ、ゆったりと雲の流れる青空を眺める。

 空が青く見えるのは空気が澄んでいる証拠だ、と昔誰かが言っていたような気がしたが、成程確かにこの森の空気は清々しい。

 長いこと旅を続けてきたが、これ程穏やかな天気が続くのはいつ以来だろうか。雨に降られることもなく、緑豊かな森はその自然の恵みで食べ物には困らない。

 急ぐ当てもないので、こんな日はのんびりときままに森を散策するのが一番だ。いや、まだまだ日は高いので、ゆっくりと草むらで昼寝をするのもいいかもしれない。


「いやぁ、それにしてものどかだね~」


 のほほんと微笑みつつ、旅人は歩を進める。

 本来、旅とは過酷なものだ。雨に身を晒し、灼熱の太陽に照らされ、凍えるような寒さの中で眠る。彼もまたそのような旅を続けてきたのだ。

 そんな中での、この素晴らしい息抜き日和である。気のひとつやふたつ、抜けるのも仕方がないというものだ。

 ああ、こんなのどかな旅がずっと続いてくれればどんなに幸せな事か――


「きゃあああああああああ!」


 ……が、世の中そう上手くは行かないというもの。

 突如として響き渡る絹を裂くような甲高い叫び声。昼下がりののどかな森にはあまりにも不似合いだ。

 旅人はぴたりと歩を止めると、深々とため息を吐く。


「な~んで人生ってこう思った通りに行かないのかね~……」


 くるりと踵を返し、何も聞かなかったことにしたい。むしろ、一般人であればそうするのが普通であろう。

 だが……彼は自分の面倒極まりない性格を呪いつつ、もうひとつ大きなため息を吐くと、悲鳴の聞こえた方向へと駆けだした。




 しばらく走ると、すぐに森が開け小さな村が現れた。

 民家を全部合わせても十数軒といったところの、かなり小規模な村である。普段であれば平和なだけが取り柄のような村なのだろうが、今は悲鳴や怒号が飛び交い、穏やかといった雰囲気からはほど遠い。

 申し訳程度に設置された柵を乗り越え、村の中に入る。

 ――状況はすぐに把握できた。


「テメェら、今すぐ村中の金目の物を持ってきやがれ!殺されてえのか!」


 いつの時代の野盗だよ、と突っ込みたくなるようなセリフを吐きつつ、村の道の真ん中で怒鳴り散らしているのは、やはりというか……野盗のような男だった。

 薄汚い襤褸を纏った巨体の男。短い袖や裾から伸びる手足は毛で覆われており、厚すぎる筋肉でパンパンだ。まるで全身で「野盗です!」とアピールしているかのように思える。もし彼が善良な一般村民であるなら、その外見だけで大いに損をしたことだろう――まあ、状況からして決して善良村民でないことは一目瞭然だが。

 野盗男(仮名)は抜き身の曲刀を手にしており、その横には子分と思しき似たような格好の男たちが、こちらも同種の曲刀を所持している。

 しかし、それ以上に厄介なのが――


「もたもたしやがって……このガキの命が惜しくねえのかぁ? アアン!?」


 ――その男の腕に捕まっている幼い少女の存在だった。少女はぐすぐすと涙を流し、母親らしき人物が他の村人に押さえつけられ、絶叫している。成程、自分が聞いたのは彼女の悲鳴だったようだ。

 旅人はまたため息をつく。

 運が良いのか悪いのか、彼が入ったのは野盗どもの背後であり、どうやらまだ気付かれてはいない。野盗を挟んで反対側にいる村人たちも、見慣れない本物の武器に注意が向いているせいか、やはりこちらには気が付いていない。

 現在、誰にも認知されておらず、自由に動けるのは……彼だけ。


(結局、僕がなんとかしなきゃならなそうだな……)


 まあ、別に助けなければならないという義理もないので、このまま誰の目にも留まらず、こっそりとこの場を離れてしまえばいいのだが、それでは余りにも寝覚めが悪いというものだ。

 さて、しかし助けるとは言っても、どうしたものか……。


「あんたたち、その子を離しなさいよ!」


 ……だが、行動を起こす前に状況が動いた。村人の人垣が割れ、その中から一人の少女が現れたのだ。野盗の親玉らしき男が不審の声を上げる。


「あぁん? なんだテメェは?」


 野盗の意見はもっともだ。現れた少女はせいぜい十代半ばといったところで、しかも小柄で痩せている。人質を取っている野盗複数人を相手にできるほどの実力があるとは思えない。むしろいたずらに相手を刺激するだけだ。

 だが、彼女は多少震えながらも、気丈に男に食ってかかる。


「舐めない方が良いわ! こう見えても私、魔術師なんだから!」


(……へぇ)


 少女の言葉に、旅人は舌を巻いた。

 魔術師自体はそれほど珍しいものでもないが、よもやこんな田舎の村に魔術を習得している者がいるとは思わなかった。しかも、かなりの若年である。

 が、こちらの驚きとは逆に、野盗の男は全く余裕の態度を崩すことはない。


「ほう、魔術師ねぇ……でもよ、嬢ちゃん。攻撃系の魔術は使えるのかい?」

「――――ッ!」


 男の挑戦的な視線に、少女は悔しげに歯噛みする。

 ……当然だ。攻撃魔術なんて、そこらの村娘が使えるようなものではない。魔術の中でも高度な攻撃系は、専門の学術機関で長い時間をかけて習得するものだ。

 一般人が使える魔法など、せいぜい薪に火を点けたり、魔法の灯りで夜道の足元を照らしたりするくらいが関の山だろう。

 ――しかし、これはチャンスだ。

 今、野盗たちの意識は全て魔術師の少女に集中している。動くなら今しかない。

 旅人は無造作に隠れていた民家の影から出ると、すいすいと野盗のリーダーへと近づいていく。

 野盗たちと向かい合っていた少女がこちらに気付き、いきなりの闖入者に目を丸くするが、彼は唇に指を当てると「しーっ」とジェスチャーを送る。その意味を察したのか、少女は開けかけた口を堅く結ぶ。

 そして、そのまますぐ後ろまで忍び寄り――


「失礼~」


 ひょいっ、と気軽に男の腕から小さな女の子を抜き取った。

 余りに突然のことに、男はいきなり空になった自分の腕をしばらく無表情で見つめていたが、すぐさまハッと我に返る。


「な、なんだテメェいきなりなにしやが……ブッ!」


 しかし、彼が振り返るより先に、鈍い音ともに剣の鞘が男の首筋に食い込んだ。台詞を最後まで言い切る事すらできず、もんどりうって吹っ飛ぶ巨体。

 剣を振るったのは勿論、旅人である。

 危険な一人旅に護身用の武器を持ち歩くのは当然のことであり、多少腕に自信がない限り、この物騒なご時世にわざわざ諸国漫遊の旅などしない。

 いきなり白目を剥いて倒れる大男と、いとも簡単に大男を吹き飛ばした闖入者に、野盗と村人、双方が言葉を失う。


「おー、おー、よしよし、辛かっただろうなー。あのおっさん汗臭そうだったもんなー」


 声を上げることができたのは、救出した女の子をあやす旅人くらいだ。空気を読まない気の抜けた声が、沈黙の中、場違いに響く。だが、そのうち野盗の下っ端どもも冷静さを取り戻すだろう。その前に手を打っておくべきである。


「言っとくけど、刃は抜かないでおいてやったんだからな」


 子供をあやす声とは対照的なドスの利いた声に、脅された男たちが震え上がる。どうやら、心配したほど根性が据わっている者はいないようで、むしろ頼んでもいないのに自ら武器を手放し始める始末。同じく我に返り、怒りの視線を向けてくる村人たちに恐れを成したのか、既に何人かは逃走を始めている。

 だが、旅人はそんな彼らの背中を呼び止める。


「おーい、誰かそこに伸びてるおっさん連れてってくれよ。僕はその汗臭そうなの触るのは御免だからな」


 すると、我先に逃げようとしていたうちの数人が足を止め、恐る恐る戻ってくると、へっぴり腰のまま頭らしき男を引っ張っていった。一応、見捨てられないくらいの人望はあったらしい。人は見かけによらないものだ。




 しばらし、野盗の男たちが完全に目の届く距離から消えたところで、旅人はフッと肩の力を抜いた。それっぽく振る舞ってはみたものの、実際はあのような大立ち回りは自分の専門ではない。そこらの野盗くらいなら相手にできる自信はあるが、子供一人を守りながらとなると、正直危ないところだった。


「あ、あの……」


 と、声を掛けられたことでふと我に返る。気が付くと、魔術師の少女を筆頭に、数人の村人に囲まれていた。

 とりあえず、やっと泣き止み大人しくなった女の子を、無言で懇願するような視線を送っていた母親へと手渡す。安堵し、無事を確認するように少女を抱きしめる母親。感動の再開、といったところだろうか。

 やはり助けてよかった。と、素直に思える。

 魔術師の少女もその様子を横目に確認すると、にっこりと微笑んだ。


「ありがとうございました……その、助けて頂いて……」

「あ~……まあ、別に大したことはしてませんよ」


 頭を掻きつつ、困ったように笑う。ひとつの場所に留まることなく旅を続けているせいか、感謝されることには慣れていない。どうにもくすぐったい気分だ。

 こちらが照れていることに気付いたのか、少女は可笑しそうにくすくすと声を漏らす。


「ええと、この辺りではお見かけしない方ですが、旅の方ですか?」

「ああ、申し遅れたね。僕はライゼ。見ての通りしがない旅人だよ」


 少女はチラリと彼の腰に下がる剣を一瞥し、頷く。


「私はリュミです。聞いていたかもしれませんが、この村に住む魔術師です」


 と言っても、使える魔術は『熾し火』と『月光灯』くらいなんですけどね、と苦笑する。

 しかし、リュミと名乗る少女はどこからどう見ても10代だろう。その歳で二つもの魔術をマスターしているというのなら、むしろ驚きだ。


「それに、謙遜なさらなくてもいいんですよ。ライゼさんは村を救ってくださった恩人なんですから!」


 恩人。それもまた、呼ばれ慣れない響きだ。まあ、客観的に考えればそれは間違っていないのだろうが……どうにもくすぐった過ぎる。


「いや恩人というのも――」


 しかし、弁解の言葉をしゃべろうとしたところで、いきなり旅装の裾が引っ張られた。

 ふと足元を見ると、小さな子供が裾の端っこを掴んでいる。この子は――先程解放してあげた女の子だ。


「おじさん、さっきはありがとう!」

「……どういたしまして。今度は知らないおじさんに捕まったらダメだよ」


 おじさん、という単語に顔の筋肉が引き吊りかけるが、どうにか抑え込む。こう見えても、一応まだ二十を過ぎたばかり。そんなに老けて見えるのだろうか……? 地味にショックだ。

 視界の端ではリュミがまたくすくすと笑っているのが見える。武器を持った野盗相手に一歩も引かなかった様子から、男勝りの勇敢娘なのかと思いきや、意外と笑い上戸なのかもしれない。

 と、少女はおもむろにポケットに手を入れると、そのまま中に入っていたものを掴んでライゼへと差し出した。


「おじさんにこれあげる!わたしのたからものなの!」

「え?」


 小さな掌に載せられたものは、綺麗なビー玉だった。

 街に出ればいくらでも手に入るような何の変哲もないガラス玉だが、人里離れた村落ではかなりの珍しいものだろう。


「良いのかい? 本当にもらっちゃって」


「うん!」と満面の笑みを浮かべる少女の顔に、ここ遠慮するというのも気が引ける。ここは彼女の感謝の印を素直に頂いておこう。


「ありがとう、大切にするよ」


 少女の頭をくしゃくしゃと撫でてやりつつ、お礼を言う。

 試しに太陽の光にかざしてみると、角度によってキラキラと色が変わる。まるで小さな宝石のようで、意外と見ていて飽きない。これは案外良いものをもらったかもしれない。

 もらったビー玉はなくさないよう、大事に旅装のポケットへと仕舞っておく。

 そこへ、今度はライゼの元に老人がやってきた。要件を終えたのか、少女はパタパタと母親の元へ戻っていき、ふと見ればリュミも老人から一歩下がった位置を取っているようであり、村人たちも全体的に彼に対しては畏まっている雰囲気だ。

 ということは――


「あなたがこの村の……?」

「はい、村長の役目を担っている者です。この度は村を助けて頂いて――」

「ああ! 待った待った!」


 また長々と感謝の言葉が述べられそうな空気を察し、ライゼはそれを押し留める。


「感謝の言葉なら、もう十分なほど頂きましたよ。リュミさんやそこの娘さんにね。それどころかお礼の品まで貰ってしまいましたし」

「ふぅむ、しかしそれでは……」


 こちらとしては、もうこれ以上こそばゆい流れを続けたくはないのだが、村長の老人はなにやら納得できていないようである。気持ちは嬉しいが、できれば今日はもう泊まれる場所を探して休みたいところである。

 村に着く前はあんなに日が高かったというのに、今ではもう空が赤らみ始めている――そろそろ日が暮れるのだ。


「あ~……では、どこか泊まれる場所はありませんか? ここ数日野宿続きだったもので」


 すると、老人がこれは丁度いいとばかりに手を叩いた。


「おお、では今晩はうちにお泊り下さい! ご馳走を作って精一杯おもてなししましょう!」


 ご馳走、という言葉にライゼの耳がぴくりと反応する。彼は素早く長老の手を握ると、ずいっと顔を近づけた。


「是非頂きます!」




「あぁ、こんなにまともな料理を食べたのは久し振りだなぁ……」


 出された料理は香草で焼いた野生の鹿肉やシチュー、パンに果物など、庶民的ではあるが随分と奮発した内容となっていた。どうやらご馳走という言葉に偽りはなかったらしい。

 加えてライゼは旅暮らし。この付近の森は食糧豊富とはいっても、携行できる道具でできるような料理などたかが知れている。やはり洗練された家庭の料理というものが恋しくなるのだ。

 さらに、この後は村長が秘蔵のワインを振る舞ってくれるという。

 それまでの間、フォークとナイフを手にしたまま、しばし家庭料理の温かみの余韻に浸る――


「ライゼさんッ!」


 ――が、そんな幸福な余韻も長くは続かなかった。

 バンッ!と勢いよく玄関のドアが開けられ、リュミが肩で息をしながら飛び込んでくる。


「えっと、すまないけどまだ食事中――」

「そんな場合じゃないんです!」


 とりあえず開いた口を、ミュラのぴしゃりとした物言いに黙らされる。本当にこの世というものは一瞬の心の安らぎも許してはくれない。

 額の汗を拭いつつ、彼女は荒い息を整える。どうやら、これはふざけている場合ではないらしい。


「大変なんです! また昼間の奴らが……!」




「よう、やっと出てきやがったな」


 外に出ると、昼間に事件があった村の中心道。

 そこに巨大な影が立っていた。既に日が落ちあたりは薄暗いが、間違いない。さっきの野盗男だ。

 その脇には松明を掲げる二人の部下の姿が見える。


「さっきはよくもやってくれたな……だが、もう卑怯な不意討ちはできねえぞ!」

「卑怯な不意討ち、ねぇ」


 じゃあ人質を取ることは卑怯じゃないのか、と言いたいところではあるが、どうせ野盗相手にまともな会話を期待したところで無駄だろう。そもそも野盗という行為そのものが倫理なんてものからかけ離れたことなのだから。


「それにしても、随分と数が減ったんじゃない?」

「う、うるせえ! ぶっ殺すぞ!」


 先程の襲撃時には、少なくとも10人程度の規模があったはずだが、今ではリーダー格を含めても三人……随分と組織の縮小化を図ったものだ。まあ、散々威張っていたくせに、いきなりぶっ飛ばされて気絶させられたうえ、部下に連れて帰ってもらったのだ。むしろ二人ついて来てくれただけでも驚きである。

 しかも、三人ともどこで仕入れ直したのか、また抜き身の曲刀を手にしている。たかが野盗とはいえ、武器を装備している以上気を抜くわけにはいかない。

 ライゼはゆっくりと腰の剣に手を据え――


「おっと動くなよ!」


 だが、野盗頭目が鋭くライゼを一喝する。そして松明の影になっていた死角から、隠していたものを掴みあげた。


「その剣を抜いたら、このガキを八つ裂きにするからな!」

「……クソッ、馬鹿のひとつ覚えかよ……!」


 男が掴みあげていたのは、小柄な少女だった。

 それは見間違いようなく――昼間助けたあの少女だった。


「あれほどもう捕まるなよって言ったのに……」


 思わず痛む頭を押さえる。この野盗男は全く学習していないようであるが、今回のライゼには不意討ちという圧倒的アドバンテージが存在しない。

 悔しいが、状況は完全な劣勢。むしろ絶体絶命だ。


「剣を捨てな」


 低い声で男が唸るように促す。……ここで逆らうわけにはいかない。

 ベルトの金具からフックを外し、鞘ごと剣を取り外すと、ライゼはそのまま剣を投げた。踏み固められた土の上に剣が転がり、刃が鞘の内側とぶつかってカチャカチャと音を立てる。


「ライゼさん……」「おじさん……」


 リュミと少女の声が漏れる。彼女らからすれば、ライゼは最後の希望だったはずだ。

 だが、今その最後の希望すらもが絶たれたのだ。希望亡き後にその心を塗りつぶすのは真っ暗な絶望。この状況はすでに絶望しか残されていないのだ……。


「諦めるのはまだ早いと思うけどね」


 ……が、絶望に打ちひしがれていたリュミの耳が、わずかな呟きを捉えた。

 ライゼだ。彼は丸腰になりながらも、その瞳は全く希望を失ってなどいない。彼を見上げたリュミの瞳が、その双眸とぶつかる。

 そこに宿るのは――ただ純粋な、強い光。


「……足元を照らすだけの小さな光も、時には敵を倒す武器になるんだよ」

「え……?」


 それは……どういう意味?

 しかし、彼女がその言葉の意味について問う時間はなかった。ライゼはすでにリュミから目を離し、野盗の男に向かい合っている。


「お前たち、金目の物が目当てなんだよな?」

「あ、ああ……だがな。オレはお前にやられた恨みを忘れちゃいねえぞ! 目当てはテメェの命もだ!」


 丸腰であるにも関わらず、いきなり話しかけてきた相手に面喰いつつも、大男は松明の炎を浴び、凶悪な赤光をギラつかせる曲刀をライゼへと突きつける。

 だが、ライゼは自らに向けられた刃など、まるで視界に入っていないかのように――なんと、無造作に野盗たちの元へと歩き出した。

 これにはリュミたちだけではなく、圧倒的優位であるはずの野盗たちすらも驚愕する。なにせ彼は丸腰なのだ。それが武装した相手に無防備に近づいていくなど、自殺行為にも等しい。


「な、なんのつもりだ!?」

「いやぁ、実はあんたと取引がしたいと思ってね」


 緊張のあまり声が裏返る大男を尻目に、ライゼはあくまで冷静に話しかける。さらに両手を上に挙げ、戦いの意思がないことをアピール。


「と、取引だと……?」

「ああ、あんたもわかると思うけど、僕は見ての通り旅人だ。世界中を旅して回っているんだが……つい最近、ある国でとっても珍しい宝物を見つけてね」


 その場にいる誰もが、いきなり始まったライゼのなんの脈絡もない話に目を白黒させる。一体いきなり、彼はなにを言い出すのだろうか?

 そんな場の空気をまるで感じていないかのように、彼は言葉を続ける。


「とっても価値のあるものでね。本当は次の街で鑑定してもらって、それから換金しようと思ってたんだけど……あんたたちにあげるよ」


 そして、ライゼは――ニヤリと笑った。


「その代り、命だけは助けてくれないかい?」

「「「え……!?」」」


 いきなり放たれた彼の一言に、そこにいる全員が絶句する。それは……裏切りにも等しい、いきなりの命乞いの言葉だったのだ。

 驚愕と混乱、そして沈黙が場を支配する。その間にも、ライゼはごそごそと自分の外套の中を探り始める。

 ……ここで野盗の男は大きな失敗を犯した。

 驚愕していようが、相手が命乞いをしていようが、圧倒的有利な状況の中で、彼の自由な行動を許すべきではなかったのである。そして、それを許してしまったのは――彼が言った『とても価値のある珍しいもの』に少なからず興味を持ってしまったからだ。

 それが、全てこの男の仕込んだ罠だとも気付かずに。


「お、あったあった……ほら、コレさっ!」


 ようやく探し当てた目的の物を、ライゼは内ポケットから手を引き抜く勢いもそのまま、天高く放り投げる。

 彼の投げた物体――ガラスのビー玉は、松明の炎を受け、薄暗い闇の中でキラリと輝く。

 反射的に三人の野盗の視線が宙を舞うビー玉へと集まる。それは完璧なる隙であった。

 ライゼの両手が素早く動く。


「うぎゃっ!?」「痛ッ――!」


 二筋の銀光が闇夜を貫く。彼の袖元から放たれた一閃は、寸分の狂いもなく二人の子分の手元へと命中した。

 くぐもった悲鳴とともに、二人の部下はそれぞれ手に持った物を取り落す。

 しかし、両方とも狙いは右手の武器ではない――左手の松明だ。

 安物の油を使っていたのか、松明の炎は地面に落ちた瞬間に消えてしまう。

 結果、そこに出現したのは一寸先も見えない漆黒の闇だ。

 全てが闇に包まれる直前、野盗の男は地面に転がる銀色の光の正体を見た。それは、この場にはあまりにも相応しくない、二個で一揃いの――ナイフとフォーク。


「いやぁ、急いで連れ出されたもんだから、食卓に戻すの忘れてたよ」

「テメェ……隠し持ってやがったのか!?」


 男の驚きの声が上がるが、既に時は遅すぎた。人質も今さら盾にしようとしたところで、もう間に合わない。

 何故なら……()()()()()()()()()()()()()()()のだから。


「今だッ!」


 ライゼの合図。それが耳に届いた瞬間、リュミはそれを理解するよりも早く、両手を突出し――叫んだ。


「――『月光灯』!」


 パッと真っ暗だった夜道が月光の如き青白い光に貫かれた。

 夜の暗闇を引き裂く青白い光の奔流が、彼女の掌より生じたのだ。

 元来、『月光灯』の魔術は光属性の中でも初歩の初歩。それこそ、夜道に足元を照らす程度の光しか出せない。

 しかし、例えそれが蛍火のように頼りない光だったとしても……その照射範囲を極限まで絞ることで、その光度は何十倍にも増幅される。

 さらに、それだけではない。

 彼女の生み出した『月光灯』の光線。

 その軌道上に、放物線を描き落下してくる『ビー玉』が重る――!

 ガラス製のビー玉はレンズの役割を果たし、光を屈折させ、その屈折する光が収束する先にあったのは……


「アアアァァァ! オレの目がぁぁぁあああ!?」


 まるで断末魔のような野太い絶叫が、村中に響き渡った。

 それはそうだ。何十倍――否、レンズの原理で何百倍にも収斂された魔力の光線が目に直撃したのだ。どんな大男といえども、眼球だけは鍛えようがない。

 加えて、相手は光だ。こちらの手の内を理解できたとしても、光より速く動く手段はない。当然、人質を盾にする暇など、文字通りの光速が許すはずがないのだ。

 カチッと音を立てて、ビー玉が地面に落ちる。

 再び村に漆黒の帳が下りたが、すぐに青白い光が辺りを照らし出した。『月光灯』の本来の使い方である。

 ライゼは素早く目を抑えて呻く野盗の男へと駆けより、その手から曲刀を蹴り飛ばす。持ち主の手を離れて宙を舞う曲刀はくるくると回って弧を描き……まるで計算されたようにライゼの手へと収まった。そのまま曲刀は持ち主の首へとピタリと添えられる。


「動くな」


 限界を超えた失明状態レベルの光の痛みに絶叫していた大男であったが、首元に伝わる冷たい鉄の感触に、ぴたりとその動きが止まった。

 抵抗がなくなった男の手から、少女を引き剥がす。見たところ目立った外傷はなく、ホッとひと安心するが、どうやら『月光灯』の光を見てしまったようで、しきりに涙ぐむ目をこすっている。

 とはいえ、この男のように目に直接焦点を結ばれたわけではないので、失明するようなことはないだろう。まあ、多少視力が落ちることはあるかもしれないが……。

 ふと見れば、取り巻きの二人の子分は既に影も形も見当たらなかった。あとに残されたのは完全に子分たちから見捨てられた、元リーダーがひとり。哀れなものだ。

 しかし、これでもうこの男が野盗を行うこともなくなるだろう。

 ライゼは押し付けていた刃を引くと、刀身を返してそのまま背の一撃を大男に叩き込んだ。「うっ」という短い呻きを上げて、地面に倒れ、気絶した。

 ……野盗の頭というわりには、あまりにもあっけない最後だった。




 気絶した大男を縛り上げ、付近の民家の納屋を借りて叩き込み、村長の家に戻った時にはすでに日付を跨いでいた。

 慣れない戦闘を一日の間に二度もこなした体は完全に疲れ切っており、寝台に潜り込んだ途端にライゼは深い眠りへと落ちる。

 ……そして深夜の二時。ライゼは無言で身を起こすと、静かに身支度を始めた。

 借りた寝間着を丁寧に折り畳み、着慣れた旅装に袖を通す。もともと身軽な旅をしていたため、手荷物はほとんどない。ほんの数分で荷支度を終えると、ライゼは寝室を出て、玄関へと向かう。その途中、ふと村長夫妻の寝室のドアの前を通りかかり、足を止めた。

 しばらく迷ったが、結局無言でドアの前で頭を下げ、玄関を出る。

 さすがに深夜の二時ともなると、暗すぎて一寸先どころか、顔の前にかざした自分の手すら見えない。どうやら雲で月すら隠れてしまっているらしく、完全なる闇の世界だ。

 村長やリュミにはお世話になったが、一人に出発を伝えれば、たちまち村全体に伝わってしまうだろう。

 感謝されるだけでもこそばゆくて仕方がないのだ。それだというのに、村人総出で見送りなんぞされようもんなら、恥ずかしさで死んでしまう。

 そうなるくらいなら、多少不義理に思われてもひっそりと一人で村を発つ。むしろ、今まではそうだったのだ。今回は深入りしすぎてしまった例外。ただそれだけだ。

 案の定、この時間帯ともなると皆寝静まっており、誰にも会うことなく村の外れまで辿り着けた。

 多少は闇に目が慣れて来たのか、入るときに乗り越えた柵が見える。まあ、出る時くらいはちゃんと出入り口から出よう。

 そんな考えの下、柵の間をすり抜け――


「どこに行くの?」


 ――ようとしたところで、いきなり呼び止められた。

 ポッ、という小さな音ともに、淡く青白い『月光灯』の明かりが灯る。

 ……リュミだ。

 こっそりと旅立とうとしていたところを見つかってしまい、なんとも言えない気まずさだ。


「ん~、まあ……旅、かな」

「……そうでしょうね」


 見ればわかる、とでもいうように、リュミは呆れた風なため息をつき、無造作に右手を突き出した。反射的に確認もせずに差し出されたものを受け取る。


「これ、忘れ物。大事にするって言ったからには、大事にした方が良いと思うわ」

 

 掌の上で、青白い光を受けて輝くそれは――あの戦いで落としたビー玉だ。

 ……わざわざこれを渡すために?

 届けてくれたことに礼を言い、ビー玉をポケットにしまうライゼを見つめながら、リュミは彼に問いかける。


「あの作戦、たまたま上手くいったからよかったけど、失敗したらどうするつもりだったの? みんな死んでたかもしれないのに……」


 そういえば、あの後、ライゼはすぐに男を捕まるためのロープと場所を探しに行き、リュミもまた少女を家族の下に送り届け向かったため、それで解散となった。

 つまり、こうして向かい合ってゆっくり話すのは、あの戦いが終わって以降初めてのことだ。

 彼女がこんな真夜中にわざわざ村外れで待っていたのは、ビー玉を渡すためだけではなく、どうしても彼ともう一度話をしたかったからである。

 もっとも、リュミとしては明日の朝になってから村長の家をたずねればよかったのだが……何故か彼が朝を待たずに行ってしまうような気がし、そして、その勘はこうして的中したのだ。

 彼女の真剣な瞳を見返しつつ、ライゼは顎に手を添え、考え込む。

 確かに、アレは危険すぎる賭けだった。いや、むしろ今考えると成功したのが不思議なくらいである。


「まあ、ホントは一瞬相手の視界を奪うくらいの予定だったんだけどね」


 実際、あくまで『月光灯』の光の増幅は目眩ましとして考えていたにすぎなかった。

 しかし、なんと彼女は予想をはるかに上回る収束率の光を放ち、さらに暗闇を舞う小さなビー玉を正確に打ち抜くと、おまけに光の焦点を相手の目の上に結ぶという神技まで披露したのだ。

 だが、そのほとんどは偶然に助けられた万に一つの奇跡。一発勝負の大道芸もいいところだ。例え、今後似たような状況に追い込まれたとしても、二度とあんな作戦は選択しないだろう。

 だが――


「……でも、あの時には『この方法しかない』って思えたんだよ」


 そう、理由なんてそれだけだった。なんの根拠もない、ただの直感。

 ――彼女ならこの作戦を成功させてくれる。何故だろうか、そんな風に思ってしまったのだ。

 ライゼは「そんな無根拠の大博打をやらせたのか!」とリュミに一喝されることを覚悟したが……リュミはそれを聞くと、無言で微笑んだ。

 結局、彼が作戦を決行した理由も、綱渡りのようなギャンブルが成功したのも、こうして彼が旅立つ前に会えたのも、そして彼がこの村に来たのも。全ては運と勘――全ては天の采配。神のみぞ知る世界。

 ……そうだ。これが自らの直感に身を任せ、辿り着いた結末。

 ならば、乗りかかった船がどこに辿り着くのか、最後まで見届けるのも悪くない。今回の直感だって――絶対に悪いようにはならない。少なくとも、リュミはそう信じている。

 ふと、ライゼが彼女の座る柵の足元に何かが置いてあるのに気付いた。

 『月光灯』が照らし出す範囲が狭かったので気付くのが遅れたが……それは鞄だった。しかし、機能性を重視した収納の多い無骨なデザインは、女の子のちょっとしたお出かけ用、といった感じではないように思える。


「それって……?」

「ああ、これですか?」


 彼の言わんとすることに気付いたのか、少女はそれを持ち上げ、肩に紐を掛ける。


「着替えですよ。あと非常食とかその他もろもろ。旅には必要でしょう?」

「旅……って、まさか!?」


 彼女の言わんとすることを察したライゼが青ざめるのを尻目に、リュミはにっこりと微笑む。


「あなたについて行くに決まってるじゃないですか」


 あまりにもあっけらかんと言いきられ、ライゼはぽかんと口を開けて絶句し、そんな彼の驚いた様子が妙におかしくて、リュミはくすくすと笑う。

まあ、彼の反応はもっともだろう。会ってからまだ一日も立っていない少女が、いきなり旅について行くなどと言い始めたのだ。驚かない方がどうかしている。


「で、でも一度旅に出たらすぐには戻ってこられないんだ。お父さんやお母さんに了解は取ったのかい?」


 そんな問いかけに、リュミは無言で首を振る。


「両親はいません。育ての親で魔術の師だった祖母も、一月前に亡くなりました」

「……そう、か。……ごめん、つまらないことを聞いて」


 ……そうだ。家族がいるならば、わざわざ親元を離れて村を出る必要はないだろう。

もしかしたら、彼女は探しに行こうとしているのかもしれない。自分の生きる場所を、未知なる外の世界へ。


「実は、そろそろ村を出ようと考えていたんですよ。そこに旅人のライゼさんがやって来て、私や村のみんなを助けてくれた……もう、あなたについて行く以外考えられないじゃないですか。それに――」

「……それに?」


 彼女は少しそこで頬を染めると、コホンとひとつ咳払いすると――


「夜の森は真っ暗です。夜道を歩くなら――足元を照らす灯りが必要でしょう?」


 ――少し照れたような表情で、そう微笑んだ。

 『月光灯』の青白い光に照らし出された、神秘的な笑顔。

 ……参ったな。そんな顔されたら、断れないじゃないか。

 彼女の無意識の狡猾さに苦笑を浮かべつつ、ライゼは彼女へと右手を差し出す。


「これからよろしく、リュミ」

「……! こちらこそ、よろしくお願いします。ライゼさん!」


 温かい魔法の光の下で、固い握手が交わされた――。



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[一言] こんにちは、遊森と申します。 この度は武器っちょ企画にご参加頂き、ありがとうございました! まさに「剣に非ず」な武器で、しかも複数の武器。いくつかの伏線が戦闘シーンで一気に発動する瞬間、気持…
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