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異世界で魔法を覚えて広めよう 作者:早秋

第2部4章

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(8)戸惑い

 リゼが言っていた公爵令嬢の手紙というのは、セイヤの予想通りというべきか、当然というべきか、クリステルからのものだった。
 中身は王都の散策のお誘いだ。
 以前言っていた通り、セイヤとクリステルだけではなく、エリーナもついてくるとしっかりと明記してある。
 未だに過去の記憶が影響しているセイヤにしてみれば、実の姉が付いてくるということに違和感があるが、これも貴族社会の常識なので、普通に受け入れている。
 十年以上この世界で過ごしてきたセイヤは、なんだかんだで貴族としての振る舞いを受け入れつつあることを、妙なところで実感することとなった。
 それはともかく、セイヤ自身は寮に入るための準備などもあるので、そこまで時間に余裕があるわけではない。
 ただし、クリステルはしっかりとセイヤの予定を聞いているのか、手紙に書かれている日くらいは余裕がありそうだった。
 クリステルの情報源がどこからなのかは、勿論言うまでもないだろう。

 そんなこんなで寮に入る準備やら、学園入学やらを進めていると、予定の日になっていた。
 なぜかその日は、朝からエリーナが大張り切りで屋敷内を動き回っていた。
「……姉上。おはようございます」
「おはよう、セイヤ。でも、少し起きるのが遅いのではないかしら?」
 清々しい笑顔でそう言ってきたエリーナを、セイヤは何となく小突きたくなってきた。
 勿論、実際にそんなことをするつもりはないし、出来ないのだが。

 その笑顔に流されそうになったセイヤだったが、すぐにハッとしてエリーナに問いかけた。
「寮にいるはずの姉上が、朝から屋敷で何をなさっているのでしょうか?」
「あら、いやだ。今日はセイヤにとっては、とても大切な日なのよ? きちんと準備万端でいかなくては!」
 そう力説して来たエリーナを見て、セイヤはどこの戦場に行くのだという感想を抱いた。
 当然そのことを口に出さないだけの理性(?)は、セイヤは持っている。

 だが、ここでセイヤにとっての意外な伏兵が現れた。
 正確には、その伏兵に向かってエリーナが声をかけたのだ。
「そうよね。やっぱりエーヴァもそう思うわよね?」
「えっ!?」
 そのエリーナの言葉に、セイヤは思わずバッと後ろに立っているはずのエーヴァに振り返った。
 するとその当人エーヴァは、間に合わなかったのか、わざとなのか、大きく何度も頷いていた。
「……エーヴァ」
 その顔を見る限りでは、エリーナと一緒に、これからセイヤを着せ替え人形にするつもりなのが丸わかりであった。

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 結局セイヤは、抵抗むなしくしっかりと着せ替え人形にされてしまった。
 そもそもセイヤ自身も、自分にはセンスがないと理解しているので、抵抗するだけ無駄だという考えもある。
 そんなことを考えているのはお見通しと言わんばかりに、エリーナとエーヴァがここぞとばかりに張り切っていたのは、気のせいだとセイヤは思いたかった。
 それはともかく、きっちりと貴族らしい衣装に身を包まれたセイヤは、どこか落ち着きなく屋敷の玄関ホールに立っていた。
 そろそろクリステルが来るだろうということで、エリーナに追い立てられるようにして部屋から出されたのだ。

 セイヤがクリステルを迎えに行くのではなく、この場で待っているのは、貴族のややこしい事情があるためである。
 何しろ、建前上は、あくまでもエリーナとクリステルが、王都に来ているセイヤを案内することになっている。
 そのため、この場合は、格上であるクリステルが迎えにくるのが正しいのだ。
 勿論、時と場合によって違ってくるのだが、その辺のややこしい暗黙のルールは、これから学園で自然と(・・・)学ぶことになる。

 そんなこんなで、そろそろセイヤが座りたくなってきた頃になって、家の者が公爵家の馬車が来た報告をしてきた。
 それを受けて、セイヤとエリーナは玄関先まで移動した。
 今回はあくまでも王都の散策であって、屋敷の訪問ではない。
 そのため、当然というべきか、家の者たち全てで出迎えるわけではないのだ。

 
 セイヤとエリーナが玄関先に出ると、既にそこには公爵家の馬車が止まっていた。
 セイヤたちが出てくるのが見えたのか、合わせるようにして馬車の中からクリステルも出て来た。
 そして、そのクリステルの姿を見たセイヤは、思わずその場で固まってしまった。
 エリーナたちによって飾り立てられたセイヤは、正装に近いような服装になっている。
 馬車から下りて来たクリステルもまた、それに合わせるような装いになっていたのだ。

 ここ最近のクリステルは、学園生であることも合わせて、華美なドレスなどは着ていなかった。
 それは勿論セイヤが見ていなかっただけで、クリステルも社交などに出るときには、きちんとした正装のドレスを着ているのだ。
 今日、クリステルが着ているのは、流石に貴族の社交で着るような華美なドレスではない。
 それでも、公爵令嬢として恥ずかしくないドレスを身に纏っていた。

 セイヤを見たクリステルも一瞬驚いていたようだったが、すぐに視線をずらして笑みを浮かべていた。
 それがどこを見たのか言うまでもない。
 セイヤの視界の隅にも、グッと拳を握っていたエリーナが映っていたが、気付いていないふりをした。
 どうやらしっかりとエリーナの策略(?)にはまったらしいと思ったが、今のセイヤにとってはどうでもいいことだった。

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 短い挨拶を交わしたあとは、三人で揃って馬車へと乗り込んだ。
 挨拶に関しては、定型で済ませられるので無難にこなすことが出来たが、今日のクリステルにはなんと声をかけていいのか分からずに、セイヤは戸惑っていた。
 横に座っているエリーナが何かを話せと脇をつついて来たので、セイヤは慌てて話し出した。
「きょ、今日のドレスは素晴らしく似合っていますね。とてもお綺麗です」
「そ、そうですか。あ、ありがとうございます」
 セイヤとしてはこんなのでいいのかと思って言った言葉だったが、クリステルもわずかに頬を赤く染めながらそう答えて来た。

 そのクリステルの顔を見て思わずドキリとしてしまったセイヤに、クリステルがごまかすようにして続けた。
「そ、その……セイヤも素敵な装いですよ?」
「あ、ありがとうございます」
 何やら普段とは全然違った雰囲気のクリステルに、セイヤも普段通りの応対ができなかった。

 そんなぎこちない様子のセイヤとクリステルを見ていたエリーナが、ついに我慢ができなくなって噴出した。
「ふ、ふたりとも、緊張しすぎ!」
 そう言ったあとも、遠慮なしにクスクスと笑っている。
 それを見たセイヤは、一瞬怒ろうと思ったが、すぐにそれを改めた。
 エリーナのお陰で、先ほどまであった緊張がほぐれていたのだ。

 それはクリステルも同じだったようで、セイヤと視線が合うとなぜかフッと小さく笑っていた。
 そして、その後に何故かエリーナに視線を移した。
 その視線の意味を悟ったセイヤは、コクリと一度頷いてからちょっとした爆弾を落とした。
「そうかもしれませんね。姉上も、是非このような気分を味わってみてください」
「えっ!?」
「そうですね。……出来るのであれば、ですが」
「ク、クリステルっ!?」
 クリステルの止めに、エリーナは悲鳴のような声を上げた。

 エリーナ・セルマイヤー(十四才)。
 未だに将来のお相手らしき者は、一人もいないのである。
初々しい姿を見せるセイヤとクリステルでした。
次は王都でデート!(保護者付き)
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