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異世界で魔法を覚えて広めよう 作者:早秋

第1部2章

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(8)前準備

 セイヤは、目の前に座っている男の顔を見て、一声かけることにした。
「兄上。いまからそんなに緊張していては、現地に着くときには疲れ果ててしまいますよ」
 いまセイヤは、揺られる馬車の中にいる。
 領内で発生するモンスターの間引きのための遠征に、セイヤと長兄であるアーロンが参加しているのだ。
 同じ馬車の中には、アネッサも乗っている。
「それはわかっているのだが……どうしても緊張してしまうんだよ。どうすればいい? というか、なぜセイヤは緊張していないのかな?」
「私はすでに何度も傭兵としてモンスター討伐に参加していますからね。……どうすればいいのでしょう?」
 そもそもセイヤは、神から貰った遊び場(セイヤ命名)で、疑似的に何度もモンスターとの戦闘を繰り返していたため最初からあまり緊張していなかった。
 なので、どうすれば緊張しないかと聞かれても、繰り返して慣れていくしかない、と答えるしかない。
 ただし、アーロンがそんな答えを望んでいるとは思えなかった。

 ちなみに、アーロンはセイヤがすでに傭兵の指導を受けながら実践に行っていることを知っている。
 本来であれば、アーロンくらいの年であれば、弟に先を越されたと焦るものだが、いまのアーロンにはそれは見られない。
 勿論、そんな思いを抱えたことが無かったわけではないが、すでに通り越しているのだ。

 答えに困ったセイヤは、自分の隣に座っているアネッサを見た。
 そのアネッサは、肩をすくめて、
「慣れるしかないだろう?」
「あ、やはりそうなるのですか」
「それはそうだ。そもそも緊張に効果的な方法があるんだったら、新兵にも試しているさ」
 領内で行われる遠征は、新兵の実践の空気に慣れさせるという目的も含んでいる。
 言葉だけで緊張を完全にほぐせるのであれば、わざわざそんな方法を取る必要はないのだ。

 アネッサの言葉に、セイヤはうーんと考え込んだ。
「そうだ、兄上。どうせでしたら、楽しくなりそうな結果を考えてみてはどうでしょうか?」
「……どういうことだい?」
 アーロンは意味が分からず首を傾げて、アネッサは息子がなにを言い出すのかと、興味深そうな顔になった。
「例えば、これから討伐に向かう森では、杏子が取れたはずです。討伐によってモンスターが減れば、採取がしやすくなって杏子が手に入りやすくなるとか。もっと分かり易いところでは、屋敷に帰ったときに父う……シェリル母上に褒められるとか」
 わざわざ「母上」といい直したセイヤに、アーロンはクスリと笑った。
 アーロンが遠征を成功させて戻ったときに真っ先に褒めてくれるのは、確かにマグスではなくシェリルだとアーロンもそう思ったのだ。
「なるほどね。確かに、そう考えれば、少しは気が楽になった……かな?」
「それでいいんですよ。完全に緊張はほぐれません。というよりも、疲れない程度に適度な緊張は持っていたほうがいいです」
「そんなものかな?」
 少しだけ首を傾げたアーロンは、ちらりとアネッサを見た。

 アーロンから視線を向けられたアネッサは、コクリと頷いた。
「ああ、そうだね。セイヤの言う通りだ。どんなベテランの戦士でも、多少の緊張感は持っているものさ」
「そんなものですか」
 初めて聞く話に、アーロンは感心したように頷いた。
 それと同時に、八歳でしかないはずのセイヤが、なぜそんなことを知っているのかという疑問もわいてきた。
「なるほど。わかったよ。……でも、セイヤはなぜそんなことを知っているんだい?」
「えっ!?」
 突然そう聞かれたセイヤは、思わず言葉に詰まってしまった。

 いくらなんでもこの場で前世の記憶でもそうだったから、とは言えない。
 そして、とっさに思いついた言い訳は、次のようなものだった。
「ほ、本に書いてあったのです!」
 セイヤが本の虫であることは、セルマイヤー辺境伯の屋敷にいる者であれば、誰でも知っていることだ。
 それほどまでに、セイヤは時間さえあれば書斎に籠っている。
 もっとも、最近では、書斎で本を読んでいると見せかけながら、実際には神の遊び場で魔法の訓練をしていたりするのだが。

 それはともかく、アーロンに対してはなんとか誤魔化すことが出来たようで、当人は納得した顔で頷いていた。
「なるほどね。でも、私も書斎の本はかなり目を通したはずだが、そんな本はあったかな?」
「え? えーと、ほら。た、例えば『セドリック英雄譚』なんかにも書かれていたはずです」
 セドリック英雄譚は、この世界で有名な英雄セドリックにちなんだ話が書かれている物語だ。
 その中には、大物との戦闘前に仲間たちと寛いでいる描写などが書かれている。
 そして、そこでは、確かにセドリック本人も含めて全員が緊張している様子があった……はずだ。

 内心で大丈夫だよなと思っていたセイヤだったが、アーロンは話の内容を思い出すように天井を見上げていた。
「ああ。確かにそんな描写があったね」
「そうでしょう!」
 嘘つきにならなくて済んだとホッとしたセイヤは、思わず大き目な声で返答してしまった。
 それにアーロンはびっくりしたような視線を向けてきたが、アネッサはクツクツと笑っていた。
 どうやら、母親にはすっかり動揺が見抜かれていたようである。

 折角なので、助け舟を出してもらうように、セイヤはアネッサを見た。
 すると、それに答えるように、アネッサがアーロンを見ながら言った。
「まあ、そういうことさね。過去、どんな英雄でも戦いの前には緊張していた。むしろ、英雄と呼ばれるものほど、そういうことがわかっていたのではないかな?」
「そうですか。……なかなか難しいものだね」
 アネッサの説明に、アーロンは顔をしかめながらそう応じた。

 それからすぐにアーロンは、セイヤを見て首を傾げる。
「それにしては、セイヤは緊張しているようには見えないけれど?」
「い、いや。そんなことはないですよ。これでも緊張はしています」
 セイヤは、慌ててそう返したが、そこでアネッサがニヤリと笑った。
「確かに、いまのセイヤは少し緊張がほぐれすぎているようだね。折角だから、そんなセイヤにいい話を聞かせてあげよう」
「いえ! 遠慮いたし……「なんだい。せっかくの母からの贈り物を拒否するのかい?」……いひゃいれふ。ははふへ」
 アネッサに左頬をつねられたセイヤは、降参とばかりに左手でアネッサの太ももをパシパシと叩いた。

 無事にアネッサの制裁から逃れることができたセイヤは、つねられた頬をさすりながら聞いた。
「それで、母上からの贈り物とはなんですか?」
「そうだねえ。セイヤは、向こうに着いたらあたしたちとは別行動だ。よかったね」
 ニッコリと笑いながらそう言ったアネッサだったが、当然ながらセイヤは騙されなかった。
 アネッサが、わざわざこんな遠回りな言い方をするということは、裏に何かがあるということだ。

 しばらく首を傾げながら考えていたセイヤだったが、いまの状況をいろいろと考えてひとつの結論を出した。
「………………そういうことですか」
「なんだい。もうわかったのかい?」
「恐らく、ですが。……師匠がなぜこの行軍について着ているのか不思議だったのですが、そういうことだったのですね」
 セイヤの言葉に、アネッサはニヤリと笑った。
「まあ、そういうことだね。セイヤなら乗り越えられるさ」
 敢えて気楽に言ったアネッサに、セイヤはため息を返した。
「随分と厳しい母親ですね」
「何を言っているんだい。ついこの間も侍女に、甘やかしすぎだと言われたばかりだよ、私は」
 なぜか胸を張ってそう答えたアネッサに、セイヤは苦笑をすることしかできないのであった。

 
 セイヤたちを含めた遠征団は、この会話の翌日には目的地に入った。
 そして、アーロンにとってもセイヤにとっても初めての経験を迎えることになるのである。
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