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読んで安心童話シリーズ

季節、あげます

作者:あゆ森たろ
 春、夏、秋、冬を持っている、おじいさんがいました。
 秋は深まり、昼と夜の長さが同じくらいになった頃から、おじいさんはそろそろ眠ろうかと思って、その間に持っている季節をどうしようかと考えます。
 そうだ、この季節を大事にしてくれる人を探して、あげてしまおう。
 おじいさんはそう決めて、街中を歩いてまわったのでした。

 まず公園に行くと、ベンチで眠そうにあくびをしているサラリーマンに会いました。
 名前は黒男というそうで、どうぞクロオと呼んで下さいと微笑みます。
 黒男さんは朝に会社へ行ったのですが、仕事で昼からは外まわりをしているそうです。
 お客さんに気をつかいすぎて、くたびれてしまったけれど、用事が終わったので休んでいた所でした。
 ベンチに並んで座って、おじいさんは「ご苦労さま」と声をかけて黒男さんをいたわります。
 眠そうにしながら「ありがとう」とお礼を言った黒男さんは、立ち上がって会社に戻ろうとしました。
 それを止めて、おじいさん。きょとん、とした顔でこっちを見ている黒男さんに、季節いりませんかと尋ねます。

「きせつ? 春とか冬とかの事かい?」
「ええ。まだ誰にもあげていないので、4つともすべてあります。ひとつ、どうでしょう。お代は頂きませんから」
「へえ、そいつは面白い。でも、どの季節にしよう。暑いのも、寒いのも苦手だなあ」
 悩む黒男さんに、おじいさんはニッコリと笑って「じゃあ春はいかがでしょう」と持ちかけます。
 春は、めざめの季節。冬眠していた動物たちが、起き出す時節です。
 あなたがいつでも新鮮な気持ちでいられるように、春をお傍に置いておいたらどうでしょう。
 おじいさんの言葉に、黒男は「そうですね」とうなずいて、こころよく春を受け入れる事にしました。

 手を振って別れた後、おじいさんは残った夏と秋と冬を見つめながら、よしこの調子で頑張るぞ、と歩き出しました。
 公園を出てから真っ直ぐに歩道を歩き、賑やかな場所に来たかと思うと、どこからか、おいしそうな匂いがしてきたのです。
 それはハンバーグの匂いでした。
 嗅いだ途端におじいさんのお腹が「きゅるるるる」と鳴ります。
 そうだお昼ご飯を食べていない、いや、食べたっけ? 忘れたな。
 匂いに誘われてきたのは、小さな食堂でした。
 店のなかに入ると、「へえ、いらっしゃい」と明るい声が迎えてくれています。
 カウンターの奥には白い服にエプロンを着けた大将が、テーブルで忙しそうにしているのは割烹着かっぽうぎを着た、おかみさんでした。
 どうみても和風なのにハンバーグの匂いがします。それは大将とおかみさんがハンバーグを好きだから。
 店のメニューには「ハンバーグ定食」「ハンバーグどんぶり」「ハンバーグあんかけ」「ハンバーグ味噌しる」などなど、ユニークなものばかりが並んでいるのでした。
「じゃあ、ハンバーグライスを"小盛り"で」
 おじいさんは自分の胃をいたわって控えめに、おいしそうにハンバーグライスを平らげました。
 お茶を最後に飲みながら、何かとバタバタ忙しいおかみさんをずっと眺めています。
 やがてお客さんが来なくなって、とうとうおじいさんひとりになった時間。おかみさんが何時間ぶりかという具合に座れて、カウンター席でくつろいでいた時です。

「もしもしおかみさん。突然で申しわけないが」
「はいはい何でしょう。お代は500円ですよ」
「ああそれは安い。いえそれはいい。実は、わたくし季節を誰かに譲っておりまして」
「季節を、かい?」
「はい。春はもうあげてしまったので、残りは3つ。いかがでしょう」
「うーん。参ったねえ。お前さん、どうしよう?」
 おかみさんは大将と相談します。こうも毎日忙しくちゃ、なかなかどこへも遊びに行けないねえ、なんて会話がなされます。
 でもどうしてこんなに働くのですか、とおじいさんが尋ねると、おかみさんは手を振りながら笑いました。
 お金をためて、大きな家に住むのよ。
 大将の夢は、ゴルフで毎日遊ぶ事。
 2人とも、自分の夢を語りました。
 何だ、そういう事か。おじいさんは頷きます。
 おじいさんは、言いました。
 夏はみんな出かける季節。海へ、山へ、外国へ。泳いだり登ったり飛んでいったり。夜になると花火があがり、浴衣を着て道ゆく人は、みんな楽しく幸せそうだ。
 暑いけれど涼しさを感じられる。
 お店はお客さんでいっぱいになったら忙しくなるけれど、お客さんがたくさん来てくれれば、それだけお金が早くたまる。
 お金がたまったら店をやめて、大将やおかみさんも、夏で楽しむ事ができるよ。
 おじいさんは、夢中で「夏」をすすめました。
 おかみさんは「そうだわねえ」と言いながら手を打って、夏を受け取る事にしました。

「ごちそうさま」

 忘れずにお礼を告げて、おじいさんは店をあとにします。
 ハンバーグの味は、おじいさんには少し濃いめでした。

 満腹になって、おじいさんが工事中だった道路を避けるようにして迂回し歩いていくと、大きな建物が見えてきました。
 それは学校でした。
 校舎のなかはお昼からの授業が始まっているみたいで、とても静かです。
 まぶしそうに、おじいさんが見上げていると、視界のすみに泣いている女の子を見つけました。
 どうやらバス停の陰に隠れていたみたいですが、バスはまだやって来ません。
 おじいさんは近寄って、もしもしどうしましたかと話しかけました。
 制服を着た女の子は事情を話します。
 アキヒロの馬鹿、ばかばかばか……。
 どうやら彼氏とケンカをしてしまったみたいで、睡眠不足や大泣きで、気分が悪くなって早引けしたのだ、と言いました。
 悲しんでいる女の子に、おじいさんは優しく笑います。
 なあんだ、そんな事。
 おいしいものをいっぱい食べて忘れよう。秋はどうだい、いらないかい?
 秋は実りの季節でもあるからね、君の好きそうなスイーツがいっぱいだ。
 別れもあれば、出会いだってきっとあるんだよ。
 さあ涙を拭いて。なんなら、わたくしが相手になってあげるよ。はっは、冗談さ……。
 くすりと笑った女の子は「アキヒロなんて」と涙を拭きました。
 そうして、手に「秋」を受け取ります。
 バスが来て、手を振って、女の子は軽やかに乗って去って行きました。

 残るは、「冬」ひとつ。

 おじいさんのコートの内ポケットに、入っています。

 空にはうっすらと、白い月が見えました。
 もうすぐ夕方になって、日が沈むでしょう。
 早く残りの1個をもらってくれる人を見つけなければ。
 けれども、おじいさんは動きません。
 立ち止まったままでした。

 別れもあれば、出会いだってきっとあるんだよ。

 大将とおかみさん、あの夫婦のように、忙しく働いて。
 夢を語って、時にはあの黒男のように、つらつかれた時もあって。
 でも何があってもどんな時でも、季節は手放せなかった。

 おじいさんの耳を、木枯らしの風が触れて行きました。
 何があっても、手放せない、おまえ。
 おじいさんの細い目が、少し潤みました。
 残った「冬」を抱えながら、おじいさんは家へと帰ります。

「ただいま」

 外は暗くて、おじいさんが寒そうに部屋に入って電気をつけると、おばあさんが出迎えてくれていました。
 まあまあ。寒かったでしょう。ずいぶんと遠くまで行っていたのかしら。
 あらあら。冬が残ってしまったのね。そうね、冬になるとみんな眠ってしまうから、他のと比べて人気はないかもね。
 あなたも休んだらいかがかしら。歩き疲れたでしょう、お座りなさいな。
 もうじゅうぶん、あなたは頑張ったわ。ね……。

 お喋りなおばあさんは、おじいさんに笑いかけ、おじいさんの話すのを待っていました。
 おじいさんは、ゆっくりと首を振ります。
 そして、おばあさんを見つめながら、こう言ったのです。

 あのな、おまえ。冬はな、誰にもあげたくないんだ。
 だっておまえ、冬は、おまえの誕生日じゃないか。
 それに、初めて会ってデートしたのも、冬だったじゃないか。
 プロポーズしたのも。初めて海外へ旅行した時も。
 病気になった時も、別れも。
 思い出したんだ、いろいろと……。

 静寂せいじゃくのなかで、おじいさんは、ふところの「冬」をコートの上からなでました。
 これは持っていくよ、そうしたらおまえと、誕生日の祝いができるな。
 一緒に、酒でも飲もう。温まる。
 つまみはないけど、勘弁してくれな。
 すぐに行くから。


 ・ ・ ・


 おじいさんのいた部屋に、朝がやってきました。
 窓から陽射しが、寝ているおじいさんの頭にあたります。
 あらあら風邪をひきますよ、と、写真のなかのおばあさんは微笑んでいました。
 誰かの春が、音もなく、やってきます。


《END》


 読了ありがとうございました。
 幸か不幸かは、読者様に委ねます。


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