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愛ある殺人者
作:うすい


プロローグ。

模型店で大きめのニッパーを購入して、カバンに詰め込んだ。
それは模型を作るためや電気工事などに使用する目的ではなかった。

これから僕は殺人をしようとしている。
今回の被害者になりうる人間は、ニッパーがあれば十分凶器になり得たと判断したからだ。
そして、事件を起こしたとしても、警察から逃走しようなどという考えは微塵もなかったので、あえてべっとりとキレイに指紋は残しておくことに決めた。


1章 父と母

家族というものは、自分自身では選びようのない『社会』である。
社会であるからには当然、対立構造のようなものが多かれ少なかれ存在する。
遺産相続のような対立ならば、容易に想像が付きそうであるし、子供が母には甘えるが、父には遠慮するというような例の類なら、どこの家庭にも存在すると思う。

僕は父とも母とも幼い時から反りが合わなかったと思う。
自分を生んでもらえる親に選択の余地はないのだから、幼い時は世の中の両親とはこんなものと諦めに近い感情を抱いていた。
「反りが合わなかった」と過去形で表現したのは、自分が社会経験するまで気付きようがなかったから。

誤解のないように付け加えておくが、実家の物置の奥には物心つかない小さな子供だった僕の成長日記の書かれたアルバムが眠っている。
決して招かれざる子供ではなかった事と虐待や折檻の類の被害を受けていたのではない。
なので決して殺意に似た感情は持っていない。

それでも、大人になってから父からの張り手はなくなったが、父親と世間話をするだけでも説教されているような重苦しい空気を感じる。
接客業に例えるなら嫌な常連客といった具合だ。
ちなみにもしも暴力で争ったとしても、自分では到底太刀打ちできない。
農家での力仕事で鍛えられた父からの張り手は重い。
女性が恋人をピンタするのとは勝手が違い、グーで殴られてもそんなに変わらない。

母親は喜怒哀楽が波線が激しい人。
子供の頃に絵本を買ってと駄々をこねても買ってくれない程のケチだった。
今、思うと家計簿が圧迫するほどの買い物を強要したわけではないのに、どうしてあなたはそこまでケチなの。譲らないの。
担任だった先生とのお別れ会などでは、声を出し、いの一番で泣く。
そして他の保護者へもらい泣きを感染させる。
感情移入が怒りへ入ったときは、お別れ会の悲しみが怒りへと変転する。
テレビドラマでも見て感動して声を出して泣いているのが平和だ。


2章 祖父

国際サッカーの試合で相手方のスタジアムで試合をすることをアウェイと言うが、僕にとって自分の育った家、それも本来ならホームと表現されない所がアウェイであった。
そんな僕を母方の祖父母は良く可愛がってくれた。
甘やかす事が必ずしも子供に良いわけではないが、あの両親では息苦しくて堪らなかった。
実家から近い所に住んでいた事が本当に幸いしたと思う。

玩具類や本類で欲しい物は大抵買い与えてくれた。
一番高い買い物が大学の時のパソコンでこれが僕のIT系への道を切り開いてくれた。
当時はコンピューター関係の書籍を読むのが苦にならなかった。

そのパソコンを買ってくれた頃、祖父は歩くのも辛そうで、階段を上るとなると重労働のような印象を受けるようになった。
また、眠り薬代わりにかかりつけの医者から精神安定剤を貰っていた。
今になっては薬名はわからないが、それを時々服用していた。

祖父が眠っている隣の部屋でのんきにTVゲームをしていた朝。
眠っていた祖父が咳込みだし、その状態が異常に長く続いたので、TVゲームの手を休め、隣の部屋へ「おじいちゃん」と声をかけた。
脳内は睡眠状態だったのか、それとも咳込むので返事を返す余裕がなかったのかはわかるはずがない。
その答えまでもがあの世に逝ってしまった。

激しい咳込みが止んだ瞬間、祖父はピクリとも動かなくなった。
僕からはひいおじいちゃんに該当するアルコール中毒の父親を嫌悪し、その分の苦労を肩代わりし、剣道で鍛えられ、軍隊を経験し戦争を生き残った人生が終わった。

救急隊員がついた頃にはさまざまな医療器具で脈をはかりながら、蘇生措置が行われたが、素人の目から見ても絶望的なのがわかった。
脈を計っているような器具が平行線を描きつづけていた。

死因が原因不明であったため、第一発見者である僕は事件性の有無を確認するために警察官から取り調べを受けた。
警察官から取り調べをされた経験は、小学校2年生の時にバイクに引かれ、交通事故にあった時以来である。
怪我は擦り傷と打撲程度で、それこそ校庭で転んだ程度であったが、それこそ事態が交通事故という内容で括られたため、騒ぎが大きくなり学校ではちょっとした有名人。
今思えば、そういえばそんな事もあったなぐらいの記憶の隅に追いやられている出来事である。

今回は取り調べといっても、警察署へ同行され、密室で行われるようなものではなく、病院の霊安室近くにあるベンチで横並びに座り、状況を聞かれ説明した。
私服警官であったために、何も知らない第三者が見れば取り調べをしているともわからない感じだった。
暴行の痕跡などが確認されなかったために遺族という立場と見なして、警察側も気を使っていたのだろう。

警察側は事件性がないと判断され、司法解剖は行わない方針だった。
遺族側は、外科医の研修材料に使われたくないと死因を特定するための医療解剖を拒否したために、死因は不明のままだった。
死因もあの世へ逝ってしまった。


そして家に着いてみると、祖父が前日に精神安定剤を飲んだ痕跡があった事に気付く。
旦那を失った祖母は、これを契機に安定剤系の薬に嫌悪感を抱くようになった。

僕は、不謹慎な考えではあるが、年齢も年齢であったし悲しいという気持ちよりも急死であったために下手な苦しみが長引かなくて良かった事。
悲しみよりも寂しさの方が強かった。
生涯を共にすると心に決めた恋人と絶縁した気分だった。まさに失恋に近い。
家族間の対立構造の中で、ホームであった大切な人を失った。


3章 祖母

旦那が亡くなる10年ぐらい前から、祖母には痴呆症になりやすいのではないか?という傾向があった。
心配性の極端な感情を妄想の中で膨らましている。
何気ない一日のはずが、祖母の中の妄想の出来事が家族内を騒がせた。
一人暮らしをさせる事は痴呆症に拍車をかけるのではないかとの意見が家族内での一致した意見だった。
僕が祖母と同居することに反対する者はいない。
僕自身も実家に住んで心苦しい思いをするぐらいならば祖母と暮らしたかった。

痴呆症に関しては、僕と同居して正解だった。
僕が面倒をかける事によって、祖母自身にも自分がしっかりしなければいけないという自覚が芽生えたようである。

いつ頃からだろうか?
祖母の作るみそ汁が、どこの飲食店でも味わえない独得の味がするようになった。
何か秘策を凝らしたのだろう。
料理にはノータッチだったために、どのようにしたらこの味が出せるのか?などと訪ねた事もない。
小松菜やホウレン草など、本来なら敬遠してしまう野菜類がたくさん入っていても吸い付かれてしまう美味しさであった。
野菜類の具が多すぎて、みそ汁だけで一食分のボリュームがあったため、本来なら主食であるご飯をお代わりした記憶がない。

ちなみに栄養士の短大を出て、資格のあるにもかかわらず母親のみそ汁は美味しくなかった。
インスタントのみそ汁をまれに飲むと、みそ汁という料理がこんなに美味いと感じたほどだ。
母の持つ資格が日常生活に全く生かされていない。
母のみそ汁が不味かったという相乗効果があったのかもしれないが、とにかく祖母のみそ汁はかけがえのない幸せの一つだ。

ある祝日の休みの日、仕事が休みだったので僕は午前中を眠りに費やす予定だったので、前日は夜更かしをした。

その日の朝、祖母はテレビの電源ボタンの接触が悪いと近所の電気屋さんに電話して出張修理の依頼をしたらしい。
その電気屋との電話での会話が、祖母が元気でまともに交わした最後の会話だったのだと思う。
結果論を先に述べてしまえば、最後の会話ではなく、また会話できるかも知れないという希望は残されていた。

電気屋が出張に来て、祖母が倒れているのを発見し、119番通報をした。
前述したように、僕は優雅な睡眠で費やす予定だったので、不機嫌な朝のように救急隊員に起こされて、事態を把握し、思考回路は眠気を吹っ飛ばした。
この深刻な状況下で、のんきに眠っていた自分自身に自責の念に駆られた。
救急車を呼ぶのは、暗黙の内に僕に課せられた使命のはずだから。

病院にベッドに横たわった祖母の容体は、看護婦さんの呼びかけになんとか目を半開きにできる程度だった。
聴力と聴力から入った情報を脳内で理解して、それらしき反応をしたというぐらい。。
家族の内では、祖母がこのまま死んでしまうのではないかと悲観的になっていた。


4章 この世の未練

祖母に診断された病名は脳梗塞のうこうそくだった。
命は取り留めたものの、それでも後遺症は大きく残り、身体全体の右半分は自由が効かなかった。

現在では母親が看病しやすいように、母親の勤め先から近い4階建ての介護系の病院で入院生活を送っている。
介護士の助けを借りれば、車椅子に乗る事もできる。
看護婦さんのサービスに対して、「どうもありがとう。」と答えられるような状態にまでに周囲の温かい人たちと不器用ながらにコミュニケーションを楽しんでいた。

とにかく何かある度に、祖母は僕の心配をしてくれた。
日常の事、食事の回数、職場の事。

僕は仕事でのストレスからか、このころから睡眠薬を服用するようになる。
入院中の祖母に心配をさせてはならないと、もしかしたら祖父の死因にもなったかもしれない類の薬。
今の祖母に余計な心配をかけてはならないとのことで、睡眠薬服用については祖母に対しては伏せてある。
心因性の病気を併発しないための配慮であった。

看護スタッフさんに助けられながら生きている祖母は、もしかしたらこれはこれで幸せなのかもしれないが、、僕の目からみれば、まるで手錠でもされているように身体の自由が効かない祖母を見るのは目を逸らしたくなる光景であった。
そして、祖母独自のあのみそ汁を飲める日が戻ってくるのだろうか?
「具が多すぎる。」と冗談交じりに文句を言っていた日が、大きな幸せの一欠片であったと強く認識した。

僕が面倒をかけることによって、祖母は面倒を見なければならないのという強い意思が生命力を強くしているように感じられた。
例え大病を患っても簡単に死ぬわけにはいかないという執念のようなもの。
敗勢が濃厚となってきた戦地において、最期の最期まで槍を振るい続ける老武者のように病巣という敵に対して奮戦しつづける祖母の姿を記憶に焼き付けていかなければならない。


5章 殺意のない殺人

その部屋には人間の温かみは存在しなかった。
まるで外科の手術室に放置されてしまったように、周囲には無機質な医療器具が並ぶ。
「ツゥー。ツゥー。」という呼吸器から発せられる音と、脈拍機が並を打っている事だけが祖母の生存を確認するための手段となってしまった。

看護婦さんの励ましの声も、さまざまなチューブ類が身体のあちこちに挿入された祖母には通じなくなった、身内の誰が声をかけても、あたりには呼吸器具による「ツゥー。ツゥー。」という音が響き渡るのみ。

リハビリもできずに寝たきりの状態が続いたために、全身の筋肉がやせ細っていいることはしばらく会わなくても、明確に理解できた。

呼吸というものは「息」という漢字の字片が示す通り本来、自分の心でするもの。
もしかしたら、一呼吸するだけでも、それはものすごい苦痛を伴っているのかもしれないという勝手な妄想さえも沸いた。
可哀想という感情を通り越して、早くこの苦痛から祖母を解放してあげたいという願望が強くなった。

カバンの中には模型店で購入した大型のニッパーが入っていた。
これで呼吸チューブを切断してしまえば、楽にしてあげられるはず。
この後、刑法で裁かれたとしても、常識的に情状酌量の余地は認められるだろう。
だけど、仮に死刑を宣告されたとしても、自分の仲で十分受け入れられた。
許されるのならば、あの世で祖父母とともに暮らすのも悪くないし、宣告までの留置場生活さえも、身体を満足に動かせなかった祖母に比べれば楽に思えた。

しかし、ニッパーという刃物で祖母の命に終止符を打ってしまうのはここに来てためらわれた。
刃物を使用するのは、例え出血がなくとも血を連想させる。

このまま静かに全うさせてあげたい・・・このままではあまりにもやるせない。

祖母の口元から伸びていくチューブを辿っていくと、色彩に全く生物感のない銀色の医療機器がある。
おそらくこれが、酸素を送り続けているに違いない。
そのオンとオフのスイッチは電化製品などに触れた事のある人間ならば、容易に判断はついた。
初めから完全犯罪など視野に入れていないので、指紋はそのままはっきりとスイッチに残るように心がけた。
どんな罪になろうとも、鎖で繋がれたように動けなかった祖母の苦しみに比べればという考えが浮かび、法律の網をくぐり抜けようなどとは思わなかった。

早く楽になって欲しいという思いからの決断。
それまで部屋から聞こえていた「ツゥー。ツゥー。」という呼吸音は消え、部屋は静寂に近い状態になった。

スイッチを切った瞬間はもちろん緊張の極限状態であったために、スイッチを切る瞬間に時計を見る余裕はなかったので、正確な時間はわからない。

5分経過しただろうか・・・?
そして、10分経過しただろうか・・・?

それでも脈拍系は波を打っていた。
心からうれしい裏切りであったとともに、老体のものすごい生命力を感じた。
「簡単には死なないよ」という声が聞こえてきそう。

僕は自分のしてしまった事に後悔を覚え、呼吸器具のスイッチをオンにした。
室内に再び人工的な呼吸音が響き渡る。

あの美味いみそ汁がもう一度味わえる夢を、この生命力に託そう。

スイッチを切った事は、当然監視カメラなどあるはずだから病院関係者にばれたのだろうか?
ばれたらばれたで本当の事を話そう。
器具は止まってしまっても、結果的に異常がなければ見過ごされてしまうものというのを経験的に知っていた。

祖母の強い生命力が心に突き刺さった余韻を残して、病院を跡にした。














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